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CheatCut.hatena

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民訴族学漫談第31回*宗教とサブカルチャー

前に、

民俗学漫談*宗教のサブカル化 - CheatCut.hatena

という漫談をしましたが、今回は、宗教とサブカルチャーについて、漫談をします。

サブカルチャーにおける「聖地巡礼」の現象

漫画やアニメに、現実の宗教施設が登場したり、神仏が登場したりします。

虚構の世界に現実の場を登場させるわけです。

物語を構成する素材として用いるのですが、その事によってリアリティが増しますね。

ゴジラが目指すのは、東京タワーであるから見ている側に衝撃を与えるのであって、見たことのない町では、その効果が薄いという事です。

本来、漫画やアニメは、ファンタジーであり、子供向けであったから、その舞台も架空の場であったわけです。

世界が広くない子供にとっては、たとえ明治神宮だろうと、織田信長だろうとフィクションでしかありません。

ところが、ここで話題にする漫画やアニメは、子供向けではない、十代後半以降の人びとが見て楽しむものです。

そうしたフィクションに現実のものを出すと、どうなるか。

現実に存在していたものの方が、フィクション作品の世界に引き寄せられる。

もちろん、人の頭の中の話ですよ。

昔、「真・女神転生」なんていうゲームがありまして、私も繰り返しやったのですが、舞台が東京なので、現実の世界がゲームの舞台として登場している、と昂奮したものでした。

一昔くらい前から、漫画やアニメに出て来た場所をファンが訪れるようになりました。

その行為を「聖地巡礼」と呼んでいます。

本来の聖地巡礼は、自分の日常を離れて、宗教施設に向かう苦難によって、魂が浄化されたり、宗祖の苦しみをわずかでも分かち合おうとするものです。

しかし、アニメで登場した場所に赴く聖地巡礼の場合は、少しでも自分がその作品の世界に近付きたいという思いから来ます。

もっと言えば、その作品の登場人物に近付きたいという話です。

近付けぬものに対する憧憬が人を引き寄せる。

もちろん、出向いたところで、作品の何があるというわけではなく、神社やお寺が通常通りにあるだけですが、ファンはその場に立つ事によって、あたかも自分が作品世界に入り込んだような気分に浸るのです。

現実世界と、虚構世界をその場でリンクさせるわけですね。

脳は、思っただけで現実と勘違いする機能がありますから。それを活かします。

その場に行くファンは、すでに「巡礼者」ですので、本来の巡礼者と同じく、日常を抜け出して、別の世界に足を踏み入れているわけです。

そこが、宗教とサブカルチャーの重なりやすい点です。

例えば、ゴジラに出てくる東京タワーは、あくまでも世俗の施設なので、別の世界に入り込むという感覚が薄くなる。

その点、宗教施設はもともとが、脱俗のための場なので、日常から虚構への特異点として機能しやすいんですよ。

常日頃から漫画やゲームの世界に浸っている人々にとっては、それは、たやすい事なんです。

神社や寺が日常から抜け出す目的であることには、今も昔も変わりません。

ただ、神仏ばかりではなく、現代は、崇拝対象のレパートリーが広がっているだけです。

それにより、神社やお寺は何もせずとも、自治体がおとなしくはしていません。

最近は、役所に「観光プロモーション課」などという部署があるんですが、映画やアニメで、自分たちの地域が舞台ともなれば、それを売りにして観光客を呼ぼうとしています。

アイドルグッズとイコン

私は、アイドルなども、サブカルチャーとして認識しています。

アイドルのファンにとっての「聖地巡礼」と言えば、コンサートですね。

またはサイン会などでしょうか。

コンサートやサイン会などで、自分の崇拝対象と同じ場に立つ。

その事がアイドルと同じ世界にいる証しとなるわけです。

さらに、グッズが、日常に戻った人々をアイドルとつながりをつける役割を果たす。

直筆サインは聖遺物だし、グッズは、そのコピーなんですね。

ブロマイドはイコンです。

アニメやゲームのファンもグッズを手に入れては、好きなキャラクターと世界を同じくする感覚を持つわけです。

ただ、アイドルとアニメのキャラクターの違いは、どちらもフィクションと言えばフィクションなのですが、アイドルは現実の人間を使って、恋愛の対象を作り出しているところにあるでしょう。

そのうち、人工知能とコンピューターグラフィックを用いた、現実のアイドルと区別のつかないアイドルが出て来るでしょう。その時に、コンサートや歌やグッズやサインは、人間のアイドルと変わらない。しかし、裏がない、性格の意味ではなくて、コンサートの稽古やグラビアの撮影などがないアイドルなわけですから、どこまで崇拝できるかだと思います。ま、それも、ファンは知ってて、ノリでファンになるんでしょうね。

人は、崇拝する対象を求めずには済みません。脳は、安定を何より求めますから、額づく対象を求めてしまうのは仕方ありません。

歴史のフリー素材化

最近、漫画やゲームに、実際の場所以外に、実在した人物が登場する事が増えてきたように思います。

以前から、「信長の野望」なんていう、全国制覇を目指すシミュレーションゲームなどがあったのですが、最近は、全体の作品数が増えているのか、信長をはじめ、歴史上の人物をキャラクターとして用いた作品が目につきます。

デザイナーが、ポースターなどを作る時に、「フリー素材」と言って、あらかじめ、どなたかが作っておいた模様などを、著作権以外は自由に使っても構わないというものがあるのですが、最近は、信長でも何でも、歴史上の人物はフリー素材並に使われています。

そうした作品では、クリエーター側は、フリー素材として使っているにすぎません。キリストでも天照大神でも信長でも。

思想でもなく、まして倫理でもなく、ただのキャラとして使うわけです。

キャラを作りやすいんですよ。すでに、皆の中でイメージが出来上がっていますから。

しかも、その上、性別を変えて、美少女キャラにしてしまえば、意外性も出ますし。

古いところでは、沖田総司を女性として扱った映画がありました。牧瀬理穂さんあたりが演じていましたか。角川映画ですね。

その流れです。

物を人としてキャラクター化してしまう事を「擬人化」と呼びますが、美少女化する事を「女体化」などと呼びます。

しかし、キャラとして扱って来たもの、イメージをはっきりさせ過ぎたものは、現れたものに縛られるから、たちまち地上の有限性を与えられ、天上の無限性を失う。

名付けられ、キャラづけされたものは、慣れてしまいますから、畏怖の感情は減ってゆきます。

仏像フィギュアという一つの例

仏像フィギュアが一つの例。

今、仏像のフィギュアがあるんですよ。

仏像は、木の中から、信仰心によって仏を見出すものじゃないですか。

ただのオブジェではありません。

仏像をフィギュアにするという感覚が、すでに信仰の話ではなく、版権のいらない「フリー素材」として扱っていますね。

今や、お寺の仏像も、新しくする場合は、中韓あたりの仏師にオーダーするらしいですね。

なぜなら、日本人の仏師に「注文」するよりも安いから。
すでに、仏像も「注文」、オーダーするものになっています。作る方も、職人と変わらない。
住職が己の信仰により、仏の姿を木の中に見出すのではなく、通販で注文する時代なんですね。

「紀元前というものを考えた時点で、キリストへの信仰心が欠けている」との話もありますが、歴史上の人物や神仏をキャラクター化できるのは、やっぱりクリエイターの感覚だと思います。

信じる対象探し

通常の人間が信ずるのは、そのもの言葉ではなく、気配、雰囲気なわけですが、それは、ある種の崇拝の感覚がないと成り立ちません。

 前にも話しましたが、宗教施設が、信仰の場ではなく、イベントや願い事の場として人々に用いられている。人々は、「消費者」ですから。

神社に出向いて、願い事をするわけですが、その願い事は、祈りから生じたものではない。他人やマスコミや実践本を通じて生じた願いなんですよ。ほとんど手続きや取引をしている感覚と変わらない。

人の脳が確固としたものを求めますから、神仏もただの畏怖の対象よりは、畏敬の対象にし、さらにメディア上で扱うことにより、親しみを持たせる事を望みます。

最近、荒れ狂う対象が荒御魂(あらみたま)だとしたら、人が制御できるようにし、その力を人のために役立てるように、神社に鎮めたものが、(にぎみたま)だと、思っているんですよ。神社はそのための装置なんじゃないかって。

はじめは、人里から遠くにやっておくしかなかったものをある時期の「知識」や「技術」によって、人里のそばに置いておけるようになった。それが神社なんじゃないかと思うようになりました。ライトノベルみたいな発想ですけどね。

それで、その和御魂から、さらにテキスト情報のみを使うようになったのが、今のフィクション作品ではないのだろうか。

そこでは、苦難に満ちた巡礼ではなく、むしろ喜びをもとめて「外なる中心」(ターナー)に向かう行楽の一種となっている。

そう思います。

ただ、対象が有限性ならば、自らもまた有限の中から出ることはないので、どこまでもフィクションとしての「聖地巡礼」なわけですね。

それもまた、日常の憂さをはらして、新鮮な気分になるための、ケガレを払う一つの方法なんだと思います。

宗教者は、管理人となってしまいますがね。

いつの時代も同じでしょうが、思想が曖昧になるにつれ、確固としたものを欲しがる。60年周期で独裁者的なものを欲しがるのと同様に。

多くの人は、信じる対象を探す旅をしているようなものです。メディアに慣れすぎると、自分探しが自分の信ずるもの探しになります。まあ、自分探し自体が、メディア上の幻想なんですが。

例えば、アイドルグルーブの誰を「推す」のか。どのようなゲームが好きなのか。そのゲームのどのようなキャラクターが好きなのか。人びとは、自分のキャラクターを作るために、忙しく崇拝対象を探し、選び続けています。

自分のキャラクターを作るために、フィクションのキャラクターを求めるわけです。そういう現象です。

そのくらいしないと、自分のアイデンティティーが保てない。

メディア上では、多くの「キャラクター」が映って、動いて、喋っていますからね。

そこでは、自然に任せていては、人生はうまくいかない、と言う。

「好きな事」を見出して、それに向かって、努力しなければならない。実際に成功して、メディアをにぎわせている人びとは、そうしてきた。

と、言われます。言われたら信じちゃいますよねえ。

そのようなプレッシャーを幼い頃から感じていれば、アイデンティティーの薄まりを怖れるのは当たり前ですね。

そうして、狭い範囲の選択肢の中での努力を強いられる。

私の言っているのは、努力の放棄という事ではなくて、徒な努力に走らせると、努力をするだけで何も身につかずに年を重ねてゆく事がある、という事なんですよ。

 自分なりに適当に、自然に普通に生きようとしている人だって、「正しい生き方」だと思いますよ。

しかし、メディアは、「強い」ものを示してくるので、普通の人も必要以上の努力を求められてしまう。

その抜け道を求める心の衝動の一つなんだと思います。現代の「聖地巡礼」は。

フィクション作品が増え、日常的にエンターテイメントのビデオ映像にさらされると、その題材とともに、個人の想像の多様さは消滅してゆくのは、自然な成り行きです。

示されてばかりいれば、そこから選ぶ事しかしなくなる。そう言う構造ですから。人間の脳は。

アイドルでもアニメでもスポーツでも、祭の熱狂を求めずに済まない人間の欲求に宗教の形式で応えていますね。
「個人の感情がいつも攻撃性とセツクスの周囲を巡っているために、振幅が非常に狭くなっている」身ぶりと言葉 (ちくま学芸文庫)342ページ。

終わったのに、時間は過ぎてゆく不思議。

8月15日的な気分。

ようやく、小説が仕上がった。

とりあえず、早稲田文学に送る。

今日から、何をするんだろう。

最近

好い天気が何か月も続いている気がします。

零時に寝ても五時に寝ても昼まで寝ている。

お知らせ的な

年内の更新はしないような気がします。

小説を書くので。

東京日記

   明治神宮の井戸にとびこんだ話

 

原宿駅で電車を降りて 明治神宮の大鳥居の真んなかをくぐった 鎮まった砂利道を歩いていたら 耳をつんざく音がして 三機の飛行機が急降下した 降りて来ると思ったらおれれ目がけて飛んで来た 恐ろしくなって 近くにあった加藤清正の井戸に走ってとびこんだ

全身びしょ濡れになって 沈まないようにあっぷあっぷと浮かんでいた 壁に両手をつっぱって爪を立てた 爪が木にくいこんでうまい具合にバランスが取れたら 飛行機の音は消えていた

青空に浮かんでいた雲が金色に輝き始めた にょきにょきと聳えるビルから人の気配がしだした

おれれは井戸から攀じ上ってほっと息をついた

 

 

  紙よりも薄い人

 

地下鉄十二号線の扉がプシューと閉まった途端 紙よりも薄い男が 扉の隙間を通り抜けて 大急ぎで駆け込んで来た

「ああ 助かった 間に合った よかったよかった」

グレーのスーツの膝に手を当てて 平たい肩で息をしている 

電車はカタカタと小刻みに揺れながら時々ヒューウと唸りを上げた

まわりの人は吊革広告や真っ暗な窓ばかりを眺めていたが 男の横に坐っていた女が薔薇色のドレスを捻って

「まあ 本当にうらやましいくらい細くていらっしゃること できることなら代っていただきたいものですわ オホホホホ」

男に向き直って紅玉や翡翠が五つはまった手を口に当てた

「何でしたら 今からでも代われますよ」

「まあ ご冗談を」 

女は目をパチパチしばたいた
「本当ですとも」

男が紙よりも薄いその指を優美に一捻りすると 隣に坐っている女の体つきと入れ代わってしまった

「まあ 信じられないくらい軽いわ」

女はスカートの裾をはためかせ 止まりかけた電車の隙間を通り抜けて 扉が開くよりも早くホームへ舞い下りた

男は新しい体を眺めたり触ったりしていたが

「前のがいいや とんだことをしちまった」

唇を噛みながらふわりと浮かぶと 隣のホームへ降り立った 男の体はひらひらとしたものであった

 

 

   金魚が求めた

 

雨の日の夕暮時 金魚に餌をやっていたら 一匹の赤い金魚が

「もうたくさんだ」

軽やかな声を出した

「もうたくさんだよ」

ほかの金魚たちが口々に言い始めた

「もうたくさん」の声は集まって三重唱になると 家じゅうを包み込んで揺らし始めた

「わかったわよ わかった 明日みんな 池へ連れて行ってあげるから」

夜が明けて目が覚めた 朝靄のかかるうちに金魚たちを連れて上野公園の蓮池へ放した

「さよなら」「さようなら」「さよなら」

金魚たちは水面に浮かんでいたが 一跳ねして蓮の葉の下へ潜って行った 

水がそよそよとゆらぎ始めた 蓮の花の縁が桃色に染まっている おれれは蓮の池をくるっとめぐって 

金魚たちがすいすいと蓮の葉の間を逍遥しているのを見たあと しろつめ草を踏みながら家に帰った

 

 

   橇うさぎ

 

ハッと目を覚ましたら おでこにメロンパンが落っこちてきた キャッ と思って蒲団をかぶると ドカドカといくつものメロンパンが降ってきた やがて何も落ちてこなくなったので 恐る恐る上を見てみたら 天井に大きな穴が空いていた

屋根裏へ行ってみるといくつもの足跡が白く残っている メロンパンを落としたのはこの足跡を残したものに違いないと思って見ていたら お昼頃 トタトタという足音が聞こえてきた 

耳を澄ませてじっとしていたら 卵色の木靴のなかに入り込んだうさぎが二匹 左右の靴を代わる代わる動かしてやって来た 

「こんどは落とさないように」

白ビロードの箱に溢れんばかりのパンをつめて 灰色のうさぎが白いうさぎを励ましている

「わかっているさ そっとねそっと」

扉の影で聞いていたおれれが思わず

「ああ そうだったの」

呟いたら うさぎはぴったりと立ち止まって

「誰かいるようだ」

顔を寄せている

「メロンパン あなたたちのだったら返すわよ 下にまだあるもの」

姿を見せると うさぎは目をまん丸くしてこちらを見た

「大丈夫よ 心配しなくても 追い出したりパンを取ったりしないから ただね ここの穴は繕わなくちゃならないし 住むんだったら庭に住んでくれない」

うさぎはビョコンと耳を下げると トタトタと音を立てながら降りて行った

このうさぎたちはパンばかり食べていた 一月後にはミシン機くらいに大きくなって 生まれたての星を夜空へ運ぶ橇うさぎになったので 桜の満開に咲き鎮まる晩 月に向かって駆け上がった   

 

 

   角砂糖のとがったところ

 

ある晩お月様がやって来て

「星の国へ行ったお土産ですよ」

小さな瑠璃の箱を窓辺に置いた 

お礼を言って小箱を開けてみたら 真っ白な角砂糖がいっぱいに詰まっている 触ると柔らかい シャンパン色の金属皿の上で積み上げてピラミッドを作ってみた

「これはね 水で溶かすと星の型になるんですよ 食べると甘くて でもあとには少しピリリとからくて 涙が出るかもしれませんよ」

「お砂糖を食べて涙が出るなんて 信じられないわ」

「でも本当ですよ」

「どうしてからいの」

「それはね ほら 星の角っこがあるでしょう あれに触れると私でもちょっとピリッとくるんですけれどね 星の国で作ったものだから どんなに甘いお砂糖でも ピリリとからくなってしまうんですよ 月の国ではそんなことはしませんよ 細くなった月だって 星の角とは違いますからね」

一つつまんで食べてみた 甘くておいしい お砂糖が溶けてなくなりそうになった時 シャン! と口のなかで角砂糖が鳴って ピリリとして涙が出た

「ほらね 言った通りでしょう からいのが苦手だったら ココアに入れて飲むと好いですよ からい角が飛んで行ってしまうんです」

お月様はフフフと笑いながら 星のきらめく夜空を昇って行った

 

 

   指から生えた羽

 

朝に顔を洗って手を見たら 指から小さな羽が生えていた

「キャッ!」

叫んで思わずタオルを落っことしてしまった お昼になるまで羽をひろげたり畳んだりしていたら 外に藍色の男の子が影のように立っていた にっこりえくぼを深くして

「さあ 行こう」

手を取って空に舞った

高層ビル街の道路が一条の線に見えるくらいまで高く上ったら 隣の山のまたとなりの山の上の雲まで渡って くるくるまわりながら家の庭に降り立った 小さな羽はいつの間にかなくなっていた

庭の柴垣をくぐって猫が入り込んで来た おれれは燕が高いところを切ってまわる空を猫と眺めていた

 

    

   クリームの行方

 

シュークリームを二つに割ったら マッシュルームくらいのうさぎがとびだして来た

「ああ 助かった 助かった! クリームをみんな食べてしまった」

額をたたくと 一目散に駆けて行った

シュークリームのなかにいたのに うさぎの体にはどこにもクリームがついていなかった シューの内身はからっぽであった ミルクのにおいのする風が吹いて来て あたりがしんと静まった

窓の外を見てみれば 今日は静かに晴れている

 

 

   夢の記録

 

毎晩 走る夢ばかり見るので 十日経ったらへとへとになってしまった

そこで昼間に体を揉みほぐし 体操をし 代々木公園まで行ってジョギングをした 

メープルシロップ入りの牛乳をたくさん飲んで ふかふかオムレットとカステラを食べて 赤い木の実をたっぷり食べて 体を揉みほぐしてから眠った

六日目 ゴールにたどり着いて 拍手や歓声にかこまれて目が覚めた

それから走る夢は見なくなった おれれは前よりも体が丈夫になった

 

 

   耳のなかの話し声

 

ある晩 月の上がるのを待っていたら 部屋のカーテンがゆらゆらと揺れた 風がヒューと入って来て 耳のなかを風が通り抜けて行った ハッと思ったら 

「ああくたびれた」

耳のなかから声がした 耳を下にしてポンポンと叩いてみたら

「何ですか?」

返事をしてきた

「耳に人が入った! 耳に人が入った!」

叫んだら

「何を失礼な」

声がして 耳の側でパッと光って 麦の穂のかけらがとびだして来た 麦の穂は庭に落ちて 桜の木に桜ん坊がなる頃に小さな芽を出した

 

 

   夕焼け雲になった話

 

白い雲が空全体にふわふわしている それが皆金色に光った 東京オペラシティが金色のカステラに見えた 

あかね色を帯びた羊雲の上を 羊の群れがドスドスと音を立てながら駆けて行く 羊の蹄で雲が蹴散らされて もうもうと煙を上げている 

庭に落ちていたびろうどの球を蹴っ飛ばしたら カンッ! と音がして 小さいヒツジが銭湯の煙突にストン! と入り込んだ 

くーくー鳴いて庭のびわの木をめぐっている いつまでも飛べずにいるから 切り妻屋根に放り上げてふっと吹いたら するすると屋根を滑り上って雲の路に戻った  煙突から白い煙がポコポコ出て来た 羊の群れは北東からの風に乗って湾のかなたに去った 

ふかふかとした雲が空一面にひろがって 空の色と重なって消えて行く 

 

 

   葡萄の世界

 

月が真上から差し込む夜 とろとろとしていたら どこからか葡萄のにおいがしてきた 目を開けると葡萄の木の根元にいた 葡萄の実は人よりも大きくて 木は雲間をしのぐほど高く聳えていた

飛び上がったら 葡萄の房に尻餅をついた しがみついて大きな実を抱えながらガツガツ食べていたら朝になった

ハッと目を覚ますと外はまだ月明かりが照らしていて 部屋には葡萄のにおいが溢れていた

台ランプの明かりをつけたら 口や手は葡萄色に染まっていて 床には葡萄色の足跡がついていた

「夢じゃないみたいだけど あの葡萄の木はいったいどこにあるんだろう」

「ここよ」

ささやき声が緑麻紙を敷いたテーブルの下から聞こえてくる 見ると卵くらいの葡萄が一粒落ちていた 拾って白麻紙の笠を掛けた台電燈に透かしてみたら 昨日の葡萄の木がおさまっていた フーと息を吹きかけると 葡萄の木々がザワザワと揺れ 葡萄の房が空に舞い上がった

 

 

   扉の向うの扉

 

夕方 扉を閉めに玄関に行った 空を見ようと鎖をかけたまま隙間から顔を出すと 空は見えず もう一つ玄関があった みかん色の薄明かりが灯ってしんとしている 床には魚の尻をねじねじにしたような木彫りや金の透かし彫りの皿や瑠璃のグラスが散らばっている 

扉の部分は金砂子をまいたタペストリーで覆われていて めくってみると扉は王宮の潜り戸くらい小さかった ひんやりした丸い把手に手をかけると 扉は簡単に開いた 

なかは真っ暗で入った途端に床が引き抜かれた キャア! と叫んだ時にはふかふかのベッドの上に跳ね上がっていた 瑪瑙の嵌った窓の外は日差しが一面に照り渡っている 

同じ顔の召し使いが何十人も列をなしてやって来て ベッドのまわりをぐるぐるとめぐりながら踊り始めた 召し使いたちの手を打ち鳴らす音を聞いていると眠りの底へ引き込まれて行く ヤシのみのジュースを一口飲んで眠ってしまった 

