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民俗学漫談*学校の形式

民俗学漫談

学校という代わりを作り出すシステム

で、そんなわけで、近代以降、国民国家の成立に合わせて学校を作りました。

その学校という場を作るのに、用いたモデルは、別に寺子屋じゃありませんよ。あれはコンテンツは参考にしたんでしょうが、形式は違います。

学校が参考にしたのは、軍隊ですよ。

面白いですよね。大半の教員やもちろん学生も戦争など口にするのも嫌だという人びとが多いと思いますが、その人々が暮らしを成り立たせている、つまり貨幣を得ているのは、軍隊を参考にしたシステムなんですよ。

軍隊は規律なんですよ。

時間を守り、規律を守る。下っ端にとっては、それがすべての世界です。

ちなみに、日本で明治時代に入って、学校ができました。

そこには、公家の子弟も通ってきます。

ところが、公家の子弟は、時間をまったく守らなかったらしいですね。教師の指示にも従わなかったらしいです。理解できなかったんでしょうね。

今は、天皇の直系でさえ、時間を守っています。

それどころが天皇ご自身も守っていまするね。

これが、異常なことに気がつかないんでしょうか。

規律を守るのは、それが効率がいいからにほかなりません。上にとって。

すべて、効率に還元されるシステムなんですよ。システムも個人もユニット化されます。

ユニット化と言うのは、代わりが効くということです。

生徒だろうが、教師だろうが、校長だろうが、やめたら別のユニットを補充すれば済む。そういうシステムになっています。便利ですね。

軍隊では、落伍者を人間として劣等者として扱います。学校も同じなんですよ。成績が悪ければ、「分かりやすく」「悪い点数」をつけるますね。人間関係も同じです。学校へ行きたくないと思って、行動で示せば、それはもう「マイナス点」「不合格者」なんですよ。

軍隊には、試験がありました。と言っても、ある基準を設定して、健康度ごとのベレル別に振り分けるための物です。

通常は「甲種合格」と言いますね。これは、肉体的エリートですね、明治時代当初の話ですが。軍隊で十分機能すると言う事です。

続いて「乙種合格」「丙種合格」と続きます。

丙種は、虚弱な人と言うことで、まあ、通常、軍隊からすれば、「不合格なんでしょうが。

で、問題は、この検査、軍隊のための物であったんですが、この「甲種合格」が一種のステータスに歪められてしまいます。

簡単に言いいますと、甲種、乙種はいいんですが、「丙種」以下は、まともに結婚ではなくなります。国家から、「肉体的に欠陥がある」と認定されているようなものですからね。

