CheatCut

noise&randomness

小説覚書

まず書いてみる。

それができたら、苦労しないわ、と思うかもしれないが、書ける「部分」はあるはず。

まず、やりがちなのが、小説の頭から書こうとしてしまうこと。

もちろん、出だしと、締めと、タイトルを先に決めて書く場合もあります。

でも、書きたいように、書きたいところから書けばいいんですよ。

描いて、また別のシーンをかく。それは、別の章にしてしまえばいい。

一章が、一ページしかないのと、数ページに渡る章が、同じ小説の中で同居していても構わないと思います。

連載しているわけじゃないですから。

ラストだけ体言止め。

まず描いて、必要がでてきた部分で、資料に当たってみる。

 

 

落語で言うと「枕」の部分を大事にしないといけない。そうしないと興味ない人は読んでくれない。会話と同じ。

 

完全口語か、様式化された文体。

昔のままのマンネリズムではなく、自分の気持ちではどういう物がいいかと考えればきっと新しい物が出来る。

 

「場」と言うものを意識する。始まりの場所。終わりの場所。願いが叶う場所。

 

演劇用語の3幕構成

「物語の中核にあるのは、「個人的な期待」と「現実」の根源的な衝突」ロバート・マッキー

 

芥川龍之介の随筆は、他の二人の随筆よりも本人が主人公として、描かれている気がする。

芥川龍之介が主人公の小説と言うか。

 

限られた数しか具えていない彼女の心。

 

生涯最も印象的な行動。

 

夢のように繰り返す。

 

「夜のもっとも暗い奥底に輝く夢の閃光は、昼の光よりもさらに明るく」

「眠れない夜は鏡を壊す前 鏡を壊すのは電話が鳴る前」

 

『何が美しいのかを問うのではなく、何が観客の心を捉えるかにある。何が幽玄であるかを論ずることではなく、何が観客を喜ばせるかにある。』

 

楽にしていたら、つらさに耐えきれない。つらさを振り切るくらいの努力をしていかないと、耐えられない。そういうやり方を最近している。休息しているとつらいだけ。過去に追いつかれないように。といいながら、小説が一段落ついたせいか、床で横になったら、そのまま二時間昼寝してしまった。体はさすが。昨日か、一昨日くらい、起きてから、軽い眩暈と吐き気がしていて、これは寝込む吐気だ。と思っていて、忘れてしまったところだった。しかし、こういう寝方のがかえって夢見がいい。二時間昼寝して、二時間起きる。その繰り返し。そういう種類の日曜日。

 

日常。わたしが好きなもの、格好いいと思うもの、すてきなもの、かわいいもの、に向く興味よりも、「許せない物」「気味の悪い物」に向く方が強くなってしまっている。だから、文学を選んだわけである。人と言うものは、自分の興味のある物事にもっとも適切な表現手段を選ぶのである。デザインをやりたければ、無理にでも興味の方向を変えなくてはならない。

 

要するに、自分がやりたい事より先に、自分を納得させようとしているのである。いつまでも、そんなことばかりしているのである。人がすんなり立てるスタートラインに立つまでが一つの仕事になってしまっている。もう、始めないと。

 

私が思うに、映画は以前は、今よりもいくらか現実主義的なやり方でつくられていました。人物たちはコーヒーを飲んだりしながら、平気で、いきなり《神は存在する》などといったことを口ばしったものです。―ゴダール

『野田さんは伝統的な技法を新しい感覚でみごとに使いこなしているのです。こういう作家は潰れません』

 

そういう夢の中にいた。現実の時間は、午前四時くらいだろう。

めくるめきの

ステップアップ

そんなギネス記録が参考になるわけはなく、

電報のようなメールを送ってくる友人がいる。

連帯計画

こっちも「デンワニデヤガレ」

カエリソコネタ 電報か

幹事降臨 幹事ボヘミアン

幹事と聞くと、忘年会などの宴会の幹事しか思いつかないが、

 

反省浴場

風呂に一時間半くらい費やす。

密閉容器に何か入れて持ってきている。

えのきを作る話

上手くいかないものだ。いや、上手く行ってんのか。

退屈涙 涙の重さともろさ 崩れる涙

何か。人間として生きていくための何か。と書いて突っ伏す。

妖精さんだ。天使さんだ。

 

「そう言う事をしているうちに、徐々に性格が暗くなっていき、

ときどき一人になると、教室の窓際の席から体育館の屋根に泊まってるカラスを眺めていました。

私の三大苦手な言葉が「ライバル」「アピール」「オーディション」

もう、自分一人の事じゃない。不安に負けていられない。」ノンノ西野七瀬インタビュー

告白の前に本人に相談。

どうあがいてもダマになる。

定義を崩す。自分は友達が少ない。「友達」とはなんなのか。

話題の中心になる気がない。どこであっても、仕事でなければゆっくり場に浸っていたい。

 

