読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

CheatCut.hatena

noise&randomness

本を読めば頭は良くなるのか。

4月になって、風邪を引いて、気分が沈んで、何もやることがなくて、四月の後半から、仕事のあと、八時半まで大学の図書館で本を読みだした。そこに図書館があるから、読んだだけで、勉強家とか、努力していたわけじゃない。はじめは、3月までの続きで、デザインの本、広告の本を読んでいたんだけれど、頭に入ってこない。デザインというのは、広告宣伝のための物だから、PRしてくるんだけど、そういうものが辛かったのかもしれない。見るだけの物を見るのが辛いというか。それで、今いる大学は理系もあるあるから、科学の本を読みだした。図鑑だったり、一般向けに書かれた本だったり。わからないところも多かったけれど、それを一通り読み終えたのが5月の末。夜は、広告年鑑をめくり始めた。
続けて、経済や統計、あとは仕事のやり方やアイデアの出し方などの本を読んだ。この辺は丸で頭に入ってこなかった。
いや、それなりに理解できる部分もあって、買い物の仕方とか、組織のマネジメントとか。でもね、自分が間違っているということをくどくど言われている気がして嫌気がさして来ただけだったし。私が難しい事を考えても仕方がない。
世の中に、「効率を上げる」ための本がたくさん出ている。読んでみて思ったんだけど、ああいうものは、こどもの頃からのある程度の環境を持った人が、一度、体力の限界までやったうえで気がつけるもので、仕事も勉強も限界までやったことがない人には、難しいと思う。そもそも限界までやれるというのも、環境があってこその話だし。やれる場と、育まれた性格の両面の意味で。

OSに対応していないプログラムを読み込んでも反応しないんだよ。
人間は柔軟だから、「我慢」と言うやり方で、OSに対応していないプログラムも読み込んで実行できてしまう。
しかし、経験上、苦痛は頭を悪くさせる。勉強や読書でさえ。
私は、いる場所によって、かんたんにバージョンが変わる。
我慢なんて誰でもできる。我慢強い事と、意志が強い事は違う。むしろ、意志が強い者は、我慢をしない。自分のなすべきことについて努力をし続けられる。と、思う。私は、意志の強さをみずから経験してこなかった。

私は高三の時、偏差値がめっきり低かったのだけど、遊んでいたわけではない。勉強もしていた。ただ、我慢して、考えなしに教科書を読んでいただけだった。手を動かさなかったし、ノルマも課さなかった。時間だけが過ぎて行った。将来の目標を明確にして、それに向かって進めていくということをしなかった。
いや、我慢して、勉強して、身に着く人はそれなりに才能があるのだと思う。
私に限って言えば、今までの勉強で身についたものって、興味があったことだけ。
夢中でやれるものを。
Be hungry,be foolish.
私クラスの人間は、これ。