目が覚めると 大きなベッドの上にいた 

せっかくだから運動してみた ベッドで寝ながら 膝の運動を一二としたらそのまま眠ってしまった 

ふと眼が覚めた

「どうも運動の途中だった」

と続きをやった 運動を済ませて上を見たら タペストリーに覆われた扉が高い所にある 空をつかもうとしたら するすると金の糸が下がって来た つかんで上へ上へと昇って行って小さい扉を開けた 

一歩出たら 部屋の前にいた ハッと思って タペストリーの扉へ駆けだしたら 霞がかって消えて行くところだった

ヤシのみのお礼に 大きなひまわりを投げ入れた

 

 

  月に向かう花火

 

神宮花火大会の晩 お風呂上りに夜風に吹かれて涼んでいたら 庭から パチッパチッ と何かが弾ける音が聞こえてきた 眼を凝らして見たけれど 何かわからなかった 

手に持ったワイングラス越しに月を見たら 小さな花火がパチパチと弾けながら月へ昇って行くのが見える 

ハッと思ってグラスをお盆の金象嵌の上に置いたら 月夜に花火などなかった 

もう一度ワイングラスを通して空を見ると 花火がパチパチと光りながら月に昇って行く 

庭からロケット花火をパーンと打ち上げてみたら 月の近くの花火たちが夜空に散らばった 空は金粉をまいたように輝いていた

 

 

   砂糖ビンに閉じ込められた話

 

ざらめをガラスビンに移していて ザーという音を聞いているうちに 潮の香りがしてきた 

頭がくらくらして ハッと思ったら 砂糖ビンのなかに立っていた 見上げたら 深草色のワンピースを着た大きなおれれが

「さあ これでよし」

呟きながらビンにコルクの栓をしてしまった 

ビンを叩いてみたけれど 大きなおれれは昼ご飯にオムレットを作っていて気がつかない テーブルの下に猫が来たところで呼んだら 目を真ん丸にして口を開けたあと 大きなおれれに教えてくれた 大きなおれれはテーブルを向くと 指先でつまみ出して 口へ入れて飲み込んでしまった 

「キャー!」

気がついたら台所に立っていて 振ってみてもざらめのビンには砂糖しか入っていなかった

猫は庭で蝶々を追って遊んでいる 風が吹いて海のにおいがした

 

 

   コスモスとヒツジ

 

コスモスの花束を持って町角を曲ったら 走って来たヒツジとぶつかってしまった 花束は空中に舞い飛んだ ヒツジはよろめいたけれど花束をハフッとくわえて海の方へ走り去った

「アー! 待て!」

走って海へ行ったら コスモスをくわえたヒツジが瑠璃色の空に駆け昇るのが見える 何十頭ものヒツジが空を駆けまわって 花束をくわえながら雲の向うへ消えて行った コスモスの花びらがひらりひらりと舞い降りてきた 

おれれは水色のサンダルを脱いで雲の向こうへ投げつけた コツン! という小さな音がした 

 

 

   すぐりジャムの行方

 

すぐりジャムのビンを開けたら まだ食べていないのに半分減っていた 

床を見ると すぐり色の小さな点々が続いている 跡をたどってみたら 台所を抜けて 居間を抜けて 縁側を横切って途切れていた 

庭を見て空を見上げてみたら 小さな足跡が雲の重なりあう空へ昇って行くところだった 

「ワァ!」

声を上げると 足跡は一目散に駆けだして 空のなかに消えてしまった

 

 

   栗がまだだった話

 

六義園の茶室で栗鹿の子を食べたあとに 庭に出て栗の木を押してみたら カラカラという音が聞こえてきた 

もう一度押してみたら 茶色のいが栗が揺れる度にカラカラと音を立てた 指先でいが栗を突っついたら

「ヒャッ!」

短く声を上げて地面へ落っこちた 

イガ栗の割れ目から栗を取り出そうとしたら 木に生っていた栗がみんな地面に落っこちて来た 

太陽が庭の池をオレンジ色に染めなすと 栗は森へ向かってゆらりざらりと転がって行ってしまった

小路に沿って 丸く剪定してある植木が 直径二メートルから五十センチくらいのものまで 二三十並んでいる きっと夜になると動き出すんだ

 

 

  夕日の休日

 

雲の浮かびやすい日没頃 小さなボールくらいの夕日が沈むのを眺めていたら 夕日がパッと消えてしまって 夕栄えの色も残さずに急に夜がやって来た ハッと思ったら テーブルの上の水差しに小さい夕日がポチャンと朱く沈んでいる 驚いて水差しを持ったら 手がみかん色に染まった コップに水を注いだら 夕日も一緒に入ってしまった

「ああ いい心地だ 水に浮かんでいるのも結構結構」

夕日が呟いた

「空に帰らないと お月様に呼ばれるよ」

夕日に言ったけれど

「なあに たまのことだからいいだろうさ」

夕日はそう言って口笛を吹いている

三日のあいだ 夕日は消えたまま 昼になって それからすぐに夜がやって来た 夕日はコップのなかで 水に浮かんだり お湯につかったり 気ままに暮らしていたが 四日目の朝に 小鳥と一緒に空へ上がった

「それでは!」

夕日は手を振りながら 大きな空を渡って行った

 

 

   鯉の羽

 

青空に舞い上がったバトミントンの羽をつかもうと飛び上がったけれど 手をすり抜けてお堀のなかへ入ってしまった おれれもお堀に浮かんでいた 苔むしたお堀に 鯉がプカプカと泳いでいる

「や! 珍しいぞ!」

ひときわ大きな錦鯉がそう言うと ほかの鯉たちが集まって来た

「バトミントンの羽と一緒に落ちてしまったのよ」

「羽をくれたら 上げてあげよう」

羽を渡すと 何十何百もの鯉が舟になってお堀の上へ上った

「君のくれた羽で 我々は空を飛ぶよ」

鯉はお堀の水のなかへ帰って行った

内堀通りをトラックと自転車がぐるぐるまわり始めた おれれは大手門の前で ラケットを振って空を切ってみた

 

 

   泡の精

 

石鹸の泡を集めてお風呂を作っていたら バスタブにモコモコと盛り上がった泡のなかから 目のパッチリした全身真っ白の女の子があらわれた

「ア 妖精! おれれは妖精が好きだからね」

喜んでいたら

「妖精ではありません 泡です あなたがあんまり泡を作るから」

鈴の響きを帯びた声で答えた

「そこから出て来て 一緒にお茶でも飲みましょう」

誘ってみると

「マア 失礼な! あんな苦いものを!」

片頬を吊り上げて窓からとびだしてしまった 窓にはきらきらとしたものが落ちていたが 風が吹いたらたちまち消えてしまった 空からは雪が降りてきて窓にそそぎだした

 

 

   夜空へ昇るハイヒール

 

湯船につかってきらめく星を眺めていたら カツンカツンという足音が聞こえてきた 音はだんだん大きく響いてきたけれど 玄関のところでシンとして収まってしまった 

耳を澄ましていたら 金色のハイヒールが 一歩一歩夜空を昇っていくのを見つけた

「ア! 透明人間!」

お湯を浴びせたら

「ヒャッ!」

飛び上がって 一目散に夜空を駆けて行った 深い夜のなかで斜めに星が流れた

 

 

   明け方の出来事

 

明け方に目を覚ますと 手鞠くらいの白うさぎがおれれの鼻の頭のにおいを嗅いでいた ハクション! くしゃみをすると うさぎはポンポン飛び跳ねて 白のクロスを掛けたテーブルの影に隠れてしまった

「一体どこから入って来たのだろう」

部屋を見渡したけれど 窓も扉もぴったりと閉じていて 風ひとつ入ってこなかった

「おまえは一体 どこから来たの?」

尋ねたら うさぎが空気を抜いた風船玉のようにしぼんで キュウと鳴きながら扉の鍵穴に吸い込まれて行った

庭に出たらカサカサする音がした 何だ何だ と見たら 兎と雀が枯葉の上で飛び跳ねていた

 

 

   猫と月見団子

 

猫が口を大きく開けて月見団子を食べようとしていたら 月がビュンとやって来て 腕を伸ばしてたちまち団子を食べてしまった 

二皿目は慎重に 隅っこへ行ってこっそり食べようとしていたら 月が瞬く間にやって来て 団子をみんな平らげてしまった

「ワーン」

猫が泣きだしたので

「すまなかった あまりにおいしくてつい食べてしまった 代わりに欲しいものをやるから 泣かないでおくれ」

猫は俯いている

「欲しいものを ほら 言ってご覧」

「わからないにゃ」

「何にも欲しくないのかい?」

「団子が食べたい」

月は台所に立って猫のために月見団子を山のように作った 猫は空に昇った月を見ながら パクパクモグモグ平らげると

「おなかいっぱいだ」

満足したような顔をして坐っている 後片づけを済ませてから

「ほんほん」

言いながら手を上へ下へやりだした

「楽しいの」

尋ねると

「おれ 食べられるようになった」

棚を見て

「あそこにお菓子があるのを知っている」

 

 

   手鏡に移った人

    

寝床に入って星形の手鏡を見ていたら 鏡が波立った 波立ったと思ったら 黒い瞳に水色の反射が映った

「キャッ!」

叫んで鏡を壁に投げつけて 蒲団をかぶって寝てしまった

翌朝起きると 鏡をぶつけた壁のところに水色の人型ができていた フーッと息を吹きかけたら跡形もなく消えてしまった 触ってみたら黄色いふふ毛が生えていた

 

 

   絵のなかへ駆けて行った人 

 

月の冴える夜 縁側でクッキーサンドアイスをガリガリ齧っていたら シュッシュッシュッシュッと何かが大急ぎで走って来る音が聞こえる 

何だろうと思って音の方を向いたら シルクハットをかぶった背の高い紳士が 平らに刈った垣根を飛び越えて来た 慌てて通せんぼうをしたら 通せんぼうの手をハードルにして飛び越える 家のなかへ駆け込むと 紳士は真っ直ぐ台所へ向かって 壁にかかった名所江戸百景の絵の前でハードルを越える格好をしたと思ったら 絵のなかへ走り込んでしまった 絵に駆け寄ると 紳士はまだ走っている

「ねえ! どこ行くの!」

呼んだら 紳士は振り向いて浅草寺五重塔を指差し 帽子を脱いでおじぎをして また走りだした 

紳士が米粒よりも小さくなって見えなくなるまで見送っていたが 夜が深くなったので眠ってしまった

 

 

   月のキリン

 

キリンがやって来たと言うので まちじゅうが大騒ぎになった 森を出たキリンはまっすぐうちの庭へやって来た 月形の池の水を飲んで壁に体をすりつけて 瓦をガリガリと齧った あんまり硬かったみたいで 閉じた目の端から涙を一粒落とした まちの歯医者がやって来てキリンに薬を飲ませた 

「どうして屋根瓦なんて齧ったりしたんだい?」

「薬は苦かった?」

「まちと森はどっちが好き?」

「魚を食べたことはある?」

いろいろなことを問われたキリンは足を畳んで眠ってしまった 夕靄がこめて まちの人は帰って行った

目を覚ましたのは真夜なかで 夜空を歩く月がキリンを見かけて

「オヤ」

声をかけた

「珍しいところにいるね」

「月の国へ帰りたいのですが」

「よしよし 私が帰してあげよう」

キリンは足音も立てずに帰って行った

空は霞み渡って月の色がにじんでいた

飼い猫も縁側に出て来て 

「晴れてるよ ほら雲があるもの 本当は青空なんだ」

そう言って夜空を見ていた

 

 

   空色のびん

 

朝に庭へ出てみると 空の色をした瓶が草の上に乗っていた あんまりきれいな蒼なので 花瓶にして露草を浮かべた 日の暮れかかってから見てみたら 夕闇に浮かぶ花瓶には 星が二つできていた

ア!と叫んだら 星は花瓶から抜け出して紺色の夕雲が浮かぶ空へ昇って行った 空色の花瓶も空の落とし物だろうと 屋根に上って高く高く投げた 花瓶は落っこちてこなかった

星がパチリと瞬いた

 

 

   荷物はいらない

 

クッキーを白瑠璃のお皿に並べておやつの用意をしていたら

「お荷物ですよ! お荷物ですよ!」

玄関から声がした

「荷物? 荷物はいりません!」

「そうおっしゃらずに どうぞ」

「いらないって言ったでしょうに! いらないのよ!」

走って行って四角い箱を蹴っ飛ばしたら 森の木よりも高くピューンと飛んで行った 一体どこまで飛んで行くのかと見ていたら 空から釣糸が垂れて来て 箱はするすると釣り上げられてしまった

 

 

   怖がりをたしなめられた話

 

縁側に腰を下ろして庭の木槿の花を眺めていたら 空から白い糸が垂れて来た つまんでみたら するすると体が持ち上げられた

「おれれは きこりではないけれど 上へ上へ昇ってみよう」

木登りの要領で登って行ったら 雲の上まで来てしまった

「こんなに高いところまで来てしまった 上はまだまだ続いているし 下はこんなに遠い」

ためらったところで 糸がぷっつり切れてしまって おれれは青みがかった森の湖へバッシャーンと到着してしまった

「どうして空から落ちてきたの?」

近所の子供たちから尋ねられた

「怖がりを神様からたしなめられた」

蓮の花がパラリパラリと降ってきた 

 

 

   ネズミのチョコレート

 

野ネズミの子供が産まれたと言うので 月夜の晩 隣の縞猫と 豆菊の咲く垣根まで見に行ったら 親ネズミが

「今が大事な時なんだよ!」

そう言って見せてもらえなかった 来た道を引き返していたら 親ネズミの妹が走ってやって来て 折角来てくれたお土産に とネズミをかたどったチョコレートをくれた 食べたらほかほかとしていた

 

 

   白い牛の夢

 

夢のなかで 白い牛と段々畑で遊んでいたら ジリジリジリジリ! けたたましい音がして 目が覚めてしまった

「ああ つまらない」

閉め切った部屋は 太陽の熱で温泉のように温まっている 裸足で部屋じゅうの窓を開け放したら

「モーーウ」

牛の声がした 耳を澄ますと空の向うから聞こえてくる 雲の合間からお日様が寄って来た

「何で夢なんて見るのかな やっぱり記憶を整理しているのかな 猫は見るの」

傍で丸くなっていた猫に尋ねたら

「もちろんにゃ 猫同士で会っている夢とか ご飯を食べている夢 パクパク 人が歩いているのを見ている夢 尻尾を人に踏まれそうになって駆けだす夢 鳥も見ているはずだに 木にとまっている夢とか ご飯を食べている夢 空を飛んでいる夢とか パタパタ 犬は勇敢に闘っている夢とか」

そう言って 板床を踏んで歩きだした

 

 

   蛇使い

 

蛇使いがやって来たと言うので 走って見に行った 川縁の松の木の前にはたくさんの人が集まっていて 蛇使いと蛇を見守っている 麻の服を着た蛇使いは 赤い笛を取り出して 何やらわからないメロディーを吹き始めた 蛇はくねくねと踊りだし 体を伸ばしたと思ったら まだまだまだまだ伸びていく 木よりも高く伸びていき 蛇使いがパチリと指を鳴らしたと思ったら 蛇使いも蛇も消えてしまった 

 

   蛇使い その2

 

 

上野動物園で鹿がいた 鹿は愉しそうにしているかと思ったら 

「なんだかね」っていう顔をしていた 

「森のなかではないみたいだね」

って思っているみたいだった

鹿の後に 口を開けたままの鰐を見ていた

「鰐は何て素早く口を動かすんだろう 目をギロッてして がるっ がるっ」

そう呟いていたら 子供たちが笑いながら駆けて行く

「あは 楽しそうだ おれれもおれれも」とついて行った

行ってみると子供の輪のなかに頭巾をかぶった蛇使いが坐っていた 麻のチョッキを着ている 檻を背にしてあぐらをかいて煤けた壺を抱えている 

子供たちと一緒に見物していたら 蛇使いは壺を置いて手にした赤い笛を口にあてがうと くねくねした音楽を吹き始めた 口にしたなり鳴りだしたようにも見えた 壺から白い蛇が顔を出した 檻に居た幾匹もの青大将が笛に誘われて寄って来る

青大将が木のように立ち上がった 白い蛇が笛に合わせて体を伸ばして行く 蛇使いの頭よりも高く伸びて行く 杉の木よりも高く伸びて行く いつまで経っても伸び切らない 

ふと視線を元に戻したら 壺からもう一匹出て来た

出て来て蛇つかいの手をカプッとやったけれど 蛇使いは平気な顔をしている

「蛇使いも蛇に噛まれるんだなーす おれれは知らなかった」

そう言うと 隣の子供が

「わたしも知らなかった」

次の子供も

「僕も」

と言った 

 

 

   青鉛筆の行方

 

机の上の鉛筆が床に落ちたのが ころころころころ転がって 廊下に出て行ったので 追いかけたら 青い透明な体をした人が玄関に立っていた 

玄関の扉の前に立って 転がって来る鉛筆に手招きをしている 鉛筆が透き通った手に入ると その人は青のマントを翻し カツン! と靴音をさせて ひとっ飛びで森へ帰って行った 

部屋に戻ると からし色の羅紗を掛けた机の上に青い小石がひとつ乗っていた 家の柱がギイと鳴った 台所でスポンジの落ちる音がした

 

 

   魔法の期限

 

白銀の月が冴え渡る晩 魔法使いがやって来て

「何でも願いを叶えてあげよう」

低く通る声で言う

「お城に住んでみたい」

「お安いご用だ」

銀の杖をひゅうっと振って空中に銀砂子を撒いたと思ったら 山のてっぺんに水晶でできた大きなお城を立ててくれた

「ワア! すごい!」

急いで引越しをして 一月住んでいたら

「あの もうそろそろ」

魔法使いがおずおずと切り出した

「ケチ!」

杖のひと振りでお城は消えてしまって おれれはしろつめ草の上に影を濃くして坐っていた

 

 

  コップが水を飲む話

 

金色の輪のついた背の高いコップにお茶を注いで飲んでいたら

「あらあら」

ささやく声が聞こえる コップを覗くと 透き通ったお茶に見知らぬ人がふわっと浮き出た ハッと思ってテーブルから離れたら コップのお茶がみるみる減って きれいに飲み干されてしまった 見澄ませてもう一杯注ぐと これもまたきれいに飲み干されてしまった 

おれれはコップをつかんで湖まで走ると エイッと水のなかへ放り投げた まわりの山から雲が渦まき上がった

 

 

   流れ星が逃げてしまった話

 

勝鬨橋のまんなかにハンドルがあったから 右に回したらサイレンとともに橋が真っ二つに跳ね上がってきた 左に回したら元に戻った 

戻ったと思ったら今度は隅田川が漲りだした あたり一面漲って橋が浸かり始めている 駅へ向かって二百メートル走って橋を出た ぐるぐると渦を巻いた水が建物を避けながらどっと流れてくる 築地の通りを走って行って本願寺の塔によじ登った ぐるぐるの渦がおさまったら 水が築地を運河にしてしまった ベンチや花壇がプカプカと浮かんでいる オレンジ色のレスキュー隊員が速いボートですんすん漕いでやって来て ベンチや花壇を電柱にくくりつけている

カステラ色の日に照らされて 水がキラキラと底まで光っている 道路標識がゆくらゆくらと揺れている 魚がパシャパシャと尾鰭をけっている 塔から釣り糸を垂れてみた

夜になって 魚が眠りに帰ったから 本願寺の塔のてっぺんから釣り糸を垂れて 夜空の星をつかもうとしていたら 

「あらあら」

小さい声がして ビー玉位の大きさの流れ星が釣り上がった

「ワア!」

掌に載せてしけじけと見つめていたら 星はみるみる赤くなって 

「それでは失礼!」

一目散に逃げてしまった

お月様のもとで星がカチカチと瞬いている

水の街もキラキラとしていた

 

 

   星の雨宿り

 

玄関の扉を開けたら 敷石の上に星が三つ載っていた

人差し指で触れたら冷たくも熱くもなかった 掌に載せると 雨がサーッと降って来た

おれれは水玉模様の赤い傘をパチッと開いたけれど 雨はすぐに止んでしまった 掌から星がふわりと浮いた

星は南の空へヒュンと飛んでアッという間に消えてしまった

 

 

   月行き機関車

 

蒸気機関車がやって来るというので 線路まで走って見に行った もくもくと煙を吹かせながら走って行く機関車に乗ってみようと カーブに差し掛かった時に エイ! と飛び乗った 

原っぱを走り 湖の森を抜けて 海辺を通って山を越えて 夕暮れ時になって知らない街へ来たと思ったら ガタンと揺れて斜めに傾いた ハッと思って窓を開けると 眼の前に大きなお月様が光っていた

機関車は月を指して走り続けた

 

新橋の駅にいたらサーッと雨が降って来て 近くにいた人や歩いていた人がみんな階段に吸い込まれてしまった 

黒塗りの機関車をちらと見たら 扉がゆっくり開きだした 入ってみるとお客が何人も乗り込んでいて 居眠りをしたり 新聞を読んだりしている 

おれれはまんなかの緑のシートに坐った おれれが坐ると車掌が出て来て「もう出ます」とマイクで言った 

車体がガタンと揺れて ころりからりとレールの上を走って行く 知った駅をいくつも過ぎると外はもう真っ暗で いったいどこまで行くのだろうと窓の外を見ると眼の前に大きなお月様がある おれれを乗せた機関車は夜空に浮かぶ大きな光に向かって走って行く 

 

 

   森の通り道

 

両手の指を鏡に向かってからみ合わせていたら 風がおれれの頬をふーーッと吹いた 

振り返ってもなにもない 

もう一度鏡に向かうと やはりふーーッと吹いた 

森の方から流れ込んだ風が庭に吹き込み 縁側に吊るした風鈴がチリチリと鳴って 部屋は森のにおいでいっぱいになった

 

 

   川が海とつながった話

 

川で子供たちが泳いでいたので おれれも水着に着替えて浮き輪片手に駆けて行った さっきまで大勢いた子供たちが一人もいない 蝉が鳴いているばかりでほかは静まっていた 

浮き輪に坐ってプカプカと浮かんでいたら しだいに流されて 滝まで来たら止まらなくなってしまった 

「キャア!」 

そのまま流れに流れて 海まで来てしまった 浜辺には大勢の人がいて おれれが丘に上るのを手伝ってくれた

おれれはきれいな海を見ながら 白い砂の上でとうもろこしを かっかっかっかと食べたり 波打ち際へうぉーって走って行って わぁーっと波のところを駆けたりしていた 浅い所にタコとイカがいた タコとイカはすんすん泳いでいる すんすん すんすん

 

 

   先を越された話

 