ジョブチェンジフォーエバ

 

と思う しかしそういうはかない夢の彼方で

ガラス越しに手を振る。

行動についてよい趣味を持っている。

あるのかないのかわからない物に労力を注がない。

夜の越え方がもうわからない。自動的にむかえる朝は鈍い光におおわれて

寝ながら起きたつもりで行動をシミュレーションしている。

仕事は好きなのだが、それは、合う人たちがいるという環境でなければ出てこない性格なのである。

全然我慢強くないし、努力もどうだかな。

 

整理整頓というと、捨てる以外に方法がないかのような

 

正月は飲酒の自主トレです。

誰かを、何かを忘れている気がする。

 

流しの餃子屋とか

 

「印刷された地図」

ものうげにたゆたい ものやわらかにほぐるる歌 しじま

 

書くことは、精霊流し

すごい人→かなりの人

「聖アントワーヌの誘惑」と、タイトルを書いてみた。何も進まない。

五感の寓意

 

ところどころに入る方言。という文体があるが、逆に、ところどころに入る文語。というのはどうか。文中、文末、文頭でも。もっと言えば、古典の言葉を入れる。春は曙。

これ、ライトノベルでできるんじゃないか。

 

「世界とはわれわれが考えているようなもの(思考の対象)ではない。逆に、世界が我々の事を考えているのだ」ボードリヤール

 

描き続けるという事は、一つのポイントを膨らませられるという事である。

 

この場にいるのは、特別な時間だから、一歩一歩の歩幅を狭める。ごく自然に前に向かって進む。

 

と言う妄想を考えて、手元にあったボードレール悪の華を開いたら、「あほうどり」と出た。

 

太陽と月は強烈だから、みな書いてきた。星を書く日本人は少ない。

 

先にgoalを作ってから書き始めるという書き方。後ろから書く、とか。

 

道を聞いたら、5ぐらい選択肢を言ってくる店員。カフカ

 

誰かがそれはかっこ悪くないんだよ。と初めの段階で言ってやればいいんだよ。助けてもらうのがかっこわるいとおもってんだよ、こどもは。

 

夜よなか。目が覚めたら、雷鳴がとどろいている。目をつぶっていても、光るのがわかるほどだ。

 

駅を出て、地上に上がる。月以外に見るべきものがない。月に対して指をさす。それしかないというさし方。

 

日本語は、論理性に欠けると言われているが、英語は、自分の感情を表すのに適しているのであって、日本語が非論理的と言うわけではない。明治時代に、欧米の言語に倣って、論理的になろうとした結果がどうなったか。接続詞が「正しく」使われていれば論理的なのか。それで正当性が与えられる物なのか。接続詞を使うことによって、他の読み方を許さない。したがって、相手にものを考えさせないようにしているのではないのか。

多和田葉子さんの本に書いてあったが、「雪国」。川端康成の「雪国」の冒頭を日本人と米人に絵を描かせると、日本人は、汽車の中から見た景色を書くのに対して、米人は、空から見た景色を書くのだそうな。神の視点から見たら、整理整頓したくなるに決まってるじゃん。自分の都合で。

小説を書く場合、ふつう、一人称と三人称がある。外国の三人称と日本語の三人称は同じものとは思えない。外国語の三人称は、高いところから見ているのに対して、日本語の三人称は、同じレベルから見ている。わたしの技能の問題かもしれないが、三人称と一人称にあまり違いが感じられない。小説の中の「おれ」と言うのは、果たして一人称なのか。「おれ」と呼ばれる「彼」を書いているのではないのか。六月二日九時二十八分。

 

書くことは、天職としてやっているのだから、やりたくないことはやらなくていい。やりたくないことをやった途端に、天職は、地上的なものになってしまう。努力は地上的なものである。

 

「あの新月の晩なら書けた」とか、魔術的な書き方をせずとも済むものを仕事にしなくては。

 

説明よりも製作。

 

小説は、その人なりの解決方法を示す。エスケープしたり、本気で立ち向かったり。

小説もデザインと同じ部分がある。整列、組み合わせ、反復、constrast。

 

本当の人間は、小説に出てくるほど簡単ではない。

 

さっきから空の話ばかりしてる。他に気になる事ないの。気になる事? 空模様かな。

 

食事のシーンを多用。他にも日常のシーン。ファッションやインテリアに関しても詳しく描写。

 

影像と言うよりも、カメラのフレームを思い浮かべて描写する。

概念よりもイメージに頼る。

 

 

古い材料で新しいものを作る

 

恋人が町内に住んでいるわけだから、むしろ、相手の家に迎えに行った方が近いし、最寄駅で待ち合わせすればいいんだけど、デートっぽくするために、わざわざ現地の駅で待ち合わせする。帰りは、一緒に帰って来るんだけどね。

 

