CheatCut

noise&randomness

ある時期の過ごし方

8/16
お金の使い方も時間の使い方も考えないと。

8/17wed
起きないと。何時か永久に眠られる時が来る。と言い聞かせて。
それも自己欺瞞

 

覚悟なのか、逃げなのかなんてわかるものか。
動画を作ったり、ポスターを作ったり、とても楽しかった。
でも、それが終われば、ひどい鬱になり、相当ストレスを感じていたらしい。
夏休みも一週間くらい何もできなかった。

動画でさえ、逃げていた。口実だった。楽になれると思った。
でも、読んで書くということからは、逃れられない。
どうせ、もう映像を意識せずには、書けないだろう。
レイアウトを考えて書くだろうし。
「進めるのなら、進んでください」
つらいのは嫌なんだけどな。一人も嫌なんだけどな。
皆と一緒に何かを作る仕事がよかったんだけどな。
前は楽しかった。
でも、自分は何のためにいるのか。
自分の得意なものは何なのか。
逃げるから苦しいんじゃないのか。
背を向けるから前に進めないんじゃないのか。
森で迷った時は一直線に進め。これだろ。

動画を作ったって、食っていける保証はないじゃん。
あーあ、負ける闘いとかするつもりはなかったんだけどな。
安心して、安全に、小さくても幸せな家庭を作るつもりで頑張ったんだけどな。
正直でもないし、誠実でもないし、頼りにならないし、感情は激しいし。
まったく家庭向きじゃない。わかっていたけれど。
賭けじゃない。最も確実なことをやるだけ。
後悔しない最も確実な方法。


上手くできなかった恋愛。うまくできなかった結婚。
でも、あの日、笑って別れた以上、進めるはずだ。
逃げてるだけなんだよ。理由を並べて縛り付けているだけなんだよ。
もう、自縛は取れた。進んでください。
生きている限りは、進んでください。
もう、あなたには義務なんてないんですよ。
気にするような人もいないんですよ。
うまくやってください。ストレス解消をしなくてもいい事をしてください。
笑っていられることをしてください。
青空は何度でも甦る。雲にさえぎられても、雨が降っても、あの向こうにはあおぞらがあって、
きっと、必ずまた青空になる。

8/20sat
仕事をする自信がまったくない。通勤が無理。
8/21sun
人生はつらかったよ。
そりゃ、楽しい事もあったけどね。
それも、何かに怯えながらの事だったし。
苦しくて、つらくて、怒られて、馬鹿にされて。
怯えて、人を気にして、恐れて、びくびくして、卑屈になって、自嘲して。
必死で楽しい事見つけようとして、隙をつくように幸せを探して。
目を背けて、耳を塞いで、息を止めて、窓を閉めて、カーテン引いて、電気を消して。
逃げて、かわして、譲って、捨てて。
もうたくさん。もううんざり。

やることがないんだから、好きにしたらいのに。

 

苦しくて、腹が立って、言えなくて、腹が立って、抱え込んで、荒んで。
8/23
毎日、自分でよくなろうと努力しているのに、馬鹿どものせいでどんどん下がっていく。もう、限界。
8/25
将来の準備をしている場合じゃない。片づけをしていかないと。
やりたいことは、どんどんやっていかないと。

理屈では分かっている。
理屈では分かっていて、なおできないのなら、まだ何かが分かっていないという事だ。
お金の使い方も時間の使い方も考えないと。


8/26fri
強い者にあこがれる、と言うのがある。
何とかしなければいけないのはそこのあたりだろう。
柔軟性が必要なのに。
8/27sat
コントやってみたかった。舞台に立って。
大学生の時にやっておくべきことの一つ。

絵巻物動画作り、一個は削除。
やっぱり完成度が。
自分が最も完成度が高い、つまり人に見せられるのは、言葉だろう。
textとmusicとphotoだけでいい気がしてきた。
だから、radioは廃れないのか。
映画にtextはいらないはず。なのに観客はtextを求める。
8/28
合わない奴とは、どうしても合わないらしく、夏休みの勤務、すべて雨。
金土、月火、また明日明後日雨。台風。何で9号10号が一週間おきに月曜に来てんだ。
夏休み全休すればよかった。
全部出て、5万円。カメラを買わなければ済んだ話。


今年に入って、いろいろ買ってみてわかった感じ。
ああ、使わないんだな。
労働すれば、鬱になって逃げ出したくなる。
労働しなければ、投げ出されることになる。

どんどん、頭をからっぽにするために、物を捨て、ブログを書いている。

カッコいいものにえこがれる。うこがれる。あこがれる。
子どものころから変わらない。
カッコよくりたい。
しかし、その方面で勝てるはずないことに気づきながら、止まなかった。

カッコいいものを見ているのはいい。
しかし、なろうとしてはならない。
物語が危険なのは、なりたくなるから。感情移入して。
その点、pvとかはスタイルだけ。
しかし、カッコいいものを見たら、作りたくなる。参加したくなる。そして叶うわけがない。

そこを勘違いしたままだと、無様になる。
他人のいかないところに行く。カッコいいものは皆行くだろ。
「正解」のないことに慣れなかった。
「釈然としない」という事に異常に反応していた。
「釈然としない」ことを自分でしてゆく。
先手を打って、悩めないことをして行く。
自分の世界を抜けるポイントはそこだろうな。


,]Zweeki<なぜ眠らない。欠伸してないで眠ったらどうかね。

8/31
昼にオムライスの大盛り、夜に天丼とマカロニサラダを食ったのだが、
油も大盛りも食えなくなった。
もちろん、残しはしないのだが。

最も得意だったのが現代文。興味があったのが、近代史。歴史ってのは、世界の成り立ちと、人間の暮らしの成り立ちとして見ていた。
それを民俗学漫談でやっている。

おれれは、アニに楽しくしていてもらいたかった。
ただ、それだけなのに。
自分の望む世界を求めて、自分が楽になる事を考えて、苦しめていた。
そのうえ、ろくなことをしなかった。
今さら、楽を求めていいと思ってんのか。
楽じゃなくても楽しくするのがこれから一生かけてやることじゃないのか。
一つは、ただ生きてゆく。というやり方。近場で事務に近い事。
それは、誰も望んでいないと思う。それできたらしているって。
一つは、作家を目指すというやり方。
昔と変わっていないじゃん。一年半前からやっている。
楽しいだけの仕事は、やめた後に鬱になるだけ。

毎日通ってたのって、リビドーがあった時期だけ。

状況を好きにれない。好きにならんでいいから、楽しげにしていろ。

文学が好きなのかって訊かれたら、どうだろうか。
国語の教科書って、えぐい部分がなかったから面白かったのかもしれない。
結局、面白かった現代小説って、耳そぎ饅頭だけだった。最初に読んだものだけ。
あとは、ドクトルマンボウ
その後、たくさん読んだのだが。すごいと思う物でも、一回で十分の物ばかり。それならゲームでいいじゃん。
カラマーゾフチェーホフは別として、文学あさりから方向かえないと。

 

「ヒットじゃなくても四球でええんや とにかく塁に出ろ」
首位打者取れたら箔付くなぁ
いずれこんな選手になるやろうという選手についになった感じや」

最近、システムやOSどころか、excel聞かれてもわからない。
合いそうな人に聞かれると、どうにかできてしまうんだが。

夢十夜も東京日記もロマンなんだよ。曖昧な表現をせずに幻想を書く。
しかも、何を主張しているわけでもない。
文章でなければ表現不可能。
解釈を拒否しているものはカッコいい。
エセーはどくとるまんぼう。

一生、自分がいいと思えるものか、世をよくする以外の事をするな。
楽しい事があると思う方がおかしい。それは、5年前までに努力すべきことだった。
もう、5年がたつ。
5年たって、自分の力ではどうにもならなかった。
それでも楽しげにしていろ。最後まで。

9/2fri

4年前の今頃は、生きる理由がなくなったんだった。
片づけも終わり、待っている理由もなくなり。
今もそれと大して変わらなくなってしまった。

表現やっている前に、英語を勉強しておけばよかった。読み書き。

好きなことしかしたくない。生きている意味もない。
しかし、「好きなこと」がなんだかもうわからなくなっている。
民俗学を片づけて、10月から、仕事をしながらでも小説を書いてゆこうかと思っていたが、
そのような器用なまねができるはずもない。
性格は昔と変わっていない。
文学で自分を救ってやれるのならいいけど。

9/3

昨日まで、面白いと思っていたものが、急にどうでもよくなる。
面白いけど、必要ないかな。
人生最後の段階で要らない物だ。
書いてくれと言われて書いたが、載せてくれないなら仕方がない。

感動するアニメが好きな自分。
そう言うのは、あまりいい事ではないのかもしれないけれど、
あまり精神を潔癖にするのはよくない。
ぐろいのは好きじゃない。
自分の一部を無理して立派にすれば、同じ分量だけ、一部が暗く、刺激を求めるようになる。
下らないもの、嫌いなものを見るから、反動で、刺激を欲しがる。
自分を機械だとか、聖人だと思わぬことだ。


今になって、当たり前のように仕事しているけど。
逆だろ。
いまこそ、働かずに小説書いてどうぞ。
が怖いくせに。偉そうなことを言って。

5年前に何もなくなっている。
せっかくだから、今までとは違った生き方をしたらいいんじゃないの。
このまま書いたって、ユ-モア小説しか描かないだろ。通用してないし。
今迄
ギャグ、コント、少年漫画、アニメ、ゲーム、シュール、国語、小説、クリエーター、
これから
美しいもの、感動するアニメ、名作漫画、英語、俳句、編集、セッション
てか、何もしなくていいんじゃないの。
江戸時代の日本文化が破調をいかしていたのは、やることがなかったからじゃないのか。現在は、やることが多すぎるから、一つのことであそべなくなっている。
共感の時代とか言うけれど、共感するのも疲れたわ。
みうらじゅんいとうせいこうもすごいと思うし、椎名林檎の音楽も。
でも、別にもういいよ。

9/4sun


やっぱり、楽しい場に部外者としているんじゃなくて、共に仕事ができる人。
楽しいと思える事を。

私は、企画というよりも、物をこうやって作ったらいいんじゃないかという方がアイデアがでる。
コンサルタント的な編集。
企画は、他の人に考えてもらう。

9/7wed
夢。
学校? 生徒がたくさん。
開放的な教室。

皆しーんとしている。
途中から、何かを変えた。視点か、話し方か、さらに踏み込んだのか。
「いまあいつはどこに」とか思う。
話し終えた後で、ひとりを従えて、堂々と登場してくる。

何か、今までの夢の中で一番。目が覚めたら、幸せになっていた。
内容を思い出したい。特に言葉。異常な昂揚感があった。
今日休みでよかった。

何で、仕事迷っているか。
今迄、お金のために働いたことがなかったから。
しかも、仕事内容よりも、その組織に入りたいという、組織の憧れでやっていた。
続いたところはみんなそう。それで楽な仕事。


物質的なネタと、言葉だけのネタというものがあって、たとえば、見立てやエビアンにボルビックの水を灌ぐのはその裏にある本質を見抜いている。みうらじゅんが「ゆるきゃらは八百万の神」と言ったのも同じ。しかし、少年雑誌の投稿欄と根は同じであるような言葉だけのネタは、ただの「つっこみ」、幼稚な喚きでしかない。北斎漫画に台詞をつけた広告や「サラリーマン川柳」なども同じ類である。批評になっているか「ネタ」にしかなっていないか。
「旅は自己自身から遠ざかるためにしているのであり」というエマーソンの批判をみうらじゅんは「旅とは自分忘れのためにする」と肯定的に捉えなおす。この手法。
うんざりするほど本を読み続けていると、このような知識はいくら積み重ねても何にもならぬと思えてくる。そうして、立派な人間になるために知っておいた方がいいと思われる部分や、他人のために役に立ちそうな部分ではなく、メモするのは、面白いことばとことばのつなぎかたとか、アフォリズム的に現象を切り取ったもののみになる。