ガラスの紅茶ポットを持って部屋へ入ろうとしたら 風もないのに眼の前でドアがパタンと閉まってしまった 把手に手を掛けたら

「入っていますよ!」

なかから鈴の音のような女の子の声がした もう一度手を伸ばしたら

「入っていますよ!」「入っていますよ!」

「おれれの部屋なのに!」

急いで台所にポットを置いて 駆け戻って扉をバーンと開け放ったら もう声は聞こえずに レースのカーテンがそよそよと揺れていた

 

 

   青空に染まったワンピース

 

空があんまり青いので おれれの布を染めてもらおうと 白いワンピースを庭に吊るしていたら 風が吹くたびにだんだん だんだん青くなって お昼の鐘が響く頃には鮮やかな空色に染まった

「うれしい!」

空色のワンピースを着てそこらを歩いていたら おれれも空の一部になったみたいで 椋鳥や紋白蝶が帽子や肩に遊びに来た

 

 

   夏の白大根

 

桧原村の山の麓に 白大根が並んで吊るされていた どこまで行っても大根なので

「大根だらけだ」

呟いたら 大根が

「暑い! 暑い!」

声を上げて来た

「どうしてこんなに大根だらけなの?」

「みんなで一緒に居るのは楽しいからね」

近くにあった水桶から水を汲んで バシャバシャと大根に水をかけていたら どこからか

「ア! 干し大根が」

大きな声が飛んできた 柄杓を投げ出して急いで逃げた

 

 

   シルクハットの世界

 

マジシャンが家の前にやって来て

「このシルクハットから白い小鳩が出て来るのをごらんくださいませ」

深々とおじぎをして 真赤なハンカチをひらめかせた

「仕掛け帽子から鳩を取り出すのだったら結構よ!」

「とんでもないこと わたくしの手品はほらこの通り シルクハットのむこうには シルクハットの世界があるのです」

帽子の底に手をやって 鳩を取り出し ヒヨコを取り出し うさぎを取り出し 孔雀を取り出して みんな並べて馬車のようにつなげてしまった 深々と一礼したあと 

ハイヤー!」

声を上げ 空へ飛び去って行った 窓から見れば 皆で連なって 月の内を抜けている

 

 

   お星様の味

 

庭のポプラの木に 昨日星をくわえて飛んでいた雀が来たので

「星はどんな味がした?」

尋ねたら

「甘くもないし 苦くもなかった 少しヒリヒリとした」

もう一羽にも尋ねたら

「こんぺいとうの味がした」

二羽はきらりと羽ばたいて お寺の森へ飛んで行った

 

 

   近くに住む人の散歩道

 

コマザワオリンピック公園から 運動会の歓声が聞こえてきたので 

買ったばかりの花柄のワンピースを着て 部屋でひらひらさせながら踊っていたら

「わっ わっ!」

声がした 立ち止まって耳を澄ませたら

「ここ ここ」

また同じ声がした しゃがんで床を見てみたら 三センチ丈の人が

「おれの帽子が踏まれそうだったよ」

背伸びをしながら言った

「知らなかったのよ ごめんね」

「いいさ」

口笛を吹きながら庭の方へ歩いて行った

あの小さな人は家の近くに住んでいるらしい

通った絨毯の跡の毛足が元に戻った

 

 

   誕生日

 

きれいな紅玉を毎日一つずつ集めていたら 一月たって三十個になった それを桃色の絹ハンカチを敷いた藤籠に入れて窓辺に置いていたら 次の日には籠に満たされていた その次の日には籠から溢れ始めた もう一日たったら部屋の床が玉だらけになってしまった 

空の限りなく晴れた日 横になってごろごろ遊んでいたら ポプラの木の上に止まった雀の親子が囀った

「誕生日おめでとう!」

「ああ そうだった」

今日はおれれの誕生日だったんだ

 

 

   葡萄ジュースに閉じ込められた人の話

 

奥多摩でキャンプをした帰り道 しぼりたての葡萄ジュースをもらった 家に着いて早速栓を抜いて 三角グラスに注いだら シューと煙が立ち込めた なかから人がとびだして来た

「おやまあ とんだことになったよ ああ大変だ 大変だ」

あわてて出て行こうとしている

「何が大変なんです?」

「葡萄ジュースのビンのなかに閉じ込められていたんだもの 大変に決まっているじゃないか」

そう言いながら出て行った 扉が閉まってビンがテーブルから落っこちた 床で跳ね上がったと思ったら一回転して着地した

部屋には葡萄の甘いにおいが幾日も残っていた

 

 

   流れ星のかけら

 

演劇会で魔女の役になった ある星の連なる晩 演劇会の幕を引いたあと 魔女の格好のまま 渋谷公会堂の広場に出れば 空は星が降っていた 魔女の杖をブンブン夜空に向かって振り回していたら 一つ星が流れた 流れたと思ったらおれれめがけて飛んで来た 

ヒャッと頭を下げたら 魔女の三角帽子のてっぺんを掠めて噴水にとびこんだ 噴水池が沸騰して噴き上げ始めたから慌てて帰った 

家に着くと 帽子には星の形の小さい石がたくさんくっついていて 洗ってみたら白金色に輝いた 藍色江戸切子のお皿に載せて明り窓に置いていたら 翌朝鳥たちがついばんでみんな持って行ってしまった

「みて! 鳥があんなに速く飛んでいるよ!」

「飛行機よりも速い!」

空を見上げたら 鳥がピュンピュンと音を立てながら 空を行く風よりも速く飛んでいた

 

 

   大福から生まれたひよこの話

 

深大寺の節分際で豆大福を一つ貰って家に帰った お茶を入れて大福を二つに割ってみたら ひまわり色のヒヨコが三羽転がり出てきた 

「まあ! なんてかわいいの」

ヒヨコは行儀よく一列に並んで ピヨピヨと鳴きながら 日の差し込む窓辺で静かに日光を浴びている 

一つ動き出すと 窓の桟に足をひっかけて 一 二 三といっせいに飛び立った

羽をぱたぱたとさせて 一列に連なって森の方へ跳ねて行く

 

 

   爪製のキリン

 

指の爪を切っていたら 切る度に何かの形に寄り集まって 切り終わったら琥珀のキリンになった

「ア!」

驚いているおれれの前で キリンは得意そうにテーブルの上を駆けて見せた

「どうしてキリンになったの?」

「だって 捨てられたくないもの」

キリンのために 小さなオアシスと草原と小さな森を部屋の片隅にこしらえたが ある日庭に降り立って

「湖まで行って来るよ」

言ったきり戻って来なくなってしまった

近所の子供達はあのキリンを湖の森で見たよと言い 別の子供はキリンは二頭に増えていたよと教えてくれた

 

 

   鏡を通り抜けた話

 

部屋の鏡に映るおれれの姿がどことなく冴えて見える 冴えていると思ったら鏡のなかのおれれがポーズをとって ニッと笑った 小さく手招きをして消えてしまった 驚いて鏡に手を置いたら 鏡のなかへ入り込んでしまった

「キャア!」
気がついたら 隣のキッチンにいた 調べてみたけれど 鏡のようにあべこべのところはどこも見つからなかった

「なんだ 通り抜けできる鏡だったんだ」

部屋からキッチンに行く時は 時々この鏡を使っている おれれを手招きしたやつはあれからとんと見かけない

 

六本木通りの鏡張りのビルの前で姿を映していたら 鏡のなかのおれれが動きをやめて ニッと笑って手で差し招いた 驚いて鏡に手を置いたら 鏡のなかへ入り込んでしまった

「キャア!」
おれれはビルの中にいた 黄色い帽子の受付嬢が「いらっしゃいませ」とにこやかに挨拶をした 見回してみたけれど鏡のようにあべこべのところはどこにも見つからなかったけれど ビルのなかは風がいっぱいあった はっぱだらけだった くるくるまわってた 

 

 

   馬になった竹馬の話

 

竹馬に乗って散歩に出た 畑を通って小川を横切って 湖の森まで来たら 竹馬がひとりでにパカパカと駆けだしてしまった だんだん勢いがついて来て とても怖くなった

「止まってよ!」

言っても止まらない

「ドウドウドウ」

言ってみたら ぴたりと足が止まった

「あんた 本当は竹馬じゃなくて馬なんじゃないの?」
撫でながら聞いてみたら

「ヒヒーン」

一声嘶いて 森の奥へ駆けて行った

 

 

   逃げだした影法師

 

ある霜夜 湯船につかって鼻歌を歌っていた 

今日はお風呂が妙に暖かい 今日 おれれは行いが善かったのかね

そう思ってふと見たら影法師がひたひたとひろがって ニュウと大きくなってはゆるらゆるらと揺れている

「ア!」

冷たい水を浴びせかけたら

「ヒャア!」

声を立てて影法師は縮こまってしまった 

「お風呂でくつろいでいる時に 大きくなったりしないでよ 影法師のくせに」

「ワア!」

泣きだして天窓の隙間から逃げて行った

おれれは影法師なしで暮らしていたけれど 三日目の晩に月を見ていたら 月の光でおれれの影ができていた キッと睨んで小石をぶっつけたら 黒い影が真っ白に光って点滅し始めた

 

 

   縁の下の猫

 

藤の椅子に寝そべってアイスクリームを舐めていたら 縁の下で遊んでいる猫と縞猫の話声が聞こえてきた 

「おまえはいいなあ こんなに毛がつやつやとしてて 縞模様だから余計に光って見える」

「なんだおまえだって らくだ色に白が混ざって金みたいに見えていいじゃないか どこの猫だろうって 猫なら皆振り返っておまえを見るだろう」

「そうかな」

「そうさ」

やがて二匹はとんぼを探しに れんげ畑へ行ったので おれれはバターのたっぷり入ったスコーンを猫たちのために作った お礼にくすだまのついた簪をくれた

 

 

   届いた詩

 

布屋で働いている小さいうさぎから 薄紫に藍を織り込んだ美しい絹織物をもらった

「こんなきれいなものを いいの?」

「いいのよ これはおかみさんからもらったんじゃなくて 空から降りて来たきれいな女の人からもらったんだから」

お礼を言って夜道を行くと 月の下にとても美しい女の人が立っていて 優しくほほえんだ

「美しい布をありがとうございます」

と言うと

「あなたの詩は届きましたよ ありがとう」

十五夜に窓から吊り下げておいた詩が 遠い夜空に届いたのだということがわかった

 

 

   軽くなった話

 

空のあおあおと晴れた日 有栖川公園へ散歩に出たら スズメたちが小枝に止まり 花風にたゆたっていた

「いいなあおまえたちは こんなに軽くなって風に乗って遊べるなんて」

「この枝の尖を持ってごらんよ 君もできるから」

一羽のスズメが言った

「とにかくやってごらんよ」

細かな花をむらがらせている小枝に手を掛けて 体を浮かせてみると 体は風船のようにゆらゆらと風に吹かれ始めた

「ね 本当だったろう?」

スズメはうれしそうだったが やわらかい風にくすぐられて 手を滑らせたら ポーーッンと大空に投げ飛ばされてしまった

 

 

   消しゴムが帰ってきた話

 

江戸東京たてもの園で絵を描いていたら 白い消しゴムが乾いた草の上を転がって行ってしまった 追いかけたら 小川の近くで穴に入り込んだ ア! と思って耳を澄ませてみたけれど 何にも聞こえなかった 小さな穴に

「オーイ!」

呼びかけてみたら

「ハーイ!」

声が上がって来た

「わたしの消しゴム 返してくれない?」

消しゴムがポーン! と跳ね上がって来た お礼を言って駆けだした 消しゴムの角がなくなっていた

 

 

    さか夢

 

夜明け前に目が覚めて 夢で見た景色について考えていたら 通学路にいつも見ている神社だということに気がついた 

早速行って境内に立っていたら 鳥居の下を通る人が豆粒くらいに見えた 向うの通りを行く人は 大鳥居くらい大きく見える 

どこかで見た景色だと思ったら 昨日見た夢のけしきであった 遠近がさかさまになった夢だったのだ とわかった途端 かまぼこが思い浮かんだ さつま揚げになった 今度は紅白のかまぼこだ

 

 

   空の色が舞い込んだ話

 

寝ている時 毛布をお腹に掛けたら 毛布がたっぷりお腹にある感じがする

ふと目を覚ますと 開け放した窓から差し込む月影に重なって 黒い蝶々がひらひらと部屋を飛びまわっていた 孔雀のように裾を流した羽がついている 

起き上がって手を伸ばしてつかもうとしたら ひらひらひらひらと飛んで手からすり抜けてしまった 

蝶々の飛んで行った天窓へは背伸びをしたってとても届かない 

翌朝目を覚ますと 部屋じゅうが明るい 日の光が燦燦と降っている 黒い蝶々を探したけれど 見当たらなかった 窓を開けるとカーテンの陰から蝶々がとびだした 蝶々は黒ではなかった 夕日のオレンジ色であった

 

 

   ルーレットと紅いバラ

 

ルーレットを回しているタキシード姿の男が こちらを向いてウインクをした 胸にバラを挿している 

男は胸のバラをつまむと ルーレットのまんなかに投げ入れた アッと思ったら 会場が一面バラの花びらになって 遊んでいたきらびやかな婦人や紳士たちがみんな紅いバラになってしまった 

ハッと気がつくとそこは森であった ブナの木の下にルーレットが置いてある ウインクをしたあの男があらわれて ルーレットを抱えて去って行った 

草の上には バラの花が一輪載っていた 風のひと吹きで空中に舞い飛んだ

 

 

   観覧車が風車になった話

 

おれれはだだっぴろい草原に立ってみた

「ここはなんて好い所なんだろう」

思っていたら青空に紛れてお台場の観覧車が見えた 観覧車の軋む音が風に乗って聞こえてくる 

走って行って見上げたら 大きな風車だった 勢いをつけて羽根に飛び乗って てっぺんまで行ったら 空の雲に手が届いた 

手で端っこをつかむと 足が宙に浮いた 浮いたと思ったら大きな風車が消えてしまった おれれは雲にぶら下がったまま日が暮れるのを眺めていた 

キラキラ星がやって来て 足元に止まったので腰を掛けてみたら 原っぱまで運んでくれた 原っぱに立つと お台場の観覧車が見える 赤や緑や黄色いネオンが光ったり消えたりしていたけれど ふと風が吹いて 風車になった

 

 

   空のへそ

 

休日の昼過ぎに 人通りのない丸の内を 灰じろの空を見上げながら歩いていたら 湖の色をした空のへそがあるのを見つけた お月様の大きさに浮かんでいる ア! と叫んで駆けて行ったけれど どこまで走っても へそは遠くにある ワーッと追ってみた そのうち不思議に思いだした

近くを飛んでいた蝶々が

「それはあなたのちょうど裏側にあるからですよ」

教えてくれた

「あなたが走れば 空のへそも走るのです いつも裏側にあるのです」

高層ビルに行ったら パンフレットを手にした人がどんどんやって来て バナナを貰って去っていた

丸ビルの角を曲ったら お腹がキュルルと鳴った

 

 

   綿雲をつかんだ話

 

ふわふわとした小さい綿雲が風に乗って舞い降りて来て 窓の向こうを横切った 

ハッと思って窓から身を乗り出してつかむと 手が綿雲にくるまってふわふわとくっついた くっついたと思ったらビューという音が聞こえてきて 綿雲とともにおれれも風に舞い上がった 

おれれは空のまんなかで綿雲に引かれてすんすん飛びながら 風が止んだところで青い麦畑に降りた 

パッと手を離すと綿雲がいざよいながら上がって行った

 

 

   巨大なシュークリームを頬張った話

 

昼下がり 谷中の空地で猫たちと日向ぼっこをしていたら 道いっぱいの大きな丸いものがゴロゴロと転がって来たので 慌てて逃げた 

路地に入り込んで もう安心かと思って振り向いたら 別の丸いものがポンポンと屋根を越えてとびこんでくる 

角を曲って ひまわりの咲く公園に出て ゴーという大きな音がするので見上げてみたら 雲くらいのシュークリームが東へ向かって進んでいた 

アーー! と叫ぶと ゆらゆら飛んでいたシュークリームが傾いた ヒュルルと空から落ちてきた

おれれは大口を開けて一口で頬張ったら お腹がふくれて風船みたいに浮き上がった

 

 

   雲を跨ぐ人

 

表参道の石畳の道を 青山郵便局に向かって歩いていたら 後ろからシルクハットがあらわれた 燕尾服を着た紳士が先に進んで行く 宙に浮き始めた 

そのまま階段を上っていく調子で ひとあしひとあし 上がり始めた ハッとして見上げていると 青空に浮かんだ綿雲の端までたどり着いた 

着いたと思ったら 長い足で雲を一跨ぎして 雲の向うの空へ消えてしまった ア! と叫んだ声が 綿雲に吸い込まれる 

紳士の跨いだ白い雲が夕日に照らされて 紅桃色に染まりだした

街路の木の下を通ったら上でガザガザした音が聞こえる 他の木でも同じようにガサガサとしている

夕方になったから鳥が木に帰ってきたんだ

 

 

   月へ帰る紙飛行機

 

縁側に坐って夕焼け空を眺めていたら 羽田から来たジャンボが飛行機雲を引きながら進んでいた 続いて紙飛行機がゆらゆらと飛んでいる 

どこまで行くのかと見守っていたら 屋根の止まり木にコツンと当たって 庭の植え込みに引っかかった 草色の画用紙でできた紙飛行機は丈夫そうだったけれど 翼を閉じていた

夜になって戸を閉めに縁側へ出たら パタパタという音が聞こえてきた 縁端で紙飛行機が羽根を羽ばたかせようとしている 駆け寄って飛行機を掌に載せたら ふわりと浮かび上がった 海から吹いてきた風と一緒に ゆっくりと金色の月へ向かって飛び立って行った 

 

 

   カルツォーネの向うの空

 

ピタパンだ! と思って 焼き立てをナプキンに包んで 半月形のパンを頬張った 思ったよりも硬い なかがジュージューと言っている ベーコンとトマトソースとモッツァレラチーズがシチューになって入っていた

アツイ! と思いながらパクパク食べた 食べてみても なかみが減っていない 

パンのなかを覗いてみたら パンの向うにきれいな空が見えた 手を振ると お日様が寄って来て 蝶々が三羽光りながら過ぎて行った

 

 

   ハーモニカになった話

 

目が覚めると 窓辺の丸いテーブルの上に 砂の色をしたハーモニカが載っている 触るとざらざらとしている 舐めてみると甘かった 思い切って噛んでみた ココナッツクッキーだった 

「どうりでいいにおいがすると思った」

呟きながらみんな食べてしまった あくる日 頬杖をついて庭を眺めていたら 指先ほどの人がやって来て おれれを指差して言う

「あいつはハーモニカです」

小さい人の横には 人差し指くらいの竜が立っている 竜は頷いておれれの鼻先に浮かんだ

「あなたはハーモニカですか?」

「いいえ ハーモニカではありません」

「昨日 ハーモニカを食べませんでしたか」

「ハーモニカのクッキーなら食べました」

小さい竜は

「やっぱり」

一言呟いて おれれの顔にフゥー! と息を吹きつけた おれれの体から音楽が鳴り始めた 

竜が吹く度にハーモニカの音がした 小さい竜は息を切らしながら「ちょうちょ」を吹き終えると 大きく頷いて どこかへ行ってしまった 小さい人も消えていた 

おれはおれれの腕にフゥーッと息を吹きかけた ハーモニカの音が小さく鳴った 

 

 

   雲までの長さ

 

夜 ソファーに坐っていたら

猫が脇の下から顔を出してきて

「肌触りがいいにゃ おれれの服は肌触りがよくないといけない おれが顔を出すからね こう ううんてしたときに がさがさしたらいけないからね」

そう言って顔をめぐらせている

ふと見たら 一筋の銀が宙を流れている 

こどもグモかなと思って見てみたら 竜の落とし子であった

「どこから来たの?」

尋ねると 窓の向うにぽっかりと浮かんでいた白い雲に顔を向けた

「空から来たの? 珍しいね」

「おれは空から生まれて海に行くのだ」

糸を引っぱると なかなか頑丈であった 思い切り引っぱると 糸がぐるぐると落ちてきた 長さを計ると一万三千八百四十九メートル六十四センチ二ミリであった これは雲までの長さである 

竜の落とし子は糸をぐるぐるっと巻きつけて海の方へ行った

 

 

   天窓とお月様

 

天窓つきの二階の寝室に はじめて泊まるお客が夜更けに目を覚まして驚いた 丸い天窓にお月様がすっぽりとはさまっていたからである 部屋は月の光にひたされていた

今夜は満月であった

 

 

   雲を引っぱる手袋の話

 

 

むくむくとした雲と雲の隙間に 小さい青空があった 淡い青色に眼をやっていると ア! 白い手袋がひゅるひゅると地面に落ちてきた 走って行って拾い上げた 絹で織った女物の手袋だった 

手首のところから冬蜜柑のにおいがした おれれの手よりも指のところがだいぶん長い 

小さい青空を見上げたら金の毛糸がするすると降りてきた 先に小さな洗濯鋏がついている 洗濯鋏をつまんで手袋をはさんだ 

白い手袋をつけた毛糸は青空へ昇って大きな雲をつかんだ 

雲の群れは白手袋に引っぱられて海へ向かって行った 空は一面紺碧に晴れ渡った

 

 

   みかん色の魚が生まれた話

 

目が覚めると 窓辺に置いたガラスのポットがカチリンカチリンと鳴っていた 起き上がって窓辺へ行くと

カチリンと鳴る度にポットの蓋が少しだけ浮き上がっている

把手を握って爪で弾いてみたら 水が翡翠色になった 水を揺らしたり日に透かしたりしていると ポットの口から小さい魚がとびだして来た キャッ! と叫んで窓を開けたら 魚は窓の隙間から空へ飛び立った 

小さい魚はみかん色に染まった

 

 

   ほかほかの寝床

 

ハッとして目を覚ますと ふわふわした巨大なクッションの上に寝そべっていた てっぺんに紅いアクセントがついている 円盤のような白いクッションは50メートルはあるように思われた クッションからは甘いにおいがしていた あたたかい

つまんでみたら 白パンのようにふわりと取れた 

口に入れた とてもおいしい 

「おれれは食べ物のほかほかしているところが好きだ」

思いながら 手でかきわけてなかを掘って行くと 熱い黒いものにつき当たった 湯気が立ち上ってくる 

すくってみたら ゴマのにおいがする 食べてみるとあんこであった

「あんまんだ!」

 

 

   お茶から葡萄ができた話

 

黄色の玉が四つついているガラスのコップに緑茶を注ぎ入れた

「さつま芋とお茶は同じ色をしている」

観察していたら コップの底から泡が立ち昇って葡萄の形に固まって行く お茶と同じ色の葡萄がコップの上におおいかぶさった 

「お茶と葡萄も同じ色をしている」

思って一口食べると 熱い!