人に何かを伝える時に、おおざっぱな擬態語や擬音語を多用する人は、言語化するよりも速く、示しているわけ。言語による固定化を避けている。

 

あの頃は、昨日の自分を毎日捨てていた。

 

「なんか、今日、雰囲気違う」ということをよく言われる。

 

色々空にした方がいいんだよ。

 

言葉以上に、色や仕草や物の動きをよく見る。では、鉛色の空が、とだけ書くのではなく、その空が、どのように変化して、どのような風が吹いて、どういう匂いを運んでくるのかを描写する。

人は、相手のイメージを愛する。

サヨナラの仕方を知らないので、私はこどもです。

「どこかで待ち合わせして、どこか行く?」史上まれにみるアバウトな誘い方。

 

それまでは、甘ったれていて、少しでもいやなことがあると、人に話したり、行動にだしたり、それでいて、妄想に近い、将来の目的ばかり考えていた。

自分のしている事を「許可」される意味合いが、本当のところわかっていない。

 

 

一貫していない人物はかっこ悪い

作家のコツ。登場人物になろうとしないこと。書く側の人間ということを忘れないこと。

物語の中は奇跡を起こしていいだろ。

人間関係は言葉だけじゃないんだよ。会話だけで成り立つものじゃない

 

傷が浅い人と、深い人

 

結び

魔女は教会に棲むだろう。

 

「そんな世界どこにもねえよ」「だから、そんな世界が欲しいんです」

人の名言でキャラづくりができるだろう。

you're just approaching it incorrectly.

you must not undo them.

you must deceive your ohter self.

modify the result without changing the establishes past.

結末を決めて書くのは違う気がする。

spawn relentless obsession

 

小説ってのは、将棋と同じで、こうなればこうなるの連鎖だが、解決をウルトラCを書けるわけだ。

 

言霊の力。好きだから、あなたを助けます。好きだから、あなたの傍にいます。好きだから、あなたと同じ道を行きます。

絵空事でもいいから、大切にしていこう。

「おとなしく幸せになってください。」

巡り巡って自分の言った名台詞が帰ってくる。

夜が来るのが辛い。 夜は、突破するもので、苦しむための時間じゃない。

 

「あんたの孫だ」そうか。 …お前、美人と結婚したんだな。そうか。

 

泣きながらプールに飛び込んで号泣しながら笑って 

 

「夕子とか冬子とか、何でそんな薄倖そうな名前つけんだよ」

 

疑似家族だって、家族だろ。本当の家族以上に壊れやすいけど、儚いものだけど、だから丁寧に大切にするんじゃないのか。

 

天使も日曜日があるのかな。

 

駆けるこの世界を 翼失っても あなたの心とことばがある限り

 

スローモーションを多用。彼女の顔の下から視線を動かして、目が画面に入ってくるように。

口を見て会話。

 

台風一過の青空。空が生まれ変わったようだ。

 

デジタル時計を見て。くそ、数字ばかりだな。

 

台所に入って、両手を前で、ぱちんとたたく。ふらふら、壁まで歩く。

 

あっそっか あっまた言った そっかこうやってひろまるんだね あっそっか

 

もう少し、シンボルを生かしたらどうか。「運命の輪」とか。シンボル事典を参考にして。フレームを作るんだよ。その方が書きやすいと思う。

 

東京は、白と黒が似合う。空が青いからか。白と黒の街並みに、鮮やかなファッション。

 

もつとも楽なコミュニケーション。

 

夜は、時間の流れがあいまいになる。

夜、多くの人々が眠りにつく。

人びとと、かかわる時ではないので、とりあえず、自分と向き合う。夜も更ければ、外には出ない。わたしは、自分の外にある時の流れに従わなくて済む。

夜の絵。黒背景に、三日月。

取り換えの効く日常

 

「行方知らずになったもの、どこかへ吹き流されたもの」ベンヤミン

『21世紀初頭の現在から振り返れば、アジェの一世紀前の写真がパリの街角に染み込んだ時間を再生させることで、もうどこにもない「超現実」のパリをよみがえらせるように、倉橋の場合も「長持」や「角筈」が失われた時空のメタファーとして、「伊勢丹」や「紀伊国屋」などとは異質な、過去から出現した雨に沈む都市のSF的イメージを出現させているのである。

自分の弱さを隠すために、強いものを作る。ここらで、ソフトなものをつくったらどうであろう。どうしても力強さが表れるのではないか。それが調和とならないか。』

 

現代音楽のコンサート会場に鳴り響く拍手のように、それはためらいがちに。

 

人生のターニングポイント。そこで本当のところ何を求めたのか。

妍い。けん‐し【妍姿】すっきりとうつくしい姿。艶姿

5月の生活。湿気のない人。からっとしていて、明朗快活。

もとより、詩に因果性など通じないし、枕草子にしても力を込めて示しているだけである。説明しているわけではない。

言葉は、すべて外から来る。

テーマ→仮説検証→結論の流れで書くと分かりやすい。これからは構造を意識して書くといい。

読みやすさを軽視しない。

 