デュシャンが、この場合、デュシャンでなくていいのだが、見出すことにより、芸術となる。みうらじゅんが「ゆるきゃら」と名付けた時に、「ゆるきゃら」は生まれた。

この先、恋愛的に誰かを好きになる事はないだろう。

文体について
9/11sun
世界と合わなくて、つらい事や悲しみがあっても、逃げ出すのはさみしい。

9/14wed
長期以外は、11時以降の仕事したことしかない事と、基本は6時間の仕事しかしていなかった事。
フルタイムの仕事も、実際はフレックスだったし、結果に対してほとんど言われなかった。
一杯働こうとしていたけど、無理だった。
または、あのの場があって事の仕事だったわけ。自分一人でできたわけじゃない。
9/18sun
あれをやっていなければ間に合った。
現実に間に合っていなかったんだから、間に合ったら、と言うのはfiction。

好きなこと以外やる気がない。
他の人がやっていることはやる気がしない。
自分にしかできないことをやりたい。

できないじぶん、できなかったじぶんも信頼する。

9/24sat
なにやっていいのかわからず。

現状を見る。
昔のことは、もう何も関係がない。
ここに住んでいる。
「既にあるものを利用するしかない。」
好きなことをしていいんだが。
このままでは、生きていても仕方がない。

 


よく考えたら、ベンチャー的な企業でしか働いたことがなかった。
だから、勤務時間を守るとかじゃなくて、仕事してなんぼみたいな感覚がある。

9/25sun
最近の話。近時片々。
最近、ロックを聞き出した。昔聞いていたのではなく、最近はじめて聞き出した。
ビートルズと、ボブディラン。
小説はもう書くのを止した。
essayをかく。なんにしても、essayで、描いていけばいい。
その方が読みやすいし、描いていて、楽しい。
漫画の編集も、それでいい。
神主が主人公の話も。オムニバスの方が向いているって。
「新伝奇」的なものは、書けたら書いたらいいだろうが。
小説だか、随筆だかわからない物を書くのが向いているんだよ。
今の時代にとっても。
やっぱり小説は10年だと思う。

野球を舐めている。と言う話。
人生を舐めているということは、自分を舐めているということ。
自分に感情が乱れるようなものを見せるのは、ジャンクフードを与えるようなもの。
さらに、仕事も、お金や、受け狙いでやるのは、人生を舐めているということ。
いい人を困らせてしまう。
なら、できる事は何か。編集か。クリエーターか。
人脈を作る能力。
特に特技がない自分を徹底してみようか。
現実を見ているようで見ていない。

ネットは、情報を得る場であって、知識を得る場ではない。ウィキペディアは結構見るんですが。
あれにしても、基本的な知識があるから、理解できるのであって。
「この仕事やりたい」と思っても、自分ははしっこの人間だと思ってしまう。
3年もやる自信がない。
結局お金で動けなかったじゃん。
通勤も。
本当に何やっていいのかわからない。

「簡単なやり方を選んででとりあえずすぐやる 」
これ以上職を拡げない。
編集、大学。
ヘルプデスクとクリエーターは、proではない。
9/27thu
しんどい。
ラッシュどころか、普通の仕事をしようとすることが間違っている気がする。
他人の期待に応えようとする癖がある。仕事を選ぶときにそれはやめたら。
いきようとしなくてええなやで。
一人前になろうとしくてええんやで。
9/29thr
前できていたからと言って、他でできるわけではなかった。通勤も。
前もたまに朝から言っていたが、それも、歓迎される場に行くということだったから。
何もないのに行くのに、朝早く、混んでいる電車に乗る気にならない。
10/1sat
今日からフリー。
結局、通勤とネクタイと同僚が嫌でやめた。
それでも、一番楽な時期にいたと思う。
課長とお茶の水の日高家で飲む。
事務系と教育系の電話があって、事務系の人が教育系の人がいないときに教育系の電話を取るのは、課長は何とかしたいと思っていたらしい。
また聞きになっちゃうし、聞いてほしくないこともあるわけで。
講師室に「ヘルプデスク1234」とか内線が書いてあるんだけど、全部自習室にかかってくるようにしたい。
で、回線抜いておくしかない。かける時につなげば。とか言っていたんだけど、
課長がお手洗いに行っている間に少し考えて、専任職員の1234をあっちとこっちで二台にすればいいんじゃないかと、思いついた。
課長は「それそれ、んもう、もうちょっといてくれればいいのに」
「スキルがそんなにないのは知っていたよ」
「大学の事に慣れていそうだからとったのに。あと二年半も残して」
「雰囲気よくできる人は重要なんだよ」
「スキルが」と言うと、
「スキルなくてもできていたじゃん。先生や学生の対応うまいし」
「現場は大変なんですよ」
「相談してほしかった。間に入れただろうし。」
やっぱり、人間関係の事も伝わっていたらしい。
あと、私が早く来ていることについても、
「7時過ぎに来てるでしょ。でも、変とは思わなかった。むしろ安心感があった。どこかにいるんだな」
「私、時間にルーズなんですよ。それで30分前行動を心掛けているんですけど、4月に電車が遅れて、5分遅れてしまったんですよ」
「それで、それから、1時間前行動にしました。」
「それも、きっかり一時間前は無理なので、だいたい7時から8時過ぎの間のどこかで来ていました。」
「それね、管理している方としては、ほんと安心する。それ売りにするといいよ。」
「あの、事務にいた人いたでしょ。結構遅れたり、あと、ドタキャンが多かった。」
「業者のアポを自分でとって、自分で対応するのが決まっているのに、当日にドタキャンだからね。」
「しかも、伝言だけ伝えて、私には伝言で言うだけ。さみしいよね。」
「自分の仕事はちゃんと引き受けてほしい」
「だから、あなたみたいな人は、貴重なんだよね。やめるの早いよ、4,5,6,7,8,9、6か月」と指折り数えていた。
「私は、派遣で一日も休んだことありませんよ。私しかできないことをやっていたときとか、ホームでも後ろで待っていたり、道も左右確認していました」
「休んだのは二十歳くらいの時の風邪で、それも上司から言われて休んだだけですし。それからは、外ではマスクをするようにしました」
「すぐに修正できるのがすごい」
と、自慢話のような事を書いたが、ちゃらんぽらんに生きていると、信頼してくれる人を困らせてしまう。
通勤が難しいし、長期の仕事は、6時間くらいにした方がいい。大学以外は。
バリバリ働けないだろ。やりたがっていたが。
久しぶりに大学の前を通り、卒業時に挨拶できなかった守衛さんに会って思いついて、表札と写真を撮ってもらう。
「自分に仕事ができると勘違いしてはならない。」
ラッシュにのれない。知らない人間が怖い。
10/2sun
12時間睡眠が必要。
窓もろくに開けられない。
どこへ行くのにも遠い。
こういうところに住むしかない時点で終わっている。
早稲田文学は編集が変わってしまった。
たとえ書いて送っても載せてくれるかどうか。
かといって他につてもないし。
なら、適当に働いて、ただ生きているだけなのか。
それが一番確率が高い。
その状態を揺るがせるにはどうしたらいいのか。
小説を書ける能力がありながら、何をしたらいいのかわからない。
才能が必要なことはよくわからん。
とりあえず、生きていられる仕事をするしかない。
昨日までの事後とも、10時出勤で、スーツじゃなければつづけていたかもしれないが、
続けなくていいってことだ。

楽しく仕事ができたところを卒業したら、なにもプランなんて考えていなかった。
ただ、予想よりも辞めるのが早かったから、少し間が欲しくて、近くにいた。
もう、おしまいにしよう。
今回、仕事を何やっていいのかわからなかったのは、活躍できるつもりでいたから。
昨日までのところもそのつもりで選んだ。しかし、活躍ができたのは、みんながいたから。
みんながいなければ、自分の場は成り立たない。
みんなと想いは同じだった。
それを、2月3月で気がつかなかった。
「まだ、続く」と思っていた。
それで、カメラを買ったり、名刺を作ったりした。
あの時点で終わりだと思っていれば、そんなことはせずに、すっきり卒業して、
自分にふさわしい仕事を選んでいただろう。
とにかく、片づけをしよう。
10/3mon
進化の名人 生きることは進化すること どんな体制も過去のものとなる 唯一の望みはこの場を去ることだ。
『偽薬』というタイトルで詩の連作を書いた。
テキストでやってしまった。
漫談もほとんど片付いたし、
あとは、小説を書けば片づけられる。
仕事は、通勤も含めて、楽なのがいいと思うよ。
自分が社会保険たくさん払うの変だし。
ただ、やっぱりあの場をやめた時点で終わりな気がする。
奇跡が起きていた3年半の内にどうにかしなくてはならなかった。
今、何ができるの。
4年前に比べて。
特に、いろいろなスキルが少しずつ上がっただけじゃん。

10/5wed
お金のために働くのは無理だよ。4年前に分かっているはず。
逃げ出すほどいやになってんだから。
学生の人たちが頑張っているのを間近で待ていたから、私もがんばれだけ。

だらだら生きているのは、周りに移るんだよ。
みんなのおかげで、この4年間生きていられたんだろうが、
その思いを誰かに伝えるんじゃないのか。
10/6
北原白秋は、現代の「詩人」と全然違うな。
働く意味が分からない、もっと言えば、生きる意味が分からないんだから、仕事を決められるわけがない。
決められるのは、自分に都合がいい事だけ。
だから、他人のために動くのか。
そう言う人間は、魅力に欠ける。
好きなことで、人の役に立つということはあるけど。
個人成績よりチームの勝ちを優先するから、上手くなる。

本当に感情的。感情で動いている。感情でしか動かない。

もう命が要らないんだろう。だから、熱がはいれば命がけになれるわけだ。
仕事探しが、残った命を何に使うかの問題になっているから迷っているんだろう。
どうせなら華々しくやりたいんだろう。
「燃料がない」とか、または大和の最後みたいなのは嫌なんだろう。
「浮き砲台」とか。

プライベートでやることがないというのは、もう。最後の戦いに臨むようなもの。
闘わせてほしいんだろ。
スポーツでも、勉強でも、仕事でも、くだらない事で邪魔されて、戦わせてももらえなかった。
だから、活躍できた時は嬉しかった。楽しかった。全力を出せた。
邪魔をする奴はいたけれど、それでも、少しは闘えた。
この間までの仕事は、消耗戦でしかなかった。昔と同じ。
20代の頃は、10代のつかれと若さで世界を拒否していた。
30代は目の前の事しかわからなかった。
自分が自分でなくなるということは、大事な人が離れて行ってしまうということ。
その人の魂まで離れたら、おれにはもう何もない。
小説も、民族学漫談も、自分のためにやっているから通じないんだよ。
みんなのために、自分のやりたいことを信じてやる、というのが唯一の方法。
動画は、みんなのために作ったから、通じたんだろ。
一度でいいから、存分に働いてみたい。
何の遠慮もいらない、という状態で働いてみたい。
遠慮ばかりしていたから。
「誇りでは飯は食えないが、戦はできる。」

ひとりでご飯食べても、全然おいしくないよ。
この先も。
10/7fri
素直。感情的。駆け引き苦手。やさしい。思い込み激しい。チェック仕事苦手。
校正ったって、自分のブログも間違いがあるから。
変なものは見たくない。
脳が常にネットワークを構成しているのなら、これから先、必要でない部分は使わなくていい。
他人が怖い。
別段、食いたいものもない。
一緒にごはんを食べてい人はいるが、それも日ごとに薄まってきている。

何もかもが、もう何年もたつ。
生きるか生きないかを考えているから答えが出ないのであって、生きるのに理由なんてない。
なら、今からどう生きるかを考えるんだよ。

知らない人たちのところへ行くのが怖いんだな。
その場合、実力を示すしかないんだが。
どのような仕事なら、実力を示せるのか。
10/8sat
泣いてばかりいたな。
動画は、考える間を与えてくれない。
コンセプトとして、動画の形式で見せるということはある。
楽しいアートもいいけど、そういうのは、商業がやればいい。
アートは、批評だと思う。
アートののかかわり方がいつくかある。
リエーター。アーキテクト。観客。そして、批評。
私が得意そうなのは、批評だと思う。
民俗学と絡めての批評ですね。
気分転換にはとてもいい。
WEB時代の新しい文体は、ですます調を基調としたものだろう。
もちろん、漢文や古文の素養が必要だけど。
小説はともかく、エッセイや記事は、ですます調の方が向いているのではないか。
新聞記事読むと、あの文体はすでに過去のものと思う。
一つは平等になって、である調が、偉そうに見えるというのもある。
だからと言って、論文にある「だ」、というのも違う気がする。
しかし、本はですます調じゃ読みづらいかもしれない。
かかわりたいのは、アート。
文学や音楽は少し違う。
今は、文学でさえ、アートの手法でやらないと通じないだろう。

