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noise&randomness

卵の確保

卵をよく割る。料理に卵をよく使うからよく割るのだはなく、その辺に置いておいてよく割ってしまうのである。うちは冷蔵庫がないものだから、10個入りのパックではなく、4個入りの物を買ってくる。買ってきて置くのは、一般家庭ならガスレンジが置いてあろう場所である。その場所には、すでにスーパーの袋に入ったままの食べ物や洗剤や外で読む本などが置いてある。そこで手前に置く、袋から出すと、その袋より奥はいっぱいだから、さらに手前に置く。買ってきたその日の晩に一個使い、次の日の朝、残っているのは3個である。奥にある豆乳を取ろうとすると、奥から力が手前に向かった働き、最も手前にあった蓋の開いた卵パックに力がかかる。卵パックが空中に出るまで、それを支えるものは何もないものだから、自由に落ちる。
パックで売るというのは、売る方も買う方も効率がいいからなのであろうが、それは一般的な生活を営んでいる人々によった効率の話であって、私のような生活を営んでいる者にとっては、一個売りの卵の方が効率が良い。そのように想っていたら、温泉卵の一個パックと言うものが売っていた。卵も毎日毎日食う必要もないだろうから、今では、週に2度ほどそれを食っている。
そのように思っていたら、近所の農家の軒先で、烏骨鶏の卵が一個200円で売っていた。

ブラック・スワンを読んで

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質 ナシーム・ニコラス・タレブ (著), 望月 衛 (翻訳)と言う本が数年前に売れました。

ブラックスワン、黒い白鳥です。

白鳥には、稀に黒い白鳥が生まれるそうです。

実際に存在しているのですが、どれくらいの確率で生まれるかはわかりません。

そのブラックスワンを象徴として、この世界の現象、とくに経済現象の予測は成り立ちにくい、ほぼ不可能というようなことが書いてあったかと思います。

例えば、宝くじは、確率もわかるし当籤した場合の結果もわかるので、それはブラックスワンではありません。

著書の中で、ブラックスワンとは、『ほとんど起こり得ないが、起これば大きな影響を及ぼす事象』と定義しています。

いつ起きるか、起きた場合の規模もわからないものを言います。

例えば、株式市場の動向や、何がはやるのか、といった物事のことです。

計画通りにやって、ブラックスワンが起きた試しはない、とさえ著者は言います。

  • 世界は、自分が思っているより、複雑でランダム。わかったという幻想を人は欲しがる。
  • 分類をすれば、複雑さは必ず低下する。黒い白鳥が生まれるのはそういうところだ。

後になれば、如何様にでも解釈なんてつけられる分けですから、因果関係ばかり探るような仕事のやり方では、新しい事は難しいと思います。

思ってもみないブラックスワンに賭けるのは、実は現在当たり前の仕事の仕方で、それをやらないのは、結果が全てわかっているというようなもの。

「境目に立ち、境目を探る」とも著者は言います。

分りきっていること、変化が起きなさそうな所ばかりに目を向けて、安心しながら仕事をするのは、現代では、仕事の向上には結びつかないでしょう。

何より、当人が楽しめないと思います。

自分でジャンルを決め込まないという事は、重要だと思います。

自分の職種や仕事の内容を決め込むのは楽かもしれませんが、人としてそれで楽しいのでしょうか。

その一日の仕事を片付けたら、全然違うプライベートを過ごして、それで仕事上の信頼を得られるのでしょうか。

自分のしてる仕事の境界線を見る。その事により、自分の能力を生かしたまま、新しいジャンルや仕事をこなせるようになると思われます。

境目は限界ではないのです。

境をぼんやりとでも見ることによって、その向うにあるものに意識が向けられ、そのための準備もできるようになると思われます。

著者は、著書の後ろの方で、生活をしてゆく上で、仕事に85パーセント、ブラックスワンを起こせるような可能性に15パーセントくらいを費やすと良い人生が送れるのではないかと提案しています。

 

私たちが能力だと思っているもののほとんどは、結果から後付けで決められる。

 

私は、仕事でも好きなことでも、全力でやり続ければブラックスワンが起きるのではないかと思います。

そのためには、なんでも良い、どこでも良いというわけではなく、自分の好きなことに力を注ぎ、自分を大事にしてくれる場を自分が大事にすることだと思います。

 

 

