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民俗学漫談*名づけの力

No use to them,but it’s useful to the people that name them.

役に立ちはしないだろうけど、名づけた者とっては役に立つよ。

鏡の国のアリスのセリフです。

 

神社って、名前がありますよね。看板出している所もありますよね、鳥居の脇に。

名前のない神社は現在はないと思います。

江戸時代まではたくさんありました。

祭神の名前も、今は固有名詞的な神様の名前になっていますが、江戸の頃は、あいまいなものでした。

「おきつねさま」とか。「お伊勢さま」とか。

遥か昔、神社が神社の形態をとっていなかったころは、神様に名前はありませんでした。

日本に国家、王国的な国家ですが、できる前までも、神社はあったと思います。

神社というより、聖地ですね。

その聖地、共同体にとっての中心地ですね。聖地は、畏(おそ)れ多くて、名前を付けるという頭がなかったんですね。

統治には宗教が必要だった

名前を付けるという行為はなんでしょうか。何をしているんでしょうか。

分類をしているんですよ。仕分けですね。

名前を付けないという事は、分類が不可能なんですよ。ジャンルが分からない。

つまり、何だかわからない。という事なんです。

何だかわからないままだと困る。

何が困るかというと、人間が国家をつくるくらいに文明が発展してくると、政治が宗教を利用せずにはすまなくなります。

何ででしょうね。

それまでは、王様の個人的権力、力で治めていたものが、世襲になると、統治の理由づけが必要になってくる。

またそれより前に、血縁関係なら当然と思っていたものが、血縁以上の共同体ができてくると、協力する理由づけが必要になる。

今は、法律がありますが、昔の昔はなかった。

すると、皆が同じ価値観で暮らすための規範が必要になってくる。

その規範として、宗教がもってこられたんじゃないかと思います。

持ってこられたというのは、すでに、聖地があり、超自然が存在し、カーニバル的な祭があった。そのフォーマットに倫理を入れ込んだんじゃないかと思います。

それが宗教として成立したんじゃないかと。

そうして成立した宗教が、大きな共同体の統治の理由、皆が従わねばならない理由として利用されたんじゃないかと。統治の技術として。

技術ですから、マニュアルですよね。

ならば、名詞が要る。何だかわからなかったり、あいまいなままでは、人々が従いません。

あそこで待っているのは、何々の神様で、これこれこういう由緒があって、共同体とはこういう関係があるのだ。と。

それで名前が必要になった。正当化と納得のためです。

名前を付けた時点でリスペクトしていない

キリスト教の神は神、GODですよね。ただ、GODの場合は、名前があるんですよ。名前があるにもかかわらず、畏れ多いから名前で呼ばない。

名前を付けてやると、力を発揮します。名づけですよ。

諏訪大社。いまの祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)ですが、江戸時代までは、「諏訪明神」という言い方の方が一般的でした。

その前は、名前はなかったと思います。

名前がないのも凄まじいんですが、「諏訪明神」という呼び方も、古い霊力を示していると思います。

何々の神と言っているから、みんな安心するんですよ。ああ、あれは神様なんだ、と。

それが怪人なになにとか、妖怪なになに、さらに、怪奇なになにだと、安心していられません。さらに、肩書がない、名前がないのに、存在しているのは恐ろしい事です。共同体にとっては。

怪談話でも、怪奇現象があって、その理由を述べてしまうと、恐怖が薄まりますね。

なるほど、と納得した時点で、コントロール下になってしまいます。

作者が、解釈を入れずに、現象だけ述べるので我慢できるか。

それと同じです。

でも、読者は、昔も今も、解釈したいし、納得したいんでしょうけど。

「神」に名をつける行為は、神を手におえるものにする行為なんです。わかりやすくしてしまえば、気安くなるんですよ。人間。

それで、名前を付けることによって、分類してしまう。

自分たちの都合で利用できるようになる。これが名前を付けて、分類する効用です。

諏訪大社の祭神、建御名方神(たけみなかたのかみ)ですが、こうして、名前を付けて、文字まであてはめてしまうから、皆、安心して拝める。近づきやすくなりますね。

自己紹介とおんなじです。

しかも、こうして名前を付けてやると、その名前によって、アイデンティティが生まれますから、伝説、つまりエピソードが出てきます。諏訪大社にまします建御名方神という神様ならば、きっと、こういう神様だろう。と。

そこですでに崇敬の念は薄らいでしまっているんですが。

しかも、名前を付けるという事は、限界を示すことでもありますから、その範囲内で、活躍の場ができるという事です。

何もない自由な状態では、人は何をしていいのか、分からないのとおんなじです。

これは、人に名づけをする場合は、逆の立場になりますね。

芸名を与えたり、肩書を与えたりすると、それまでになかった可能性を見出して活躍するみたいな。地位は人を作る。ですか。

ゆるキャラのネーミングもそうですよね。それまでの自治体のマスコットを「ゆるキャラ」という名付けをすることで可能性を拡げましたよね。

名前も言霊なので。当然力があります。

自分の魂を示していることもあって、昔は、自分の本当の名前を他人には教えませんでした。

名前を知られると、支配されてしまうという思想がありまして。それは名前を知られると、たちまち分類されてしまうからなんですね。

名づけによって世界を整える

日常、身の回りのもの。人に限らず、物は皆名前がついていますね。名詞だらけです。

名前を付けて、名詞に囲まれる。それは自分の世界を整えるためにしていることなんですよ。

しかも、自分の支配しやすいような名前に変えてますね。

通信機器で言えば、ポケットベルは、ポケベル。携帯電話は、ケータイ。スマートフォンスマホ。重くて扱いにくそうなものは、名前を変えてしまえば、自分の手の内に入って来るんですね。

それで、誰かが、上手いネーミングや、略称を考え付くと、皆、使うようになると。

いつの時代もそうですが、名詞が増えてますね。技術が進歩すると。使われなくなった名詞も増えますから、使用している名詞の数は大して変わりませんがね。

 

文学は言葉を使っていますが、言葉の中でも、名詞が重要なんですよ。名刺を使わないと、リアリティが出ません。名刺を使うから、そり世界を構築できるわけです。

例えば、古典ですと、枕草子がありますね。

枕草子は、名詞のオンパレードですよ。

春は曙。夏は夜。夏は夜だって。文体がかっこいいですね。

で、自分の好きなもの、嫌いなものを挙げています。

名詞をあげつらって、自分の感覚で世界を分類し直していますよね。

あれがおもしろい、これがかわいい、という感想ではなく、自分の趣味の感覚で世界を断定している。

そこでは、当然、自分が標準、当たり前の物という感覚がある。だから、基準を作れる。

世間的人情を越えなければ、世界を構築できませんからね。

平安貴族は意志が弱くて有名なんですが、清少納言は凄まじいですよね。自分の趣味で世界を断定する。ほとんど独断ですよ。

あんたが「すさまじきもの」なんじゃないかと、当時の意志の弱い貴族からしたら見えたんじゃないかと思うほどです。

そこで、私は、枕草子の名詞の威力をフューチャーしようと思いまして、動画を作りました。

枕草子名詞フューチャー動画です。


makuranosoushi

テキストが素晴らしいです。当たり前です。

写真は、足成と、ニコニココモンズのものを使用しました。

音楽はショパン 12の練習曲 Op.10 Pクラウディオ・アラウ 1956年6月16~20日録音より、第12番ハ短調 「革命」を「クラシック音楽mp3無料ダウンロード 著作権切れ、パブリックドメインの歴史的音源」より使用しました。

枕草子って言うくらいだから、眠られない時に考えたんですかね。私は、寝ずに作りましたが。