ほめるのは得意なんだから、批評をしていたら。
祝福芸。

数年ぶりに静かな気分になった。
苦手なことはもうやるまい。
克服すべきものも、克服できるものもないだろ。
わたしが、しっかりしないから、全力を尽くさないから、感情にふりまわされているから、苦しめなくていい人を苦しめる。

職業と言うより、環境と通勤なんだよ。
10/9sun
本当は小説を書いていたいんだろう。
努力が足りないと言ったって、何の努力をすればいいのか。
一流、プロはそれが分かっている。自分の何を示せばいいのか。
願い事が一つ叶うなら、として、願い事をすぐに思い浮かべられない。

妄想はやめよう。
他人のためを思って決めるのもやめよう。

専門を決められないのは、この世界が好きじゃないからだろう。
小説を片づけたら、動画作りたいな。やっぱり動画はすごい。
しかし、ディレクターや批評家の方が向いている気もする。
自分の能力を生かすのが楽。さらに人がやっていないことをやるのが楽。
場が開いているし、他人が対応しきれないから。
コーチよりも、監督の方が成長になるらしい。
本を読めば書く事が増える。
動画を作れば動画の、デザインをすれば、デザインのアイデアが出る。

誰かのために、とかじゃなくて、自分にしかできないことをやるんだよ。
自分が慣れていること。自分だけが慣れていること。
一人でいられること。
正気とは思えないことをやれること。
信頼すれば、命を懸けられること。
環境を作る仕事。
そうか、自分が環境を欲しくて仕方がなかったんだから、環境を作る仕事なら。
気合でやれる仕事。

夏休み、動画を作ったが、気合が入らず。
場がないと難しそう。
結局、仕事は、作業なんだから、楽な作業でいいんじゃないの。
「場」にいられればいい。
何も手がつかず、ずっと悩んでいる。
20代のつもりかよ。
「何もしたくない」のまま。
小説も逃げ。
そりゃできるだろうが、逃げの手段だから、ごまかしでしかない。
受験勉強の時、勉強していなかったわけではないのに、点数が上がらなかったのは、逃げのため。
世界が嫌でたまらなかったんだから、世界に参加するための勉強なんて、本気でするわけがなかった。
勉強ができたのは、受験勉強の前。
次につながるための勉強なんてするわけがなかった。
ひとりになりたい、静かにしたかったわけだから。
しかし、あの当時は、手段を知らなかったから、勉強するふりしていただけ。
今も変わらない。
小説が好きなら、この10日で書いているだろう。書いてないじゃん。仕事探しで堂々めぐりしているだけで。
やりたいと感じるところ以外やる気が出ないのは、何もやることが見当たらないから。
二十歳の時から同じ。いや、子供の時から同じ。
このあいだまでは、「みんなのために」と言うことがあったから、選択できた。
この間も、その近くだったから選べたんだろう。
いつも、奇跡を待っているだけ。
やりたいことが子供の時からないまま。
動画の魅力にひかれたが、褒められたから。夏休みに熱が入らなかった。
好きなら、存分にやっているだろう。
自分でやりたいことがない。
社会のレールにも乗れない。
それじゃ、魅力もないだろ。

だから、この状態、好きなことをしていられる状態で、人のためにとか言っているんだよ。
あの場で全力を尽くしていたのも、現実からの逃げか。
自分からの逃げ。
何がしたいんだ。何もしたくない。が本音。
やりたい事なんてないよ。人生、疲れ切ってんだよ。こどもの頃から。
周りばかり見て。
やりたいことがないから、校正とか、ヘルプデスクとか、手伝い的なものをやりたがるんだろ。
能力や性格を無視して。
「次」を考えている時点で間違っている。
今、やりたいものは、なければやれそうなものを考える。
「次」につながらないものは、校正だろう。できていないけど。
結局、どれもできそうにないから、こんなに悩んでいたんじゃないの。
他人を納得させるためではなく、自分が何をやりたいかだろ。
しかし、大学の広報3つ落ちたな。無理なのかな。
ヒューマンスキルがあるじゃないか。すねなければ。
ヘルプデスクをやれば、この先、再び大学に行く可能性が広がるが。
あとはCRMディレクター。
校正や動画製作は大学はないだろう。動画はあるかもしれないが。
職は、見た目で決めたら。自分の。
テキストは、人を卑しくするのかなあ。
10/10mon
非常勤の先生と相性がいいのは、あの人たちが、サラリーマンじゃないからじゃないのか。
>「チームが2位に終わったことが残念。来日1年目の12年から3連覇したが、
>あの時は自分たちがグラウンドに出ただけで相手がおじけづいていた。
>それくらい強かった。そういう雰囲気を早く取り戻さないと。
>一番は自信を持ってプレーすることじゃないかな」

懸命にやるとか、バリバリやりたい、とか考えなくていい。

動画も、みんなに褒められながら作っていたときだけ、工夫をしていた。
その後は、既にあるエフェクトのテンプレートを編集していただけ。
好きなら、自分でいじくるだろう。
あれだけ時間があったんだから。
片づけに勤しむのはなんだろうな。

ひろい範囲で、知識の収集は好きだよな。
本読むし、ネットも見るし。
何かに詳しくなるのはやっている。
作文も好きじゃなかったし、創るのは好きじゃないのか。
まとめるのは好きかも知れない。
あの時代は、みんなのために無理をしたということにしておけば。

動画の時代と言ったって、読解能力の低下によるものだろ。

もはや勝ち負けじゃないんだよ。
意志だけで生きている。
あとは、本気で適当に生きてみるとか。もう、修正がきかないんだし。
ただし、ラッシュとスーツはNG。

守りを固める虚しさ。
止めるしかないのに。
目先の片づけばかりで、目標を見失っている。
どこで戦っているんだという。

下らない世界の住民。
物資を調達している場合じゃないだろ。
10/11
私の能力は、言葉や、物事の成り立ちを推測できる能力だと思う。

自分の需要があるかないか。
需要は作り出すものだろうけど。
コンテンツというか、情報やストーリーに興味がない。動画をみていても、こうすとか、effectを見ている。
生き残っていればいい気もするんだが。

てか、いい加減にやろうか。
何も考えんで生きていて、ある日、ふと、もう…。片づけしないと。みたいな。
滅びモードに入っているなー。
前はみんなが支えてくれたからなー。
5年前にとっくに生きる理由をなくしている。
その前が辛くないんだったら、一人になっても平気だったんだろうけど。
その前の20年だって。30年だって。
人間らしく生きたかっただけ。
結局、この世を去るまでの期間を縮めるだけだろ。仕事とか。

手を差し伸べてくれれば、生きられる。
そうでなければ、生きられない。
そういうものだろ。
自分でどうこうできると思っているから、わからなくなるんだよ。
自分でどうこうできると、選べると、決められると思うこと、それが傲慢と言うこと。

あきまへん、こんなもんなのか、おれ。
仕事一つ選べないなんて。
要するに、今までやってきたことって、遊びだからね。
職業としてやってきたわけじゃないから、一度やめると、判断基準が分からなくなる。
この間の仕事も、活躍できた場の近くだから選んだ。
でも、やっぱり同じ場ではなかった。
そもそも、受験勉強も、何のためにやっていたのかわからないから、浪人した途端に、やることが分からなくなる。
今回も同じ、食っていくために働く意味も分からないし、今まで、職じゃなくで、場で選んできただけだから、やめれば「次」も代わりもないんだよ。

それでも、まだ世界に期待しているんだろ。そう言う性質だよ。
10/12wed
場がすべて。
自分が明るくなれる場がいい。
ひとは、自信がすべて。
仕事の内容やスキルが身につくとか、将来の事ではない。
自分が明るく、自信がつくから、人脈がよくなるわけ。
プライド高いんだから。プライドは、自信ってことだよ。
この間の仕事は自信を失うようなことになってしまった。
「あの場のjocker」とか、調子に乗っていたのは、場のためにはよかったけど、
「jocker」は、あの場限り。やめたらおしまい。
それなのに、「あの場のjocker」を保とうとして、クリエーター目指したり、
場も通勤も無理そうなものをやろうとしていたから、混乱していた。
「あの場のjocker」は、おしまいなんだって。
「jocker」としてやれていたことができるとは思わないことだ。
ちょっと、先生方に対しても、景気のいいことを言い過ぎたと思う。
祝福装置とは、周りをほめるんであって、自慢をしても仕方がない。
もう、学生の人たちに対して、背伸びをすることもないんだから。
自慢を想定するような仕事選びは止した方がいいと思う。
出版社の時もそうだけど、所属しているということを自慢する方に忙しくしながら、
その実、編集は作業でしかなかった。
まあ、場としては途中は楽しかったけどね。
力の入れどころが違っていた。

やっぱり、エンターテイメントが好きだな。
少し、まじめになりすぎたが、自分の状況と、「真面目になる」と言うのが相容れない。
10/13
しかし、昔と性格が変わっていない。
仕事を探しているだけ。
「過去の成果から自分の適性を知る
現状から自分が今何をできるかを分析する
それらを踏まえて努力の仕方を自分で方向修正する
それに従って妥協せずに努力する 」

自分はアウトサイダーぽいから、情報とか、校閲が向いているのかもしれない。
中心になると、情念が生じてくる。
だけど、会社全体にかかわれるから、情報は向いているかも。ポジションとして。
色々な人とかかわれるポジションがいいと思う。
昔の派遣会社のサイトを見て見たら、やっぱり校正は難しそうだと思った。
情報のがまだ向いている。
10/14fri
すでに真面目に考えるような人生じゃないのに、好きにしてりゃいいのに。
簡単なこと、地味なことをやりたがる。
人生の疲れのせいか。
小説を書いて、いろいろなジャンルのアーティストとコラボレーションしていたい。
そのためには、どうすればいいの。
どのような場にいて、何をすればいいの。

すべては、見立ての能力。物だったり、世界観だったり。
繋げるのは編集。
つながりがないものをつなければアート。
余裕がなければ、見立ては難しい。


自分の場合、長所を伸ばすというよりも、弱点が出ない場にいる方が、能力が伸びる。
中学高校が典型だったが、場が合わなきゃ、必死で気を使うだけで、クタクタになるだけ。
塾も高校も勉強なんてしていなかった。
かといつて、遊びもしなかったから、歪んだだけ。

遊んでいられる場。今まで長続きしたのは皆同じ。
ただ、校閲は、広がりがなかったけど。
都庁とか、入ってみたかったけど、やっぱりやりたい仕事とは違った。

思い込みがすべて。やらない理由を作った途端に、能力が下がる。野球と同じ。

捨てなきゃ得られないってのはある。

自分は、多分、分裂症。10代のダメージで、脳が通常とは違っている気がする。
アートをやるしかないじゃん。

自分がまともに働けると思うのが間違い。
何より、フルタイムの朝出勤だったから無理だった。

まじめにやっていない。
小説にしろ、他の人の物を読まない。
デザインは見ていたけど。
この先やるつもりの無いものはやらない方がいい。
一生、夢見て生きてろよ。
楽な場でしかできないと思うけどね。

需要に合わせて売れる小説×能力を得るための努力が足らない。

それにしても他人の事何も言えないな。
偉そうなことは何も言えない。
社会でやっていく自信がないのが一つ。
知らない人と仲良くなれるかどうか不安なのが一つ。
スキルに自信がないのが一つ。
まだ、芸術家の気でいるのが一つ。
本当にやりたいことがないのが一つ。
「自分だって、できる」と言うのは止した方がいい。
与えられたものしかできないくせに、何が芸術家か。
とりあえず、偏差値が高い学校、とりあえず大企業としか、こどもの頃は考えていなかったからね。
じゃあ、自分で決めろと言われて決められないんだよ。
10/15sat
「しょうがない」なんてのは、何がしょうがないんだよ。と言うこと。
深い所まで、真剣にやっているのか。
手を抜きながら、才能だけでやっていないか。
才能をむだにするのは許せない。
才能や運に頼らずに、ストイックに全力を尽くすようになった時に、初めて小説家としての人生が始まる。
「作家としての実力はある」後は、いかに自分の中で小説に取り組めるかだけ。
イチローは適当にやって3割キープしてる才能ある打者よりも、限界まで努力して2割8分の打者の方が尊敬できると言ってるし、松坂は前者に見えたんだろう