●会社を興したり『才能』を生かして、一攫千金を求めるか。
●子供の頃から勉強を頑張り、会社に入ってからも奮迅し、高い収入を求めるか。
●贅沢できる収入ではないが、自分の能力に見合った仕事を見出し、仕事をやる環境を作り出し、好きな事にシフトしつつ生活してゆくか。

●夢を追い求める。

実は、それぞれ努力や才能、それに環境が必要となります。
一番簡単なのは、どれですかね。
人に寄りけり。2番目と言う人も少なくありません。

ブラックスワンを読むと、最後のやり方を進めているように思われます。

 

仕事を片づけたいのか、世界を変えたいのか。

 

出し惜しみをせずに全力を尽くしていれば、良い方のブラックスワンは起きると思う。


大ざっぱにあげたこの生き方ですが、実は、どれもこれも意志が要ります。努力や(環境を含めた)才能は当たり前のこととしてあります。
さらに実は、少なからぬ人々は、どれも選びはしないのですよ。

選ばないという選択もありますが。

羨み、妬み、憧れたまま、何も選ばないのですよ。
何が、意志を妨げているのでしょうかね。

『次がある』と言う妄想か。

コンプレックスからくる欲念か。

もしもシンデレラの王子様があのデンマークの王子だったら

ある梅雨の日、シンデレラは、アンニュイに悶々としながら肘かけにもたれていました。

あの運命の舞踏会から十年、王子は王になり、シンデレラは王妃となっていました。

しかし、その生活はシンデレラが思うものとは違っていました。

豪華な調度品、きらびやかな衣装、自分に逆らわぬ人々、こうした環境は、シンデレラの心を衰えさせるものでした。

 

自分は、飾りなんて堪えられない。自分には意志があるのだ。活動したい。エネルギーの出口が欲しい。

シンデレラが自分の意志の早合点や視野の狭さを悲しみました。

思えば思うほど、悔しさが募ってきて、おりしも聞こえてきた夜鷺の鳴き声を聞くと涙が零れてきました。

 

思い立ったシンデレラは、お供を連れ、妖女の屋敷へ向かおうとしましたが、、シンデレラは王妃であるので、おいそれと外出するわけにはいかないのでした。

 

そこでシンデレラは、あの夜、自分でも驚くくらいにためらいもなく妖女の魔法を信じたあの夜と同じ手法を講じてみました。

 

すると、どうでしょうか、やはりあの晩と同じく、妖女が現れたではありませんか。

「わたし、戻りたいのです。――戻りたいのです。――」

「よしよし、シンデレラ、戻してあげよう、あの日へ」

妖女は何も聞かず抱きしめると、再び杖の一振りで世界を忽然と変えてしまいました。

 

シンデレラが目を開けると、義理の姉たちが浮かれた声で衣装を合わせている光景が現れました。

「私は、この羽飾りにしよう。イギリスで流行っているらしいし」

「そう、ならどうしよう。あまり宝石だの金だのは嫌味だし」

「黒なら金に合うよ」

「そうそう、シンデレラ、あなたも一緒に舞踏会にいかが」

シンデレラは姉の白々しさにむしろほくそえみながら

「いえ、行こうとは思いません」と、目を伏せて言いました。

 

夜が近くなって、継母と義理の姉たちが出て行ってしまうと、さっそくシンデレラは台所の隅で泣き始めました。

すると、忽然としてシンデレラの名付け親でもある妖女が姿を現しました。

 

「私、王子様が欲しい。王子様と恋がしたい」

「よしよし、心のきれいなシンデレラ、それじゃ、お城の舞踏会に行けるようにしてやろうかの」

「それは嫌」

「嫌なのかえ。立派でお美しい王子様じゃて」

「あんな、目先の事ばかりじゃなくて、世界の事を深く考える人、そういう人がいい」

「そんなお人に合わせるのは、大変じゃろうに」

「知的な人が好いの。そうね、あの噂のデンマークの王子様が好い」

「いや、デンマークって、キミ。世界政治の主要国家じゃて。その妃になるには、それ相応の」

「できるでしょ」

シンデレラは赤い唇を片側だけ引いて、妖女を見据えました。

 

「やれやれ、シンデレラよ、それならば、明日、馬車が迎えに来るから、それに乗るがよい。すぐに城に着くから、門に入ったら、まっすぐに中庭に向かよように」

「わかった」

 