自分が他の誰でもない自分であると、認識してしまえば、いい加減に扱う事はできなくなる。それが恐ろしいから、人は、他者の認める肩書という記号に隠れ、その記号の一般的な役割を果たすことを「義務」としてしまう。「義務」などという言葉は、もはや、黄門様の印籠のごとき、定義を見直すなどという事も考えない、権威づけされてしまった言葉なのである。

こういう言葉からは、逃げた方がいいのではあるが、それは置くとして、人の認めたものに従って動くのは考えなくて済む。全く、肩書とは、みょうちくりんな手法を考え出したものだ。

正解がないまま進まなくてはならない。すべての行為が自分の考えの下にある。行為をその都度、自分で考えださなくではならなくなる。

「まずは、既存の秩序に安住する日常の生がある。自己の役割や地位は、他者たちによって規定されたものである。だか、さしあたってたいていの人は、これを自己の本質と受け止め、交換不可能な「この私」であることを直視せずに生きている。交換不可能性とは、意味や役割に回収できないこの私の過剰を表していよう。これを直視するとき、存在の非根拠が口をあけることとなる。その時行為するには、自ら価値を選び出さなければならない。この責任を回避すること、それが非本来性であり、人々にとってまずは必然的な存在様態なのである。

この態度が安定することはない。

不安とは「可能性としての自由の現実」に他ならない。(キルケゴール)存在が非根拠、つまり純粋偶然である事、よってなにもかもが生じうる。こうした目も眩む「可能性=自由」がある。よつて、既存の価値体系は滅却され、実存者は条理を欠いたまま主体的に決断する。すなわち本来性へと跳躍する。

ここで、何が決断を可能にするのか。いかにして、「あれではなく、これ」を選べるのか。各々の実存主義者はこれを潜ることによって、己の主体的倫理を見出していく。」

 

「かみ」を出そうか。しかし、あれは確かに「かみ」だったのか。

デリダ

人は誰かを配慮するとき、世界の残りの部分を無視せざるを得ない。

ノヴァーリス バルトルシャイティスとか、カッコいいな。

 

「探検と巡礼、科学目的と宗教的目的」

 

確信なんて待っていたら、日が暮れるわ。

 

無事是貴人

 

石を蹴りながら帰る。

 

地の底もしくは神は人間の限界を示している。

 

コルトバの大聖堂

ぼんぼんやるの

なんでもかんでもビールで解決すればいいってものじゃない

腕も足もめいっぱいひろげて彼は叫んだ「ももんがあ!」

略号と数字だらけの資料。

その部署では何をやるのかさっぱりわからない。

コード666って何だよ、黙示録かよ。

 

かんむりかざり

 

ネタ話ではなく、感動話に転化する能力。

 

物語は、パターンがあって、要は、パターンのアレンジ。

現代の状況をパターンにはめ込むか。

 

妹に説教される姉の図

 

「簡単なやり方を選んでとりあえずすぐやる 」

だんだん書いているうちにしんどくなってくる。

そこで、アイデアをどんどん削ってゆく。

性格に合った書き方ですね。

努力タイプの人は、構成を立ててからの方がいいかもしれない。

 

窓から見る景色の重要性。

窓から見る月と、道を歩きながら見る月は違うだろう。

 

例えば、起承転結は、ストーリーについての物だけど、

これを構成に置き換えることも可能ではないか。

例えば、疑問が起になる。

続いて、その疑問から、誰に聞いたらいいか、陸奥あたりがよさそうだ。

となるのが、承。

ストーリーの意外性が、転。

それで、結が、やっぱりありそうだ。

実際の「起」は、疑問に思うところから始める。

それが、作品の「起」になる。

この手法は、論文にも使えるだろう。

自分の書き方が論文なのかもしれないが。

 

漫画のキャラが毎度同じ格好なのは、キャラづくりと、描写が煩雑になるのを避けるため。

 

デジタルとアナログの二刀流って、それ世界のすべてじゃないですか。

 

人間、何が嬉しいかって、味方が現れた時がいちばん嬉しいんじゃないのか。

 

大体の趣向出来たらばその次は句作の上に前後錯雑の弊(へい)なきやう、言葉の並べ方即ち順序に注意すべし。

かくして大体の句作出来たらばその次は肝心(かんじん)なる動詞形容詞等の善くこの句に適当し居るや否やを考へ見るべし。

これだけに念を入れて考ふれば「てにをは」の如き助字はその間に自らきまる者なり。

一つの草や二つ三つの花などを画いて絵にするには実物より大きい位に画かなくては引き立たぬ、といふ事を聞いて嬉しくてたまらなかつた。俳句を作る者は殊に味ふべき教である。子規