すでに小説家になっているんだから、なぜ、真剣にやらない。

ただ、普通に、仕事をする気力はすでにない。気力の問題じゃない。能力の問題。
心が優しすぎる。
たぶん、進行管理とか難しいかな。どうだろうか。
あと、民間のやっていることのほとんどに興味がわかない。
なら、何ができる。
自分の中で何がまだ健在なのか。
その残っているものに指揮をとらせろよ。
祝福装置。

よく考えたら、五年前に、一度精神的に死んでいるんだから、それ以前にできたからと言ってできるとは限らない。
どうやら残っていると思われる能力。言葉と物事を繋げることを含めた言語能力。言霊。見立て。文芸の能力。
以前の事は、今できると考えない方がいい。
編集とかもわからんよ。
前にいたコミック編集部とか、適当なところなら、いいだろうが。
活躍できた場でやっていたこと、学校事務とコンピューターの事くらいじゃないのか、仕事としてできるのは。
後は、プラスアルファとしてやっていただけ。

校閲だって、今でききるか、わからんよ。
AEだって、みんながいたから、努力ができたんだし。
今、一人で新たなことに対して努力できる力が残っているのか。
英語は、やっていたから、やれば伸びると思う。
言葉と物事を繋げることを含めた言語能力。言霊。見立て。文芸の能力。
これだけ残っていりゃ十分だ。
あと、認知科学とかは、理解できる。読解能力も残っているらしい。
昔に比べれば、慢心がないだけ、力は示しやすいだろ。
今、生き残っているだけで奇跡。
自分なりの力の示し方があるだろう。
10/16sun
甘いものが食えなくなっている。
量も。

動画は、エントリーして、違うと思った。
大学も、やっぱり朝9時はやめた方がいい。9時30ならラッシュをずらせるが。
一番は、自分が活性化する場にいること。
それが難しければ、6時間か、週、3日の仕事。
今思えば、r-25のアシスタントの求人はよかったかも。
生活費以上のお金の為とか、人の期待のために仕事をしても、続かなければ仕方がない。
自分の適性。
てか、どうどうめぐり。振出し。
やっぱり、悩む間もなくエントリーするのがいいと思うんだが。
あと、経験上、時間は考えなくていい。ラッシュ以外は。
6時間労働は結果だと思う。
こんなことやってんなら、小説書いていた方がまし。
ずっと同じ。
覚悟を決めて、一人前の社会人になろうなんて考えずに、生活費だけ稼いで、小説書いて要ればよかった。

あの場をやめてすっかり自信がなくなってしまった。
なら、その線でやるがいい。
後は、考え方を変えて、通勤は我慢して仕事を楽なのを選ぶか。
出版系に行けよ。
少なくともあの場の思い出があるからと言って大学にしがみつくのやめろ。

どういう条件なら勝てるのか。

できそうと思える仕事はあるが、やりたいと思う物が、今のところ一つもない。
そう言う事。悩んでいるのは。
ずっと前から振り返ってみたところで、最初の編プロと、次の出版社と、活躍できた場だけだろ。
あと、せいぜいまた別の出版社で。
編プロも、出版社も、学業を捨ててまでやったじゃん。
出版社も、書くことを止めてやったし。
でも、結果は、捨ててまでやるような事か。
歓迎された場は、何もやることがない状態だった。
今は、半端にあるからわからないんだろう。
でも、小説を捨ててまでやりたい仕事があるのか。
しかし、間を開けるのはよくない気がする。
しかし、学業とか、小説をやめた時のほうが、道が開けた気がする。
出版社は、違うだろ。マネーと、続けやすさだけ。
スキルが上がるわけでもない。
編プロと出版社だろ、本気を出さなければならなかったのは。

ラッシュ何て憂鬱でしかない。

「引退したら小説書く」とか、言っている人いるけど、物になった人なんていない。
我慢し続けた挙句の解放感で、わざわざ小説書くなんて、つらい仕事をするわけがないじゃん。

次、フルタイムの長期やって、いくつになるんだろ。それでそのあと…。
なんてさ、3年後まで飛ぶような、ことを想像するって、お金と時間を引き換えたいだけじゃん。
何それ。
そんなことしていたら、もう、終わっちゃうんだよ。人生が。
ずっと、そんなパターンじゃん。
学校の時から。
それで、居心地のいい時は、はしゃいじゃって、本気ださない。
それの繰り返し。
まじめに仕事したことあるの。比較的最初の編プロだけ。
その後全部同じ。やっているふりだけ。
受験勉強で身に着けたスキルじゃん。
受からなかったら、来年がある。
来年受からなきゃ、専門行きゃいいや。
就職決まらなくても、資格がある。
なけりゃ、とりあえず、フリーターでも。
やりもしない手段を作って、解放を待っているだけ。
小説だって、同じ。
もう、12年だろ。デビューして。
野球ならとっくに自由契約になっている。
野球と一緒にするのはどうかと思うが。

やりたいことがないなら、なんにしろ、努力しようなんて思わないよな。
この世界で生きている意義もわからないのに。
この世を去ってもいい状態にしたかったんだろ。
別にほめてもらえることもないし。
それが今の状態。
やることがない、やりたいことがない状態。

でもさ、この間だって、ヘルプデスクを頑張ろうと思ってたわけじゃん。
そしたら、あの有様だろ。
努力もできない運命なんじゃないの。
半端なまま置かれる運命。
活躍できた場でさえ、あと二年いたら、それなりになっていた気がする。
需要はあったし、環境もあった。
それが意味不明のリストラだし。
なんだろうね、この人生は。
半端なスキルが増えていくという。
活躍している人の話を読むと、羨ましい、凄いを通り越して、自分が情けなくなってくるだけ。
もう、無理じゃん。
全然、世の中に活躍の場もないし、必要とされていないし。
活躍している人は、社会が嫌いじゃないんだろ。
自分は嫌っているじゃん。
それで、社会をよくしようとする努力何てするわけがない。
活躍できた場は、人が良かったから、その人たちのために、というのがあった。
4月からそれが無くなったから仕事をする意義がもうわからない。
てか、あそこを外れたら、何もできないじゃん。
小説書けるだけ。

失敗を繰り返さないのが、修正できるのがプロ。
スポーツでもビジネスでも、漫画家でも。
同じような小説を書き続けてないか。

5年前ですべて片付いていた。
この5年間は与えられた時間。
でも、5年も与えられて、自由さえ与えられて、5年前と景色が変わっていない。
5年たって、改めて、と思ったら、やっていく自信がない。
できそうなのが、楽な仕事か、エンターテイメントの校閲
前と同じじゃん。

これが自分の実力。

ラッシュが嫌、というのも、口実。本当にやりたいのなら、ラッシュでもやるだろう。

自分が幸せになれなかったのなら、人を幸せにしてやるってのはないのか。
あそこでやった。リストラさればそれまで。

今さらヘルプデスクをやりたくなったのは何でだろう。逃げか。

冷静に見たら、もうなんにもないんだよな。
「まだある」と思っているから、迷う。
幻追っているわけだから、実際何したらいいのかわからないのは当たり前。

10/17mon

朝に、夢で、目が覚める夢を見た。
雨が降っているらしいのは現実と同じ。
ただ、まだ夜半らしい。
で、起きて、部屋を出たら、昔のアパートだった。
それで、自分はどうしたか。
喜んで、ガッツポーズをして、神に感謝さえした。
親は、旅行に出ているらしかった。
そのあと、本当に目が覚めたのだが、これが、自分ということがよくわかった。
何を偉そうに言いながら、心の奥底で、昔の家を存在させている。
戻れるものなら、戻りたいと思っている。楽だから。
まことに情けないと思った。
これじゃあ、5年もたって、景色が変わらないのもむべなるかな。
遊んでいるだけ、というのは、中学の頃から変わらないが、それも、「自分には余裕がある」との思い違いからくるもので、それは、いまだに変わっていなかった。
喜んでたし。もし現実ならば、喜んで小説書こうとするだろう。働かずに。
楽になりたいなら、自分のやりたいことをやりたいなら、何にでもすがる気かよ。

そこまで、楽に生きたいのかよ。
みずから、生を止めるレベルの夢。
あり得ない物を頼っている。

小説を書いている暇があったら、英語でも勉強するべきだし、ヘルプデスクにしても、楽なもの、じゃなくて、スキルアップするようなものを選ぶべき。

遊んでいるだけ。遊んでいられる場を探していただけ。
小説にしろ、本当に好きなら、努力しているだろうに、していないわで。
まあ、エッセーは好きだろうが。
ドラマも見ないし、小説も読まないし。
もう、小説は諦めたらいいよ。ブログくらいにして。


で、自分の情けなさが分かったところで、派遣の仕事探しているのもまた情けないけど。
根本的に甘えがあるんだよ。
全然治っていない。
「現実を見据え、柔軟に思考するようにしないと進歩はありません。 」

もう、世の中に興味を失っている。美しいもの以外見たくないし。
世の中の「ドラマ」にまったく興味がない。
精神が子供。

今日の夢で、自分の本性を見た気がして、愛想が尽きた感じ。
やりたい事や、自分の意見を捨てたらいいよ。
今、手にしていない物は、幻想と見た方がい。
小説書くのやめよう。
好きなら、この二週間で草稿くらい書いてるだろう。
ネットで遊んでいただけ。
別に小説を書くこと自体は悪くないけど、世間的にも。
ただ、甘えながら書こうとするのは、なにもしない、楽していたいという口実にしているだけ。
だから、甘えがいつまでも残っているみたいだから、その口実である小説をやめろと言っている。
甘えの口実にならないことならしていいと言っているんだ。
今朝の夢、喜んで、家に居ながら小説を書こうとしていただろ。
それが根本で甘えているということで、それがはっきりとわかってしまったから愛想が尽きたと言っている。
この状態だぜ。この期に及んで、まだ、昔と同じようなことをしようとしていたことに驚いた。
「食っていけなくなったら、あの家がある」とか、心のどこかで思っていたってことじゃん。
そりゃ、景色変わらんわ。
働いていたら、この夢見なかったろう。
この状態になって、始めて本性が分かるわけだ。

だからと言って、これから人が変わったかのように、ラッシュもスーツも平気、人間関係も平気でできると思ったら大間違い。
性質は変わらんよ。
性質は変わらないことを踏まえて、小説を書くなと言っている。
口実になるようなことを捨て、自分の意見を捨てな、と言っている。
別に広報やるなとは言っていない。
やりたければやればいいけど、ラッシュや通勤1時間半とか無理だと思うよ。
それが、できる。
今の自分なら、やれる。前は無理だったことも。
というのが間違いと言っている。
自分を信用しない方がいい。
いくら、やりたい仕事、やりがいのある仕事といったって、通勤で嫌になるだろう。
「他人のために」とか、できやしない。

「心を入れ替える」ということ自体が不可能であって、
「心は入れ替わらない」前提で、行動をしろ、と言っているんだ。
覚醒とか、漫画の読み過ぎ。

根本的に、腹を立てている人間、しかもそれをごまかせない人間が、つらい通勤をしながら、仕事をするわけがない。
いままでやったのって、みんな、自分の都合だろ。

自分は変わった。成長した。なんて思わないことだ。
10/18
やることがない。片づけしている。
活躍できた場は、途中から自分のプライドをかけてやっていたから、おかしくなったんじゃないのか。
「やらせていただいている」という心がけでないと。奇跡の場合は。
思い出作りの場だよな。もう、そろそろ。
寝ているときは、起きたらエントリーしようと思うのに、起きるとする気にならない。
私服か。今さら、Yシャツとか買い足したくないだろ。
昔を思い出すほど、環境に恵まれていないし、自分はまともな境涯ではない気がする。