あくる日、義理の姉たちを近所のお城の舞踏会へ送り出したシンデレラは、南瓜の馬車に乗り込みました。

馬車は景色を七色の筋にしてしまうほどの速さで進むと、とある宮殿の前に着きました。それはシンデレラが見たことのあるお城よりもはるかに高く、はるかに堅固でなおかつ美しいお城でした。

シンデレラは、妖女に言われたとおり、中庭に向かいました。

 

夏の夜の月明らかに、成就の夜にふさわしい満ちた月の光は、雲の間から照らし、やがて雲が動けば、庭をくまなく照らし、やがて、一人の眉目秀麗なる青年を照らし出しました。

青年は、中庭に入ってきたシンデレラを見やると、持っていた本を落としてしまいました。

シンデレラは駆け寄って、拾い上げます。

「あの、落としましたよ」

「落ちるのも神の摂理。来るべきものは、いま来なくともいずれは来る。-いまくればあとには来ない。-後に来なければ、いま来るだけの事だ。

-肝心なのは覚悟だ。いつ死んだらいいか、そんなことを考えてみたところで、誰にもわかりはしまい。所詮、あなたまかせさ」

 

そう言うと、シンデレラに向かって微笑みました。

その微笑みがあまりに美しかったので、シンデレラはしばしの間、ハムレットに見入るだけでした。

 

そこに賑やかな高笑いとともに、太鼓の音がしました。

「あれは、何」

「あれは、王が葡萄酒を一気に飲み干す度におつきの者が、はやし立てているのさ。矮小な物欲と名誉欲を内容とする生活ですよ」

「あなたは? あなたは宴会に出ないの」

「花は笑い、風は歌う。木々が囁き空は微笑む。僕は世界に向かっていればそれでいい。あとは、身を軽くするだけ。『宿命さがし』は、もう止した」

 

ハムレットは、欲にまみれた王宮の生活にうんざりし、自分の心を導いてくれる良き縁を求め始めたばかりでしたので、そこに現れたシンデレラに赤い糸を感じてしまいました。

シンデレラは、ハムレットの秀でた容姿とともに、その晴朗な性質に惹かれたので、この人こそ自分の王子様と入れ込みました。

その後、シンデレラは、ハムレットの妃となり、北海を治める中心国家の王妃として君臨したのでした。

 

                                     了

 

 

 

参考

 

青空文庫 灰だらけ姫またの名「ガラスの上ぐつ」

ペロー 楠山正雄訳

http://www.aozora.gr.jp/cards/001134/files/43120_21537.html

 

新潮文庫ハムレット福田恒存訳百八ページのハムレットのセリフを引用

民俗学漫談第32回*貨幣の形態の変化

ふと気づいたら、映画でも漫画でもゲームでも翻案(実写化を含む)や二次創作的なものが多い気がしました。
テクノロジーが進んで、今現在のデジタル技術で作り直したくなるのかもしれませんし、今現在にふさわしてものとして作り直したくなるかもしれません。
それで、実際にヒットするのですが、何かが違う気がしていました。

まあ、デジダルが多いのならば、あえて、フィルムで撮影した方が個性的なものができるかと思われますが。
ツールは思考を変えますし、かえって、デジタルの方が「もどかしさ」みたいなものを感じる場合がありますし。

 

文学も音楽も映像もおそらく何か別物になったか、全く新しいものが作りにくくなったのでしょうか。
デジタルツールは、無限に見えて実は思考を限定的にしてしまうのと、インターネットの『システム』みたいなもの(常にある種のネットワークの中に自分がいる感覚)が人の思考を変えてしまっている気はします。
ある一つの物に集中することが脳のレベルで難しくなっていて、それは同時にマルチタスクができるようになっているという事でもあるかもしれません。
以前に100のものが作れたとして、現在は70くらいの物までしか作れなくなっている半面、昔が100のものを作る時間で70の物を2つも3つも作れるようになっている気はします。

 

などと、漠然と考えていたら、先日、高山宏先生の『近代文化史入門』を読んでいて、これではないかと思った箇所がありました。

「金に異変あるとき、言葉にも何かがおこる」P.115

もしかしたら、貨幣の形態の変化が今の作品に影響を及ぼしているのではないか。

続いて、このような文章が続きます。

これが当てはまる時期は七つも八つもある。
井原西鶴の貞享・元禄時代、平賀源内の宝暦・明和時代、ポーのジャクソン民主主義時代などなど。なぜだかおわかりだろうか。答えは簡単。
一六六〇年代に立ちあげられた表象の構造が原因である。言葉とお金を同じ「契約」の構造として出発させたのだ。
同ページ。