「沸騰したお湯からできたんですもの あたりまえよ」

小さな声が聞こえてきた

熱い葡萄は甘かった お茶もほんのり甘い

 

 

   星を手にした話

 

帝国ホテルに泊まって月の光を浴びていた 寝つけずに羽根蒲団をかぶっていたら 丸天井の暗がりに流れ星が横切った

「あれ」

手を伸ばしたら夜空に包まれた 

いつの間にかひろいひろい草原に立っていて 星がかぶさってくる きらきらと光る夜空から一つずつ星を取った

せっせせっせと星を取るうちに 抱え切れなくなった星が腕からこぼれだした 転がる星を追いかけるうちに空に青みが差し始めた

やっぱりホテルのベッドにいたけれど 床にも棚にも星が散らばっていて 窓を開けて空へ返そうとしたら 星は一つずつ手から離れた 飛行船よりもゆったりと月のもとへ流れて行く

 

 

   天上の音

 

粉雪のちらちらと舞う冬の夜 雪の薄く敷いた公園通りの坂道を 駅へ向かって急ぎ足に下りていたら ふいに辺りが真っ暗になった 

赤いコートの婦人や黒いコートの紳士は皆どこかへ行ってしまった 

ハッとして立ち止まったら 街燈がパッと灯った 

おれれはパルコの交差点に立っていた オルゴールの音が聞こえてくる 

音の方を見上げると メリーゴーランドが雪よりもゆっくりと降りてきて 交差点をいっぱいに塞いでしまった

まんなかに立つおれれをめぐって 雪色やビロード色やしろがね色の馬たちが 石臼を挽くような音に乗って廻っている 

おれれは右に左に顔を向けながら キラキラと光るメリーゴーランドの馬たちを見比べていたら ハイビスカスの花をつけた飴色の雌馬が走って来たので サッと飛び乗った 

馬は前足を高く上げていななくと 輪から外れて一散に駆けだした 

しんとした公園通りを馬のたてがみにしがみついて駆け下りる 

人のいない渋谷駅の改札を飛び越えて 山手線の線路をぐるぐるとめぐり走った

七周して眼がまわったから原宿駅で下ろしてもらった

ホームに降り立ったら山手線が滑り込んで来た

なかから人がたくさん出て来た

 

 

   石畳を滑った話

 

自由が丘の山吹色の石畳をコツコツと歩いていたら お月様の照る路地の向うから ボートがゆらりとやって来る 四つ角のところで 漕いでいた細長い男が

「いかがですか?」

手を差しのべてくる 男の手を取ってボートに乗り込んだ

運河となった石畳の上をボートは右に左に揺れながら進んで行く

「さあ着きましたよ」

船が止まった 

見れば駅に着いていた

「それでは」

ボートは去って行く

靴が道に当たってコツンと鳴った

人がいっせいに駅へ流れだした 東横線大井町線が十字の形に滑り込んで来た おれれは東横線の方に乗ってほっと息を吸い込んだ

 

 

   立ち寄った星

 

うとうととして 夢を結ぼうとしていたその時に 耳元で

「ああ もう寝入ってしまったわ」

「折角お話しようと思って来たのに」

声が聞こえてきた 

「誰?」

「あら 起きてたの?」

「眠っていたのなら寝てなさいよ」

目を開けようとしたら ひらひらしたものが光っていて 眩しくて開けられなかった 

「誰なの?」

もう一度尋ねてみたら

「私たちわね 星ですよ」

クスクスと笑いながらどこかへ消えてしまった

月夜に林檎の花が浮かんでいた

 

 

   猫と月の話

 

東京タワーのてっぺんで猫と月を見ていたら 猫が月を呼び止めた

「何です?」

月は猫を見た 

猫は

「あなたの端っこに縄をつけてブランコを造ったらきっと楽しいと思うんですがにゃあ」

遠慮がちに言ったが 

月は

「とんでもない! ネジで穴を開けたら 光が届けられなくなるかもしれないよ」

顔を赤くして 雲を呼んでしまった 三日月の色が雲間に赤くぼかしだされた

 

 

   お月様と歌った話

 

秋川渓谷に小船を浮かべて夜空を眺めていたら お月様がやって来た

「波の音を聴いているんだね? 流れ星の音は聞こえるかい?」

「どちらも聞こえますよ お月様 今夜はいい夜ですね」

「本当にそうだ」

おれれが詩を歌うと お月様がギターをポロンポロンと弾いてくれた そうして一晩中お月様と一緒に音楽を奏でた 

明けの鐘でお月様が奥多摩の山の向うに帰って行った

おれれも家へ帰ってお昼過ぎまでぐっすり眠った

 

 

   家具がとけてしまった話

 

お昼に庭園美術館から帰って来たら 部屋の家具がみんなとろとろにとけていた

「こんな風にとけてしまうなんて 冬になったらまた固まるのかしら」

呟きながら蜂蜜色の液体に触ってみた 

熱い! 指ですくって舐めてみたら バターだった 

急いでスコップを持って来て 一番大きな銅製のボウルに注ぎ入れた 

小麦粉と卵と砂糖を混ぜて パンケーキを作った 

パンケーキが三十二枚ふわふわにできあがった 

「スフレみたいだ おいしそうだ これはおいしい 健康にもよさそうだ」

言ううちに 部屋の家具がみんなパンケーキになってお腹におさまった

 

 

   風で大きくなるしゃぼん玉の話

 

星のちりばめられたビンに入ったしゃぼん玉を世田谷のボロ市で買って来た 

窓辺に置いてみると 色とりどりに光っている 

蓋を開けようとキリキリ時計回りにひねったら ポン! といって星型の蓋が取れた 

ビンの底からシュワシュワと小さい粒が立ち昇って甘いリンゴの香りがひろがった 

粒はビンの口に集まったあと ふわりふわりと窓の外へ漂いながら出て行く 風に乗った粒は大きなしゃぼん玉になって やがてパチンパチンと弾けながら小さな粒粒になった 粒はきらきらと舞いながら青空のなかへとけて行く 

部屋も外もりんごの香りでいっぱいになった

 

 

   夕日のいたずら

 

浜離宮の汐入の池で海の向うに沈む夕日を眺めていたら 

まん丸の夕日が 正方形になり長方形になり三角になり星型になり渦巻きになって

「ワ ハ ハ ハ ハ ハ ハ!」 

笑い声とともに パッと消えて夜になった

晩のニュースで

「今日夕日を見た人が百人以上眼をまわしていました」

そう放送していたが おれれは夕日がいたずらでやったことを知っていたから眼をまわさなかったけれど あれが真昼の太陽だったらまぶしくて あるいはくらくらしたかもしれない

 

 

   土星を食べた男の話

 

天体望遠鏡を覗いて星の観察をしていたIが

「大変だ!」

と叫んだ。仲間のBが驚いて

「どうしたんだい」

と夜空から眼を離して尋ねた。

「大変な物を見つけた」

とIはレンズから眼を離した。

Bがレンズを覗くと、輪っかのついた土星が暗闇に浮かび上がっている。

土星だな。何か見つけたのかい?」

「巨大なアイスクリームだ。宇宙にもアイスクリームがあったんだ。」

「アイスクリームだって? これは土星じゃないか。アイスクリームなものか。何億年も何十億年も宇宙にある星がアイスクリームだったら大変だ。もしそうだったとしても誰かに食べられているだろうし。君はなんだってそんなことを言うんだい?」

「おれはアイスクリームに目がないんだ。だからこそわかる。あれはアイスクリームだ。マーブルアイスだ。今まで誰も気がつかなかっただけだ。」

 あくる日の深夜、いつものように仲間と集まって星の観察をしていたBが、ヒョイとレンズを覗いたら、土星が欠けていた。そうしてみるみるうちに小さくなって輪っかだけになってしまった。

「大変だ!」

Iの噂をしていた皆を呼び、代わる代わる望遠鏡を覗いていると、そのIが輪っかに乗って何やらを引っぱっている。Iがたぐり寄せたのは、さっき欠けたはずの土星であった。Iは星をたぐり寄せてはずみをつけると、ヒョイッと輪っかのなかに投げ入れた。星はしばらく揺れていたが、やがてしずまって土星の姿になった。

「なんだ、ほっとしたよ」

望遠鏡を見ていた皆は言い合った。

「だけど、なんであいつはあんなところにいたんだ?」

 土星の輪っかに乗っていたIはあくる日キラキラした顔をして

「なあみんな、おれの活躍を見たかい?」

と得意気に言った。

「見たよ。あれはいったい何だい?」

「夢見たいな話だが」

Iは話し始めた。

「一昨日の晩、大発見をしたおれは土星へ行ってみたくてたまらなくなった。もちろんあの巨大なアイスクリームを食べるためさ。それにしても土星は遠い。どうしたものかと考えながら散歩に出た。都電通りをてくてく歩いていたら、電車が光をまきちらしながらやって来た。行き先は『土星』とある。すぐに乗り込んださ。客はほかにもぽつぽついたが、みんな降りて行って、しまいには誰もいなくなった。うたた寝をしているうちに『終点、終点』って車掌が言うものだからパッと起きると、土星が眼の前にあるじゃないか。おれは電車を降りた。電車はカタカタ言いながら地球の方へ戻って行く。土星の輪っかに立ったおれは、せっかくだからと球体に体をのばして指でさわってなめてみた。甘い。やっぱり思った通りだ。アイスクリームだ。そうと思ったら急に元気が出てきて、また体を伸ばしてアイスをすくって食べた。思った通り、マーブルアイスだ。ナッツとバニラの味がする。味は今まで食べたどんなアイスクリームよりもおいしいのさ。あんまり体をのばしたものだから輪っかからすべり落ちそうになってヒヤッとしたよ。でもここは宇宙だ。落っこちるなんてことはないはずだと、決心してひょいと球体に飛び移った。体はフワッと浮いて球体に乗っかった。夢中になってアイスクリームを食べていたら、あんな巨大だった物をみんな食べてしまったのさ。だがこのままではどうか。

天体観測をする人だって土星がなくなっちゃがっかりするに違いないと気がついて、腕組みをして考えた。そうしたら眼の前に、といっても離れていたけれど、土星そっくりの星があったのさ。おれはポケットに忍ばせていた頑丈な紐、これはいつもおれが流れ星をとるために持ち歩いているんだ、それで引っ掛けて、たぐり寄せて輪っかのなかに入れたら、どこから見ても土星だ。おれはアイスじゃないだろうなと触ってみたら、冷たくって石みたいだったよ。おれは一仕事済ませると家へ帰ったのさ」

「家へはどうやって帰ったんだい?」

「都電だよ。三時間間隔で土星とここいらを往復しているんだ。夜の十二時過ぎに都電通りを歩いていたら見つかるよ」

 

 

   雲のしゃぼん玉

 

草原へ行ってしゃぼん玉を吹いていたら 空をしゃぼん玉だらけにしてみようと思いついた 

フゥー! フゥー! 盛んに吹いていたのに しゃぼん玉は雲に届くより先にみんなパチンと消えてしまう

「ああ がっかりだ」

そう思っていたら

「君のはね わっかが小さ過ぎるんだよ」

雲が手を伸ばして 牛より大きな輪っかを作ってくれた 

しゃぼん液をつけて風の跡を追いかけたら 巨大なしゃぼん玉が浮かび上がって おれれも一緒に空へ飛び上がった

 

 

   知らない世界へ行った話   

 

目が覚めたら 眼の前に扉が一つだけあった 

頑丈で重そうな扉には 草模様がほどこしてある 金色のノブは重くて ひねってもびくともしなかった

おれれは寝ていたベッドに仰向けに寝転んで天井を見た 小さくて丸い赤いものがくっついている

「ボタンかな?」

思いながら立ち上がった 

伸び上がって見てみたら スイッチのようにも見えたので 飛び上がって押してみた 

赤い丸いものがカチッと音を立てた ジーという音が鳴り響いて 天井が外れた 四面の壁が外れた 頑丈な扉だけは立ったまま おれれは敷物の上に立っている

まわりは草原で 一つの木もなかった 水色の空は綿の雲がすいすいと流れている 

おれれは風に吹かれて昼寝をしたあと 硬いドアノブに触れてみた パタンと音を立てて扉が跳ね返ったら 扉の外へ押し出されて扉が閉まった 

おれれの部屋だった 硬い扉も消えていた

 

 

   弦の切れたあと

 

屋根裏の物置で小さなバイオリンを見つけた 懐かしくなって 「キラキラ星」を弾いていたら G線の弦がバチンと音を立てて切れてしまった

切れた音がするや 床板が跳ね上がって おもちゃの兵隊が整列行進のままとびだして来た

「急げ! 急げ!」

口々に言いながらバイオリンの所へ行き 弦を新しく張り替えて

「任務完了! 任務完了!」

掛け声を上げながら 板の隙間へ入って行った

おれれはキラキラ星とバッハのメヌエットを弾いた

ちゃんちゃんという拍子木の音がした

 

 

   おれれが一つになった話

 

窓ガラスをノックする音に驚いてカーテンを開けると 庭におれれが立っていた 真っ青なドレスを着ている口を大きく動かして

「あ け て」

鍵のかかったところを指差した 

おれれがぼんやりとしたままでいると 庭にいるおれれはスッと手を伸ばし ガラスを通り抜けて鍵を開けてしまった 

窓を開け放して部屋にスタスタと上って台所へ入り おれれの朝ご飯を平らげた

「ねえ」

腕に触れたら おれれの体が青いドレスに吸い込まれる気がした ふと気がつくともう一人のおれれはどこかへ行ってしまい おれれが青いドレスを着た人になっていた

 

 

   虹色の雨になったシャボン玉

 

朝にしゃぼん玉を吹いていたら まん丸のしゃぼん玉がみんな人の形になって風に吹かれて飛んで行ってしまった

ア!

叫んで追いかけて行くと パシャンと弾けて 小さい泡になってキラキラしながら雲へ吸い込まれる

雲から虹色の雨がパラパラと降って来た 口を開けてなめてみたらソーダアイスの味がした

庭に虹色をした粒が薄く敷かれた

 

 

   こねこの名前

 

一匹のはいいろねこがフェーネフェーネと鳴いた 子供の泣き声をまねしたのである はいいろねこはフェーネという名前になった

 

 

   額が輝くキャンディーの話

 

ルビー色に輝くキャンディーを パクッと口に入れて食べていたら 

みるみるうちにキャンディーはなくなって ハッと思ったら 額のまんなかがルビー色に輝いていた 

籠のなかには色とりどりのキャンディーがまだまだたくさん詰まっている 

明日は何色に額を輝かせてみようかと思いながら眠った

目が覚めたら 箪笥も椅子も鏡台もみんな色とりどりに輝いている ルビー色 エメラルド色 夕日のようなオレンジ色 海の青 籠のキャンディーは空っぽであった

 

 

   水に投げ出された話

 

銀の洗面器に水を汲んで手を浸したら 

ア! と思う間もなくおれれは水の中にいた 

パジャマのまま水を掻き分けて 苔色の藻を掻き分けて

パア!

顔を出すと 

そこは裏の森の湖だった 泳いで岸に上って裸足で家に帰って 洗面器をひっくり返してみたけれど どこにも変りはなかった 

カチンカチンと指で弾いていたら サーーッと音が静まって

ア! という間もなくまた水の中に投げ出されてしまった おれれは湖の上に顔を浮かせたまま

「ワー!」

お日様に向かって叫んだら 洗面器もろとも空に舞い飛んだ

 

 

   爪が空飛ぶ

 

ほかほかとした春の日 足の爪を猫が引っ掻いてきた カリカリと引っ掻く度に爪はズンズン伸びて行く しまいには扇型にひろがって 波うって羽ばたきをしたと思ったら おれれは空に浮かんでいた

「アア どうしよう 飛び方も知らないのに!」

叫んだら

「知ってるさ」

「そんなもんさ」

明るい男の声が聞こえてきた アハハハハハハ 笑い声が轟いて おれれはヒマラヤを目指す鳥の群れと空高く飛んでいた

 

 

   ゆで卵の黄身がお月様になった話

 

春のお祝いに 春キャベツと卵のサラダを十人分作っていた 

キャベツを刻んで水を切り ゆで卵をつるつるに磨いていたら 一つの卵から「ワーッ!」と言う声が聞こえてくる つっついてみたら

「開けておくれ」

声が言った 

白身を外して行くと なかにマカロンみたいな形のお月様がはさまっている

「暑い 暑い! なかは夏だったよ おれは茹でられたのは初めてだった」

お月様はそう言いながら 茹で上がった卵を二つ三つ両手にはさんで 青く澄んでいる大きな空を渡って行った 

お月様の黄色い体が日に照らされて白く透き通って しだいにまん丸に膨らんで やがて小さくなって消えて行く 持ち帰った本物の卵が雲に隠れてキラリと光った

 

 

   レモン色の月になった話

 

空がラピスラズリのような色をしていた昼下がり 食器棚の片づけをしていたら 六角形のコップに黄色いボールが入っていた 

コップを振るとボールも揺れた においを嗅いでみたら レモンの涼しい香りがした 

氷を二つ入れて 水を注いで飲んでみる 爽やかなおいしい水だ コンコン飲んで 黄色いボールは食べてしまった 

夕日が山の陰に隠れて夜空に星がカチカチと瞬き始めた 

おれれはどうしても空へ昇りたくなって 庭で一番背の高い木の上に登って空へ一歩踏み出した おれれは空にしっかりと立っている

「すごいこと!」

おれれは三日月になったお月様のところへ駆けて行った お月様はおれれを見つけると

「マア! ただ黄色が少し足りないわ!」

おれれはレモン色に輝きながら三日月のくぼみに腰を掛けて お月様と一緒に夜空を渡った 

曙になってから おれれは部屋へ戻ってうとうとと眠った

「あなたが食べたのはね 月のかけらですよ 月になれるのは一晩だけですよ おやすみなさい」

お月様の呟いた声が耳に届いた

 

 

   湯気が雲になった話

 

ポテトサラダができあがった 食卓に着いてお櫃からご飯をよそって

「いただきます」

箸を取ったら 夜空にかすんでいたお月様が窓の側までやって来て見ている

「何か食べたいんですか」

「ほかほかご飯」

大きな瑠璃椀に盛ったご飯を差し出したら お月様は喜んで一口で頬張った 

「ああ お腹一杯になった おかしいなあ もう少し食べる予定だったのに」

お月様は口の端から白い湯気をポンポンと立てながら夜空へ昇って行く 

湯気は雲になって 夜のあいだお月様の横にくっついていて 月の光にとけ込んだようになって遊んでいた

 

 

   ふたつのお月様

 

炊き立てのご飯をよそって窓の外を見たら 紺色の夜空に黄色いお月様が浮かんでいた 

茶碗を食卓に持って行こうとしたら ご飯を盛ったはずの茶碗に お月様が浮かんでいる

ア! と叫んだら

「ご飯は食べちゃったよ」

小さなお月様が言った

「おいしかったよ」

そう言いながら 窓の隙間から夜空へプカプカと泳いで行った

その晩は大きなお月様の横に 小さなお月様が並んで空を渡っていた 

小さなお月様は 大きなお月様にご飯の話をしていたということだ

 

 

   オムレットにあこがれたお月様

 

 夕飯にトマトのたっぷり入ったオムレットを作った 食卓について夜空を見上げると しゅろの木陰にゆられたまん丸お月様が みるみるうちに半分の大きさになった

「どうしたのです?」

お月様に尋ねたら

「君のそのオムレットの形になったのです」

そう澄まして口笛を吹きながら夜風にゆられている 

やがてお月様は湖の畔で拾った赤い小石を身につけて トマトの振りもしていたが おれれが一口食べるたびに お月様も少しずつ小さくなった 

オムレットを食べてしまって夜空を見ると 

アッ! お月様がいなくなっている

「お月様!」

大声で呼ぶと ワハハハハという笑い声が近くから聞こえてきた 

もしやと思って調理室へ駆けて行くと お月様はまだ温かいフライパンの上に寝転んで にこにこと笑っていた

 

 

   お月様と白鳥の水差し

 

ハッとして目が覚めると かたゆで卵の黄身のようなお月様が はるばる隔たった夜のなかに浮かんでいた

起き上がって白鳥形の水差しから水を飲んだ ベッドに横になって目を閉じると 部屋が輝いた 

目を開けると水差しのあたりが眩しい 目を細くしてみたら 白鳥の水差しのなかにまん丸お月様が入っている 

キャッ! と叫んだ 夜空は星明りだけだった

「この白鳥を湖に浮かべておくれ そうしたら空に戻るから」

水差しのなかでお月様が言った 

おれれはパジャマのまま近くの湖まで駆けて行った お月様は舟遊びを楽しんでいた 湖のまんなかあたりに来ると 気に入った白鳥の水差しと一緒にゆっくりと夜空へ昇って行った 

おれれは手を振って見送った 星が海の方へ流れて行く

 

 

   星の小箱の話

 

森が月の光に蕩け込んで静まった晩 ふと窓辺を見ると 紅いリボンのかかった小さい箱が糸で下がっている 

「はて  何だろう」

手に取ると 糸はするすると屋根の上へ昇って行く 

屋根の上はしんとして 誰かがいる気配はなかった 箱にかかったリボンを外すと リボンの裏側にメッセージが書いてある 

「あなたへ」 

あとは何もなかった

小箱を開けると 一まわり小さい箱が入っていて 小さい穴が一つと小さいボタンのようなものが一つある 振ってみると カラカラと小さい音がした ボタンを押すとジイジイと鳴った

「おはよう 今日もいい天気だね お月様 今日はお星をいくつくれるの?」

そう言う声がした 

ハッとして小さい箱を放り投げた おれれの声だった 朝一番に青空にかすんだお月様に話しかけた言葉である 

夜空を見上げると 月のまわりできらきらとしていた星たちが またたきながらぐるぐると円を描き始めた 星は人に取られてしまうのではないかと この贈り物をよこしたのだ

「取らないよ! 本当だよ!」

おれれは夜空に叫んで頭を毛布に埋めた 朝起きると昨夜の贈り物はきれいになくなっていた 窓の桟にきらりと光る小さい粒が一つだけ落っこちてあった

空には蒼い星が輝いていた

 

 

   月の運動

 

冴え冴えとした月を見ていたら くらくらと眼がまわった と思ったらその場にパッタリと寝てしまった 

気がついたら山桃の木が一本生えた原っぱの上に寝転んでいて 頭の上の月はいよいよ輝いていた 

今度は眼をまわさないようにと思ったら 月がぐーっと手を伸ばし おれれをつかんで森の木の上に載せて行った

その夜 月は伸び上がったり縮こまったり走ったり駆け下りたり けたけたと笑いながら遊んでばかりいた

 

 

   お月様がかぶった話

 