修羅場を書けないんだから、普通の作家は無理だろう。
10/19
結局認めてくれない。止められるというのは、自分が好きでやっていないから。
欲念で動いているから。欲念というのは、他人の欲。
「やりたいからやる」
あの場も途中から、どうだったんだろう。
人のためにしていたのはあるけど。
途中から、義務になっていたのか。
あと、嫌なことは面倒がっていたし。
好きでやってはいたんだろうけど、他人に見せつけるため、自分の実力を示すためになっていたんだろう。
他人に見せつけるためってのは昔から同じ。
仕事も受験勉強も。
英語は見せつけるためじゃなくて、暇つぶしだったかもしれないけど、読めるようになったじゃん。
小説だって好きなことを書かないんだったら、小説家になる意味なんてないじゃん。
小説を書きたいのか、小説家になりたいのかの違い。
編集もそう。編集をしたいというより、編集者になりたい。
だから、いるだけで満足する。
野球で言えば、野球をしたいのか、プロ野球選手になりたいのかの違い。
入るだけで満足みたいな。
上手くなれば何だって楽しいと思う。

「情けない」というのは、一つの感覚から見てのこと。
情けなくて何が悪いんだよ。
だいたい、実行していないんだから、情けなくないだろ。
好きに、遊び半分で生きてりゃいいんだよ。
反省した。
情けない自分は変わらない。
だから、実行しなけりゃ情けなくないって。
夢を信用し過ぎだって。

仕事した方がいいに決まってんだろうが、やりたくないものはやりたくないんだろ。

結局、3月の時も、ぴったりなのは、漫画の編集アシスタントだけで、それはエントリーで落ちて、焦って、決めて、それでやめたとか。
今回もぴったりのが一つもない。
そういう場合は、期間が決まっていて楽そうなのをやるに限る。

自分の意見や考えを捨てる場合、まずスーツやラッシュは避けた方がいい。
いくら「やりがいのある仕事」でも、どうせ嫌になるに決まっている。
校正は違うと思う。「できそうだから」やっていたけど、向いていないと思う。
やるなら、時短でならいいと思う。
通勤は、1時間15分まで。それで実際は1時間半は見るわけだし。
だって、続いた出版社だって、昼休み時間とか自由だったじゃん。
てか、出勤時間も退勤時間も自由だったじゃん。
そりゃ続くわ。
活躍できた場も大学にしては自由だったし。
コアタイムがあって、後自由だったじゃん。
夜とか、自由時間に近かったし。
自由なところだけだろ、続くのは。

「内容が良ければ」の「内容」が自由ってことだからね。編プロも出版社も含めて、
よく考えたら、そうじゃない所って、半年以下しかやっていないわ。
仮に早慶に入ったとしても、この性質じゃ変わらなかったかもしれない。
この間の仕事が最長。
10/20
他人から認めてもらいたかった。
他人が怖かったから。
それで、手っ取り早く道化のような振る舞いをしていただけ。
で、気がついたら、一人になっていた。

「やりたい」仕事と言っても、イコール「自慢できる」「認めて貰える」仕事だからな。

だいたい、決まった時間に行くのが無理だろ。
大学のようにいる場所があって、なおかつ11時過ぎくらいじゃないと難しいんじゃないのか。
スタートラインに立っていない。

後は、フルに働いて、片づけをしながら、終わりにするんだね。
もう将来の事を考えなくていい状態にする。

じゃあ、もうおしまいにしますか。
環境さえあれば、感興でもいいけど、それがあればやれるということは、証明してみせただろう。

活躍できた場は、最後にくれた贈り物だったんだろ。それを結局意地を張ってしまって。

「敗ける気がしない」のは何か。
何を求めてこの場に立っているのか。

たぶん、昔からのストレスが激しくて、脳に影響が出ているか気がするし。変わることを怖れないで、突き進むのが勇気。

もう、その場限りの信頼とか嫌だ。
力が欲しい。

たぶん、ビジネスが全然できなくなっている。
愛情がそそけるような場でないと。
逃げとか、ギャグとか、他人の為とか、そういうんじゃなくて、やりたい仕事。
派遣であるのか。
10/21fri
結局、昨日の夜に、ポストまで行って、健康保険証を返す。
夜の公園は、誰も歩いていないな。
猫と鈴虫がいるだけ。

最近昼寝しないな、と思ったら、本を読まずにネットをしているからだろう。

「理想」や「感動」を示していたって、人を救えない、むしろ勘違いさせるのは、自分でわかる。
今さらだけど、大学出てもしょうがなかったし、受験勉強している暇があったら、英語でもやっていればよかった。
専門学校出て、CG作っていた方が向いているだろ。それで英語もできりゃ余裕じゃん。
ネタでしかない。ネタで動いていたから、ネタでしかない。
もう、働く意味が分からなくなっている。
いきなり、今更一からやり直せ。と言われたって。
笑顔を忘れたら終わり。
道化なら道化でいいが、皆を納得させられるような去り方は。

自分の一番の特徴は、命を懸けられること。先生はそういう点では向いているが。
今の時代、ゲームプランナーが一番かも。
世界観だけを作れば、後は、ファンが広げてくれるし。
ゲーム自体は、パターンでしかないし。
自分の境涯を考えたら、一切の贅沢はできないはずだ。
少しでも、ブルジョワの気分を味わいたいということが苦しみの下になる。
自分のありもしない幸せを負っているから、人も幸せにできないんだよ。

今年は成長した気がしない。本読んだくらい。
10/22SAT
嫌な夢。
昔の商店街と、昔の奴ら。
怖れて逃げて、必死で、助けを叫んで、こっちを見ているのに、誰も助けてくれないという夢。
3回くらい繰り返して、ようやく夢から覚めた。
活躍できていた頃は、こういう夢は見なかった。忘れたわけではなく、奥底に封じ込めていられただけだった。
もう、狂った性質はどうにもならない。
中二の頃からの歪みが治ってないし、社会がどういうものかを認識してしまっている。
昨日、「神をしんじなはれ」と思ったとたん。
他人を怖れているから、強いことが言えない。
世の中で出世しているものは、強く人に言える、また、図々しい。
それでがきない性質にされてしまった。
一人の可能性のある人間をよくもやってくれたと思う。
心根が良くない人間が嫌いなのも当たり前だ。
まだ、中一の頃までは自分のやるべきことだけは何とかやれていたのだが。
優しい人たちがそばにいないと無理だろう。
今朝の夢は、もう、どうにもならないんだな、という気がした。
この間のは、単に、情けない、自分に対して情けない、と思ったわけだが、
今朝の夢は、もう、苦しみと怖れで、どうにもならないんだな、と思った。

もう、小説を書くのは止そう。
昨日、少し書こうとしたんだけど。
小説を書いている場合ではないというよりも、書くべきではない、無理だよ、ということに近い。

仕事は、大学か、民間ならば、6時間、楽しそうなら、7時間にしておいた方がいい。
ラッシュは避けて。
たくさん働こうとしていたけど、無理だよ。
もう、この脳じゃ。
立派人間、成功した人間、一人前になりたかったけど、自覚した方がいいよ。
脳の状態を。
懸命にやる理由がないじゃん。
こういう性質にした世界で。
適当にやるしかない。
自分をないがしろにするような事をしなければそれでいい。
むだ使いとか、だらしない事とか。

むしろ、中一の頃は、イギリスの現代小説とか、日本の短編を読んでいた。
古典は読まなかったけれど。
中二になってから、漫画とか、ゲームに本格的にのめりこんだのは、異常なストレスのためだろう。
つらいことが続かなければ、作家か批評家になっていたかもしれないね。
防衛大とかに入ってって、やさしいから無理か。
「生きてりゃ。そのうちベテランになるよ」

夜が暗い。
なんか、また一人になってしまった。
頑張っても、結局一人。
10/23sun
inputがなければoutputもない。

一番力を発揮できる仕事と言ったら、やっぱライターなんじゃないの。
というか、すでに疲れてしまって、働く気力がない。
生きている意味も分からない。


図書館のいいところは、借りれば、読むということ。
自分で買うと、買ったままで、読まない。

10/24mon
「小説は書かない」と言ったって、じゃあ、何をやるの。
稼がなければ生きてはいけない。
現状、稼げるようなものをしていない。
「今思えば、調子に乗ったり、意地をはったり、欲張らなければよかった」と思うが、
「次」なんてないし、実践できなきゃ、反省何て無駄。
その程度の能力。
生きようとすれば、片付けが面倒になるだけ。

五年前は、英語の勉強をしていた。
あのときよりも何もない。

仕事探しで迷っているけど、やりたいと思ったら、エントリーすればいいし、
やりたくないなら、エントリーすべきじゃない。
それだけの事。

「すいません、先生、上手く生きられませんでした」
10/25tuesday

illustratorにしても、AEにしても、HTMLにしても、結局、見様見まねでやっていたから、
根本が分かっていない。
本当にCGやるなら、プログラムが必要な気がする。
AEでCG作るのって、「RPGツクール」でゲーム作っているようなものだろうし。

5年前は、生きているだけで歯を食いしばる必要があった。
今回も同じ。
生きているのなら、歯を食いしばるほど頑張らなければならない。
歯を食いしばる力がないのなら、もうおしまいにしよう。

昔の家にいたら、今でも校閲とか校正をやっているかと思うと、校閲校正だけはやるものか、と思えてくる。

修正がきいたのは、編プロの頃までだろう。
出版社の段階で、すでに無理。
編プロの時に、学歴コンプレックスを捨て、自分が勉強ができていたのは、
勉強をしていたからではなく、勉強せずともわかっていたからだということを知るターニングポイントだった。
その頃に、好きなこと、専門でも言って、ゲームの勉強でもしていればよかったとは思う。
出版社の段階では、つまり20代の後半になると、編集やるにしろ、生きるために食うという仕事しかなくなる。
10/26wed

最近、昔の夢ばかり見る。嫌な夢。

すでに中学、高校、大学であわずに、小学校は、優しい人がいたから、まだ行けただけ。
気づくべきものがあったはず。
学校と合わないのなら、普通の会社も合うはずがない。
高校の時なら、美大に行くという選択肢がまだ残っていた。
しかし、浪人した段階で、とっととゲーム系の専門に行って仕事をしていればよかった。
恥ずかしかったんだろ。
どこも大学に受からず、それが決定するのが。
だから、浪人して、先延ばししていた。
今も同じ。
しょせん派遣程度というのを認めたくないから、いろいろとやろうとしていた。
クリエイターのスキルもそうだし、読書も同じ。
先生と話すのも、普通の派遣と認めたくなかったから。
ただ、それは、幻想をおっていたにすぎず、やめてしまえば何もないのはわかっただろう。
自分が向いていること、好きなことを恥ずかしがらずに手にできなかったことの結果だと思う。
編プロの時に学歴コンプレックスを解消するために、大学などに行くというのは、やり直しだから、浪費にしかならないということに気がつかなかった。
二十歳以降、自分の失敗を取り戻すような事ばかりしていた気がする。
今の自分を見ていない。
小説を書いていても通用しないということもわかっているから。自分で。

今の自分に残っているもので、何ができるのかと言えば、編集だと思う。
企画が苦手とか言っていたけど、小説やクリエイターを通して、企画はできてるじゃん。
あとは、クリエイターに作ってもらえばいいだけだろう。
金細工は、金細工職人に作らせればいい。

もう、さようならかもしれない。
半年前に比べて、それどころか、先月に比べて、気力が失せている。
行くだけでいいような仕事じゃないと、無理そう。
だから、なかなかエントリーできなかったんだろ。
やりがいのある仕事、自慢のできる仕事をやろうとしていたから。

「なりたいこと」は妄想ばかり。「なれること」しか探さなかったら、選択肢が無くなっていた。
陳腐なものは、もういいよ。感動だろうが、センチメンタルだろうが、恋愛だろうが。
10/27thu
しかし、世の中のものに入ろう、入ろうとして、その周りをうろうろしていただけ。
大学の時も、外苑前とか一人で歩いて、一緒に歩く人もいなかったから、おしゃれな雑貨の店とかで、ポストカード買ってみたりとか、カフェとかに入って、ケーキ買ってみたりとか。
渡す相手も、話す相手もいないのに。
で、実際に相手ができたら、もうそんなことする情況的余裕がなくなったじゃん。
それでいて、同時にアニメのグッズとか、LDとか買ったりして。
どっちか、一方にすりゃあ、どうにかできたはずなのに。
今だってそうだよ。
10/28fri
歓迎された場だけ自分から辞めなかった。
それは、好きだったから。
それは、恋愛と同じ感情。
全力を尽くしていたのは、自分を見ていてほしかったから。
だから、リストラされたのは、振られたも同じ。
失恋と同じだったんだ。
3年間恋をしていた。
そのあと、近くで仕事をしたのは、それでも近くにいたかったから。
時が過ぎて、近くにいても、もう遠くから見ていることしかできないと知って、
今度は近くにいるのが嫌になった。それでそこもやめた。
自分が失恋していたことに気がつかなかったから、仕事を決められなかった。
ふられたから、自分は、必要とされていないと感じた。
だから、いまは、何もする気が起きない。
何も分からなくなっている。
片づけをしなきゃ、という思いが強まってきている。