まず、貨幣経済ができ、金貨をはじめとして貨幣そのものに価値がある貨幣ができますね。
続いて、紙幣が登場し、その紙幣は兌換紙幣な訳です。

さらに、不換紙幣がてでてきます。
貨幣が「契約」でしかなくなってしまいました。

現在、クレジットカードをはじめとした電子マネーが普及していますね。

電子マネーの普及は、その物自体を実体のない記号と化してしまった。
それなら言葉も変わる。
芸術も変わる。

ということなのではないのでしょうか。

現金を使うということが重要だったんですよ。

電子マネーでの買い物は、ただの取引なんですよ。

鬱屈したものの出口をメデイアが用意しているから 大学生もそれに乗るだけ お金が発生するが、そこでのお金はリアルマネーではない。

テーマパーク マンガ ゲーム 飲食店

エネルギーの出口が同じ人間は、思想も性質も同じになる。

支給品ですよ、電子マネーでの買い物なんて。

現ナマで支払うから、無駄使いの感覚か生じるわけなんですよ。
買い物って、どのみち、無駄遣いの要素が入ると思うんですよね。
厳密な等価交換なんてないわけですから。
ドブトエフスキーがどこかで、
貨幣は、鋳造された自由である
というようなことを書いていた気がします。
お金って、経財上、便利なものと言うより、使うことで、
『使ったぞ!』、『俺はやったぞ!』と思う物でしょう。
『跳び越えたぞ!』みたいな感覚、必要なんですよ。

紙幣は、実祭の価値の代わりのものなんだから、物(ブツ)といてのお札を使って、蕩尽をするわけですよ。
電子マネーじゃ、減ったのは、情報だけなんですよ。
10万円くらいの札束を一度に使うときのどきどき 後ろめたさ、ヤケクソ気分を感じることで何かを乗り越えるわけですね。
お札はお札(ふだ)な訳ですから、自分から離すことで、軽くカタルシスが起きているわけです。

日常をリセットする方法は、ありますが、伝統的には蕩尽があります。

デジタルは、コピーが可能なわけですから、「減る」感覚が薄まってゆくのは当たり前です。
バカな遊びや買い物をしてカードはないわけですよ。

少し前までお金は綺麗なものではないという感覚もありましたが、それもう薄れてきている気がします。

何より、自分で稼いだお金を大切にするという感覚は現金を使いからこそ生じるんですよね。

電子マネーじゃありがたみが薄れて、「必要なもの」ばかり買おうとし、その実、その「必要なもの」がメディアに乗せられたものになっていくと思いますよ。

 

恐怖が欠けている。アイーの海の暗い面が欠落し明るい面だけが生の全貌として合一化の対象になっているからだ。

高山宏『アリス狩り』P.252

 

自分のいらない物を人にあげるよりもお金を出して買った物を上げた方が、蕩尽になります。

すでに持っている物を使わないからと言う理由で誰かにあげたところで、それは「所有の移動」にしかなりません。

そこに生命力(エロス)の迸りはないわけです。

人に贈物をする時こそ、大切なお金をチャンスです。

現代の合理的な理性がしたがらない蕩尽のいい機会なのです。

どこかへ出かけた時にお土産を買って来るのは、その一つの例ですね。

あれは「お世話になっているから」と言う理由で納めてしまいがちですが、実は蕩尽をしているのです。

蕩尽できるかどうかですよ。

相手を思っているかどうかが分かるのは。

それこそお金も時間も。

電子マネーって、ポイントや履歴も含めて、自分が得するスタンスじゃないですか。

投資もそうですけど。

そうじゃないんですよ、お金って言うものは。

呪であり、祓いでもあるわけです。

お金を使うことにより、積もってゆくケガレを祓い、その都度世界をリセットするわけなんですよ。

 

