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民俗学漫談*バレンタインデー

民俗学漫談

 

バレンタインデー。ありますよね。

日本では、年間の二割があの日に消費されるらしいですが、もとは、聖ウァレンティヌスの日です。ちなみに、ウァレンティヌスは、実在したか微妙なので、聖人に祀られてはいません。

このウァレンティヌスさん、恋人たちの守護聖人とされていまして、で、バレンタインデー。「聖ウァレンティヌスの日」ということですね。

古代ローマでは、この日に祭りがおこなわれていたんですよ。まあ、そろそろ春になるのではしゃぎたい、という祭りです。ルペルカーリア祭と言いましたけどね、祝祭ですから、通常はできないことをやってしまうんですよ。

で、すでにキリスト教があった。キリスト教的には話にならんいかがわしさだと。

で、止めても民衆はやるから、そのルペルカーリア祭という、はしゃぎたくなるような祭りの日を聖ウァレンティヌスの日としたわけなんですよ。

「おまえら、やってもいいけど、もう少し、おとなしくやれ」と言うわけです。

構造を変えたわけですね。名前を変えて、内容を変えた。

恋人たちの日としたわけです。

もちろん、チョコレートを贈るなんて、的なことは現代の風習ですよ。

 

「何かを食べる記念日」

なんですかね、今は、年中行事が「何かを食べる日」になっていますね。

あああいうものは、伝統ではなく、祭りの本質も考えない、記念日カルトですから。

恵方巻きとか、年明けうどんとか。

昔、「お節もいいけどカレーもね」というコマーシャルがありました。お正月にレトルトカレーを食べてもらおうとする広告ですが、あれは別にただのカレーの宣伝で、正月には労働をしないという伝統に即した売り方だと思いましたが、今の、「この年中行事に何々を食べるものだ」と言う売り方は、共同体の未来を食い散らかすようなやり方ですし、何より、祭が人の情念をくびきから解放する場であるのに、かえって、義務やルールを押し付けてくる時点で、祭りの本義とは正反対の事をしているんですよ。

儀礼は、ルールがありますが、儀礼は神様の前で行うことですからね。

民俗学は、伝承を扱いますが、年中行事のやり方はそれぞれの地域によって違います。現代の広告代理店は、そのうち、商業とかみ合いそうなものを拾い上げは、全国にばらまこうとしますね。

 

鰻を食べる日

昔の有名な話では、土用の丑の日の鰻。

鰻を食うのは、江戸時代に平賀源内が思いついたらしいですね。夏場に鰻を食う人が少なくなるから。その打開策として。夏場に食う人が減るのは当たり前で、鰻の旬は冬です。

平賀源内は、現代の広告代理店のようなことをしています。

お持ちのキャッチコピーも作っています。

ただ、鰻の話は、万葉集に、

「世の常無きことを歌二首 痩せたる人を嗤咲(わら)ふ歌二首

石麻呂にわれ物申す夏痩せによしといふものぞむなぎ取り食(め)せ

痩す痩すも生けらば有るらむをはたやはたむなぎを取ると河に流るな」

大伴家持(おおとものやかもち)の歌ですが、これを平賀源内が見て、キャンペーンに使ったんじゃないんですかね。

そのへん、オリジナリティがあるわけはないので。

しかし、重陽節句、9月9日ですが、重陽節句に酒を飲むっていうのは、あまり定着しませんね。必要ないくらい儲かっているからでしょうか。

 

バレンタインデーにチョコレートを贈ったりするのは、嫌いじゃないんですけどね。私はいただく側ですから。

ただ、昔、会社勤めしていたんですけど、会社ではやめたほうがいんじゃないかと思いました。夫婦とか、家族とか、友達とか、もちろん恋人とか、その辺にしとかないと。

ルペルカーリア祭が聖ウァレンティヌスの日になり、今やチョコレートを贈る日、いただく日になっていますね。バレンタインデーに恋の告白をしている人はいるんでしょうか。