一歩も進む気がしない。
昨日から、食欲がない。

10/29sat
とうとう一か月空いてしまった。
仕事をする気にならないというのは、自信がないと言う事と、意義が分からないということ。
「使われない道具ほど空しいものはない」なら、ライターやるか。
一番の能力を使うしかないじゃん。

やっぱり、連句とかより、小説書いている方が楽しい。時間がかかるだけ。
グラビアも、好みの人以外は、分析する気にならないな。

10/30sun
このままなら、ずるずる仕事を探すふりをしているだけだろう。
週一でもいいから、やればいいのかもしれないが。
他人と違ったことをやるから、進学校とか、進学塾とか行っちゃいけなかった。
偏差値の高くない所なら、自分がトップをひきうけようとするだろう。

もう一度会いたい人もいない。
それが、五年前と徹底的にちがう。
だから、頑張れない。

恋愛小説は無理。特に思春期のは。

10/31mon

女性に対する愛欲の感情がどうにもつまらないものに思えてきたから、グラビアの話を今書くんだよ。
市役所に行って、健康保険などの手続き。床屋。
11/1tue
この世には神様がいて、世界の隅々まで見ていてくれるものだと思っていた。
辛い事や悲しい事があっても、いつかは報われて、やさしい人たちが救われる世界だと思っていた。
こどもの頃から、そのつもりだった。
昔と何も変わっていない。ぐずぐずと仕事探して、決められない。
間を開けないこと、そして、小説を書こうとするのやめることだな。

11/2wed
例えば、編集をしながら、徐々にコラムニストになるならいいけど、
仕事をせずに作家になろうとして、どれだけ苦しめたのか。
心身ともに歪んでいる。

どうせ、人間は、完璧に等できやしないのだから、偉いことを考えなけりゃいい。

小説にこだわっているんじゃなくて、小説を逃げ場にしているんだよ。
働かないことの、もっと言えば、プライドの。
なくなりかけているプライドの逃げ場として使っているだけ。
小説に対する愛なんてない。
そんなんで、小説家として成功するわけないだろ。
努力したって、空っぽの作業にしかなっていない。

そもそも、他人に対する愛だってないだろ。
愛なんて、余裕がある時だけ。余裕がなくなれば、逃げ場として利用するしかしてこなかっただろ。

高級財布買うのも、高級カメラを買うのも同じ。
全部プライドを保つため。
もっと言えば、ずっと、自分の行動は、ことごとくがプライドを保とうとするための物だった。
だから、その場しのぎで、その場が終われず、何にも用のないものとなる。
11/3thu
sunny
すべては運と言っても過言ではないが、本当に好きなら、運は微笑んでくれる。

色々なものを大事にできなかった。

このひと月、仕事をしているときの休日より何もしていないんだけど。
11/4fri

食えなかったときのことを忘れている。
昔の夢ばかり。

勉強して、成績が良かったわけじゃないが、結局は、勉強しないといけない人間だったのに。
防衛大に行って、エリートになってりゃよかったんだよ。
どうせやりたいことないんだから。

11/5sat
8月くらいは、まだ普通に生きる気でいたらしい。シャツとか買っていたし。

小説を書くということは、精神的には出産に似ている。
半端なままで放っておけば、ダメージになるだろう。
純文学は危険。

戦術でしか勝てないタイプ。
戦略を考えていれば、仕事をしながら自分のスキルアップをしていただろう。
さらに政治というものには、まるで頓着しない。
11/6sun
ホラー小説とか無理。怖いの苦手。

小説よりも随筆の方が好きなんだから、仕事をしながら随筆を書いていればよかったんじゃないのか。
内田百閒や寺田寅彦芥川龍之介でさえ、随筆の方がおもしろい。ドクトルマンボウも。
虞美人草と、草枕くらいか。小説にする必要があったのは。あとカラマーゾフか。
町田康耳そぎ饅頭にしてもあれは小説というか、随筆に近い。
なら、背伸びせずにそのスタイルでいけばよかったのに。
色々需要に答えようとして、フォームが分からなくなった感じ。

小説を書いていながら、眠くなるとは。7時間半は眠ったし。
もう無理なのか。
11/7mon

離職票提出に行った。
時給3000円の仕事が来た。無理だけど。
11/8tue
恋愛じゃなくて、エロティシズムだよな。得意なのは。ジャンルとして。
バタイユとか好きだし。
11/9wed
パラノイアは、テキストが向いている。
頭を使うのは楽しい。気を使うのは楽しくない。
想えば、気を遣ってばかりいた。
11/10thu
頼るものが欲しいからって、崇拝しすぎなんだよ。
歴上の人物なんて、今やフリー素材じゃん。
11/11fri
自分にわかることを話し、書く。
恋愛とか、ミステリーとか、分からんだろ。

五年たった。
五年前のことを未だに覚えているのか。

仕事を探すのをやめて、小説を書いているが、ついネットをやったりして、集中していない。
一日、5時間くらいしかしていないかもしれない。
随筆って言ってるけど、随筆面白いのか。
民俗学漫談とか、随筆とは言わないだろ。
エッセーと言えばエッセーだが、やっぱり知識をもとにしたものがまともになる。
でも、それって、ライターじゃないのか。

自分の書きたいものに、どうやって、自然な流れで持っていくか、
その見せ方だと思う。表現は。
そう言うのが最も才能があると思う。
それって、設定のうまさだろ。
勉強しないと駄目だよ。

11/12sat

結局、5年たって、この状況から抜け出していない。
引っ越して来た時のほうがまだまし。

斉藤美奈子さんが参考になりそうだが、資料とか探す気力あるのかよ。
今の場所で。
大学で仕事するしかないじゃん。

しかし、昔から、あれだけお金と時間をかけてアニメや漫画やゲームにかかわってきたのに、その仕事をしていないのは、ただ慰めにしか使っていなかった。
しかし、知識としてはあるはずなのだが。
小説書くよりは、ゲームの歴史とか書いた方が売れそう。

しかも、小説書いてて、今日あたり飽きてきた。
何だろうか、構成を決めてから書いていないからってのもあるんだろうけど、夏に動画を作っていたときもそうだったけど。
もともと飽きっぽいんだけと。それにしても。

いまだに、隙があれば、昔の家のことや、学校の事を書こうとするのは、気にしていることを示す。

努力が怖いんだろ。無意味になるのが。
愛に勝るものはない。
愛の持っていきどころを見つけられなかったか。

11/13sun
小学校の時と、思考が変わっていない。
驚くわ。
何か好きなことがあるんじゃなくて、自分の実力を示したいだけ。
そこに喜びを感じるだけで、自分が何かを乗り越えて、成長していくことに価値を感じていない。
だから、小説の主人公が成長していないんだよ。

コンプレックスのせいか、一番でないと、我慢がならなかったんだろう。
だから、その場で一番になる事ばかり。
いわば「戦術的勝利」のことしか考えられなかった。
名選手が監督をやるのが難しいのは、「自分が一番」という意識がぬけないから、
もどかしい選手を結局は、権力で従わせようとするからだろう。
自分でも、みんなとでも、何かを成し遂げたり、成長する歓びではなく、その場その場で、敬意を集められればそれで満足していた。
だから、好きなこともやりたいことも、ないんだよ。
大学の時、友達から「お前は、皇位継承10ばんめくらいに生まれてりゃよかったのにな」と、言われたが、まさにそれだよ。
敬意だけ。
オンリーワンも、ナンバーワンも、両方くだらない事なのに。


「あの女の顔に普段充満しているものは、人を馬鹿にする微笑うすわらいと、勝とう、勝とうと焦あせる八の字のみである。あれだけでは、とても物にならない。」

アニメとゲームは、キャラが立っているかと、世界観だと思う。

11/14mon
なんで人間て生き物なんだろうな。
何で、感覚とか、感情とかあるんだろうな。
こんなに精神が発達しているのに、何で生き物なんだろな。
これが起承転結の起。
前、この世には、ちゃんと神様がいて、管理しているものだと思っていた。
それも起。
それで、どういう世界観で、どういうキャラにストーリーを展開させるのかが承。
文豪たちを出すのか、学園都市を設定するのか。
お祓いばかりやっている神主と、そのパートナーに展開させるのか。

11/15tue
エンターテイメントを意識した方がいいと思う。
「サービス精神旺盛」とか言われたし。
「爽快なエンターテイメント」を目指す

子どものときって、まわりに、カッコいい奴とか金持ちの奴がいて、それで普通はぐれて自分の道を模索し始めるはずなのに、勝負してたからなあ。

今、小説を書いているが、終われば、仕事をしなくてはならない。という恐れが出てきている。
もう、一か月半立ってしまった。
11/16wed
ニコニコ動画が、なんで流行ったかと言えば、動画というよりも、「おたくの居場所」を作ったからだろう。
高校も作っているが、方針がすべて「おたくの居場所作り」で一貫している。
自分も、居場所のないさみしさは知っているだろうに、それをかっこつけて、ないことにして、学校で無事だった人間と同じように生きようとしたから、苦しんだんだよ。
11/17thu
今日から推敲に入る。

食いたいのは、プリン、マカロニサラダ。おにぎり。カレーも少しくいたいかも。でも、やっぱりカレーとプリンかな。
あくる日は、あんまんかな。あんまんが最後か。

感情が激し過ぎるんだよ。こどもの頃から同じ。

しかし、今書いているのを書きあげたとして、その先に未来があるとは思えない。

争い嫌い。怖いもの嫌い。
楽しいもの、明るいもの、綺麗なもの好き。
やさしい性格。デザイナーか、動画製作がよかっただろう。
「上手にできた」と言って喜んでいただろう。
しかし、もう引き返せない。
11/18fri
しかし、ライトノベルといったって、キャラ設定と、世界観、なによりストーリーが重要なんだが。
できるのか。
しかし、純文学では食っていけないことがよくわかっただろう。

文章修正で、やる気が出ない。
完全に方向を間違えている。
文章を上手にする方向で来てしまった。
それが、「ねた」の良さに比べて、読まれない原因だと思う。
それで前回も、今回も、文章が雑。書いているだけ。
上手にしているだけ。
前、何がよかったか。
ことばとことばの間。
後は、物質感。
何が足りないのかと言えば、『間』と、物質感が足りない。
読み手は、名言は求めているかもしれないが、名文は求めていない。
会話の間、文章の間、これを前は、徹底して気にしていた。
テンポをよくするために、いらぬところは外しただろう。
文章をいくら上手にしたって、物質感のリアリティにはかなわない。
コントラストの落差とか、ユーモアと言うのはそういうことだろ。
描写に力を入れ過ぎて、「読みづらい」ものになったんじゃないのか。
「上手」に書かなくていいだよ。
しかし、ユーモアのポイントだけは外してはならない。
ユーモアとはなんなのか。
物事と物事をどう関係づけるか。
「間」が雑なんだよ。

文章が上手ということは、描写が上手と言うことではない。
「ここの間は、どうしたらいいのか」にかかっている。
間ということは、テンポにもつながってくる。

編プロに入ったころは、アナログで、パソコンなんて50万くらいする完全マニアの物だったし、一般では、ワープロが10万円くらいでようやく広まった時代だった。
この15年、2000年以降で、世界は変わってしまった。
そして、2000年以降、10年も世界とほとんど係らなかった。
11/19sat
あの時、明治の二部に行ってりゃよかった。
編プロを止めずに。
それで、漫画の原作とか、ゲーム関係の仕事をしていればよかった。
人生は、遠回りしていいほど余裕があるものではなかった。

しかし、小説技法とかで文学作品を解説しているが、なるほどとおもうものの、あれも後付けバイアスだよな。
いちいち鵜呑みにしているから、自分のフォームが固まらない。
もともと、メガテンの世界観に感動して、宗教学とかやり始めたんじゃん。
初心を忘れてしまった。