【解説芸】シンデレラ

シンデレラの話はどういうものであったかな、と『青空文庫』で読んでみました。 

水谷まさる シンデレラ


まず、冒頭に詩があります。


シンデレラを讃たたう

神につながる心持つ
世にも可憐なシンデレラ
雨風つよくあたるとも
心の花は散りもせず。

魔法の杖の一振に
たちまち清き麗姿あですがた
四輪の馬車に運ばれて
夢のお城へいそいそと。

時計の音におどろいて
踊る王子のそば離れ
あわてて帰るその時に
脱げたガラスの靴ひとつ。

靴は謎とく鍵の役
捜し出されたシンデレラ
お城に迎え入れられて
心の花ぞかがやきぬ。

 

美しい詩です。

この後、多くの人が知っているお話に入るのですが、シンデレラのお話、この詩だけで十分な気がします。

元をあたってみました。

現在のシンデレラの下になった物には、グリム兄弟によるものと、シャルル・ペローによるものが知られています。

シンデレラは、仏語で『サンドリヨン(仏: Cendrillon)』、『灰かぶり姫』という事です。

青空文庫では、ペロー(楠山正雄訳)の

灰だらけ姫またの名「ガラスの上ぐつ」

が読めます。

ペロー Perrault 楠山正雄訳 灰だらけ姫 またの名「ガラスの上ぐつ」


グリムの方も読めます。

グリム兄弟 Gebruder Grimm 大久保ゆう訳 アッシェンプッテル ASCHENPUTTEL ―灰かぶり姫のものがたり―


さらに古い物も伝わっていますが、近い物は、グリムかペローです。
グリムの方では魔法使いが登場せず、ガラスの靴も脱げてしまったのではなく、

「シンデレラが靴を階段に残したのは偶然脱げたのではなく、王子があらかじめピッチ(ヤニ)を塗って靴が絡め取られたから」wikiより

だそうです。

魔法使いが出た方がロマンがあるので、ペローの方を読みました。

 
まずは、シンデレラの境涯が語られます。
続いて、お城から舞踏会の招待状が届いて継母たちが出かけてしまった後の場面です。


いよいよすがたが見えなくなってしまうと、いきなりそこに泣きふしてしまいました。
 そのとき、ふと、サンドリヨンの洗礼式せんれいしきに立ち合った、名づけ親の教母きょうぼが出て来て、むすめが泣きふしているのを見ると、どうしたのだといって、たずねました。
「わたし、行きたいのです。――行きたいのです。――」こういいかけて、あとは涙で声がつまって、口がきけなくなりました。

 

シンデレラ、口では何も言いませんでしたが、ものすごく行きたかったみたいです。舞踏会に。

この後、最初の山場、魔法使いが南瓜の馬車を拵えて、シンデレラが舞踏会に行きますが、ペローの話では、舞踏会は二晩続けて催されます。
初日は、シンデレラ、ちゃんと時計を気にしつつ零時の鐘が打つ前に会場を去ります。

姉たちは、後から帰って来るんですね。
その場面です。

 

「まあ、ずいぶん長く行っていらしったのね。」と、サンドリヨンはさけんで、あくびをして、目をこすって、のびをしました。
それは、うたたねをしていて、たった今、目がさめたというようなふうでした。
けれど、じつはふたりが出て行ってから、サンドリヨンは、まるっきりねたくもねられない気持だったのです。

この辺は、サンドリヨン、演技しています。
もちろん、姉たちを油断させるためです。

 

さらに、心に余裕ができたのか、サンドリヨン、こんなことを言います。

「まあ、その方、どんなにお美しいでしょうね。ねえさまたち、いらしって、ほんとうによかったのね。わたし、その方見られないかしら。まあねえ、ジャボットねえさま、あなたのまい日着ていらっしゃる、黄いろい着物を、わたしにかしてくださらないこと。」といいました。

それに対して姉A。
「まあ、あきれた。」と、ジャボットはさけびました。「わたしの着物を、おまえさんのようなきたならしい、灰のかたまりなんかに、かしてやられるもんか。ひとをばかにしているよ。」
サンドリヨンは、いずれそんな返事だろうとおもっていました。それで、そのとおりにことわられたのを、かえってありがたくおもっていました。
なぜといって、きょうだいが、じょうだんをいったのを真まにうけて、着物をかしてくれたら、どんなになさけなくおもったでしょう。

