CheatCut.hatena

noise&randomness

個人的な小説のルール

Master your instrument Master the music.And then forget all that bullshit and just play.

-Charlie-Paarker-

小説が自分にとって、何のために存在するのかを知る。その目的に適っている事を書き、叶っていない部分は外す。自分が書きたい様に書くのではない。その目的に外れている物は書かない。そうして出来上がった物こそ、本当に書きたかった物なのである。

 

書く行いは写真の現像の様な物ではなく、思考を伴った行為である。一行目を書いたら二行目は一行目に制される。一行目はそれなりの秩序を持っている。秩序の上に二行目が来るから、かたちとなる。統一されたものとなる。紙の上に現れたものに基づき、また引かれてペンを進める。初めは、この行為が欠かせない。書く行為の基本姿勢はこれである。何であれ、初めのうちは基本姿勢を繰り返して身に着ける。

 

書く事は思考の手法であるが、書くために思考があるのではない。

 

書くならば、「人の勇気を鼓舞したり激励したりするものが宜しゅうございましょう」との考えに限った物が好い。

 

きれいで整っているものを好む者が、それに反した物を見れば驚く。「ネタ」とはそういう物に過ぎない。

今一つの描写やセリフなど、外してみれば、話の筋と矛盾していた事がわかる。今一つのところが矛盾するのは、作者の性格と矛盾しているからに他ならない。

これは日常でも同じ。自分の性格に反したことをしたり、言ったりすれば、矛盾となって現れる。

「もったいないから」という理由で入れた部分を外せば、別の言葉が現れる。外そうか迷った物は、大抵あとになって外している。

 古語というほどのものではないが、旧い言葉を使うようにしている。人間の都合で生み出されて、人間の都合で使われてしまう言葉を拾い上げている。海岸に寄せられた人の見向きもしない宝物を拾っている感じ。

 現代戯曲の設計 ゴードンファレル
「あなたが信じているのと同じやり方で戯曲のなかのあらゆる出来事が展開する様に書く。」「仕来りとして伝えられた形式や慣習を決して真面目に取らない。」

ことばを置いた時の違和感を大切にしている。簡単な言葉を用いた時の違和感と、違和感があるはずなのに感じない言葉の連なり。