勝つためにじゃなくて、状況に抗うために生きてきた。

全力を出したいんだろう。
だから、「戦わせてもらえない」と状態になると、自分でギリギリの事をしてしまう。
荒れ狂っている混沌が出てきてしまうんだよ。
ごまかすほど、混沌は荒れ狂う。

他者の価値を認めるものは必ず制限を受ける。バタイユ
今日の個人は一定量の力をあらわしているが、多くの場合、他人とか神とか、理想とか呼ばれる、あの幻想のために力を割譲することによって、己の力を分散させている。このような分散によって、個人は力を濫費しているどころか、おのれの行為を弱さの上に基礎づけるという誤りもしている。

「自己観察は、いかなる観念をも落ち着かせず、どれもこれも狩りたて、そのためそれ自身が、観念として、あらたな自己観察によって狩りたてられるという結果になるのだ。396」カフカ

自分の正当化をしている限りは、独創的な作品にはならないだろう。
人を正当化できないと、物語は作れないんじゃないのか。

もう、さようならだとおもう。
11時位から、からだが温かくなってきた。

11/20sun
健康保険は月二万もする。しかし、10月分がない。入らなくていいのか。
もう無理です。この状況と、自分の性格では、どうにもならない。
滅びるだけ。
中学高校の状況を偽っていたから、それ以降歪みつつけてしまった。
ところどころの勝利も、戦局全体に何の影響も及ぼさなかった。

たかだか、中一の時まで成績がよかっただけで慢心したか。

「やらなきゃならない」「工夫をして、作家として生き残らなければならない」
こんな気分で生きていたって楽しくないだろう。
先が短くなったとしても、楽しく生きた方がいいと思う。
この状態では。
11/21mon
やりたくないことはやらなくていい。

ストーリーを作らないのは、キャラを作っていないからだろ。
小説は、仮説検証のところもあって、こういうキャラが、こういう状況に入ったら、どうなるかの考察でもある。
状況は作れているのに、ストーリーにならないのは、キャラが、主人公しかいないからで、あとの登場人物が、主人公の首長のための道具立て、書割のようになっているから、
そこに世界と世界のぶつかり合いがないから、ストーリーが生まれないんだよ。

言いたいことは或るんだろうけど、爽快なエンターテイメントにした方がいいと思う。
観念的な話は、アーキテクトのレベルだから。

デザイナーは、徹夜とかあまり聞かないし。
昔、「デザイナーはいいけど、編集が」と言う話を聞いたし、今のアニメでも、「作画と音楽はいいのに、脚本と構成が」と言われる。
「パッケージはいいのに中身が」とか。
次元が違うんだから、一緒にされても困るっての。
デザインや音楽は、基本があって、学校で勉強して、しかも今はコンピューターがあるじゃん。
言葉は、誰もが分かるし、使えるからこそ、それとは違う次元で使わなきゃならない。
妄想で、過去に戻ったらデザイナーをやろう。優し性格だし。
と思ったが、何度やり直しても、作家を目指すだろう。
アニメの脚本やゲームの企画を含めて。
作曲の事はわからないから、曲をつくるのと、SEがどう次元が違うのかわからないが。
デザイナーや、作画と同レベルなのは、ライターだぞ。
構成や脚本はその上だろ。
「作画と音楽はいいのに、脚本と構成が」と言うのは、次元をごっちゃにしている謂いだ。

ベースを考えるのは得意。つまり企画とか、設定とか、後はストーリーとプロットだな。

11/22tue
そうはいっても、毎日耳をふさいで寝ている状況に変わりはないし、
生きていくために稼ぐ自信は日毎に薄らいでゆく。
5年前の年明けは、「もう生きていたも仕方がない」と思って、3時間睡眠で書いていた。
今はなんだろう、9時間以上寝て、起きているときも、半分はネットをやっている。
何でこんなに集中しないのかと思ったら、「死にたくない」と思っているからだ。
前は、「生きている必要が無くなった」と思ったから、3時間睡眠もやったし、その後、夜勤さえやった。
中学以降も、そういえば「自殺はしない」と思っていた。
つまり、「死にたくなかった」
それで、遊びもしなければ勉強もせず、好きなものも持たなかった。
ただ生きて、時が過ぎただけ。
今は、それと同じだろう。
なんと、呑気なことに、まだ、活躍した場の人たちと関係を持っていると思い違いをしているんだよ。
5年前の今頃、
「もしかしたら帰ってくるかもしれない。」
とか思っていたじゃん。
そんなわけはないのに。
あそこも同じだぞ。
もう、別の世界になってしまっている。
戻ることなんでないんだぞ。
相手にしてくれるわけないじゃん。
「必要としてもらえる」
「生きていられる」
今年に入って、「生きようとする」
「死にたくない」
になっている。
油断だな。
一度、生きようとしたから、現状のようになった場合に、
「生きていられる」が残って、「死にたくない」になってしまうんだよ。
11/23wed
寝つきはいい。10時間眠っている。
なんでだろう。

自分の事だけ考えて生きていれば、迷惑は掛からない。
争いが苦手なんだから、他人のやっていることを遣ろうとしないことだし。
11/24thu
雪が降っている。

前の小説に比べて、長所がへって、短所が埋まっていないということになる。
この素材を自分だったらこうするというパターンがないと。
ユーモア小説は、ある程度文体が決まって来るから、登場人物が制限される。
ドクトルマンボウのように。

能力の高い女が好きらしい。
アニメとかでも。
なら、強い女を登場させてみる。

三食食う日と、五食食う日がある。

現代社会の問題を示すのが文学だけど。
使い捨て。代わりはいくらでも。
11/25fri
後楽園。
11/26sat
やっぱり、story以前にキャラが立っていない気がする。
キャラ設定をしっかりすれば、自然とstoryもできてくるだろう。
たとえば、二次創作ができるのは、キャラができているからだろう。
売れている小説を見ても、御都合主義で、そんなうまい具合に、人がいるだろうか、と思うが、だから、人気があるんだろう。

三谷幸喜さんが「器用貧乏」と自分で言っていたが、それならそれでやり方はあるということを示している。
自分もたいてい何でもやれるんだから、いろいろなジャンルをやってみる。
あとは、自分のやり方を確立することだ。

一食しか食わず。
何もせず。読書さえせずに、ネット。
11/27sun
一時近くまで寝る。

やっぱり、世界全体がダークな設定ってのは、見ても読んでも楽しくはない。
基本的には、救いがある世界なのに、人間の余計な情念で苦しくなっているだけ。
と言うことにしてて置かないと。

あと、作品で腹が立ったり、嫉妬するのは、作品内で、他の登場人物が、わざわざ実用書にあるような言葉を持ち出して、ほめまくっているからだろう。
主人公のキャラ設定を他の人物のテキストによる説明で補っているから、見る人や読者の自由にできないから、疲れるんだろう。
本来、行動だけで進めるべきキャラづくりを他の人物の会話はもちろん、心のなかの言葉まで持ち出して、説明している。

後、観念を理論的にぐだぐだいぅのは、やっぱりうっとうしい。
人の性格はそう変わらないということをわかっていない。
変わらぬままで、うまく方向を定めるなら別だが。

自分は、こどものように感情的。
fictionとnonfictionの区別もつかない。
やるなら、芸術家になるしかなかっただろう。
絵画と彫刻をやるのが一番、精神的にはよかっただろう。

11/28mon

自分は、子どもの時から意地か悪い時がある。
他人の幸せや活躍を受け容れられない。
翻って、自分に対しても、意地が悪くなってしまった。
過大評価するわけではないが、この能力で現状が実力だというのは、何よりその意地の悪さからくるもので、未だに治っていない。

目の前の敵をたおすには、敵の能力を発動させない、アンチ武器が最も有効になる。
しかし、そのアンチ武器は、別の状況で何の役にも立たないから、意地の悪さだけが残る。
アンチ武器を使うたびに、精神が蝕まれていくということに気がつかない。
人間の脳は、もっとも容易いことをやりたがり、何かをするたびに、その方法を別の状況にまで、たとえば日常にまで用いようとする。

意地の悪い自分は好きじゃない。
自分の頭をアンチにばかり使っていたら、実力などつくはずもなかった。
もう、治らないだろうな。
しかし、逆に意地の悪さを認めて、それを小説に生かすか。

意地の悪さも、感情的なのも、潔癖症なのも、カルチャーショックだったんだろう。
人生のいちいちが。

吉本ばななさんは「闘い」をテーマに描いていると言っていた。
自分は、この世界で、どうやったら生きていけるのか、前を向いて行けるのかを探す闘いをしているんじゃないのか。
活躍した人たちの陰で、活躍していない人たちがその何千倍もいるわけだろ。

意地の悪さを認めたくないから、作品で隠しているのか、本当はやさしいのか、まあ、やさしい世界を望んではいるんだろうが、ちょっとのことで動揺するってのは、カルチャーショックのまま来ているんだろう。
冗談を真に受けるとか。

もう、好きなようになるしかないんだけど。

他人のペルソナをみぬくのって、ただ、自分の優秀さを誇示しているだけだろう。
自分よりレベルの低い人を相手に。
さらに、相手のペルソナや嘘をみぬくことによって、相手を自分よりレベルを下げさせる効果がある。
あまりいいやり方じゃない。
夏目漱石は、そういう輩が好きじゃなかった。

自分は、相手の嘘を知りながら、それを暴くようなことはしない、やさしさをもっている。
それで、それは本当の優しさだと思う。
ペルソナをみぬくのは、アイデンティティーを狂わすわけだから、やさしいとは言えまいし、自分に依存させる結果になるだろう。

人を見る目があるというのは、その人の活躍する場を、役割を与えてやれる人の事。
見ぬいて、「演技しなくていい」と言うのとは違う。
やっぱり、磊落なタイプの方が魅力がある。
しかも、そういう人は、恋愛感情を出させないから、余計に人として魅力がある。

取り得は、一つでもわかれば十分なんだが。
その一つを迷わず使えるから。
自分の武器の実戦での威力や距離感をつかむこと。

このままは、嫌なはずだけどな。

言葉によって、他人の心を動かすことはできても、他人の心をかえることができるのは、言葉ではなく、救い。

自分も『家』を作りたかった。

やさしさとはどういうことか。

あとは、コントロール

まあ、すぐに感動する。感情的だから、嫉妬するんだろう。
ヒーローじゃなきゃ、気が済まないタイプ。


11/29tue
自分が感動して泣くとき、その感動は、どういうことか。
少し、掘って考えてみれば、それは、自分ができないことを誰かがやっている、嫉妬とはまた違った哀しみの涙なのだろう。

自分みたいなのが、主人公気分で生きてきたのが間違いだった。
裏方として見ていればよかったのに。


自分の命、人生を大事にできなければ、微笑んでくれるわけがないが、もう辛い。
この世を去る日まで、耳をふさいで、引きこもって、我慢しているだけ。

デザイナーが大量のデザインを見ているように、作家も、大量の物語を読んで、それらを組み合わせて新しいものを作っているんだろう。

なんか、設定や伏線が素晴らしいのも、面白いんだけど、なんか疲れるな。

己の果てを見て見たかった。

やっぱり格好つけて、ユーモア小説を書くんじゃなくて、感動するのを書いてみたい。
すねてるだけだから。
やっぱり愛だと思うけど。
人に対する、この世界に対する。
愛が能力を高めるんであって、嫉妬や反発では、何も生み出せない。
前にで示したろう。応援してくれる人たちに対する愛があったから、一度もやったことのないデザインや動画製作ができたのに。

批評能力は大事だ。
特に自分のように感情的な人間にとっては。
しかし、愛がなければ、能力は発揮できない。
11/30

楽になる事ばかり考えていた。
寝ていたって、悲しんでいたって、誰も信頼してはくれない。
誰も心配なんてしてくれない。

+
もう、殉教者のように生きねば間に合わない。
何の欲もない。

たぶん今の状態で、相当バイアスがかかっている。
物語を構築するにあたって、普通に考えればいい。男女間とか、友人間とか。
外すことしか考えていなければ、自分が歪んでいくだろう。

意地を貫くやり方以外にわからんだろう。

今を優先させてきたなら、最後までやる。

12/1thu
もう12月。二か月もたってしまった。
労働も嫌だし、死ぬのも嫌。
最近、食欲もわかず、12時間も寝ているのは、恐れからくるものだろう。
布団被って、耳塞いでいる。