この辺、なめて遊んでいます。

あくる晩も舞踏会です。

王子は、しじゅうサンドリヨンのそばにつきっきりで、ありったけのおせじや、やさしいことばをかけていました。それがサンドリヨンには、うるさいどころではありませんでしたから、ついうかうか、妖女ようじょにいましめられていたことも忘れていました。それですから、まだまだ時計が十一時だと思ったのに、十二も打ったのでびっくりして、ついと立ちあがって、めじかのようにはしっこくかけ出しました。

この日は時を忘れて、零時を知らせる鐘の音と共に脱兎のごとく駆け出した挙句に靴を忘れてしまいます。
この後、忘れた靴に合う人を探すのですが、シンデレラの家の場面、まず義理の姉たちは足に合いません。
それを見たシンデレラです。

サンドリヨンは、そのとき、わきで見ていますと、それはなんのこと、じぶんの半分おとしてきた上うわぐつでしたから、ついわらい出してしまって、
「かしてくださらない。わたしの足にだってあうかもしれないから。」といいました。

こみ上げてくる勝利の笑とともに、それまでの境涯を抜け出した瞬間です。

さて、ペローは、
顔とすがたの美しいことは、男にも女にも、とうといたからです。でも、やさしく、しおらしい心こそ、妖女のこの上ないおくりものだということを知らなくてはなりません。
と言う文で結んでいます。

少しイメージと違いました、シンデレラ。

特に、
王子さまはずっとシンデレラのそばにいて、いつもやさしいことばをささやいてくれました。あまりにもたのしかったものですから、シンデレラはじかんのことなんて、すっかりわすれていました。いまは、十一じくらいかな、とぼんやりおもっていたのです。

と、言うところから、シンデレラの生活は、やがてアンニュイに覆われるだろうと想定することは想像に難くありません。

このような意志の強く、機転の利くような者がお城の生活に満足するはずはない気がしました。
シンデレラは後悔しなかったのでしょうか。
魔法の力があれば、もっと何かをできたのではないかと。

 

シンデレラの現代にそぐわない部分は、王子に個性がない所もあるかと思います。

そこで、ドリフの大爆笑ではありませんが、『もしもシリーズ』を作ってみました。

もしもシンデレラの王子様があの印度の王子だったら - CheatCut.hatena

もしもシンデレラの王子様があの印度の王子だったら

ある春雨の日、シンデレラは、アンニュイに悶々としながら肘かけにもたれていました。

あの運命の舞踏会から十年、王子は王になり、シンデレラは王妃となっていました。

しかし、その生活はシンデレラが思うものとは違っていました。

豪華な調度品、きらびやかな衣装、自分に逆らわぬ人々、こうした環境は、シンデレラの心を衰えさせるものでした。

 

自分は、飾りなんて堪えられない。自分には意志があるのだ。活動したい。エネルギーの出口が欲しい。

シンデレラが自分の意志の早合点や視野の狭さを悲しみました。

思えば思うほど、悔しさが募ってきて、おりしも聞こえてきた夜鷺の鳴き声を聞くと涙が零れてきました。

 

思い立ったシンデレラは、お供を連れ、妖女の屋敷へ向かおうとしましたが、、シンデレラは王妃であるので、おいそれと外出するわけにはいかないのでした。

 

そこでシンデレラは、あの夜、自分でも驚くくらいにためらいもなく妖女の魔法を信じたあの夜と同じ手法を講じてみました。

 

すると、どうでしょうか、やはりあの晩と同じく、妖女が現れたではありませんか。

「わたし、戻りたいのです。――戻りたいのです。――」

「よしよし、シンデレラ、戻してあげよう、あの日へ」

妖女は何も聞かず抱きしめると、再び杖の一振りで世界を忽然と変えてしまいました。

 

シンデレラが目を開けると、義理の姉たちが浮かれた声で衣装を合わせている光景が現れました。

「私は、この羽飾りにしよう。イギリスで流行っているらしいし」

「そう、ならどうしよう。あまり宝石だの金だのは嫌味だし」

「黒なら金に合うよ」

「そうそう、シンデレラ、あなたも一緒に舞踏会にいかが」

シンデレラは姉の白々しさにむしろほくそえみながら

「いえ、行こうとは思いません」と、目を伏せて言いました。

 

夜が近くなって、継母と義理の姉たちが出て行ってしまうと、さっそくシンデレラは台所の隅で泣き始めました。

すると、忽然としてシンデレラの名付け親でもある妖女が姿を現しました。

 