民衆はどうしても「仕分け」という、わかりやすいものにしがみつきますから。

レッテルなんて、ドーパミン出てるんじゃないんですか。

逆に「丙種合格」にされた人は、何も合格じゃない。落ち込みますよね。

こうして、まず、同じ年齢、そして、同じ能力のものを集めるのが軍隊です。

服装も同じ。給食も軍隊が発祥ですよ。

似合わない服を着させられる。

栄養オンリーの皆と同じ食べ物を食わされる。今は少し違うんでしょうが、「給食を残すな」と言うのがありますね。

でも、言う割に、社会全体が食べ物を残しては捨てていますよね。

この辺の教育は、上手くいっていないと思うんですが。

ちなみに、私は、給食はあまり食べられなかったんですよ。で、残すと怒られますからね。怒られたくないから、最初から少なくしてもらっていました。

今は食べ物は残さなくなりました。米粒も気づく限りは残しませんよ。

給食に愛情なんてないじゃないですか。工夫もないし。

好きな人が作ったものなら、まずくても食いますよね。食えるものならば。

あとは、学校は、別に相性も良くない人と席を並べる。とか、

尊敬もしていない、意気投合もしていない者の指示に従う。

ベルや号令に従って動く。

これに慣れるのが学校の目的ですね。

私は、何年か前まで、よく放送大学を見ていたんですよ。

放送大学は面白いんですが、裏を返せば、当時の私が「正解」があるものを好んだからなんですね。

間違ったことに対する罰が激しい環境で育ったから、マニュアルを求めるんですよ。

正解が欲しかったんですよ。

学校は「正解」を示しますよね。毎日、毎時間。しつこいくらいに。

そして、「正解」は、一つだけある。ということにして。

こどもがいる知り合いに聞いた話ですが、今、小学校から、意見や感想を言わせるようにしているみたいですね。で、それは「正解」かわからないから、教師は肯定するだけ。

テレビの見過ぎで、「コメント」しないと、キャラが立たないとでも思っているんでしょうか。

芸人じゃないんですよ。

じっくり考えたいこどももいるでしょうし、わからないものは、「わからない」と言えるこどもを育てた方がいいんじゃないでしょうか。

正解は自分で作る。さらに、問題も自分で作る人が運が良ければ成功しますね。

大人は忘れたがる

で、そういった、人間をユニット化するのが学校の形式なんですよ。

黒板があって、教壇があって、生徒が並んで同じ方向を向いている。

たまにシフトチェンジする生徒がいると、戻そうとする。

学校は、その形式をとっている以上、ソフトの部分を変えても、状況は変わらないんですよ。

村の構造、住宅の配置を変えなければ、習慣を変えないように。

それでも、大人たちは、文句を言いながら、あい変らず、学校にやる。

文句を教員に向けてばかりで、原因が学校の構造にあることに気づこうとしない。

自分で見てきているはずなんですけどね。

現状の学校に通うということが、リスクを伴うことだということが。

なぜ、放っておくんでしょうかね。

人間の脳は、そういう構造をしているんですよ。自分の「多幸感」を妨げるものは、「ノイズ」としてしか反応しません。

大方の大人は、自分が経験してきたくせに、忘れてしまうんですよ。

まあ、大方の人びとは、「無事に」学校を卒業できたことでしょうから、別に変えるほどの事はない、と。

個性抑圧シフト

学校は、「個性を育む」と言いながら個性を抑圧するシステムを敷いていますからね。「個性抑圧シフト」ですよ。

そりゃあ、ぐったりしますね。個性があるこどもにとっては。

心身ともに傷つけられながら、しかも、「今日も傷つけられる」と承知しながら、その場に向かわなくてはいけない。なんで?

納得なんて、できるわけないんですよ。

しかも、それを何年も繰り返すわけですよ。

 

学校は、軍隊式のシステムはもう無理だと思いますよ。

むしろ、幼稚園のシステムを導入した方がいいと思います。

今の学生が幼稚だと言っているんじゃないんですよ。

教育機会の平等が、人間関係の不平等につながっているのなら、ゆるい場を作ったらどうですか、と言うことなんです。

知識を効率的に詰め込むのなら、一人の教師が教壇に立って、大勢の学生や生徒を前に授業を行う形式がすぐれているとは思いますが、今のweb時代は、自分で、アプリでもインターネットを使って、覚えた方がはかどるでしょう。

ちなみに、私の英語の能力は今が一番です。自分で参考書やWEBで勉強しただけですが、中学高校大学で勉強した時よりもずっと英語が読めます。

そんなものなんですよ。学校で勉強するなんて、建前なんですよ。あそこは、文部省認可の人間を「生産する」ための場なんですよ。

みんな、インタラクティブなデバイスや、エンターテイメントを重視したコンテンツに慣れていますからね。一時間半も講義に付き合っていられないんですよ。

大学も、放送大学みたく、45分授業にしたらどうですか。あとは自習で。もしくは質問タイム。とか。一部の教員、答えられないでしょうけど。

教員の思い違いがあるんですよ。情熱うんぬんの以前に。

学校制度だって、作った当初は、皆、平等に国家のために働く人ができると思っていたんですよ。

ところが、教員は真面目ですからね。消毒された世界で育って、「先生」に感謝するような学校生活を送れるという、幸せな結果を最終的には得た。

実は運がよかったということなんですが、それを知らずに、知らないことを知らないんですが、教師にありがちなパターンですね。知らないことを知らずに、自分が良い学校生活を送れたのは、自分の力と先生や同級生のおかげと考える。そこにたぐいまれな運の要素が入り込んでいるとは知らずに。