コマドリがやって来て 琥珀色に輝く洗いたてのテーブルクロスを持って行ってしまった

「ア!」

叫んだ時にはもう雲のところまで飛んでいて 夕焼け空に琥珀色がひらひらと舞っているだけだった

その夜 眠りについていたら お月様の奏でるギターとローレライの歌声が聞こえてきた 

窓を開けてみたら お月様が琥珀色のテーブルクロスを頭に巻きつけて得意気に夜空を渡っていた

「あのコマドリはお月様のところへ持って行ったのか」

庭に何か気配がすると思ったら猫だった 夜なのに眠そうだ

空から角笛を鳴らす音がした

 

 

   月で釣った星の話

 

天体望遠鏡をのぞいて夜空に冴える月を見たら 月の上に人が坐って釣り糸を下げていたので驚いた

「オーイ」

手を振ると こちらに気がついて手を振り返した

「釣った星を少し分けてくださらぬか」

紙に書いてかざしてみたら

「いいだろう」

紙で返事がきた 

翌朝望遠鏡の横で目を覚ますと 窓辺に星が三つ 蒼く瞬いたまま ガラスの器のなかに入っている ワア! と声を上げて喜んだ

「さて お礼はどうしたものか こんな貴重なものを」

気がついたら 望遠鏡のレンズがなくなっていた 新しいレンズをはめて白くなった月を見てみると

「釣りにも遠眼鏡がいりますのでな ありがとう」

そう書いた紙がかざしてあった 

おれれは星を二つ お月様に向ってエイと投げて 一つを宝の箱に入れた 夜になったら取り出して その下で本を読んだ

 

 

   Z氏と星の人

 

 夜空を見上げたら、空は晴れ渡っているのに星は低いところに金星があるだけで、お月様も見えなかった。

「不思議だな、今日は弦月の筈なのに」

と呟きながらZ氏は海を見下ろす丘の道を歩いていた。潮の香りのする風が吹きつける。丘に咲く黄色と白の小さい花は夜に沈みこみ、ひっそりと眠っているようだった。Z氏の向う先には灯台が光の筋を投げ出している。

 Z氏は燈台守の当番でない日は、自宅の屋根で天体観測をしていた。新しい星を見つけるのがその仕事であった。Z氏は仕事の仕上げに生まれたての星に名前をつけると、あくる日役所のリンデン氏を訪ねて報告をするのであった。報告が済めば、新しい星が生まれたその数だけ、乾杯をする習慣になっていた。

この春は新しい星がたくさん生まれていた。赤い星、白い星、黄色い星、西の空や東の空、北の空や南の空にいくつも生まれて、Z氏は「三十年来こんなことは一度もなかった」と喜んでいた。

そうして、Z氏とリンデン氏はお昼にならないうちから、リンデン氏のとっておきのシャンパンを細いグラスに注いで、チリリン! と澄んだ音を立てて乾杯をしたのであった。

「ところでリンデン君、昨日は不思議なことがあったよ」

とZ氏が話し始めた。

「ホウ、それはどんなことだい?」

「昨日は金曜日だから僕は燈台守の日だ。それで夜の九時頃、丘の小道をてくてくと歩いていたのさ、そうしたら向うから人がやって来た」

「フルネンかい?」

とリンデン氏は聞いた。

「僕もそうだろうと思って、『やあ、フルネン、今晩は!』って陽気な挨拶をしたのさ。だがフルネンではなかった。なぜってフルネンなら僕が着いてから灯台守の番を交替するはずだし、僕が来るのを灯台から見かけて早めに出て来たのだとしても『ツェットォ! ごきげんよう』って大きな声で歌うように言うだろうからね。あいつは本当に好い声をしているよ」

「ああ、フルネンは好い声をしている。それで、フルネンじゃなくて誰だったんだい?」

「それが誰でもなかったのさ」

「それはどういうことだい?」

「あの晩はなぜだかお月様が出ていなくて、丘の花も灯台の光が差すところは見えていたけれど、潮風に靡きあう草も夜に呑まれていたのさ。そんな闇夜でも道は慣れているからね。ほのかに白い道を登って行くにつれて、幻の様ではあったけれど、灯台の明りでまわりが見えるようになったし。そんな時、誰かが歩いて来る気配がした。こんな夜だし、灯台に用があるのは燈台守くらいだ。それでフルネンと思ったがそうじゃない。だんだんと近くにやって来る音がする。僕は立ち止まってその誰だかわからん人に道を譲った。その時に姿がはっきり見えたよ。妙な出で立ちでね。襟がレースの、あとはトランプのマークのいっぱいついた胸当てつきズボンをつけていたんだ。年なんてさっぱりわからんでな。思わず振り返ってみたら、足音が遠ざかって行くばかりで姿はもう見えなかったよ。灯台へ着くとフルネンは丸椅子に坐って僕を待っていたさ。

『やあ、今晩はZ君、ごきげんよう。今日は少し遅かったじゃないか。』

 僕はフルネンにさっきの話をした。フルネンは知らないと言った。

「それにしても、こんな夜に迷いもせずによく歩けるものだな。町の人か?」

「いやあ、どうかな。どうもあんな人は見たことがなかったがね」

 そんなことを話してフルネンは帰って行った。僕は夜食に持って来たサンドイッチを拡げてコーヒーを沸かし始めた。本を読みながらね。丁度コーヒーができあがった頃、灯台の丸い扉がノックされた。フルネンかと思って、まあ出てみた。そうしたら、さっきすれ違った妙な人が立ってるじゃないか。

「どうしました?」と聞くと、

「道に迷った」

と言うんだ。

「どこへ行くのかい」

と尋ねると

「町へ」

と答える。町への道順を丁寧に教えてやった。

「こんな遅くに町のどこへ行くんだい? なんなら一晩ここへ泊まって、明日の朝、町へ発てばいいじゃないかね」

と勧めたら、感謝していたが、

「いや、急いでいるから」

と言った。こんな時間だ。店は閉まっているし、

「君は町の人かい?」

と聞くと

「違う」

と答える。いろいろ聞くのはなんだとは思ったんだが、どうしても気になってしまってね。

「一体、どなたの家へ行くんです? よければその家の道も教えてあげますよ。私は町のことなら何でも知っているのでね。町の人たちは早くに寝てしまう人が多いし」

と僕が言うと、相手は口をとざしてしまった。

「いや、いろいろ聞いてしまってすまない。君がどうも、普通の町の人には見えなかったものだからね、旅の人ですか」

と聞くと、

「そんなものだ」

と答えた。このままではなんだと思って、

「どうです、コーヒーでも一杯。今入れたところなんですがね」

と勧めると、

「いただきます」と言うので二人で向かい合って坐ってコーヒーを飲んだ。サンドイッチも勧めると、お腹がすいていたんだか、呑み込むように平らげてしまったよ。

一息ついて言うには、

「僕はあるお屋敷の主人を訪ねて行くのだが、名前はZ氏だ」

と言うんだよ。町にZと言えば僕しかいないさ。

「Zに何の用があるのかい?」

と聞くと、

「名前をもらいに行くのだ」

と言った。

「名前? 君は一体誰ですかね?」

と聞くと、

「おれは昨日生まれた紅い星だけど、Z氏が丁度書類を片づけてしまったところに生まれたので、名前をつけてもらえなかった。Z氏が星の観測をするのは来週の火曜日で、星の子供は三日名前がないと、空の大きな星に吸い込まれてしまう。だから早くZ氏のところへ行かないといけない」

と言う。

「それは大変だ!」

と僕は叫んだ。

「早速つけてあげよう」

と言ったら相手は驚いて僕を見た。

「僕はZだよ」

と言うと、とびあがって抱きついてきたよ。そこで名前を考えたんだが、なかなか思いつかない。相手は夜空を眺めて待っている。それで僕は彼に『ツェット』と名前をつけたよ」

「君の名前じゃないかね!」

リンデン氏は笑いだした。

「そうだよ。それ以外思いつかなかったんだよ。今だったらいろいろと思いつくさ。ピーターとかハンスとかね。でもあの時は、とにかく『ツェット』これしか思いつくものがなかったんだから。それでその紅い星のZ君は、お礼を言って立ち上がったよ。うれしそうな顔をしてね。僕までうれしくなったね。戸口まで送って握手をした。彼は二、三歩丘を歩いたが、僕を振り返って手を振ったと思ったら、アッという間に夜空へ尾を引いて昇って行った。そう、これがその書類だよ」

 Z氏はリンデン氏に新しく生まれた星の資料一式を渡して言った。

「それじゃあ」

とリンデン氏はシャンパンをグラスに注いでZ氏に渡した。

「また杯を上げよう。紅い星のZ氏に乾杯」

 二人はグラスをカチリン…と鳴らした。

 

 

   トランプカードがくっついた話

 

納戸の奥にしまっておいたトランプカードを 木星が月と重なった晩に取り出した

占いをしようかと思ってパタパタとあおいでいたら いつの間にか スペードのAの絵柄がすっかりなくなって 真っ白のカードになっている 

あちこち絵柄を探してみたけれど見つからない ふとガラス戸に映ったおれれの顔を見たら 

アッ! スペードのAの絵柄が額にくっついていた つまんで引っぱってもくっついている 

ハートの3のカードであおいでみたら スペードのAがカードに戻って 額にハートの3がくっついた カリカリこすってみた カードの束からケラケラと笑い声が聞こえてきた カードをテーブルにひろげると 笑っていたのはジョーカーだった

「あんたのいたずらだったのね?」

「その通りでございます」

またケタケタと笑いだした

「元に戻す方法を教えなさいよ」

「カクテルを一杯くれたら 教えてあげましょう」

ボヘミアの金色グラスにさくらんぼのカクテルを作ってジョーカーの前に置いた

「さあ 教えなさいよ 教えたら カクテルを注いであげるから」

「なに 私を額に持って行ってごらんな」

ジョーカーを額に載せると ハートの3が外れて 額はきれいに戻っている

おれれはジョーカーにさくらんぼのカクテルを注いだ

「もういたずらはごめんだわよ」

「それなら時々トランプカードを取り出して日に当ててくださいよ カードが湿気てしまいます」

「そうするわ」

おれれはトランプカードを風の通る窓の下に吊るすことにして ジョーカーの飲んださくらんぼのカクテルを一口飲むと眠ってしまった

 

 

   ジョーカーのあめ玉

 

お風呂上りに寝床でトランプカードをひろげていた ジョーカーの真っ赤な唇を眺めていたら ふいに赤い口が開いて 大きなオレンジ色のあめ玉を吹き出してきた キャッ! と思ったら 部屋の壁に矢のように突き刺さった

「危ないじゃないの! どういうつもり?」

ジョーカーはあかんべえをしてせせら笑っていた 足でどしどし踏みつけたら カードが真っ白になっていた 

壁に刺さっていたあめ玉もなくなっていた 

木の葉のザワザワと揺れる音が部屋いっぱいに鳴り響いた

 

 

   苺を運ぶ人

 

飼い猫が牛乳をおいしそうにコップで飲んでいる

「うん 楽しそうだ 牛乳を飲んでますよという感じだ」

「そうかにゃ 苺もおいしそうだにゃ」

そう言って ガラスの器に盛った苺を指した

「この苺はおいしそうだ 草がふさふさしている 苺についているゴマに名前はあるのかね」

おれれが訊くと

「あれは苺の種だにゃ」

飼い猫は答えた

「あれが種なのか あれを植えると苺になるのか 苺の種は苺みたいな形している」

苺にくっついているゴマの形のつぶつぶをつまんで取って 庭の栗の木の下に植えてみた 

水をたらして放って置いたら 木の葉の雫を風が滴らせたあくる日 花をつけた栗の木の下に大きな苺が四つ 草のお皿の上にきちんと並んで置いてある 一つつまんで食べてみた 甘くてとてもおいしい ゴマを取って庭の花壇に植えてみた 

朝になったら大きな苺が五つ草のお皿に並んで置いてあった 

夜になって庭の花壇を見ていたら 玩具のような人が芝草を踏んで苺を数珠繋ぎにして引っ張って来る

しばらく満月のなかにいるかのように立っていた 小さい人はおれれが庭に植えたゴマを掌に載せて数えると 服の胸ポケットにしまって 苺を六つ草のお皿にきちんと並べて月明かりのなか帰って行った

あくる日おれれは大きなおいしい苺を六つ食べたけれどゴマを庭に植えなかった 目が覚めて花壇に行ったら苺はなかった おれれが置いた空っぽの草のお皿に朝露が光った

 

 

   川幅いっぱいの笹舟

 

青空の下で川の流れを不思議がって眺めていたら 笹舟がゆらゆらと流れて来た

「あ! めずらしい」

手にとって見ていたら 笹舟があとからあとからやって来た 立ち上がって背伸びをして上流を見ると 川幅いっぱいに笹舟が押し寄せて来る 

木の陰に隠れていたら 杓文字ほどの人が列をなしてやって来て

「それ行け! 進め!」

しきりに号令をかけていた 

川幅いっぱいの笹舟は 掛け声の通りに滝を下り 海を目指して進んで行った

 

 

   花びらに覆われた話

 

浅瀬に小船を浮べて小さな魚たちと遊んでいたら 空から白い花びらが降ってきた 風に吹かれて舞い上がっては積もって行く 気がついたら原っぱも水面(みなも)もみんな花びらで音一つ聞こえなくなった 

「アーー!」

叫んだら 声はみるみるうちに花びらへ吸い込まれてしまった 空は海よりも深くあおあおと磨かれて 水平線の彼方まで雲の一点もない

 

 

   学ぶズボン

 

シモンおばさんの作ったズボンが夜の店内でハンガーから抜け出し 鏡の前に立って左足を上げたり横に出したり 右足を上げたり伸ばしたり いろいろな格好をして遊んでいたのを 店のカメラが映した 

店長は

「これは映画である 事実ではない」

否定したが シモンおばさんは

「そうなるだろうって知っていたわ」

自信ありげに笑みを浮べた

「だって毎晩私がズボンを縫っているでしょう? 作り上げて履いてみて 足を上げたり伸ばしたり 毎晩私がしたのと同じことをやっていただけですもの このズボンはほかのズボンより賢いんです!」

皆シモンおばさんのズボンを欲しがった

 

 

   氷の人

 

庭の手入れを済ませてキッチンへ行くと 蒼いコートを着こんだ女の人が坐って 水を飲んでいた 

おれれが入っても見向きもせずに アイスクリームを食べだした

「ちょっと」

「何?」

灰色の目の端ででこちらを一瞥して 金の小匙をくわえている

「ちょっとねえ」

肩に触れると ひんやりとしている 温い麦茶を竹のコップに注いで渡したら麦茶が凍ってしまった 

ハッと思うと女の人はいなくなって 青い布にくるまれた大きな氷が椅子の上に置かれていた

 

 

   ソファーが白牛だった話

 

真っ白なふかふかのソファーを注文して家へ帰った 大きな箱が届いて開けてみたら 真っ白な牛がとびだして来た

「ああ! ソファーを頼んだのに!」

「いいえ あなたは私を頼みましたよ 私は知っています」

「どうして知ってるのよ?」

「あなたの横にいましたから」

牛は答えて床に寝そべった

「背に乗ってもよござんすよ」

「ソファーにするわよ」

「お好きに」

「天気のいい日には洗って干しますからね」

「どうぞ」

「乗り物になってくれる?」

「よござんす」

おれれは白い牛と暮らすことになった 牛は白いものしか食べない 牛の白い毛はふかふかでなかなか寝心地が好い

 

 

   月に飛ばされた夜の話

 

森の方で稲妻の穂が走った 目をつむって耳を塞いだら ドーン!! と言う音と一緒にどこかへ吹き飛ばされてしまった 目を開けると月の上にいた

「やった!」

思わず喜んだら 月が

「ははん」

月は歌い始めた 

地面の方で稲妻が小さく起きている

夜になって家の上まで来たので

「さあ お戻りなさい」

月から降ろされた

「また一緒に歌ってくださいね おやすみなさい」

「おやすみ ラララ」

月はギターを弾いて歌いながら遠のいた

 

   

   目白に帽子を編んだ話

 

仕立屋に行って蒼いブラウスを作ってもらった 襟や袖口がレース仕立てになっているところがとても気に入った 

あおあおと空の晴れた日 新しいブラウスを着て散歩に行くと 小さい目白がやって来て 襟のレースを嘴でついばんだ

「作り立ての服なのよ! つついたりしないで!」

「いいなあ 新しい服があって 僕はいつでも同じ羽根」

黒くて丸い目を向ける

「それじゃあおまえに小さい帽子を編んでやろうか? あったかいよ 飛ばない時には寝床に置いておいてもいいし」

「わぁ!」

目白の子はうれしそうに飛び立って行った

家に着いたら飼い猫が

「シモンおばさんの店で毛糸まつりをやってたにゃ」

教えてくれた

「寒くなるからね」

言いながらテーブルの下を見て 今は戸棚を探している お菓子でも落ちていないか探しているのだろう 

七日後に目白の巣に白い帽子とエンジ色の帽子と余った毛糸を持って行った

「目白の子! 目白の子! 帽子を編んで持って来たわよ!」

呼びかけたら目白の子がパタパタと降りて来た 帽子と毛糸を渡すと

「わあ! ありがとう! 帽子は二つもくれるの? 毛糸もくれるの? 白いのは晴れの日に エンジのは曇りの日に使うよ 毛糸はお蒲団にしよう」

歌いながらうれしそうに言った

「雨の日はどうするの?」

「この毛糸のお蒲団で寝ているのさ」

目白の子は帽子と毛糸をくわえて歌いながら 生い茂った初夏の梢に帰って行った

 

 

   お月様とビーズの首飾り

 

ビーズで首飾りを作っていたら 作っても作ってもできあがらない 

ふと月を見たら おれれの作った首飾りがあと少しで月に届きそうになっていた 

ア と思って首飾りを引っ張ったら 月がヒュンと手を伸ばして シュルシュルとみんな体に巻きつけてしまった 

月はうれしそうにルリルリラー と歌いながら夜空を歩いていた 月がとても美しくて歌声があまりにもきれいなので おれれは首飾りのことも忘れて平打の銀簪を外して髪を解いた

 

 

   酔い覚ましの木

 

夕方空を見上げたら まだ白く透き通っている月がふらりふらりと揺れながら空に昇って来た

「酔っ払いに見えるわよ!」

「今日は美酒を飲みすぎて とても黄色く光ることなんてできませんわ!」

「あなたがそんなにふらりふらりとしていたら 星たちが困るでしょうに」

「困るものですか! 私が昇らなくたってちゃんと瞬いていますもの! 」

「あなたに酔い覚ましのおいしい水をあげますよ」

三角柱のグラスに注いで渡したら

「ヒャア! 冷たい! 冷たい! 」

黄色く瞬きながら昇って行った

 

 

   月とハーモニカ

 

ハーモニカを吹いていたら

「どれどれちょっと見せてご覧」

月がやって来た

「ひとつ私に吹かせておくれ」

吹き方を教えてあげると 「ちょうちょ」の歌をきれいに吹いた

「あなたは歌もうまいし ハーモニカもできるし すてきですわね」

褒めたらどんどん曲を覚えて やがて空が明るんでしまった

「あ! 大変!」

月はハーモニカを置いたまま 空を駆け上がって 地平線の彼方へ去った

おれれはハーモニカを袱紗包にしまった

 

 

小鳥の月

 

「僕の名前は月って言うんだよ」

庭に遊びにやって来た鳥の子が朗らかに冴えた声で言う

「あら どうして?」

「月の晩に生まれたからさ」

「じゃあ兄弟たちもみんな月っていう名前なの?」

「違うよ 僕だけさ」

「どうして?」

「僕が卵から顔を出して 下の枝の葉っぱに落ちてしまった時 お月様が腕を伸ばしてすくってくれたからさ その時僕のお腹を支えてくれたから 僕のお腹はお月様みたいにきれいな黄色なんだよ」

とふふ毛の生えた頭を上げて胸をそらした

「月」はお腹に黄色のふさふさがあるのを何よりも自慢に思って 今日も庭先で丸く膨れ上がってはお日様を浴びている

 

 

   賢い猫

 

卵とハムのサンドイッチを作っていたら

「おれはブルーベリージャムを挟んだのも食べたいんだがにゃあ」

猫が肩に乗って来た

「ハムはもっと太く切ってにゃ」

「卵はもっとたっぷり挟んでにゃ」

注文をつけるので

「それなら自分で作ってよ」

猫に言うと

「まかせるにゃ」

どんどん作り始めた 数分も立たないうちにおいしそうなサンドイッチの山ができあがった

「いつから料理上手になったの!?」

「おれは見様見真似で何でもできるのだ 賢い猫なのにゃ!」

顔を平らにしてうれしそうにしていた

 

 

   シュークリームのいたずら

 

晴れ晴れの日に洗濯物をきれいに干してキッチンに行くと 水色のリボンで結わえた真白な箱が置いてあった 

オヤ! と思ったが宛名はおれれになっている 開けてみるとなかはたくさん詰まったシュークリームだった 猫と一緒にどんどん食べた 

箱が空っぽになった頃 眼の前にいた猫が突然いなくなった ハッと思うと おれれの体も透き通っていた シュークリームの箱には「不思議なシュークリーム」と金の字が浮いていた

「いたずら者め!」

床を踏み鳴らしたら

「キャッ!」

小さな声が聞こえてきて 床から白い煙がシュワシュワと上ったと思ったら おれれの体は元通りになった

猫はテーブルの下で丸くなって昼寝をしていた

 

 

   星をほしがった話

 

クヌギの木の合間から青空を眺めていたら 星が二つ枝に引っかかっていた 

ア! と叫んだら雀の子がやって来て くわえて飛んで行った

「いいなあ! おれれにもちょうだい!」

呼びかけたら パタパタと舞い戻って

「だめですよ これはお月様に返さないと」

「そんなに小さいのにお月様の所へ行くなんて わたしが渡してあげるわよ」

「だめですよ ぼくらは小さくったってお月様の所へ行くんですから」

「星を触らせて!」

「ぼくらは急いでいるんですよ 今日はとっても忙しい日なんだから」

雲に向って飛び立ったら 月が駆け下りてやって来て

「やあやあ 助かった ありがとう子供たち」

月は雀から星を受け取った

月と星は青空に透き通った体で ゆったりと弧を描きながら空へ空へと昇って行く

 

 

   水車小屋の魔女

 

水車小屋の前に立って水車が回るのを見ていたら 水車になって行く心地がした

草の上に寝転がって

「ぐるぐるぐるぐーる」

呟くと いつの間にか水車のてっぺんにいた 

驚いていると 東の空から

「アハハハハハハ!」

大声で笑う魔女がこっちを見て

「ちょっと叶えてやっただけさ 気をつけて降りな」

箒に乗ったまま叫んでいる お礼を言って手を振ったけれど 一人で降りるのはどうも恐かった 

通りかかった子供たちを呼び止めて手伝ってもらった 

子供たちに魔女の話をしたら 自分も水車や木のてっぺんに乗せられたけれど 降りるのはとても恐かったと言った

 

 

   雨の音

 