「私、王子様が欲しい。王子様と恋がしたい」

「よしよし、心のきれいなシンデレラ、それじゃ、お城の舞踏会に行けるようにしてやろうかの」

「それは嫌」

「嫌なのかえ。立派でお美しい王子様じゃて」

「あんな、若い時だけの見てくれ野郎じゃなくて、そう、名前が天の上にも下にもその名を轟かせるほどの人、そういう人がいい」

「そんなお人はお忙しうて、大変じゃろうに」

「だって、退屈しないじゃない。一緒にいて退屈しない人が好い」

シンデレラは赤い唇を片側だけ引いて、妖女を見据えました。

「よしよし、シンデレラよ、それならば、明日、川で沐浴をしとるお人がおる。その人に山羊の乳で粥を作って進ぜるがよい。その後、菩提樹の下に連れてゆき、せいぜい優しくしてあげることだよ」

「その方が王子様なのね」

「そうじゃ。ゆえあって、少しばかり年はいっとるがの、いずれ渋みに惹(ひ)かれるじゃろうて」

「わかったわ。じゃあ明日行ってくる」

「それじゃ」と、帰ろうとする妖女をシンデレラは引き止めます。

「なんじゃ」

「ねえ、段取りはわかったけれど、この服じゃ、どうにかなるものも、なりそうにないじゃない。せっかく、運命の人に合うのに、ここは、全力を尽くさないと」

シンデレラは、妖女に魔法をせがみました。

「いいんじゃよ。あのお方は、そのなりで。宮廷人のような、なりなどしとったら、相手にされぬて」

「え、そんなので、王子様なの」

「ええんじゃ」

「ええと、その方、どれくらいの領地を持っていらっしゃるの」

「持っとらん」

「え、ちょっと待ってよ。王子様なんでしょ。まさか、『私の中では王子様』とか、『きれいな心を持つ者には王子様』とか、そう言う話にならないオチじゃないわよね」

「正確に言うと、元、王子じゃ」

「今は」

「何もない。おまえが行って、さらに自分もなくなるであろうて」

「ちょっと、よくわからない」

「時を経ればわかる。王子だの王様だのそのような次元を超え、世界を席巻する者となろうぞ。少なくとも食うには一生困らん。しかも」

「ふうん、ま、退屈よりはましかも。わかった、じゃあ、明日、運命をつかんで見せるから」

 

あくる日、義理の姉たちが、昨日に続いてお城の舞踏会に行くとの話を、羨むふりをしながら聞いていたシンデレラは、

「ねえ、今日は精のつくものと思って、ミルク粥を作ってしまいました」

「気が利くじゃない。今日は勝負だからね」

 

シンデレラは家の者を城へ送り出すと、粥を抱えて川へ行きました。

 

川に近づいたシンデレラは、川に入って沐浴をしている男を見てとりました。

 

妖女が言うように、男の人は若者と呼ぶ年齢は過ぎているようでした。なにより体全体が棒のようにやせ細っていました。

 

シンデレラが近づくと男の人は、静かな目でシンデレラを見ました。

 

その目は、疲れを湛(たた)えてはいましたが、歪んだ物はなく、静かな光を宿していましたので、シンデレラはすぐにこの人が運命の人と知りました。

 

男の人は、川から上りましたが、歩く力もないようで、その場で坐り込んでしまいましたから、シンデレラが近づいて、体を支えながら粥を喉に流し込んでやりました。

 

「ありがとう。君は」

「ただの村娘。たまたまお粥を持っていただけ」

 

その後、シンデレラは涼しい菩提樹の下に男の人を連れてゆき、かいがいしく介抱をしてあげました。

 

「ねえ、今日、家の人が出かけていて、夜遅くまで家、誰もいないから」

 

そうして、シンデレラは継母や義理の姉たちがいない内に、印度の王子を家に連れこみ、自分のとりこにしてしまいました。

 

その後の印度の王子の活躍は現代世界の隅々まで轟いていることでおわかりでしょう。しかし、その活動の初めの時期、当初は女人禁制にするつもりでいた王子を諭(さと)し、女人が教えに加わることを説得したのは、シンデレラのきれいな心があっての事だったとは、今は歴史の中に埋もれていることです。

 

                                       了

 

参考

青空文庫 灰だらけ姫またの名「ガラスの上ぐつ」
ペロー 楠山正雄訳
http://www.aozora.gr.jp/cards/001134/files/43120_21537.html