 

キャラの行動は大げさに。

小説が人生に、人間の意欲に働きかけるためには、この手近に住んでいない、しかも何処かに住んでいそうな性格を創造せねばならぬ。芥川

 

烏兎怱怱

仏菩薩が地上を歩き、天狗が空を普通に飛ぶ

 

翻案はテーマを決め、それに必要のない描写、人物は薄めるか省く。

一人称で他人の事を書く文体、自分の事を書く文体は違う。

昔話の場所や道具、人を現代のものに置き換えては。

 

絵巻物に於いては構図そのものが時間的に展開していくやうに作られている。物静かな構図に始まって、それが徐々に複雑の度を加えつつ、ついに無数の物象の組み合わせによる極度に複雑な構図となり、やがてまた徐々に単純に帰りつつ極めて簡素な構図をもって局を結ぶ。

 

ドラクロワ。「天才的な人間を作りだすものは…新しい思想ではなく、彼らに付き纏っているものだが、今まで言われてきたことはまだ十分に言い尽くされてはいないという考えである。」388

 

世界の何が問題なのかを

 

ストーリーからプロット(説明)へ練り上げ、さらに時間の構成を考える。

 

二回言う。

よかった。片づけますね。よかった。

 

会話の同語反復こそが日常性。

 

こういう構造の中にこういう構造(性格)を持った人間が入れば、こうなる。

源氏物語だって、お仕事小説に翻案することもできるだろう。

プライベートの秩序と、パブリックの秩序をどう整合させるかがお仕事小説の要だと思うけど、

自分が書く主人公は、プライベートがないから、小説として、読みごたえがないんだろう。

 

「小説の冒頭に日記の覚書をもってくること。59」カミュ

 

この年になって告白されると思っていなかった。

 

チャイナドレス要素が足りない。

 

観念的な話は、アクション心が終わってから。

 

三四郎池のシーン

三四郎はぼんやり、女は光っている。

 

こういう時、カメラマンは大変で、現在、鎌田さんは、カーペットの上で這いずりまわってる。

から、こういう時、カメラマンは大変で、を外す。

 

頬の匂い、唇をもれる吐息、ひなたの声がまざりあう。

 

あまりのレディーっぷりに

 

宗教界が黙っていないレベル。

やっぱり変態を自覚しないと。

自分が引っ張るんだくらいのつもりで。

 

熱い展開とは、「よし、これで行ける」と言う展開だろう。

 

理由なんて、あるわけがない。

 

 

Plot (以後、プロット)

重要なイベントのハイライトを順に並べて章立てして概要を説明したもの

 

Story(以後、ストーリー)

語ろうとする内容のアイデアとテーマ、そしてイベントの大まかな解釈

 

その世界は、誰が支配しているのか。

 

役割がはっきりしていない。

 

自分の事になると、常識的になる。

 

結局、淋しさがすべてを突き動かしているのか。

 

関係性が変われば、能力も変わる。

それを人は愛と呼ぶ。

滅びの場面こそ淡々と進めて描く。美しく。

 

人間は自ら家畜化した生き物、リーダーを求める。

その人間の脳の限界を超えたい。

 

愛で生きてきた人間は、最終的に強くなるなあ。

ただ、愛と言う言葉を使わずに、愛を示し、

愛で生きた来た人間が強くなる過程を示すのが小説だからね。

 

そして人間は、たいてい、やり方を間違える。

 

道半ばだけど、この道は、欲しかった場所に続いている道。魂だけでもたどり着けるさ。

 

勝つためと言うより、抗うため。

 

人生の答えは、方程式じゃなくて、勘で出すもの。

 

スゲーな、酔っぱらい。ことごとく当ててるじゃん。

 

ツンデレツンデレ

 

伝える意思があれば

 

何をどうすればいいのかわからないけど、頑張るしかない

女って、意外と男の過去を問わないのに驚く。

想いを受け継ぐ

嘘つきの笑顔

 

基本は、コントラスト、反復。

 

自分の過去を教えることで対等になる。

 

大あくびをして、くはっ、眠いな、おい。

 

二者択一は、両方違うことが多い。

 

たとえば、クローンとか、タイムリープとか、そう言う事に哲学が役に立つんであって、

自分の精神の安定のために歪めたって、そりゃ自分では面白かろうが、読者は読まないだろう。

例えば、愛する人が実はクローンで、全く同じ外見の人が別にいるとしたら。

とか。そういうのを一般の人にわかりやすくするために、文学は或るのだよ。

クローンは本人の問題もあるが、周りの問題もある。

同じ人間が、二人くらいなら双子がいる。

しかし、そもそもかつては双子さえ不気味な存在と思われていた。

それが10もいたら、人間の脳の識別能力が混乱するだろう。

そして、人間は、楽な方を選ぶ。

同士討ちは、人間の得意技。しかも近代に入ってからは。

合理主義のせいか。

 

