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参考書も買えない

「参考書も変えない生徒がいる」と、先生から聞いたことがあって驚いた。

「貧しい家庭」なんて、昔からある。
でも、今は、「貧しい家庭」にも中流並の出費を強いる社会にしてしまった。
ブランド信仰だつて何も消えてないし。
参考書が買えない、との話も、昔であったら、そういう家庭は、私立にもいかないし、大学に進学もしようとしなかった。
稀に、勉強ができる子は、図書館や他の人にきくとか自分なりの工夫をして勉強していた。
今、勉強の仕方も単一化して、皆、参考書を買って、勉強する以外に方法がわからなくなっているのではないか。

「キャラ崩壊」雑感


「キャラ崩壊」は、逆の性格や、ブラックな性格にするものではなく、
そのキャラならある得るという性格や行動描写を論理的にしかも長々と描いてしまう場合もあるだろう。
余りに乖離しているものなら、それは、二次創作として、つまりフィクションとして意識せられるが、
そうでない場合は、そのキャラの性格を奪われてしまうという感覚になる。
自分の好きなキャラは、自分の思った通りに想像していたいのに、それができなくなるというわけだ。
好きなキャラの知りたくもない過去を聞かされている感じ。

それはそれとして、二次創作において、好きなキャラが過去に誰かを好きになっていたことなど、
ファンは知りたくないだろう。
げんざい、アニメや漫画がにんきなのは、現実のアイドルが偶像としての役割を果たしえなくなってきたのもあるだろう。
それに対して、アニメや漫画のキャラは「過去」もプライベートもないから、安心して恋愛感情を注ぎ込めるというわけなんだろう。

クローン雑感

人間と言うのは、人により、見え方が違うのが自然。
誰でも同じような見方になるのは、不自然。
それでなければ、だまされているか、全体主義か、単なる幼稚か、いづれかである。
だから、せめて行動だけ描写しているなら、うけとりかたは、いろいろあるだろうからいいのだが、
いちいち、他のキャラが同じように褒めているのはだんだん嫌気がさしてくる。

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二次関係雑感

二次が人気があるのは、異性に惚れない人がいるから。
男は、女に惚れるし、女は男に惚れる。
しかし、二次の女は、別に惚れる男がいない場合があって、それがキャラを好きになる。
アイドルと同じ。
他の男に惚れている時点で、そのアイドルや虹のキャラクターを好きになれない。
子どもっぽいと言えばそれまでだが、特に男の読者はそう言う世界を望んているんだろう。
親が出てこない以上に、最近は、男がほとんど出てこないアニメやゲームが流行っている。

主人公については、初めから無敵で、挫折もしない。
挫折をして、人間的に成長するのは、むしろ脇役である。

2chを見ての雑感

妬みを回避するにはギャップが大事。
自分は状況を見て最適解を常に考えるし、
努力して、勉強して知識も蓄えたし、
動物も好きだし、経験値を増やしたいとか言われても、
腹が立つのが人情と言う者だろう。

それに引き換え、何の計画性もなく徒歩の旅に出たり、
フランスに仕事で行くような職に就いていながら、
ドールが趣味で遊園地にドールと撮影に一体するような
ギャップがあるのは面白い。

SNSだのみ

ネットとかSNSとか見ていた思うのが、近頃は、何か百点でないと、不合格、
または、要努力と言う風潮があるように見えた。
それぞれの知識をもちあって、よりよい社会にしようとしているのだろうが、
テストの受け過ぎなのか、ゲームのやり過ぎなのか、
変な完璧主義が蔓延している気がする。

何でもかんでも、「撲滅キャンペーン」のノリでやっていないか。

旅行や遊びでさえ、効率考えているし。
そりゃ、皆疲れて笑顔が無くなるだろう。
じぶんたちが、行政官だと思っているし。
ルールを作れば作るほど、窮屈になり、人間らしさが失われるのではないか。
そんなものよりも、安全な環境、安心を欲しがるのだろうが。

給料もらって仕事をしているわけでもないのに、日常の事とか、会話でもSNSでも細かい所を指摘しすぎではないか。

会社は会社で、効率求めて、人の経験よりもデータを重視し、間違いに厳しくなる。
規則を作ってしまえば、それにはずれたものはすべて間違い。拒否できる。
さらにもともと曖昧なものを規則化すれば、恣意的に範囲を狭めることができる。

いまは、一般人がいちいち幸せを自慢しすぎなんだよ。
むかしは、芸能人とか、週刊誌レベルの噂話くらいだったから、
そもそも自分たちとは違う世界の人間だからということで済ませていたのに。


snsなどがない時代は、承認欲求をリアルの関係性で満たさなければなかったが、
ネットやsnsがバーチャルなものではなく、リアルなものに感じられる日常がある。
そこでは、自分の価値観をネット経由で探し、ネットこそが自分の価値を見出す舞台と化している。
従来は、人づてに聞いていたものが、ネットで探せば済むから、
他人の価値が下がり、相対的に自分の価値が上がる。
上った自分を常に確かめるためにsnsを使う。

一人旅が「冒険」だろうと、「歩き旅」だろうと、
ほとんどスマホ片手に行われ、逐次snsで公開される。
そこには本来あった旅での孤独感はなく、テーマパークの延長になっている。
人に伝えるためと言うのも旅の目的になって閉まっている。
人生の選択肢、さらには今自分がどこにいるかさえ、googleから指示をもらい、
それを完全に信用するという状態になっている。

スマホ片手の「冒険」に違和感を感じるんだが。

 

でも、社会は昔より明るく透明性が増しているように思えるからいいんだけど。

卵の確保

卵をよく割る。料理に卵をよく使うからよく割るのだはなく、その辺に置いておいてよく割ってしまうのである。うちは冷蔵庫がないものだから、10個入りのパックではなく、4個入りの物を買ってくる。買ってきて置くのは、一般家庭ならガスレンジが置いてあろう場所である。その場所には、すでにスーパーの袋に入ったままの食べ物や洗剤や外で読む本などが置いてある。そこで手前に置く、袋から出すと、その袋より奥はいっぱいだから、さらに手前に置く。買ってきたその日の晩に一個使い、次の日の朝、残っているのは3個である。奥にある豆乳を取ろうとすると、奥から力が手前に向かった働き、最も手前にあった蓋の開いた卵パックに力がかかる。卵パックが空中に出るまで、それを支えるものは何もないものだから、自由に落ちる。
パックで売るというのは、売る方も買う方も効率がいいからなのであろうが、それは一般的な生活を営んでいる人々によった効率の話であって、私のような生活を営んでいる者にとっては、一個売りの卵の方が効率が良い。そのように想っていたら、温泉卵の一個パックと言うものが売っていた。卵も毎日毎日食う必要もないだろうから、今では、週に2度ほどそれを食っている。
そのように思っていたら、近所の農家の軒先で、烏骨鶏の卵が一個200円で売っていた。