ガトウショコラを焼いてみた 焼き上がってベンガラで縁取りしたお皿に盛りつけてテーブルに置いたら 庭に住んでいる動物や虫がみんな集まってこっちを見ている 

半分切って渡したら

「ワー!」

みんなで歓声を上げた

途中で夕立がやって来て みんなは帰ってしまったけれど ガラスのお皿に雨のしずくが垂れて 木琴の音がした

晴れたらお皿に小さな虹がかかった 庭の虫たちがやって来て 今度は虹に乗ろうとしてがんばったけれど 虹はくすくす笑いながら 太陽の方へきらきらと舞い上がってしまった

 

 

   ある午後のこと

 

帽子売り場で羽つき帽子を選んでいたら

鏡に写ったおれれのうしろに おれれそっくりの人がやって来て

「それはどうかな 似合わないよ」

「それはとてもよく似合う」

おれれはその人が似合うと言った卵色の帽子を買って家に帰った 

あくる朝 鳥の鳴き声で目が覚めた 飴色に光るテーブルの上に置いた帽子を見ると 帽子と同じ色のリボンがふわりとかけてあった 

「この方が似合うから」

書かれた白いカードが鏡台に置いてあった

「わざわざありがとう」

「どういたしまして」

カードは紙飛行機の形になった 斜に青空を切りながら飛んで行く

 

 

   二センチ丈の人から助けられた話

 

両足を踏み鳴らして歩いて行く大男に踏みつけられないように おれれは森を走りまわっていた 

抜け道を探っていたら

「こっちだよ」

呼ばれて 木のうろに入り込んだ そこらを踏み荒らしていた大男の足音が遠のいて行った

「あんた勇敢にもほどがあるよ あの大男の足下に姿をさらしておくなんて あいつは図体もでかいが眼もいいんだよ」

両手を腰にあてがったその人は 鳥の目をした二センチほどの婆さんだった

「塗り薬さ」

小さいはっぱをくれた

 

 

   オーブンの掃除

 

朝からパウンドケーキを焼くつもりでオーブンの扉を開けたら 人差し指程の人がとびだして来た 

蔦蔓をあしらった風呂敷に包んだ荷物を首に巻いて 同じ柄の風呂敷包みを両手に提げている

「まったくもう冗談じゃないよ 一分だってこんな所にいられやしない このオーブンももうたくさんだよ ヘン!」

小さな婆さんは喉筋を立てながらピョンとジャンプをして 庭を突っ切ってスタスタとどこかへ行ってしまった 

オーブンからもう一人 爺さんが出て来て

「ばあさんや! ばあさんや!  オーブンはわしが掃除してやるに! ばあさんや!」

庭へ向って叫んだ

「ヘン!」

遠くから婆さんの声が小さく聞こえてきてあとは静まり返った

「ああ 行ってしまったよ 仕方がない」

オーブンの扉の所に立った爺さんが力なく言った

「いつからここに住んでいたの? わたしはちっとも気がつかなかった」

「お嬢さん わしらは昔から住んでおりましたよ かれこれこの土地に草が生え始めてからずっとですよ オーブンの居心地がなかなか好くて わしらは気に入っておったが わしが掃除をせぬもので あの通りさ まあそのうち戻ってくるじゃろ それでは」

爺さんはオーブンの扉をバタンと閉めて引っ込んでしまった

翌朝早く トタトタという足音が聞こえてきた 振り向くと昨日駆けて行った婆さんが息を切らせながら走って来た オーブンまでたどりつくと 

「爺さんや! 爺さんや! あたしだよ ほれ!」

爺さんが眠気まなこで出て来ると

「そら 行くよ!」

手を引っ張って庭を突っ切って駆けだした

「どこへ行くの?」

「引越しだよ いい所を見つけたんだよ!」

そう言って消えてしまった 庭の草が風に吹かれて一面に暖かく靡きあっていた。

 

 

   シルクハットに住む手の話

 

サンドイッチ用のパンを切っていたら 後ろから見知らぬ腕がニュッと突き出てきた

ハッ! と思って振り向いたら ハムやチーズをつまんだ青白い手が家具の隙間から消えて行くところだった

「アッ! おれれのハムとチーズが!」

布巾を投げつけると 手は

「ヒャッ!」

叫んでそのまま消えてしまった

サンドイッチができあがったので 食卓について食べていたら また手がやって来た

「どうして手だけしか出てこないのよ? 欲しいならこれもあげるけど この家に住んでいるかくらい教えてよね あなたは誰?」

手はサンドイッチを三つナプキンにきれいに包んで 手を八の字にしておじぎをする格好をした そうして棚の上に置いてあったシルクハットのなかへ入って行った

あ! と思って覗いてみたら なかに二センチメートルほどの小さなヒツジが三匹 連なって歩いていた 

ヒツジの餌箱のなかにはパンやらチーズがつまっている あの手はヒツジの世話係なのだった

 

 

   雲が落ちてきた話

 

夕方の天気予報を見ていたら

「明日は黄砂が舞い 空が黄土色になるでしょう」

「黄土色になるって! つまらないねえ」

と手で膝を打ちながら空を見たら 雲が平らになっていた 

「昼間はこんもりしていたのに くたびれたんだ」

呟いて小さいボールを投げてみたら ドヒュンと音がして いっせいに地面に落ちてきた

「キャッ!」

叫んだら そこらじゅう真っ白になってワハハハハハ という笑い声があちらこちらから響いてきた

「雲だからね つぶされなんかしないよ」

小さな風が横切りながら耳元で囁いた 木の葉に混じって雲は空に上がって行った

 

 

   お日様があらわれた

 

曇り空ばかり続くので 空まで届く柄の長い竹箒を持って空を掃いてみた 

厚い雲は

「何だ 小さいやつめ」

声を立てて雷雲を呼んで来た 

稲妻が空を斜めに走って雷鳴が覆い 竹箒に雷が落っこちてくる

「アッ」

叫んで思い切り フウ!

吹いたら 黒い雲も雷雲も北の空へ流れて行った

後ろを見たら 猫や鳥や庭の虫がみんな一緒にフウ! フウ! と吹いていた

空の蒼が一際濃くなった

 

 

  牛乳ビンがくしゃみをした話

 

ビンの牛乳をゴクゴク飲んでいたら 底からわきあがって 飲んでも飲んでもなくならない ビンを叩いてみたりこすってみたりしたのに何も起こらない 

底の所を爪でカリカリ掻いてみたら ビンがヘクション!

くしゃみをして 庭へ駆け下りて歩きまわっている

「牛乳じゃなかったの?」

呼んだら

「牛乳だよ! おいらは走る牛乳ビンでちっとも減らない牛乳なのさ!」

声を残して湖の方に走って行ってしまった 

白い光が幾筋の線となって 部屋に差し込んできた

 

 

   桃をイチジクで返した話

 

森を散歩していたら 桃の木を見つけた おいしそうな桃が鈴生りになっていて 木によじ登って たらふく食べた 家に帰って眠っていると

「あたしの桃がない! あたしの桃がない! 大事に育てたかわいい桃だったのに! どこのどいつだい!」

声が森からこだまのように流れ込んで来た 

翌朝イチジクの木に吊ってあるハンモックに イチジクを山と盛って置いた 昼になって

「こりゃうまい! なんてうまいんだろう! 昨日の桃の代わりだね! まったく世のなか平等にできてるよ!」

銅鑼を鳴らしたような声が聞こえてきた 

森が静かになったので見に行った ハンモックで桃が一つ揺れていた

 

 

   満月を説得した話

 

満月の夜なのに なかなか月が昇って来ないので 森の湖へ行って探してみた 

森はきらきらと明るくて 月は湖に自分の姿を映してうっとりとしていた

「ああ 今日はまん丸でなんて美しいのだろう いつもは欠けたり 隠れてしまったりしてしまうけれど 毎日こんな風にまん丸だったらどんなにうれしいだろう」

「あらお月様 まん丸はそれはとても美しいですけれど 三日月のあなたもとても美しくすてきですよ」

「あら 本当に?」

「本当ですとも! それより早く昇ってくれないと 真暗闇は寂しくてなりません」

「ああ! 大変! 」

闇夜になりかかった空に月が天心まで上がって光を投げた

 

 

   月を気づかせた話

 

月が南の空にかかった時 フゥーッと溜息をついたので 森の木の葉がシャナリシャナリと揺れて 夜の森が一時だけ賑やかになった

「どうして溜息なんてついているんです? 毎晩こんなに美しく輝いているというのに」

「ああそんなこと 私は毎日同じように昇って 空を歩いて 同じように沈んで たまには違うこともやってみたいんですよ」

「どんなことをやってみたいのです?」

「歌を歌うとか」

「まあ! それじゃあ 歌いながら空を歩けばいいのに!」

――その夜からです 夜空に月の歌声が響き渡るようになったのは!

 

 

     猫にあこがれたお月様の話

 

猫が猫じゃらしで遊んでいたら 月がゆらりゆらりと下りて来て

「いいなあ おまえは じゃれたり飛んだり跳ねたり 体を伸ばしたり縮めたり 自在に散歩もできれば友達もいるし 風に当たって 気持ちよく昼寝もできる」

猫は目をまん丸にして

「何と お月様 あなたは宇宙にただ一つのお月様ではありませんか」

「ほっ」

月はたちまち笑顔になり

「そうだった すっかり忘れていたよ」

クスリクスリと笑いながら 夜の空高く昇って猫の影を作った

 

 

   クッキーを食べてと言うから

 

散歩をしていたら見慣れない蒼い屋根の家があって クッキーの焼けるにおいがプンプンして来た 

門の隙間から内を覗いてみたら

「お入りなさいよ」

呼ぶ声がした

門を開けて黒い飛び石を三つ踏んで玄関まで来たら

「お入りなさい」

呼ぶ声がまた聞こえてきた 青銅の枠のはまった扉を押すと

「こちらへ」

奥から声がする サンダルを脱いでひたひた廊下を歩いていたら

「ここよ」

小さな扉が開いた 蔓草模様が彫ってある猫足のテーブルには 一人分のお茶の用意と 大皿に盛った焼き菓子が並んでいる

「ごゆっくり 好きなだけ召し上がれ」

そう書いた紙が置いてあった

おいしそうだから 一口食べてみたら 止まらなくなってどんどん食べてしまった

家に帰ると ラジオから今日のニュースが流れている

「すももの森の音町角地のアマムラーニヤさん宅で 山盛りのクッキーが一瞬で消えた模様」

 

 

   風船大男

 

夜更けに花火が鳴ったと思って目が覚めた 綿に包まれたような音が次第にしるくなった 窓辺に置いてある植木鉢がカチカチと揺れた 起き上がって庭へ出てみると 草山の方に入道雲より大きい風船の大男が足を踏み鳴らして歩いていた

「ずんぐり毛玉毛玉のおやじ」

こっそり言ったら 大男はくるりとこちらを向き

「なぬ」

低く唸った

あっという間におれれのところへやって来て 家をほとほとと叩き始めたら 家の三角屋根の金飾りに当たって パン! と弾けてしまった 大男のかけらが星を目指してシューと飛び去った

 

 

   歌の先生

 

日の当たる窓辺に見かけないカナリヤがやって来て

「今度あの木に巣を作るから何かください」

歌いながら言う

「どういうものがいいの?」

「硬いものと柔らかいもの 光るものと光らないもの 軽いもの 重くないもの」

カナリヤは歌って答えた 見繕って籠に入れて渡したら

「ありがとうございます ピピピルルルルル」

美しい歌声で歌い 籠をくわえて飛んで行った 鳥はやがて庭に遊びにやって来るようになった

「お月様に歌を教えたのは僕らだよ」

小鳥たちはうるわしい声で歌を歌って 木から木へと飛びまわって春の日を射返している

 

 

   湖を住みかにした貝の話

 

波打ち際に足を浸して 猫と駆けまわって遊んでいたら 浜辺にたどり着いた

貝が顔を出して

「もしもし ここはどこでしょうか」

小さな声で尋ねてくる

「ここはどこでもないところにゃ」

猫は貝の背をつっついた

「ここは浜辺の町で 向うに見える森が湖の森で 森のなかの家も近くの家もみんな 湖の森の町ですよ」

教えたら

「私は湖の森の湖へ行きたいんですがね」

「湖へ行くにはこの砂浜を歩いて 笹藪のある辺りから小さな流れに沿って森の方へ進んで行けば じき湖に着きますよ」

「いやはやどうもありがとう」

貝は砂浜をせっせと歩いて笹藪に着くと 一番背の高い笹を取って小船を作り 細い枝を櫂にして ヒョイと乗ってさらさらと流れて行った

ある日猫が湖から帰って来て

「あの貝はなかなか頭が良い 釣り糸を垂れて釣りをしていたにゃ」

そう教えてくれた

 

 

   猫とパンケーキが消えてしまった話

 

ベーコンの入ったパンケーキを焼いていたら 飼い猫が友だちをたくさん連れて来て

「何か御馳走をしてくれ」

そう頼んできた 丁度焼いていたパンケーキがあったから 卵の絵が描いてあるお皿に並べた

「キャハハハハハハ」

笑い声が聞こえてきて 飼い猫もその友だちもみんないなくなってしまった

庭を見ると 猫は草を掻き撫でていた 頭を前にのめるようにして右手を握ったまま 掻き撫でる仕草をしている

「お友だちは?」

飼い猫に尋ねたら

「おれの友だちは縞猫だけだい」

皿に載せたパンケーキはきれいになくなって 菊の蒔絵のついた簪が置いてあった

 

 

   花束が飛んで行った話

 

水辺に生えている背の高い花を取ろうとして靴が水浸しになってしまった

「麻の靴がびしょびしょだ」

呟いたら

「ああ よかったよかった」

麻靴がしゃべりだした

「靴にされてしまった時は『どうしたものかね』と思っていたのに また水分が多く取れた」

靴を脱いで 草原に横になって乾かしていたら 南の方から好いにおいのする風が吹いて来た 

起き上がって見ていたら ドンドコドンドコ と太鼓の音が聞こえていて

「今日はおめでたい日だもの お祝いの日だもの ドンドコ」

歌が風に乗って来た

きっと誰かの婚礼のお祝いに違いないと思ったから 摘み取った花を束ねて 南へ向って 

エイ! と投げた 

花は鳥よりも速く飛んで行き 太鼓の音はつむじ風よりも速くなり 歌声は波の音よりも大きくなり 好いにおいはそこらじゅうを包み込んだ

 

 

   猫の風船

 

木の実の入ったパンケーキを焼いていたら飼い猫がやって来て できあがった先からどんどん平らげてしまった

「本当になんてよく食べるんだろう」

感心していると ニャアニャア鳴きながら風船のように膨らんで プカプカ浮かんで空に飛び立った

「ああ!」

縁側に出たら 寝ていた飼い猫が頭をもたげたので

「おまえ 空に行ったんじゃなかったの!?」

抱き上げて飛んでいる猫を見せたら

「あれはおれじゃないに」

飼い猫は澄ましていた ご飯にパンをやると 

飼い猫はボールのようなパンを丸齧りしている 

三つ四つ五つと平らげるうちにだんだんと膨らんできた

「食べ過ぎじゃない」

「猫の体温はイースト菌が働きやすい温度だからにゃ お腹に入って押している お腹さんは『む 押されているな』って思って 押し返しているんだにゃ 相撲取っているかもしれない」

そう言ってますます膨らみながら風船のようにプカプカ浮いた

 

 

   本当の話

 

アイスクリーム売りが鐘を鳴らしながらやって来た 皆ソフトクリームをぐるぐる食べてる

「お一ついかがですか」

軽快な声で勧めてきた 

果物が沢山入ったアイスクリームを三つ頼んだら 飼い猫が肩に乗ってアイスクリームのケースを覗き込んだ 手をグッパッグッパッして 買ってほしそうにしている

「好きな物を食べて好いわよ」

「おれにはナッツの入ったアイスクリームを三つおくれ」

飼い猫が注文をすると アイス売りは目をまん丸にして

「猫がしゃべった!」

驚いて帰ってしまった

翌日新聞を見たら

「N区在住のアイスクリーム屋 猫語解すと吹聴せり 『ありえない話ではない』と専門家」

ジリジリと暑い夏だったけど アイスクリーム売りはあれからいっぺんも来なかった

 

 

   空の都合

 

青空が見たいので 厚い雲に長い竹竿を突き立てて ウンウンと唸りながら隙間を作っていたら

「コーラ!」

鋭い声がして 雷鳴が轟いた

「だって曇りは好きじゃないんだもの お天気にしてくださいよ」

「今日は曇り雨の日じゃ 明日は晴れ晴れの日じゃ 明後日は晴れ曇りの日じゃ 今日は今日 明日は明日 楽しみに待っておれ!」

それから雨がしとしとと降りだして 次の日は晴れ晴れになった

 

 

   黒うさぎを見つけた話

 

原っぱでしろつめ草を摘んでいたら ふわふわとした白いものを見つけた 

何だろうと思って指を伸ばしたら うさぎがとびでてきて一目散に逃げて行った どこへ行くのか知りたくて 懸命に走って追いかけたら 木の根に躓いて 転んで穴に落っこちてしまった

「キャー!」

落ちながら

「おれも不思議の国のアリスになるんだ」

思っていると

「おまえがアリスなんかになるもんかい!」

鋭い声がした 

ドサン! と地面に着いて

「アリスじゃないならなんなのよ?」

「黒うさのともだちさ!」

ふと見たら小さな黒うさぎが眠っていて 目を覚ますとキュウキュウと鳴いていた 

チョコレートのにおいを嗅がせると家までついて来たので 庭に住まわせることにした 黒うさぎが住み始めてから 庭にしろつめ草が咲き始めた

 

 

   歌って逃れた話

 

青空に聳える入道雲に向って エイ! と下駄を投げつけたら

「誰だ!」

低い声が轟いて みるみるうちに黒くなっておれれの真上までやって来た

「どうしよう!」

懸命にハミングで歌っていたら 雨雲は森を抜けて 山を越えて 海の方へ走って行った

遠くでほら貝が鳴った 綿雲が一つ流れて行く 潮の香りの高い風が吹いた

 

 

   猫のワルツ

 

雨の日 猫が友だちと遠出をすると言うので

「猫が歩いているあいだは雨を降らさないでくださいね!」

空と雲にお願いしたら 若い雲がやって来て

「がってんだ おれたちはそんなことはもうわかっているのさ 猫が歩いているあいだは雨を降らせないことになってんのさ 心配御無用」

雲は引き受けてくれたので

「どうしてわかっているの?」

雲に尋ねたら

「猫が《猫のワルツ》って曲を作って笛を吹いたら 雲の兄貴たちが喜んで 空の下で踊ったよ それで雨には待ってもらうことにしたのさ 笛と耳と尻尾が濡れちゃうもの」

猫が出掛けているあいだ 空は晴れ曇りになって 雲は盛んに《猫のワルツ》を踊っていた

 

 

   氷が山になった話

 

バナナジュースに氷を浮べて 頭に鳩がついたマドラーでかき混ぜたら 二つだった氷が 四つになった ア! と思って手を止めたら かちりと音がして 氷が六つに増えた 

目を丸くして見ていたらカチリカチリと音がして 氷がグラスから溢れ出て テーブルが氷の山となってしまった

「バナナジュースを返すか 涼しくしてよ!」

叫んだら 氷の山からつむじ風が起こって 部屋がひんやりとして静かになった

 

 

   台風情報

 

草原でクローバーを探していたら 遠くの空から

「ワッセ ワッセ ワッセ ワッセ」

掛け声が聞こえてきた オヤ? と思って声の方を見ていたら 大きな入道雲が一つ 二つ 三つ 四つ 五つ 六つ と列を成して東へ向って流れている

「どうしてそんなに急いでいるの? どこまで行くの?」

「台風だ! 台風だ! 家路へ急げ! ワッセ! ワッセ!」

入道雲は飛び去った

空が賑やかになった 小さな鳥が二 三羽 キュン! と鳴いて羽ばたいた

 

 

   森の恐竜

 

籐椅子に腰を掛けて うとうととしていた このままお昼寝をしようと思ったら

キーン! カランカランカラン! と鉄琴とビンと鐘を打ち鳴らす音がいっぺんに聞こえてきた あまりに大きい音だったので 飛び起きたら 森のほうから笑い声が響いてくる

「子供たちかな きんとときんとと小さな子」

呟いたら

「まさか!」

声が聞こえてきた

「それじゃあ誰?」

森に向かって叫んだら

「恐竜だ! キーン! カランカランカラン!」

鐘を打ち鳴らす音が返って来た

次の日森へ行ったら おもちゃの恐竜と小さな鉄琴と ワインの空きビンとカウベルが湖の畔に散らばって落ちていた 

 

 

   傘で飛んだ話

 

雨がパラパラリと降ってきたので 水色の傘を差した

「この傘で空を飛んだら楽しいだろうなあ」

呟いたら ゴーッと強い風が吹き荒れて おれれは独楽のようにクルクルしながらアッという間に雲をつっ切った 傘を振って雲を掻き分けて雲の端までたどり着いた 

「雨は行ってしまったのか」

呟くと

「また来るよ」

下から声がした

「また来るのかね 休憩時間かね」

「食事休憩だよ 皆で北の方に集まって氷をがつがつ食べているんだ」

 

 

   翼を生やした本の話

 

戸棚の整理をしていたら 棚の奥にもう一つ小さな扉があるのを見つけた 

触れたみたら 「花の本」と「じゅもんの本」という題の二冊の本が入っていた 

「花の本」はめくる度に花の香りが漂ってくる美しい本で 

「じゅもんの本」は真白で ページをめくってもめくっても何にも書かれていなかった

翌朝「じゅもんの本」をパラパラとめくると めくる毎にびっしりと字が書かれた本になったので 驚いて壁に本を投げつけると また真白の本になった 庭へ投げたら 翼を生やして空へ飛んで行った

 

 

   レモンの旅立ち

 

籠いっぱいのレモンを買って部屋に置いたら 部屋じゅうがレモンの香りでいっぱいになった 早速レモンジュースを作ったり 野菜炒めにかけたりした

「まさかレモンをかけたらこんなにおいしいとは」

思ってその晩うとうととしていたら

「さあ行こう」

レモンから声が聞こえた

「どこへ行くの?」

聞いてみたら

「ぼくらは南の方へ行くんだよ」

「どうして?ここにはいられないの?」

「僕らは海を越えて南の島へ行かなくちゃいけないからさ 待っている人がいるんだ」

「わたしだってあなたたちが大好きなのに」

「だってずっと前から約束してたからね」

「誰と約束していたの?」

「椰子の木さ」

レモンはごろごろごろごろ 転がりながら沓ぬぎの石に跳ねて 庭に出て行った 翌朝にはみんないなくなっていた

おれれは沢山作っておいたレモンジュースをコクコク飲んだ

 

 

   四角い雲

 