命は、数値の問題ではなく、数の問題。

一人に一つ。

 

草枕でも、ドクトルマンボウでも、論理なんてないじゃん。

説明になってはならない。

 

大河ドラマだけでは成り立たない。

人びとは、下らない物も求めている。

 

コミカルな話を書く。

文体も内容も。

それで、主人公と、世界をかえれば、別の話が書けるだろう。

フォームとは、そう言う事だろう。

コミカルなものは、最も得意とする者だろう。

子どもの時から、漫画やコントばかり見ていたんだし、

自分の境涯を考えても、コミカルなものに慰めを見出して来たんだし。

なんでもコントにできるくらいの腕前を目標に。

おもしろい言葉や、ことばの組み合わせに対する反応はある。

それが素質だろう。

フルハウスだってコミカルなのにたまに感動させていた。

 

涙をのみ込む

 

二人で背後から正反対の事を囁いて、天使と悪魔やるのどうなんですかね。

 

天狗の仕業って、昔か。

 

日常を描くのは慣れているんだから、物語の半分くらいまでは、主人公たちの日常を書く。

キャラを立てるのを意識して。

途中で、キャラが立て来た時から、ライバルを出す。

始めからplotを書くのではなく、途中で考える。

それを乗り越えることを遣れば物語になるだろう。

ゲームのように、まず、バッドエンドを想定する。

次に、その寸前まで描いて、それを回避することで、ハッピーエンドに持って行くというパターンにする。

これは何もバトル物だけではなく、フルハウスなどの日常系でも同じことである。

 

じつは、恐ろしい世界設定って言うのが、ゲームであるれど、

それを露わにすると、もやもやするから、そっと示すだけなら、短編がいいか。

長編だと、出さざるを得なくなる。

実は、すべての判断をAIに任せている世界とか。

 

近未来の設定で、日常を描く。

それは、今生きている人の妄想。

未来を描きたいというよりも、現在のテクノロジーが50年進んでいたらと言うSFでもある。

 

年下の女性を君づけで呼ぶような凛々しい事をしてみたい。

 

デザインの話もあるじゃん。

押すドアにとってがついていて、引いても開かないシーンとか。

 

中身が入れ替わったら、それは、別の人になるわけだよな。

周りが気づかない限り。

気づかせないという優しさもあるが。

じゃ、クローンは、別人だろう。

感情なんてない、状況に応じて、それらしい言動を選択しているだけ。

ai搭載のロボットって、小説の登場人物のようだな。

メンテナンスしなければ、エラーが蓄積していく。

 

そろそろしゃべれるロボットが出てくる時代。

しかし、人間は、愛玩用に喋れるものは望まないだろう。

 

出会ってしまったものはしょうがねえ、もう友達だ。

 

欠点は、チャームポイントになるじゃん。

しかし、あれは、けってんじゃなくて、人格だから。

 

鹿いっぱいいんジャン

 

端境はざかい

 

弱い方が生き残る

 

むろん、中井君にそのような言葉を知る由もなく、なんとなく、偉い人の名前なんだろうと、思った。

 

止まりかた?そんな物は無い

ロードムービー系のストーリーに欠かせない。

 

区切りの日は、潔い青空になるものだ。

 

青春もの。自分が15歳に戻ったとして、想像してみる。

 

ひるやすみに、教室でホットプレート。

 

手紙は、その人となりを示す。

年賀状の返事が鉛筆書き。

 

人間は、あと何年生きるか知らされていないから、自由なんだよ。

何年生きられると知ったら、自由を奪われているようなもの。

 

さきほこっている 黄色に

 

物を買うのが最大の自由

 

バイト、カーテンを静かに売っていた。

 

そっくりそのまま呑み込んで、それを自分の未来にしようという覚悟

 

夜は廻りがしずまっていいて、外からの圧力がないから、逆に内側から出てくる感じ。

 

君たちは自分の魂に従って、戦えばいいさ。

 

やっぱり、人はまず、その世界観に惚れるんじゃないのか。

 

恋愛の最も高度な状態は、

お互いが相思相愛であると確信していながら、言葉で伝えることはなく、

あたかも男女の親友が「恋愛ごっこ」をするかのようにいる事。

これが青春の醍醐味を味わえる高度な状態。

 

大人ってさ、良い雰囲気の時、たいてい動いていない。

海辺だろうが部屋だろうか、坐っているイメージ。

しかし、青春は動いている。

歩きながら真剣な会話をしたり、走ったり。

 

Tシャツに自己紹介が書いてあって、それを読ませる。

よく、新宿で見かけましたよ。東口の広場で。

 

太陽温かい。

そりゃ、生命も誕生しますわ。

 

もてるなあ。

そりゃもてるだろう。

この顔で、あの性格なんだから。

 

