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noise&randomness

グラビアポエム

不思議なことに、グラビアには、なぜか、モデルの写真の脇に詩が添えてある。

これを「グラビアポエム」と呼びますね。とりあえず。

キャッチコピーはキャッコピーとしててあるんですけど、たとえば、モデルの横に、「君と一緒にいられれば、毎日があたたかくなる」とかね。

だいたい、読者としての感覚の詩なんですけど。

なぜ、あるのか分からない。

読者のほとんどは読んでいないと思うんですけど。

それでも、なぜか、のつている。

グラビアの定型なんですかね。

これは編集者が書いているんですけど。別にモデルの人の哀歓を表出したものではなくて。

編集者がその気になって、(その気になって、というのは、モデルの女子になったつもりということである)男子に受けそうな文字を連ねるんですよ。イメージの湧出ですね。

いつごろからあるのか。

出版社の書庫で元も古いものを見たら、すでに入っていた。

何時頃からあるんですかね。

モデルの横に詩のようなコピーを入れるのはファッション雑誌がやっていますね。

手元のvogueを見たら、「夢見るサーカスガールの一夜」とありました。

詩と言うより、コピーですね。

でも、スタイルは似ています。

20世紀前半のvogueを見て見ると、絵なんですが、何もありません。

同時期、カラー印刷が発展して、ファッション誌ができてんですが、当然と言うか、ピンナップ誌も発売されていました。

それを見ると、何か書いてあるんですが、これは、詩ではなく、表題ですね。

このスタイルは、新聞などの風刺画のスタイルから持って来た物だと思います。

春画

日本の場合、エロ絵は、浮世絵でしょうね。

浮世絵は、グラビアと、ファッション誌の両方を兼ねていましたから。

芸術と言うのは、どこの世界でも、エロティクなものを含まずにはすみません。

ヨーロッパの絵画なんて、エロですよね。

現代音楽が流行らないのは、官能的なものを排除してしまっているからじゃないでしょうか。

日本の場合、まあ、春画ですが、北斎も描いていますがね。たくさん。

エロの上にグロいんですよ。

エロと美が結びついてこない。日本の場合。

ヨーロッパの場合、「ウルビーノのビーナス」でも、ルノアールの絵にしても、エロいけど、グロくはない。美の方向に向けられたエロですよね。

ところが、日本の場合、同時期のエロ絵を見ると、グロい。

ま、技法の問題もあると思います。

油絵は、美を描くための物、浮世絵は、面白ければ描いてしまうという感じがあります。

で、その春画を見て見ると、余白にびっしり文字が書いてあります。

読むと、台詞なんですよ。

臨場感高めているだけなんですよ。

ヨーロッパの絵画は、基本的に絵の中に文字を書き入れません。

書く場合は、枠で囲んでいます。

日本の場合、絵巻物くらいまでさかのぼると、ストーリーを文字で書いてありますが、えとは、別の部分にしています。

光悦だと、文字を平気で書いていたし、宗達の絵にのせていました。

ただ、そこは、まだ、歌ですね。セリフじゃない。

ん? ここですか。グラビアポエムの祖形は。

もちろん、人物ではないですし、絵にのせているので、絵を今で言えば、デザイン、柄として扱っていますね。人物の絵には文字を入れていません。

グラビアポエムとは違う。

写真集以降から?

多分、写真からでしょうね。しかも、雑誌ではなく、「写真集」という商品ができてからなんじゃないかと思います。

何で写真からなのかと言えば、グラビア雑誌って、撮った写真を後で、写真集に使うんですよ。写真集を出さないモデルの方が多いんですが。

で、写真集とのランクの差をつけるためなんじゃないかと。

写真集と雑誌では、紙が違いますから、発色が違うんですが、ポエムのあるなしで、品質に差をつけたんじゃないかと。ない方がいいでしょ。

でも、雑誌だと、雑誌を読んでいるんだと思わせるためにグラビアポエムを入れる。

すべてのページに入れますからね。

荒俣宏さんなら、時期を知っていそうですね。

 

わたしのいた出版社では、皆、これをめんどうがったんですよ。そこで、私につくらせる。

私は、会ったことのないモデルのポエムを作るんですけどね。ノリで、でたらめなものを作っていました。

当時作ったものは、人に見せられるものではなかったと思いますが、この間、あそびでつくってみました。あの頃は写真などを見てイメージを膨らませていたんですが、今や、写真なぞなくても作れます。

見たい人はこちら。

cheatcut.tumblr.com

グラビアには、儀式的な羞恥心がある。