散歩から帰って来たら

「大変だ! 大変だ!」

猫が駆け寄って来た

「どうしたのよ?」

抱き上げると

「四角い雲がやって来たよ 煙突みたいな形で おれが眺めていたら真上に昇って行ってきっと月の辺りまで行ったよ」

縁側に立って空を見たら 煙突型の雲が沢山 日の沈んだ名残の色の漂う空を突き抜けて行った

 

 

   雲の上に引っ張り上げられた話

 

雲に覆われた低い空を見ていたら 南風が吹いてぽっかりと丸い晴れ間があらわれた 

空をつかもうと手を伸ばしたけれど届かない つま先立ちで手を上げたままクルクルとしていたら 水色の晴れ間から見知らぬ手が伸びてきて おれれの手をつかんで引っ張り上げた 

アッ! という間に雲の上に坐っていた 見ればおれれとそっくりの人が笑いながら雲の下を見ている その人の見ているのは 桃の木立にかこまれたおれれの家であった 

「あれ おれれの家だよ」

手を伸ばして指差すと

「知っています 小さくてかわいい三角屋根 自分もあんな家を歩いてみたい」

「いつでも来ていいよ それにしてもどうしてこんなにそっくりなんだろう」

「それじゃあ今から行きたい 一 二 三 そーれ」

手をつないで雲の下へとびだした 二人は向い合って両手を握ったまま クルクルとまわりながら地面へ降りて行く 

気がついたら おれれは一人で芝生の上でクルクルとしていた 見上げれば 丸い晴れ間から手がひょいと出て来て おれれに向ってひらひらと手を振った

 

 

   子牛思いの牛

 

七頭の小さい牛が育っていたので やわらかい草を摘んできて 半円に並ぶ子牛たちに花を混ぜて与えてみた

親牛がやって来て

「まだまだです 子牛たちには早すぎます あなたが召上るみたいに 炒めてください 炊いてください」

落ち着いた声で遮った

知っている牛だったので

「なんだ おまえたちのこどもだったの」

持って来たイチゴをあげてみたら 

「これなら早すぎません」

牛は喜んで 縮緬でこしらえた手鞠をくれた

 

 

   クリームの塔と子牛のお城

 

ひんやりとしたビンに入った上等な生クリームを 卵色のサラダボウルに注ぎ入れてぐるぐるぐーるとかき混ぜているうちに まんなからせり上がって 塔の形になった 

舐めてみたらほんのり甘い ティースプーンで塔の屋根を突っついてみたら カチリンという小さい音がした

お日様が傾く頃 そろそろ食べてみようかと 塔を覗いてみたら 塔の入り口から真白な小さい牛が奥へ向って歩いている 

小さい牛は生クリームの塔の大広間に寝そべって モーウと小さく鳴いて眠ってしまった 

翌朝起きると 牛は塔の柱を齧っていた お昼には塔の壁を舐めていた そうして牛は少しずつ大きくなった 

六日目の朝 本物の子牛の大きさになって部屋のカーペットの上に立っていた おれれを見ると モーウと小さく鳴いて 庭へ降りた 草を踏んで遠のいて 丘へ上がって行った うしうし牛が進んで しうしう

生クリームの塔はなくなっていた サラダボウルとティースプーンが 窓からの日に照らされて柔らかくきらめいている

 

 

   ストライキ

 

六時四十分にセットした目覚まし時計が 鳴る直前にジーとかすかな電子音を立てた おれれが夢うつつで聞いた時 夢の画面が真白になって STRIKE! と黒い印刷文字がとびだした 

ハッとして目が覚めると 十時だった

「しまった!」

時計がストライキを起こしたのだ

おれれは教会学校への道を走りに走った

どうしよう今日は卒業の式なのに 縁起の好い言葉を言おう ことぶき

 

 

    お客様

 

朝起きると バターたっぷりのパンの焼けるにおいが漂ってきた 

不思議に思って台所へ行くと パンが丁度焼き上がったところだった

うれしくなって平らげたら 二センチメートルの人が駆けて来て

「わしのパンを食べたな!」

太い声で言って飛び跳ねている

「わしのオーブンで焼いたパンだで わしのパンだ!」

「あたしの家で あたしのパン!」

「うんにゃ おまえさんの住む前の日にわしが越して来たで」

お昼頃まで言い合っていたのでお腹がすいてきた 卵とベーコンのサンドイッチを作って二センチメートルの人にもあげると 喜んで食べて仲直りをした 

小さい人は庭の人参畑の方へ日傘を振りながら帰って行った 風が吹いて開いた日傘もろとも飛んで行った

 

 

   チョコレートとひよこ

 

チョコレートの入ったさくら色の小箱を開けると 箱の隅に大豆くらいのひよこが歩いていた

「チョコレートがなくなってる!」

ひよこがポンポンと飛び跳ねた 四角いチョコレートが箱いっぱいにあらわれた

「魔法だ!」

叫んだら 小さいひよこがチョコレートになった 

ハッと思って瞳を凝らして箱の裏や横を見ていると 箱のなかのチョコレートは跡形もなく消えていて 隅っこに小さいひよこが歩いていた 

箱の内側には「チョコレートとひよこ」と小さく記してあった

 

 

   人魚にお茶碗をあげた話

 

河の堤を散歩しながら川面を眺めていたら ザザザーと音がして 水から女の人が顔を出した 髪のふっさりとした人は泳ぎながらこちらを向くとにっこりと笑った

「あなたは海女さん?」

声をかけると

「海女ではありません 私は人魚よ」

金色の長い髪を後ろへかき上げた。

「嘘でしょう?」

「嘘なんて」

人魚は言って尾ひれを見せてくれた

「どうしてこんな所にいるの? 人魚って北の海にいるんじゃないの?」

「あら水場なら どこにでもいるのよ 私はここに住んでいるの いつもだったらこの時間にはもっと奥の方か海にいるんだけどね 探し物があるのよ」

「何を探しているの? 一緒に探して上げようか?」

「お茶碗がいるんだけどどこにも落ちていないのよ」

「お茶碗ならわたしがあげるよ でもどうしてそんなものがいるの? お米を食べるの?」

「生まれたての赤ちゃんにね お茶碗に盛った炊き立てのご飯を食べさせると丈夫に育つって言われているのよ」

「誰の赤ちゃんなの?」

「私の」

「わあすごい 今持って来るから待ってて」

おれれは人魚に天狗の絵のついた茶碗をあげた 

人魚はお礼を言って水に戻って行った 人魚が潜った時にできた水の輪は花の形になった

 

 

   夜空の予測

 

入道雲がもくもくと増えながら寄って来て  家の真上に来たら シュワン と弾けて四方八方へ流れて行った

「あれは一体何?」

呟いたら

「星ですよ! 今夜は夜空いっぱい あちらこちらに星がちりばめられて それはそれは美しくなりますよ!」

楓の枝から伝う尺取虫が糸の先で漂いながら予報した

「わあ! 楽しそう ところで どうして急いで登っているの」

「地面にいたら蟻に運ばれてしまうからね えっさえっさと 蟻は働き者だからね」

そう言って磨かれた空に伸びる梢に帰って行った

 

   森の星

 

ガヤガヤという話し声で目が覚めてしまった カーテンを透かして 月の光が部屋を照らしていた

起き上がって庭へ出ると なすやきゅうりやかぼちゃが瞬いて 庭いっぱいにひろがって ワイワイガヤガヤ話をしていた

「あなたたちは野菜? それとも電球?」

尋ねたら シンと静かになって

「野菜でございます お姫様のお迎えに」

一番大きなかぼちゃが答えた

「お姫様? それは誰なの?」

「もうじきでございます」

かぼちゃが月を見上げると ふわりふわりとした白いものが舞い降りて 野菜の頭に乗っかった 

野菜は森へ進み始めた

「あの白いものは何なのだろう」

呟いたら

「それは奥様 小さな人間ですとも」

答えが返って来た

光を放った野菜の行列は天の川に見えた 

おれれは寝床に入って ゆっくりと進んで行く森の星を見ながらぐっすりと眠った

 

 

   風のつまみ食い

 

テーブルの上に 食べかけのチーズとパンとチョコレートを放ったまま うとうとと昼寝をしていたら 窓からヒューと風が入って カーテンがはためいたと思ったら 食べかけのチーズとパンとチョコレートがみんなあっという間になくなってしまった

「あとで食べるのを楽しみにしてたのに!」

上からひらひらと白藍色の紙が降ってきて

「ごちそうさま ありがとうございました」

大きな字で書いてあった

翌朝目を覚ましたら テーブルのガラスビンの下に 桃色をした小さな花が置いてあった 

桃の香りがして 吸い込んだらおれれの爪に桃色が注いだ

 

 

   バナナをどうしよう

 

隣の人から籠いっぱいのバナナをもらった きれいな黄色のバナナを ジャムやプティングやパイやケーキやアイスクリームやシャーベットにしてみたけれど まだまだたくさん残っている

「ねえ 何か方法はない?」

「あるよ」

「何? どういうのか教えてよ」

「食べてしまうのにゃ」

「どうやって?」

「皮をむいて パクッパクッと平らげるだけでとてもおいしいもの」

「ほかには?」

「植えてしまえばいいにゃ きっといつか大きなバナナの木になるに違いないに」

晴れた日の午後 バナナを庭に植えてみた 三年たって小さな芽が出た

バナナの木は猫が大切に育てている いつか大きな木になるだろう

   

 

   北風のお使い

 

川辺を散歩しながら雲を眺めていたら 南風に乗って何かがヒュルヒュルルと運ばれてきて 眼の前にストンと落ちた 見てみると草の葉色のマフラーで 端に小さく「U太」と刺繍がしてあった

「誰のだろうねえ? これ」

猫に声をかけると

「寒い国の誰かのに違いないにゃあ」

冬になり 北風にマフラーを渡して持ち主の所へ持って行ってもらうことにした 黄色いマフラーは空に舞って小さくなって行った

五日目の晩に北風が扉を叩いたので尋ねると

「持ち主に渡しましたよ」

「ありがとう 持ち主はどんな方でした?」

「暖炉の側に住む毛の長い灰色の猫でしたよ」

「あら そうだったの」

猫は顔を平らにして笑っていた

 

 

   猫の人

 

両手いっぱいに荷物を抱えて返って来た 扉が開けられないので猫を呼ぼうと足の爪先でノックした ガチャンと音を立てて扉は開いたが 出て来たのは見知らぬ人だった

「あなたは誰? 留守番をあなたに頼んだ覚えはないわよ」

おれれが言うと 黄金色の髪に灰色の目をしたその人は抱えていた荷物をヒョイと持ち上げて奥へ歩いて行った

「ちょっとちょっと待ってよ」

駆けて行くと その人はお茶と果物を皿に並べて食卓に置いていた おれれが坐ると買ってきた食べ物を棚にしまい始めた

「ねえ ずっと黙っているけど何か喋ってよ どうして働いてくれているの? 頼んでもないのに あなたも何か食べたら?」

その人は初めて微笑んで 黒漆のコップに牛乳を注ぎ 買ってきた焼き立てのパンに厚切りのハムとチーズを載せ ちゃんとふわふわに絞ったバターを添えて おいしそうに食べ始めた

一口食べるたびにその人は小さくなる 

アレと思っているうちに 顔も体もみんな食卓に隠れてしまった 

ハッと思って椅子を見たら うちの猫が山盛りのご飯を食べている

「いつからいたの? あの人は?」

尋ねたら

「あれはおれだにゃ」

澄まして答えた

「ごはんはほかほかしているから好きだ 湯気が立ってるに」

猫はご飯を平らげて散歩に行ってしまった

 

 

虹の冠

 

雨粒を掌で受けとめていたら ポツポツと当たる先から白い煙が立って 虹があらわれた

ハッとして見ていると、虹は輪っかになって 雨が上がると掌で固まった

くるくると振りまわして 雲に向かって投げたら ポンと飛んで行って 雲の頭に乗っかった

虹の冠をいただいた雲は 王様の歩みぶりで南の空へ流れて行く

 

 

キャベツの歌

 

同じ畑で育ったキャベツが同じ車に乗せられて ゴロゴロゴロゴロ揺れていた 

お店に着いて みんな一緒にピラミッドの形にきっちり積み上がった

キャベツはみんなで笑った

「くすぐったいね」

「少し寒くはないだろうか?」

「涼しいね お日様の姿がどうも違うね」

「あれはお日様じゃないさ 電気と言うんだ」

「へええ お日様のまねをしているんだな」

キャベツはみんなで一緒にいたいので お客さんが一つを手に取ると「ワッ」と言って驚かせた

「みんないっぺんに持って帰ってください」

声を揃えてそう言った

「そんな 無理ですよ」

お客さんは言った

畑の持ち主がやって来た

持ち主はピラミッドの形のままひょいと持ち上げると トラックに載せて 元の畑へ帰った

キャベツは「万歳!」と歌った

 

 

きゅうりの歌

 

きゅうりのサラダが夕食の前菜に出された 

透き通ったきゅうりが輪っかになって 金縁の白いお皿に並んでる

「美しい!」

お客さんは喜んで平らげた 

ぶどうのお酒を一口飲んでにっこりと笑ったけれど お腹に手を当てて驚いた 

「ワー」「ワー」と小さい声が聞こえる

家の子供がやって来て お腹に耳を当てた

「ぼくらはきゅうりだ と言ってます」

「やっぱり 思った通りだ しかしなぜだろう」

子供はもう一度お客のお腹に耳を当てた

「自分たちは薄くなって小さくなって知らない所にやって来たけれど みんながいるのでうれしくなって 元の形になった 元の形になって楽しい と言ってます」

「ふむ」

お客は頷いた

「なるほど きゅうりは畑で楽しい暮らしをしていたのだな」

「きゅうりは家の畑で取れたものです」

家の主人が言った

お客が子供と一緒に畑へ出ると お腹のきゅうりが「ワー」と言って喜んだ

「何を言っているのか聞いておくれ」

子供はお腹に耳を当てた

「畑のきゅうりを撫でておくれ と言ってます」

「ふむ そうかい」

お客はしゃがんで畑のきゅうりを撫でた お腹のきゅうりがおさまった

畑のきゅうりは「ワー」「ワー」

うれしそうに声を上げて

「ハレルヤ!」と歌った

 

 

水あめ猫

 

戸口に小さい猫が坐っていたので撫でてみた べとべとして糸を引いた

猫は澄ました声をして

「水あめ風呂に入ったからね」

「そんなお風呂どこにあるの?」

「それは教えられないよ 秘密だからね これに入ると猫は毛並みがピカピカのつやつやになるのだ」

七日程経つと 戸口に毛並みの美しい小さい猫が立っていた 撫でるとさらさらとしている

「水あめはとれたのね」

「水あめは毛に吸収されたのだ」

猫の毛は雲よりもふかふかとしていた

 

 

月夜の晩の事

 

象嵌つきの鋏で黒麻紙を切ったら ステッキを持った大男の形にできあがった

「これはいい 夜の見張り番にしよう」

扉にくっつけて寝床に入った 

ふと目が覚めて 扉を見ると壁紙の男がいなくなっていた  

大きなお月様を見上げると 大男がステッキをついた後ろ姿が見えた

アッと思ったら パタンと扉の閉まる音がした 振り向くと 壁紙の大男が扉にくっついている

「さっきは月にいたのに」

不思議に思って大男を扉からはがすと 

窓がひとりでにするすると開いて 大男はひらひらしながら夜空に舞い上がった 

そうして鳥の羽根の形になって お月様の所へ向かってしまった

庭で猫がぐるぐる鳴いている

 

 

よふけのココア

 

しじまの深まった頃 ベッド脇の小さい明りをひとつつけて 頬杖をついて考えごとをしていたら 顎に手を添えて考えたまま寝てしまった ふと眼が覚めたら

ココアから四角い角砂糖が二つ三つポンポンととびだしてきた 

角砂糖は真っ白なままだった 

「はちみつだったらいいのかしら」

呟くと 

「甘い! 甘い!」

大きな声がした 

ティースプーンでくるくるとかき混ぜてココアを飲んだ

ビターチョコレートの味がした

「おいしい」

「ほらね」

ココアが言った

「ごちそうさま」

「どういたしまして」

返事はお腹のなかからした

家のまわりはひっそりとしている

おれれは食べたい物を考えた くり くりはどうかね

 

 

猫の呟き

 

おれは猫であるのを諦めた 猫は猫だが猫ではないのだ 猫は猫会議に入るものだ 入らなければ猫ではない だからおれは猫ではないと言ったのだ 

ある日会場へ差し掛かったので 誰もいないのを見すましてなかへ入った 

おれの名前がきれいさっぱりと消されている 岩に爪で刻んでもらうんだが おれの名前は雲の形をした苔の傍にあったのだ

おれの名前の上に知らないやつの名前が彫ってあった 仕方あるまい 会を出たのはこのおれなのだから

おれは一目見てから町を出たかったけれど そのまま海辺へ歩いて行った 

振り返ったら灰色の空は町のレンガ屋根を紫にしている

月の晩にはよふけに船が出ると決まっている 切符を買って小さい船に乗って月が天心にかかるのを待った 

船は船頭もいないのに沖へ向かって進んで行く

波間に揺れて陸から遠ざかる プカプカと音を立てながら灯台の灯も小さくなる ぽっかり浮かんでいたお月様は大きくなってきた

 おれは船に乗ったはずなのにと思ったが 海を進むこの船はひと揺れごとにお月様に近づいていたのだ とろりと眠ってしまったら 小舟はお月様の傍に船をつけた 

黄色い衣を着た女の人がおれの体をひょいとお月様の上に乗っけた 

小さい船は 海の方へずっと下がって行った 

もう波の音は聞こえない

下を窺うと町の光が星を逆さにしたみたくキラキラと輝いている 

手を伸ばすと 光が手のなかにやってきた 

眼を凝らすと 光の底にある世界が顔を出した 

ああこれだ どこでもみんな猫会議でいっぱいになったのだ だからおれは猫であることをやめたのだ 月までやってきてしまったのだ

黄色い衣の女の人がやって来て 月の食べ物を三つくれた 

月のお水をコクコク飲んだ おれはもっと見えるようになった

「月の方」

黄色い衣の女の人がおれを呼んだ

「今晩 下の世界から 小舟に乗ってやってきました」

おれは答えた

小舟に乗った時 草の種を持ってきた

草の種は月の表面に眠った いつか月はやわらかい緑いっぱいになるだろう

「月の方」

黄色い衣の女の人がおれを呼んだ

「ごらんなさい 猫会議がどんどん膨れ上がっています あんなに大きく」

それは風船の形をした会議場であった

「あら まあ」

膨らませていた猫たちが 空気の加減を忘れてしまったのだ ア! と思ったその時

「パチン!」風船が割れてしまった 

月へは音は届かない

月の草は小さな芽を出した

 

 

月の秘密

 

ハッと気がつくと自分の腕が瑠璃のようになっている 

日差しに透けて溶けてしまいそうだ 

慌てて氷で冷やした かき氷のいちごシロップをかけた 

腕がびっくりしてくしゃみをした かき氷屋のかき氷がけらけら笑った 

夜になって月が出て 腕が元通りに戻った

「ああよかった」

ほっと息をつくと

「月の光で冷やすと アイスクリームだって溶けないのだ」

どこからか声がした

アイスクリームを取り出して見ていたら アイスクリームは夜通し ひんやりした空気を放って ちっとも溶けなかった 

うとうととしかけた時 窓から朝日が差し込んで アイスクリームは少しずつ溶け始めた 

 

 

夏の空

 

真夏だというのに空が青くならない 

大きい風船をつかんで飛び上がった 雲を二つ三つ突き抜けて コバルトブルーの水彩絵の具を ひんやりと甘い空の水でくるくる溶かして 辺り一面にばらまいた 

空が青になった 白い雲まで真っ青に染まった 

青い空と青い雲がどこまでも澄み渡ってお日様の光でキラキラと輝いている

 

 

お月様のにおい

 

真夜中に ふと目が覚めた 

トトトトトトトと小さな音が聞こえてくる 何だろう? と思って耳を澄ました 

音は外から聞こえてくる 窓を開けると 夜空はキラキラと光る星がいっぱいで まん丸のお月様がオレンジジュースを コクコクと飲んでいる 

トトトトトト お月様が飲むたびに お月様はオレンジ色に染まっていく 

黄色いお月様が トトトトトトト だいだい色に染まっていく 

夜風はほんのりと涼しいオレンジのかおりがした

 

クロッカスとお日様のにおい

 

明るい日差しのなか 椅子に坐って庭に咲いたクロッカスを眺めていたら 

小さい光るものが眼の前をパパッと横切った 横切ったと思ったら後ろへ行った

ハッとして振り返ると 洗い立てのパジャマが 人の形なりに盛り上がった 

パチン!と手を叩いた パジャマは元通りになったけれど またそろそろと起き上がって あっという間に 窓から走り去った 

「待って!」

パジャマの袖が手を振るしぐさをして そのまま見えなくなった

その晩 ベッドに入ると パジャマがきちんと畳んで置いてある 

パジャマからはお日様とクロッカスの好いにおいがした 

部屋いっぱいにひろがって幾日も好いにおいが立ち込めていた

 

 

雲とアイスクリームの秘密

 

雲が真っ白に輝いているお昼時 

空っぽのワイングラスを銀色のスプーンでカチリン!