起承転結ではなく、序破急

転の後にまとまりが来るのではなく、

破れた後に、続けて、急が来る展開。

 

ラーケン ヘブライ語 しかしながらの意。

 

寒がりの天才

 

高層ビルの屋上から見る遠くの低い花火。  

 

ユーモアというものは、テキストの衝突、思いもよらぬ空白に生ずる。違う文脈でしか使わないはずの言葉がいきなり出てくる。

ギャグは時間、ユーモアは人格とか人生。登場しただけでなんとなく笑える。

運命とは違った流れを切り取るのが喜劇。

 

読み手は、名言は求めているかもしれないが、名文は求めていない。

会話の間、文章の間、これを徹底して。

テンポをよくするために、いらぬところは外しただろう。

文章をいくら上手にしたって、リアリティにはかなわない。

コントラストの落差とか、ユーモアと言うのはそういうことだろ。

描写に力を入れ過ぎると、「読みづらい」ものになってしまう。

「上手」に書かなくていいばあいもある。

しかし、ユーモアのポイントだけは外してはならない。

ユーモアとはなんなのか。

物事と物事をどう関係づけるか。

「間」が雑なんだよ。

 

文章が上手ということは、描写が上手と言うことではない。

「ここの間は、どうしたらいいのか」にかかっている。

間ということは、テンポにもつながってくる。

 

ストーリーを作らないのは、キャラを作っていないからだろう。

小説は、仮説検証のところもあって、

こういうキャラが、こういう状況に入ったら、どうなるかの考察でもある。

状況は作れているのに、ストーリーにならないのは、キャラが、主人公しかいないからで、

あとの登場人物が、主人公の主張のための道具立て、書割のようになっているから、

そこに世界と世界のぶつかり合いがないから、ストーリーが生まれないんだよ。

 

ユーモア小説は、ある程度文体が決まって来るから、登場人物が制限される。

 

己の果てを見て見たかった。

 

見苦しい部分なんて、みんな持っている。

そうした自分でも、誰も嫌いにはならないのに。

 

コメディにしろ、ダンスにしろ、フィクションにしろ、人生は最後まで演じ切れるかどうか。

 

意地を張れなくなったら、人は人の形を保てない。

 

帰りに先生と話して、「先生が黒板にチョークで何か書く度に、チョークが減っていきますよね。小説を書くこともおなじで、描くたびになにかがへってゆくんですよ」

と言っていたが、小説を書くというのは、このように、比喩でもって、物事の本質を描写しようとする試みでもある。

 

人間は、物語で納得するようにできているから、小説を書く能力があれば、

伝わるものを作りやすくなるのは当たり前。

 

指輪を渡す時。いいの? 真面目になるよ。

 

過去が増えるとともに、永遠を信じるようになる。

 

具体的なことを書いていながら、しだいに対象から離れてゆく書き方

 

恋愛詩集がほしいなあ

アリス・ショートケーキさん

 

喜劇は、ドーパミンが出ている人間を離れて見れば、喜劇になる。

ベルクソンの「笑」と言う論文の「こわばり」

しかし、天岩屋戸のような

 

ぐりゅりんぐりゅりん

 

私小説を登場人物だけ変える。

古典の人物、実在の人物や、小説のキャラクターに変える。

 

大正期を舞台に、登場人物は、文豪(男)だけ。

主人公をどうするか。主人公だけ架空にする。

 

杜甫李白

 

好きに解決方法なんてないよ

やがて、この好きと言う思いは、どこに行ってしまうのだろう。

成就されない思いが年を取らせるのだろうか。

 

偽りの顔見せるな 大人はそう言った。

 

怖いとか言うのではない

この先に何もない気がする

やみではなくまっしろ

 

命を賭けたらだれでも格好良くなるさ

 

恋愛小説のコツ

二人の小さな共通空間をどこに設定するのか

 

夢なき一夜の夢。

話そうとして、しかも話せずに。

そうしようとせず、しかも言に対して姿をくらますことができずに。

 

素敵なものに思えた。

はかなく素敵なものに思えた。

 

化粧に気づいてはいけない

おつう 雪女

約束の重要さ

神様と約束をして、ようやく人間にしてもらったのかもな

雪女の解釈

 

人魚も雪女も二枚目は助ける

美女と野獣もさいしょは、友達

 

闘うのでも、倒すのでもなく、よし、逃げろ。

 

男がバカで単純なのは、可愛いと思った女を救うためだろう。

 

日本語のルビは、本音と建て前というか、

社会で通用している言葉を言いつつ、自分の本音や本心をルビで表現できる。

表現で使えば、二律背反的な表現もできるし、意味をより明確にすることもできる。

 

漫画やアニメのヒーローもので最後に主人公とヒロインがくっつくじゃん

009でさえ、003だっけ、くっつくけど、あれって、男の子供の脳に

男は何かを成し遂げたら、ヒロインと結ばれるべきという固定観念を植え付けているんじゃないか。

適当な脚本家に騙されているだけ。

 

