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もしもシンデレラの王子様があの印度の王子だったら

ある春雨の日、シンデレラは、アンニュイに悶々としながら肘かけにもたれていました。

あの運命の舞踏会から十年、王子は王になり、シンデレラは王妃となっていました。

しかし、その生活はシンデレラが思うものとは違っていました。

豪華な調度品、きらびやかな衣装、自分に逆らわぬ人々、こうした環境は、シンデレラの心を衰えさせるものでした。

 

自分は、飾りなんて堪えられない。自分には意志があるのだ。活動したい。エネルギーの出口が欲しい。

シンデレラが自分の意志の早合点や視野の狭さを悲しみました。

思えば思うほど、悔しさが募ってきて、おりしも聞こえてきた夜鷺の鳴き声を聞くと涙が零れてきました。

 

思い立ったシンデレラは、お供を連れ、妖女の屋敷へ向かおうとしましたが、、シンデレラは王妃であるので、おいそれと外出するわけにはいかないのでした。

 

そこでシンデレラは、あの夜、自分でも驚くくらいにためらいもなく妖女の魔法を信じたあの夜と同じ手法を講じてみました。

 

すると、どうでしょうか、やはりあの晩と同じく、妖女が現れたではありませんか。

「わたし、戻りたいのです。――戻りたいのです。――」

「よしよし、シンデレラ、戻してあげよう、あの日へ」

妖女は何も聞かず抱きしめると、再び杖の一振りで世界を忽然と変えてしまいました。

 

シンデレラが目を開けると、義理の姉たちが浮かれた声で衣装を合わせている光景が現れました。

「私は、この羽飾りにしよう。イギリスで流行っているらしいし」

「そう、ならどうしよう。あまり宝石だの金だのは嫌味だし」

「黒なら金に合うよ」

「そうそう、シンデレラ、あなたも一緒に舞踏会にいかが」

シンデレラは姉の白々しさにむしろほくそえみながら

「いえ、行こうとは思いません」と、目を伏せて言いました。

 

夜が近くなって、継母と義理の姉たちが出て行ってしまうと、さっそくシンデレラは台所の隅で泣き始めました。

すると、忽然としてシンデレラの名付け親でもある妖女が姿を現しました。

 

「私、王子様が欲しい。王子様と恋がしたい」

「よしよし、心のきれいなシンデレラ、それじゃ、お城の舞踏会に行けるようにしてやろうかの」

「それは嫌」

「嫌なのかえ。立派でお美しい王子様じゃて」

「あんな、若い時だけの見てくれ野郎じゃなくて、そう、名前が天の上にも下にもその名を轟かせるほどの人、そういう人がいい」

「そんなお人はお忙しうて、大変じゃろうに」

「だって、退屈しないじゃない。一緒にいて退屈しない人が好い」

シンデレラは赤い唇を片側だけ引いて、妖女を見据えました。

「よしよし、シンデレラよ、それならば、明日、川で沐浴をしとるお人がおる。その人に山羊の乳で粥を作って進ぜるがよい。その後、菩提樹の下に連れてゆき、せいぜい優しくしてあげることだよ」

「その方が王子様なのね」

「そうじゃ。ゆえあって、少しばかり年はいっとるがの、いずれ渋みに惹(ひ)かれるじゃろうて」

「わかったわ。じゃあ明日行ってくる」

「それじゃ」と、帰ろうとする妖女をシンデレラは引き止めます。

「なんじゃ」

「ねえ、段取りはわかったけれど、この服じゃ、どうにかなるものも、なりそうにないじゃない。せっかく、運命の人に合うのに、ここは、全力を尽くさないと」

シンデレラは、妖女に魔法をせがみました。

「いいんじゃよ。あのお方は、そのなりで。宮廷人のような、なりなどしとったら、相手にされぬて」

「え、そんなので、王子様なの」

「ええんじゃ」

「ええと、その方、どれくらいの領地を持っていらっしゃるの」

「持っとらん」

「え、ちょっと待ってよ。王子様なんでしょ。まさか、『私の中では王子様』とか、『きれいな心を持つ者には王子様』とか、そう言う話にならないオチじゃないわよね」

「正確に言うと、元、王子じゃ」

「今は」

「何もない。おまえが行って、さらに自分もなくなるであろうて」

「ちょっと、よくわからない」

「時を経ればわかる。王子だの王様だのそのような次元を超え、世界を席巻する者となろうぞ。少なくとも食うには一生困らん。しかも」

「ふうん、ま、退屈よりはましかも。わかった、じゃあ、明日、運命をつかんで見せるから」

 

あくる日、義理の姉たちが、昨日に続いてお城の舞踏会に行くとの話を、羨むふりをしながら聞いていたシンデレラは、

「ねえ、今日は精のつくものと思って、ミルク粥を作ってしまいました」

「気が利くじゃない。今日は勝負だからね」

 

シンデレラは家の者を城へ送り出すと、粥を抱えて川へ行きました。

 

川に近づいたシンデレラは、川に入って沐浴をしている男を見てとりました。

 

妖女が言うように、男の人は若者と呼ぶ年齢は過ぎているようでした。なにより体全体が棒のようにやせ細っていました。

 

シンデレラが近づくと男の人は、静かな目でシンデレラを見ました。

 

その目は、疲れを湛(たた)えてはいましたが、歪んだ物はなく、静かな光を宿していましたので、シンデレラはすぐにこの人が運命の人と知りました。

 

男の人は、川から上りましたが、歩く力もないようで、その場で坐り込んでしまいましたから、シンデレラが近づいて、体を支えながら粥を喉に流し込んでやりました。

 

「ありがとう。君は」

「ただの村娘。たまたまお粥を持っていただけ」

 

その後、シンデレラは涼しい菩提樹の下に男の人を連れてゆき、かいがいしく介抱をしてあげました。

 

「ねえ、今日、家の人が出かけていて、夜遅くまで家、誰もいないから」

 

そうして、シンデレラは継母や義理の姉たちがいない内に、印度の王子を家に連れこみ、自分のとりこにしてしまいました。

 

その後の印度の王子の活躍は現代世界の隅々まで轟いていることでおわかりでしょう。しかし、その活動の初めの時期、当初は女人禁制にするつもりでいた王子を諭(さと)し、女人が教えに加わることを説得したのは、シンデレラのきれいな心があっての事だったとは、今は歴史の中に埋もれていることです。

 

                                       了

 

参考

青空文庫 灰だらけ姫またの名「ガラスの上ぐつ」
ペロー 楠山正雄訳
http://www.aozora.gr.jp/cards/001134/files/43120_21537.html