音を鳴らしたら 

白とココア色のソフトクリームが 渦を巻いてあらわれた 

キャッと驚いたけれど そのまますくって食べた 甘くてふかふかとしている あと一口 もう一口と食べているうちに お腹がいっぱいになってしまった

冷蔵庫を開けると マーブルアイスクリームの箱が 空っぽになっている

空を見たら 白い雲がマーブル色になっていた

あ!と思うと 笑いながら去ってしまった スプーンを差していたワイングラスがカチリン! と涼しい音をたてた

 

 

雲を食べた話

 

目が覚めて窓を開けると 空が蒼の色紙を張りつけたようになっていた

大きく伸びをしたら おれれの背丈が空に届いていた

ワッ! と驚くと はずみで綿毛色に浮かんだ小さい雲をパクッと食べてしまった 何にも味がしない 

隣の雲も食べてみた やっぱり味がしない その隣の雲も またその隣の雲も食べていたら 遠くまで来てしまった くたびれたので目を閉じたら 体がプカプカと浮かび上がった 

 

 

ある小さい星の話

 

月のある夜更けに森で釣りをする人がいるというので 蒲団を抜け出して 走って森へ行ってみた 

小川のところまでやって来たら  大きな岩に腰を掛けて 人が小さい蛍をいくつもいくつも 釣り上げていた 

「釣り竿でなくて網ですくって取ればいいのに」

話しかけると

「シッ! 静かに」

口を壺にして言う

「星が逃げてしまう」

「星なんてどこにあるの?」

「星はね お嬢さん 蛍のやつが腹に抱えて持っているんですよ 網目よりも小さい星なんだから やつを驚かすと びっくりして星を落っことすんですよ 釣り竿だと空に浮かんだままだから やつらはまったく気がつかないんでしょう」

こう囁きながら 釣ったばかりの蛍を掌に一つ載せてくれた

蛍が驚いて星を落っことした 砂粒くらいの小さい星が掌から夜空に向かって舞い上がる

 

 

星の嵐

 

嵐がやってくるというので 窓をぴったり閉めて ベッドのなかで雨と風の音を聞いていた

雨も風もつのってくる カーテンがさらさらと開いた 顔を出して外を見てみたら 

空は明るく 風に舞っているのは 雨粒ではなく たくさんの星だった 

唸りを上げる風とともに 星がいっせいに地面に落ちて パタパタと窓に張りついた

翌朝目が覚めると 一目散に庭へ走った

星はひとつも見つからなかった 

青い空の下 滴だけが窓で光っている  

部屋の隅々を見てみたら たった一つ黄色い星を見つけた つまんで眺めると 日の光に溶けた

夜になっても部屋は明るかった

 

 

星のお祝

 

「一月の誕生日会」と書いた札が ポピーの咲いた草原の入り口に立てかけてあった 

入ってみたら 真昼なのに 星がたくさん落ちていて きれいな目をした子供がいくつも拾って遊んでいた

おれれが「ちょうだい」と言って手を差し出すと みんながひとつずつ星を掌に載せてくれた

樅の木の森の彼方に日が落ちて夜になった 手に載せた星がすーっと昇って行く 

「星は空に戻ってしまったね」

傍の子供に話し掛けると

まわりにはポピーしかなくてひんやりとした風がピューと舞い降りた 

「一月に生まれた星のお祝をしていたんだよ」

ポピーが小さく教えてくれた

 

 

星のスイッチ

 

原っぱに寝転んで 青空を眺めていたら 水影のように透き通った星が雲からつーっと下がってきた

ハッと思って両手で星をつかんでみると 星にキラキラとした細い糸が垂れている 

引っ張ると キイと床がこすれる音がして 青空が夜空になってしまった 

東の空から 星が一つ二つと瞬き始めた 

夜空が星でいっぱいになった頃 指に巻きつけた星の糸をもう一度引っ張ると 星が一つ二つと寝床へ帰って行った 

星の代わりに まん丸いお月様があらわれて 

「誰だ お昼に夜空を取り出したのは」

そう言ってあくびをしたかと思うと 寝てしまった 

おれれもお月様を眺めながら ひと眠りふた眠りした

 

 

あるキャンディーの話

 

枕の横に蒼いリボンのかかった丸い木箱が置いてあった 

振ってみると カラカラという音がした 

箱を開けると 氷の砕ける様な音がして 豆粒の大きさの色とりどりのキャンディーが山になってあらわれた 

すくって口に入れたけど ちっとも甘くない キャンディーのにおいもしなかった 

キャンディーではないみたいだったから窓から投げた 

あくる朝庭に出てみたら 釣鐘のかたちをした萌黄色の花が一面に咲いている 

花弁のなかに 豆粒の大きさのキャンディーがすっぽり挟まっていた 

フッと息を吹きかけると 露になって空にとけた 欄干に雨のしずくが滴っていた

 

 

空を閉じ込めたコップ

 

取っ手の大きいガラスのコップに 蒼い飲み物が入っていた 

ガラスも飲み物もひんやりして 一口飲むと 舌がヒリヒリした 

グレープフルーツのほのかなにおいがしたけれど 甘くも苦くもない 

飲み切って ふと窓の外を見ると いつの間にか空が夜空になっていた 

時計を見ると午後三時だった 

ガラスのコップには 星のたくさん入った黒い飲み物が入っている 

あ! と思ってフーッと息を吹きかけたら 星と黒い飲み物が消えて 蒼い飲み物があらわれた

 

 

星の夕御飯

 

暦を九月にしたら 飼い猫が来て

「団子が描いてある 団子が供えてある」

呟いて 楽しそうにしている

ふと見れば 開けた窓より差し込む日差しの処に米粒がある

「あ 日向にご飯がある」

呟くと 米粒が

「日向に行きたかったんだ 今まで米蔵にいて暗かったし 日の当らない所に保存してくださいって書かれてしまっている 稲の時はお日さまがさんさんあたる所にいたからね」

夜が深くなってから目を覚ますと いくつものお米の粒が霧の海に漂っていた 

夢かもしれないと思って 手を伸ばしてつまんでみると お米が熱くて手を引っ込めた 

窓を開けると 浮かんだお米がいっせいに夜空へ流れて行く 

流れて行くと思ったら きらきらと瞬いていた星があらわれて お米をパクリと食べてしまった 

お米を食べた星は ひとまわり大きくなって お月様の傍でチカチカと瞬いた 

おれれは朝になったら お米を食べるのを楽しみにして ぐっすりと眠った

朝になって 大根と葱の味噌汁 昆布と豆腐の炒め煮を お茶碗一杯のご飯と食べた

「何やらおなかがすきそうな気がする」

そう言うと 飼い猫が

「昨日の浮いていたお米とまざったのかにゃ」

言ううちに

「ほら もうすいてきた 急にお腹がすとんってなった」

 

 

宇宙の氷砂糖

 

目を閉じて 暗くなったと思ったら 遠くに地球が見える 

大きな氷砂糖が七つ 地球に向かってパラパラと下りて行く 

屋根がカシャン! と音を立てた 起き上って外へとびだしたら 屋根の上に 氷砂糖が並んでいた 

宇宙からやってきた氷砂糖は 口に含んだだけで甘味が滲んだ

 

 

青空の色になった話

 

今日は誕生日だというのに 一面雲だらけで ぐるぐると大きい台風が 近づいてくる

「つまらない 青空が見たいな」

そう呟いたら 

本棚のガラスが青空色になっていた 

ハッと思うと 窓ガラスも 電球の透明な所も みんな青空色になっている 

外はピューピューと風が吹き荒れていたけれど うちのなかは青空色でいっぱいだ 

 

 

十五夜の話

 

「今日は十五夜だ」

「静かなところにいたらいいだろうにゃ」

「静かな所ってどこだね」

「草の上とかにゃ 草のある所をうろうろしたらどうかにゃ」

そうして丘の上で寝そべっていたら いつの間にかぐっすりと眠ってしまった 

ハッと気がつくと 涼しい夜風が そよそよと草を揺らしている 

遠くに小さく光るまん丸お月様があった 宝石にも見えるし 電球にも見える お月様に照らされながら 家へ帰った 

 

 

雲を食べた話

 

高くなった空に真っ白い雲が山になって浮かんでいる

「あれを食べたらおいしかろう」

糸にテープをつけて 雲に向かって投げつけたら 糸のついたテープが厚い雲にくっついた 

手繰り寄せると こちらへやって来る 

顔の前までやって来たので 指でつまんで食べてみた 

ほかほかと甘い 焼き立ての白いパンにザラメがかかった味がする 

パクパクと口に入れてお腹がいっぱいになった 

まだ雲がたくさんあまっていたので テープを外して 青空へと押し返した 

雲は小さくなって また元の処に流れて行った

 

 

お月様に糸がついていた話

 

オリオン座がキラキラと光る晩 石畳の細い路地を歩いていたら 家の三角屋根のすぐ横に大きな電球が浮かんでいた 

走って帰って 屋根裏へ登って手を伸ばすと それは雲からぷら下がったお月様であった 

「あっ 糸でぶら下がってる! いつもはちゃんと夜空に浮かんでいるのに」

そう言ったら お月様はほっぺたを真っ赤にして くるりと後ろを向いてしまった 

夜空は真っ暗になって 足元が見えなくなった 

オリオン座の光を頼りに 梯子を探りながら降りて 小さなランプをつけた 

部屋がぽっと明るくなった 空を見上げると さっきのお月様が雲に向かってゆっくりと昇って行く

 

 

ちぎれ雲が避難してきた話

 

朝に目が覚めると ピューピューいう風の音とともに 空の雲はみんな吹き飛ばされてしまった

ふと見ると部屋の隅っこに 白いふかふかしたものが浮かんでいる つかもうとしたら 離れてしまった

「何だろう」

呟いたら

「雲ですよ」

小さい声が聞こえてきた

「どうしてこんなところにいるんだろう」

「今日は風が強くてみんな離れ離れになってしまったから 少し居させてください」

「いいですよ」

しばらくして部屋の扉がミシミシと押されて ほとほとと扉をノックする音が聞こえてくる

「休ませておくれ」

扉を開けると 小さな雲が浮かんでいた

部屋にいた雲が

「ワア!」

声を上げた

「さっきまで一緒に飛んでいた雲です」

それから小さな雲がつぎつぎとやって来て おれれの部屋はふかふかしたものでいっぱいになった

翌朝目が覚めると 風がすっかり止んで お日様がぽかぽかと暖かかった

部屋にいた雲はみんないなくなっている

「どこへ行ったんだろう」

探してみたら 庭先からいくつもの小さな雲がポンポンと空へ昇って行くのが見える

小さな雲は列をなして南の方へ漂って行った

 

 

きなこが雲になった話

 

金平糖を入れるガラス瓶を探していたら 戸棚の奥に見たことのない壜があった 卵色の粉が入っている 蓋を開けたらきなこのにおいがした 閉めようとしたら大きいくしゃみがとびだした とびだしたと思ったら

もやもやとしたかたまりになって空へ昇って行った 

ア! と思って底の方をつまんで口に入れたらきなこの味がした つかみ切れなかったきなこは 空へ昇って雲と一緒に浮かんでいる 

あれがきなこだということはおれれだけが知っている

 

 

雲が絨毯になった話

 

目が覚めたら 雲の上に寝転んでいた 

体を起して下を見ると 小さい木や三角屋根がゆっくりと流れている 

まわりはみんな青空で お日様がぽかぽかと照っていた 立ち上がったらズブズブと膝小僧まで埋まってしまった 

スポン! と引き抜いて一歩踏み出すと また膝小僧まで浸ってしまう 

歩きづらいなと考えていると シャツのポケットに片栗粉が入っていたから 掛けてみたら 雲にとろみがついた 

残らず振りかけた 雲はゼリーみたいにブルブル揺れている 

おれれは飛び上がって尻から着地した

いつまでも尻もちのまま跳ね続けているから どうしたらいいものかと思っていたところに飛んできた北風の背に乗って地面に降りた

 

 

北風の通り道

 

北風がピューピューと吹き荒れているお昼時 部屋の扉がミシミシと大きな音を立てた

扉がたわんでいる 近づいて耳を澄ますと むむ と声が聞こえる 

「誰?」

尋ねてみたら

「通しておくれ」

小さな声が返ってきた

扉を開けると 大きな風が部屋を吹き抜けた 吹き抜けたと思ったら部屋のなかで弧を描いて パチパチと燃え盛る暖炉をくぐって 煉瓦造りの煙突から外へとびだした

「外はもう満員で通り道がなかったから 通してもらったよ やっと進むことができた」

声を残して行った

部屋はしばらくガランガランと揺れていた 

部屋が静かになってから 外の風もおさまった

ラジオから教会で行われているコンサートが流れていた

教会は風が流れているようだ

 

 

飛んで行った猫の話

 

お昼御飯を作りに台所へ行ったら 小さい窓がひらりと開いた 

傍へ行って見てみたら 白い小さな猫が窓敷居に坐っている 

手を伸ばすと 猫が小さくなった ハッと思ったら もっと小さくなった 

見る見るうちに小豆くらいの大きさになって 庭に舞い降りて 葉っぱに乗って 飛んで行ってしまった

猫の坐っていた窓の処に 猫の足跡がいくつもくっついていた

 

 

胡麻がたくさんできた話

 

右の肩に黒胡麻が一粒ついていた

左の肩には白胡麻が一粒くっついていた 

もう一度右の肩を見たら黒胡麻が二粒くっついている 

左の肩を見たら白胡麻が二粒くっついている 

顔を右に左に向けているうちに 胡麻がふんだんにできた

上を見たら天井に胡麻が一粒くっついている 下を見たら 絨毯の長い毛足の先に一粒載っている どこを見ても胡麻があらわれた 

寝る時間になったから その日は寝ることにした あくる日はもう胡麻は増えなかったから 胡麻をかき集めて 胡麻油にしてしまって 天ぷらをカリカリ食べた 

 

 

雲になりたかった綿あめの話

 

物干台に出て 雲の漂う空を眺めていたら 眼の前を綿あめがそろそろと横切った

ア! と思って割り箸を取りに行って 追いかけた

路地を曲がったところで飛び上がり ハッと箸で挟んだ 

ポッポッと口に入れていたら 顔くらい大きかった綿あめが 飴玉くらいに小さくなった

「あーあ 雲になりたかったのに」

小さい綿あめが呟いたので ザラメで大玉よりも大きい綿あめにしてあげた

空高く放り投げて 風に乗せると ふんふん舞い上がり 雲の高さまで着いたら大空を渡って行った

 

 

霞かせき

 

霞かせきの官庁街を 憲政記念館に向かって歩いていたら 車が一秒に一台走っているだけで 歩く人はいなかった 

灰色の建物を眺めていたら 銀色の服を着た細長い男が凧にぶら下がってペンキを塗っている 

細い男がペンキを塗った処だけ 海岸の砂浜みたいに キラキラとしている

「何をやってるんですか」

話しかけたら 細い男は刷毛をポケットにしまうと 凧についている長い糸をプチンと切って 空へ上がった

ちぎれた白い糸がくるくるとまわりながら手元に落ちてきた 見上げると男はぽっかりと綿雲に浮かんでいた 白い綿雲はすぐに銀色に染まった

太陽が顔を出すと 男はペンキを撒き散らしながら 銀色の雲の向こうへ消えて行った

空には銀色の線がキラキラと散らばっていた

 

子供や大人が繰り出して お正月のきれいな晴れ着を着て集まって凧を上げていた 

凧はふんわりとしてやわらかに 空のあちこちに散らばっている

張りつめた糸が空から垂れていた 

自分は早速太刀を持ち出して 素早い動きで 凧の糸をばっさりばっさり切ってまわった

凧が螺旋を描いて 大人や小児の頭に落ちて載っかった

坂のてっぺんまで駆け上り 奴凧を背負ってぐんと空に駆け上がった 

風にあおられて 大人や小児の顔が豆粒くらいに小さくなった 

風に乗ってくるくるめぐるうちに白緒の草履を空から落っことした

 

 

永代橋佃しま

 

群青の夜空に 真っ白なレモン型のお月様が浮かんでいるのを見つけた 

手を伸ばしてつかもうとしたら つるっと滑ってお月様が川に入り込んだ 

プカプカ浮かんでいるお月様に両手を掛けてバタ足で岸へと泳いだ

永代橋をくぐってキイキイ櫂を鳴らして 夜釣りの船が近づいてきた

「おうい おうい」

お月様は船を呼んだ 

キュウキュウと船が近寄って来た

お月様は木の櫂をするすると伝って 船に乗りこんでしまった

船は水をカサカサと漕ぎながら だんだん夜空へ昇って行く

群青の夜空に真っ白なレモン型のお月様が浮かんだ

 

 

日本橋雪晴

 

銀座線に乗って 三越前で降りた

灰色の階段を駆け上がって 一段飛びで地上へ出ると 町は真っ白だった

石造りの日本橋を歩いたら ポワポワと水の音が聞こえてきた 

見上げると 行き交う車が 水のなかを駆けまわるボートみたいに ぐるぐると泳いで去って行く

蒼い水のなかに丸いタイヤの群れがやって来ては駆けて行く 高速道路は水溜りみたいだ

水しぶきが街に撥ねて白い泡が立っている よく見れば紙吹雪だった 

晴れた空の向こうに 雪をかぶった真っ白な富士山が静かに日の光を浴びている

 

 

胡麻が立つ

 

テーブルにのった皿に 胡麻ロールケーキが横になっている

「切り株見たいだ」

思ったら 胡麻が皿の縁に立っていた

「あ 胡麻が立ってる」

半分食べてから見れば また一つ胡麻が立っている

「あ また立ってる」

「胡麻が立ってる なんて普段は言われないからね 話を聞いてたんだよ」

白い胡麻はそう言った

ロールケーキを平らげて 今度は暖炉の上に眼を向けた

「あ こんなところにも胡麻が」

 

 

猫のけしき

 

このあいだ道を歩いていたら 白と黒の薄い灰色の猫が思いつめたような顔で歩いていて こっちをちっとも見なかった

 

今日猫を三匹見た 

まず黒猫 

公園をのっしのっしと歩いていた

次に白猫

おなかをすかせたような顔をして歩いていた

優しそうな人の所に行って 何か貰おうとしてた

食べ物を食べている人はいないかねという風なけしきで歩いていた

三匹目は木の所にいて 最初は石かと思った こっちが

「猫だ猫だ」

って呼んでも 見向きもせずに寝てた 足をぱたぱたさせてた

 

教会学校の前を通ったら猫がいた 二匹合唱している風で

「わー」

と言ったら

「わー」と言ってた

おれれは桜は見なかった

下ばっかり見てたから猫も見られた 猫は下にいるみたいだ

 

今日 散歩をしていたら猫がいた 

丸くなっていたから

「猫にゃ」って呼んだら 起き出して 体を「うん」と伸ばして ブロックを枕にして寝そべった

咽とお腹を見せて

「撫でてにゃ」

と言ってる感じだった

 

おれれぼんやり歩いていたら 猫がぼんやり歩いて来た

道のまんなかでぶつかりそうになって あっ猫だ と思ったら 猫もこっちを見上げた

しばらく見て

「なんだ 何か用かね 用事はないのかね 呼んだからね」

と言う風で歩いて行った

 

今日猫がいた 地面に顔を寄せて夢中で何かを食べていた

おれれが近づいても まったく気がつかないで猫の後ろを通った

 

今日 公園に三毛の猫がいた 下を見ていた 枯葉の柔らかいのを踏んでいた

 

今日は猫にゃは見なかったなあ 鴨を見た スイスイ泳いでた スイスイスイスイ

 

 

焼き栗の木

 

おれれは大きな栗の木の下に立っている

栗が落ちてきたから手ですくって ほかほかしている

焼き栗の木でした

 

 

黒豆ソナタ

 

秋を迎えた豆畑で 間違えて黒くなってしまった豆に 隣のうぐいす色の豆が

「オヤ! 今年は違うようですな」と声を掛けた

黒くなった豆は しまったと思ったけれど そこで間違えましたとは言わずに

「いや いつも通りですよ」と言った

それから毎年黒くなるようにしたんだ

飼い猫は どこからか聞いた話をしながら 

「うん 今日はどうもいろいろ食べられた」

皿に残るあさりの殻を覗き込んでいる

 

 

松がくれた話 

 

海沿いを歩いていたら 松がどこまでも続いている しぜんと上に伸びてひろがって 傘の様になっている

「やっぱり上に伸びるんだ あっちも傘のようになっている」

呟いたら ひときわ大きな松が

「雨が好きじゃないからね 傘を作った人は おいらを見て考えついたんだ」

そう言って 松ぼっくりを一つくれた 松ぼっくりには松の実が入っていた 

「松の実は栄養がありそうだ 松になるんだからね こんな小さいのが大きくなる 皮もしっかりしないと」

思いながら松並木を帰った

 

 

ある一日

 

今日おれれは 土の上を歩いた

そうしたら靴が土だらけになった だから川で洗った そうしたら後ろで小さい人が

「何してるの」

と言った 付き添いの人が

「あれは靴を川で洗ってるんだよ」

と答えていた 

靴はきれいになった 

犬がやって来て川の水をコンコン飲んでいた

 

 

   グラニュー糖が飛んで行った話

 

お風呂に入るのが遅くなって 夜なかに台所へ行ったらリンゴのにおいがした

いっぱいにしていた 電気をつけたらにおいが消えてしまった

昼間はにおいはしなかった それが夜遅く 電気もつけずに入るとにおいが立つ

「リンゴは夜に起きているのかにゃ」

飼い猫が言った

「何をしているんだろう 『リンゴですよ』って呼んでいるみたいだった こっそり行ってみたらリンゴのにおいがして おまえもこっそり行ってみたら

そう話していたある日 リンゴジャムを作っていた 砂糖ビンの蓋を開けると なかに入っていたグラニュー糖がフワフワといっせいに漂いだした 

ア!

ラニュー糖は白い陶製の流し台にサラサラと集まってふわりと浮かび 鳥の形になって空へ飛んで行った 羽ばたきの音がかすかに聞こえた

リンゴジャムは蜂蜜で作り上げた

 

 

散歩道

 

夕方 森の散歩道を歩いてたら 「どうもいい匂いがしたね」

と思ったら レンガの家に『アップルパイ』と書いてあった

窓辺にパンがいっぱいあった 今度訪れてみようっと

 

 

猫の眼

 

「今日、猫がいた」

帰って来てから飼い猫に話したら

「撫でてみたかにゃ」

「通りを挟んだ方から見たからね」

「猫は見られているとは知らないだろうからね」

「あんなに目立っているのを知らないのかね」

「人間の目はあんなに上にあるからにゃ 下まで見ているとは知らないだろうね」

と物知り顔をしていた

 

 

蕎麦湯とピーナッツ

 

お蕎麦を茹でて 濃い蕎麦湯を飲んだら ピーナッツの匂いがした

「飲めば飲むほどピーナッツだ 成分が同じなのかね 親戚かもしれない」

呟いたら 蕎麦湯が

「蕎麦とは一緒に育ったんだ ピーナッツ畑と蕎麦畑が隣り合っていて いつも話をしていたんだ いろいろと取り替えっこしてたんだよ」

教えてくれた

 

ウィーンに住みだした話

 

来る日も来る日も歌っていたら 

或る晩 タキシードを着た人がやって来て

「あなたは歌を歌うのが本当に好きなようですね」と言った

「歌が好き 歌っていると楽しくなるんだ」

「それでは荷物をまとめて下さい こちらへ」

「でも猫はどうしよう」

「おれの事なら心配しなくて好いにゃ おれはこれでも世渡りがうまいんだにゃ」

クローゼットからトランクを出して 大急ぎで服を詰め込んだ

「入りきらなかった荷物はあとから送るにゃ 後片づけも任せるにゃ 空港まで送るにゃ」

晴れ曇りの空の下 赤い電車に乗って空港に着いた

「それじゃあね 元気でね」

手を上げて猫に挨拶をした

「ありがとにゃ」

猫は頷いた

飛行機に乗って飛び立った 

双眼鏡で見てみたら 飼い猫が見送りデッキの花壇のふちに上がって 体をうんと伸ばして 両手を振っていた

雲の切れ目に晴れ間が見えた

「さあ ウィーンに着きましたよ」

おれれはウィーンで生活を始めた 

今では魔法使いの様な先生に毎日教えてもらって 毎日歌が上手になっている

初めてコンサートを開いてみたら お客さんが皆眠ってしまった

「こんな歌は初めてだ とても楽しくなった」

と皆眉を開いていた