浪漫的なもの対する憧憬

ユーモア

女性的な文体

 

夜夜中にしか描けない小説は、どうしても悲しい物語になってしまう。

むかし、ユーモア小説をかいていたときは、徹夜はしなかった。

 

青い空の真下で。

 

空間のゆらめきっぷりで

 

偉大なる十年一日ぶり

 

そんなことを聞いているんじゃない、というのがユーモア

 

カミュ

毎日、天候をノートに記しておくべきなのかもしれない。昨日の太陽は、透明で美しかった。

 

欠落した空

 

言葉が現実を越えないようにする遊びの精神

作っては壊す。

 

現実から少し浮いている

 

接近と回避の繰り返しの永久運動

 

夜の無限のなかで書いていた

 

常套句から逃れる

 

詩的言語で書いたら。

暗喩で。

 

コント。登場人物は二人。

 

魔民

 

モスバーガーに眠りに行こう

 

相手のものをじぶんのなかにとりこんで、また相手に返す。

 

さげて、上げる

 

主に春雨とフルーツグラノーラで生きているから、丼ひとつで十分なのである。「こんな私にも夫婦茶碗を買う日は来るのだろうか。」

 

小説を書くことは、現実のものでフィクションをつくるという逸楽。

 

一人でいる時に、「ああ、眠い。もう眠いです」と言う時があるが、こういう行為は、一瞬頭に浮かんだものを振り払うためのいわば、照れ隠しである。一人でいるときも照れることはないことはない。

 

油しか食べない青年

シリアルしか食べない青年

青年シリーズ

 

度胸はあるくせに怖がり。

観察力があるのに、感情的。

 

嘘をつくたびに、何かひらめく体質

 

耳の穴から毛が。

 

残念ながら、おれは夜だろう。

 

帰路についたある晩の事、

前衛に見せかけて、オーソドックスな手法スタイルをとるからかっこいい。

やあ、の犬

 

球根てそれにんにくだろう

 

鏡のように輝く月

無干渉な大空

時々窓にそそぐ雪を聞く

かふっかふっという犬の鳴き声

時計の数字が皆同じ

天井壁に窓から洩れ入る光、赤い色

風にあおられてさあさあという雨の音が

水銀灯と相まって日の光が黄緑色の光を投げ掛けている。

満月のなかにいるように立ち、

襖が半開きになっていて黒い一条の線となっている。

無蓋貨車

毛布を頭まで両手で引っ張り足も同じようにぴんと張って

月に対していると

西へ向っているつもりが、なんだか北へ向っている気がした

目が覚めても夜だった。日が変ったのかよくわからない。

桜はいつまでも夜空に舞い上がっていた

空気抵抗を試す鳥

私が坐っているところへ近付いて話しかけるものだから真上から声が聞こえる。

唐紙にもたれて

牛が海をじっと見ていた。

障子の向うで影が揺れた

ねえや何してるの

 

青い帳の向うで行われている舞台劇のやうな。

主役が歌っている間、後ろで背景の如く全く動かない脇役の如き

 

ウォルフのカルミナブラーナは始めに強き音で始まれり。少しテンポ早きながら一つ一つ盛り上がりては、静になるの繰り返しなり。それよりは、なだらかになり、間を置く。しだいに明るく、解決に向う。最後に向かいて、テンポはいよいよ緩くなれり。始めと同じ音が、一層華やかになりて終わりたるは、書きたる物の最後に一息で、長き一文置くが如きや。

 

もう、ただの慰めの妄想をしているのか、小説の構想をしているのか、分からなくなる時がある。

 

日本語の発展は、平安時代の手弱女振りから発展したのだから、弱さを表すのに向いている。

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高山先生のレジュメ。

 

女学世界
女学校生活

当時の女学生のイメージが重ねられたのは、読者にあるイメージを受け入れさせやすいからか。

 

 

物語を単純化する。


挿絵について

イラストが形成する物語記憶

注意せずにあちこちに意識を飛ばす行為が望ましい

読書の没入から意識をそらせるイラスト

クリエイターの心理


翻訳

意味を超えた要素

微細な描写
視点
レトリック
心理的ドラマ

ボーイミーツガールのイメージのために恋愛しにくくなっている。

再話作家

対話で民話が成立
対話により作り上げられる

民話の語りから、挿絵が民衆劇を描いている。
読者は絵本と言うより劇を見ているかのように見る。
出てくる動物も役者が仮面をつけて演じているような絵にする。

同じ人物を一つの挿絵に複数描く
異時同図法 絵巻物


Who’s in the Rabbit’s House?

場の雰囲気

日本を舞台にした方が説得力がある。
外国の作品でも、日本を舞台に置き換える。


カラフルかつ好ましい形で現代によみがえらせた