前に、サイコロの出目の話をしました。4回振って6が二回出た。次に6が出る確率はどのくらいか。やっぱり6分の1です、と。

でもね、現実は6がそれだけ出たら、6の出る確率はやっぱり他の出目と比べて高くなるんですよ。

そもそも、現実の世界で、狂っていないサイコロなんてないんですよ。

あ、サイコロの話は比喩ですよ。サイコロの事を言っているんじゃなくで、現実の現象の事です。

想定したもの通りに存在しているものなんてありません。

一部の方は、特に安定した職業や、敬意を伴った権力をお持ちの方は、サイコロの出目はそれぞれ6分の1として行動しているんですよ。

比喩じゃなくて、話にならないのは、そこなんですよ。

会社の形式

会社も同じですよ。

学校で学んだことをそのまま持ち込んだ方が楽ですからね。

組織形体が軍隊と同じです。

CEOという役職があります。

Chief Executive Officerの略で、「最高経営責任者」とか訳されています。

とても大ざっぱに「社長」と同じ使い方をされていますが、このCEOは、もともと「将軍」の事を指しました。

総指揮官ということです。CEOは。

軍隊の上の方は常に戦略を考えている。その戦略を実際に意思決定を命令を下す。それがCEOの役割です。

構造に人間は支配されますからね。

会社が用いている構造の中で日々動いていれば、それに従いますよね。

従った方が、楽、それが「慣れる」ということなんです。

会社というものは、構造が軍隊の組織が商業をしているわけですよ。

19世紀の資本家に比べて、無茶ができなくなっただけ。比較の問題に過ぎません。

そのような形態を持った組織が人を募集し、人を使っている。

そもそも「リクルート」の第一の意味は、「新兵募集」という意味ですからね。

会社ができた時に、すでに長年存在していた軍隊の組織の構造や運用の仕方、ヒエラルキーを参考にしたわけです。

めんどくさいですからね。新たなものを作り出すのは。

荒れ地

最近、「荒れた老人」とか言われていますが、ああいう方々は、最初から荒れているんですよ。学校でも、会社でも、不平等的人間関係を押し通し、その場を「荒野」と化し、自分の家庭を「天国」と見なそうとしてきたから、今さら変えられないだけです。

世代によらず、学校で人を押しのけたり苦しめたりする方法を学んでしまったんですね。それを暗に認めてしまったというわけです。自分も周りも。

変えられないでしょうね。

世界の平和を望んている人には、たまりませんね。

 

教師の大半は、自分が学んだ方法を伝えることしかできないんですよ。学者になるための知識を、しかも自分のやり方でしか教えられない。

優秀なコーチは、選手に見合ったアドバイスができるんですが、まあ、教師は、自分は教師や教員で、コーチではない。と言うかもしれませんね。

教師にしてみたら、「おれの知っている学校と違う」と言うことになりますか。

「おれの知っている中学生、高校生はこんなんじゃなかった」と。

知らないことを知らなかったわけですね。

昔のように、権力かざして、人の人格歪めるようなやり方が、今は通用しませんので、教師も戸惑ってしまうでしょうね。

まあ、大学に関しては、「のんびりやりたい」方は、時代に合っていません。学生がかわいそうですので、研究だけしていたらいいでしょう。研究もしていない方は何をするんですかね。企業へのアテンドでもするくらいでしょうか。

今時、教師と学生の区別を権威としてしている時点で、つらいですよね。とくに大学は。

今回は、少し感情的になってしまいました。もっと漫然と談じないといけませんね。