二次が人気があるのは、異性に惚れない人がいるから。
男は女に惚れるし、女は男に惚れる。
しかし、二次の女は、惚れる男がいない場合があって、それがキャラを好きになる。
アイドルと同じ。
他の男に惚れている時点で、そのアイドルや二次のキャラクターを好きになれない。
子どもっぽいと言えばそれまでだが、特に男の読者はそう言う世界を望んているんだろう。
親が出てこない以上に、最近は、男がほとんど出てこないアニメやゲームが流行っている。

自分の悲しみも歓びもすべて書く。
それが作家。
自分の正当性や、照れ隠しのために描くのではない。

労働の恐怖があるから集中できない。
食う気もないし、ネットやっているだけ。
リンゴと黄粉餅くらいしか食う気にならない。
12/2fri

一度、バッドエンドを書いてみて、そこからハッピーエンドに持って行く。
主人公たちの努力と現実のぶつかり合い。
物わかりがよい人間なんて、fictionで見たくもないだろう。

努力をすれば、その分は報われるだろう。
しかし、それ以上は望めないという事だ。

漫画とかである、命をエネルギーにする装置とか薬とかあるけど、とてつもなく安易だと思う。
そんなものがあれば、今の自分はためらうことなく使っているだろう。
もちろん、物語の中では、極限状況にあるわけだから、そうした物で状況を打開するストーリーが面白いんだろうが、それはやっぱり作者の能力というか、努力の放棄だと思う。
キャラはしょうがない。キャラの努力の放棄とは言わない。
作者の努力の放棄、もしくは、世界の崩壊である。

12/3sat
今朝は4時半に寝た。
23時に寝ようが4時に寝ようが起きる時間は同じ。
久しぶりに少し書けた。

書き終えて思ったのだが、おおよそは、自分が見聞きしたことを編集して書いているつもりでいたが、ほとんど自分が見聞きしていないことを書いていることに気がついた。
そのテーマの世界の雰囲気は経験しているが、個々のエピソードなどは、資料や想像を元に描いている。
「作家は嘘つき」と言うのがよくわかる。
「見てきたように嘘をつく」とか。

今回、少し、entertainmentを意識して書いてみた。
「純文学」としては、余計かもしれないし、入れないほうが、面白い所だけで構成できたのかもしれないが、いつまでも、同じ手法でやっていては、進歩がないだろう。
もう、最後に近付いているのだから、かっこつけても仕方ないだろう。


後悔をひきずったままで、力が発揮できるはずがない。

強くなりすぎて、戦闘が当たり前になると、攻撃的になるし、簡単に滅ぶ選択肢をしてしまう。
「自分たち」と言う仲間意識が強すぎて、自分たちの理想を絶対の物としてしまう。
だから、いい人たちが狂ってゆく。

弱音を聞いている時間なんてない。
ないたって、何もいい事は起きない。

人間、そんなに、正しい道なんて、分からんさ。

12/4sun
チャップリンの映画とシェイクスピアの戯曲。

しかし、今やっていることは、すでに寿命を縮めることにしかなって行かないとしたら。
いくら書いて送ったとしても載せてくれなければ、もう、食っていく手段がないだろうに。
何も届かないかもしれないのに。

自分の書いているものは、あらすじが書きづらい。
つまりストーリーがないという事だ。

もう、ただの慰めの妄想をしているのか、小説の構想をしているのか、分からなくなる時がある。

一つ書き終えるごとに、死に近づく気がする。
眠るのも嫌。
12/5mon

自分が犠牲になることでしか、誰かを大切にした気になれない弱い人間。

カッコいい事をして、カッコいい事を言いたい。
それはもう儚い希望。
すべて、fictionに入れ込むんだな。
一昨日、まとめあげたと思ったら、今日、編集の自分が直せ、と言うより、外連味のあるところを削れと。
今日は早く眠ろうと思っていたのに。

12/6tue
前に進む力、過去を乗り越えようとする意志。

12/7wed

beginner’s luckには、それを理解できる人と、できない人がいる。
できなければ、gambleは、当たるものと思い違いをして、のめり込んでしまう。
自分が新人賞をもらったのは、beginner’s luckだったのか。
あの作品で新人賞をもらったのは、実力相応だと思う。
しかし、あの作品を生み出せたことがbeginner’s luckだったのだろう。
はっきり言って、ネタや長さは別として、作品として見た場合、あの作品を超えたものを書けていないじゃないか。
10年も経っているのに。
gambleにはまって、身を崩したのと変わらないんじゃないのか。

何も為し得ずにこの世を去ることをごまかすための方便になっている。
小説を書くという事が。

もう少し、頭を使えれば、どうにでもなりそうなものだが。

自分の生き方は、立派なのか。
全くそうではない。
例えば、あくどさすれすれの商売人や、スケコマシと比べて、じゃあ、どちらが立派とは言わず、ましかと言えば、はっきりいって、分からない。
しかも、自分は何の喜びも手にしていないし、楽しんだという記憶さえない。
この人生を楽しめなかったという点においても、命をまともに使う事さえできなかったという事を示していないか。

今だって、小説書いているというより、ネット見ている方が長いじゃん。
むかし、勉強するふりをして、ゲームやっていたように。
むしろ、勉強するふりをしている時間を浪費していたんだよ。
勉強するふりに労力を使って。
それなら、勉強なんかせずに、部活や恋愛に時間や労力を注いでいた方がずっとましだったわけ。
何もできていないんだよ。

結局誰も救えなかった。


生まれた場所がよくなかった。
やっぱり地域性というものがあるのは、驚くほどである。
性格や性質は、環境による。

自分の見苦しい部分を見て、それを受け容れるのが怖くて、倫理や哲学やその他の妄想にすがったんだろう。
従うものを欲しがる癖は、ありのままの自分を受け容れられなかったから。
見苦しい部分なんて、みんな持っている。
そうした自分でも、誰も嫌いにはならないのに。
たとえば、嫉妬ごときにたえられないで、周りを苦しめたりとか。

ひとりでいて、さみしいと思わなくなってきた。
むしろ、他の連中に惑わされないから落ち着いてきた気がする。

12/8thu

何事も黎明期にかかわれるのがおもしろい。
せっかくネットの、ネットゲームの黎明期にかかわれる年代だったのに。
しかも好きなものであったのに。
今、黎明期のものはいくらでもあるんだろうが、好きなものがどれだけあるか。

12/9fri
人生を振り返れば、「わからなかった」で示せる。

自分は、攻略本を読みながらゲームをするのは嫌いじゃない。
と言うより、攻略本がないと、簡単なもの以外は解けなかった。
そう言うこと。

鳥も含めて、肉を食う気にならない。ポテトチップスは食えそうだから、油がいけないとかではないらしい。

感情的だとか、子供だとかいうのは、何か気に入らないと、ルール内というか、より大きな力で凌駕しようとするじゃん。
そうじゃなくて、別の方向性を示して見せるとか。
違う世界を示すのが芸術家だと思うんだが。
気に入らないと、秩序に収めようとするじゃん。
そのアイデアの出し方は違うと思うよ。
この一週間くらい、何もせずに、ネットだけしている。
しかも、12時間以上寝ている。
早く寝たらその分余計に寝るだけで、昼過ぎまで寝ている。
たぶん、働くのが嫌なんだろう。
その恐怖に混乱しているから、ネットでごまかし続けている。
かといって、覚悟も決めているわけではない。
なら、覚悟を決めるしかないじゃん。
もはや、これから短編を書きつづけよう。とかいうことさえ、生きるつもり、つまりは現実のごまかしでしかないという事。
これからは、こうしてゆこう。と言って、やったためしがない。
何も為し得ない現実の自分のごまかしでしかない。
それは、今までそうやってきた。

そりゃ、死にたくないから、希望の道を見出そうとするわけだけど、
それが現状を変えられない力のままでやろうとするから、妄想でしかない。
それも繰り返してきたこと。

五年前だって、ネットはやっていた。
しかし、早寝早起きをして、大半は英語の勉強をしていた。
あのとき、なぜしていたか。
自分をすべてあきらめて、覚悟を決めていたから。

かりに、これから、作家として食っていけるようになったとして、今の状況の上になるわけだろ。
自分は何も変わらないと思うよ。
何も救えないと思うよ。
知り合い増えるだろうけど。
生きようとする事が、気分をよくするのと、同義になっているし。
要するに、覚悟を決めたふりして、作家になるというのも気分よく生きていたいだけだろうに。
待遇が良くなれば、負の面が出ないだけ。
なんかの隙に、本性が出るだろう。

12/10sat

昨日の夜11時位に少し出たけど、別に寒くなかった。南風が吹いているらしかった。
5年前もそうだったけど、人が仕事しないで家にいると、雨も降らない。
ふっても夜中ばかり。

昨日、風呂に1時間つかっていた。
子どものときや中学の頃を思い返していたが、いろいろと普通じゃない運命だった。
クラス替えとか、配分とか、あとは、ガラの悪い所に生まれたんだな、別に誰も助けてくれなかったな。
目の前で子供が泣いていて、スルーしているってのがすごいよな、あの商店街。
家庭環境も異常だし、それ以上に中学も異常だし。
しかし、クラス配分によっては無事だったはずだから、もし運命というものがあったなら、どうにでもまともな人間を作れただろうに。
運命に抗おうとしたけれど、むしろ予定通りか。
プライドだけつけて、一人じゃどうにも状況を変えられないようにして、
それでおしまい。
ゲームを含めた妄想の逃げ道も与えて。
自分が他人を頼らないというのは、恥ずかしいという以上に、助けてもらった経験がないからだと思う。

始めから実力がなかったのなら、それなりの生き方をしていただろうけど、
始め、実力があって、いずれエリートになりそうだと思われていたわけだから、中学に入ってからの扱いが、カルチャーショックだったわけで、その混乱を収められないまま脳の発達過程が過ぎて行った。
昔成績が良かったが、勉強した記憶があまりない。
その後のろくでもない状況で脳が耐えきれなくなったんだろう。
脳は、しょせんは化学物質でできていて、どうにでも変化してしまう。

世の中に貢献する義理はない。
どうして、今までの境涯で、まだ普通に生きようとするのか。
真面目にやろうとするのか。
扱いが悪くでさみしかったんだろうけど、でも、もうその癖はやめた方がいいよ。

何より、嘘をついている。
この世界に腹を立てているのを偽っているからおかしくなったんだよ。
嘘をつける人間ならいいけど、嘘をつけないんだから。
妬みと怒りにまみれている状態で、他人を助けるだの、他人の役に立つだのしたところで、隙あらば自分の欲を叶えようとするだろう。

状況を受け容れられないのがカルチャーショックなんだよ。

少し前、引っ越しなんて無理だと思って覚悟めいたことを言っていたが、
ここにいるという事は、この状況の中で生を終えるという事だが、それをわかっているのか。

今日は6時間睡眠で何とか起きれた。
最近、どうしたって早く起きれなかったのに、こういうことを考えて、早く起きれたという事は、そう言う事か。

ほんの少し、運命が良い方向にずれていれば、この景色は見ずに済んだのに。

今迄の仕打ちを鑑みて、それでまだ、希望をもつて、生きていこうとするのは、精神が病んでいる。
なぜ、すねないのか、不思議でならない。
その分どんどん性質が歪んでいったのに。
だから、今の状態で、食っていけるようになったとしても、同じことを繰り返す。
それは今まで手示しているだろう。
何回やっても変わらないよ。
救いはなく、最後に都合のいい解釈を持ち出してこの世界を去るだけ。
人間らしいと言えば人間らしいが。

あの、今の状態と、歪む前の状態を変わらぬものと思い違いしていないか。
全然違うからね。
どうにもならない状態なんだよ。
現実できるのって、労働する事じゃん。
しかし、それをしたから、状況がよくなるの。
何より、自分の歪んだ性質が元に戻るの。
戻るわけないじゃん。
そんな、一般的なやり方で。
世俗的に、何とか普通以下の暮らしができる可能性が残っていたのは、編プロの頃だろう。
すでに20年。どうにもならず。
狂い始めてからは、30年。
怖ければ、死を先延ばしにするために、労働をするだけ。
だからと言って、人間らしいことができるわけではない。
ただの、先延ばし。
帝国海軍がミッドウェーで油断から負けた上に、一航戦と二航戦を失ったようなもの。
まだまだ艦艇はあるから、継続はできる。
しかし、すでに戦術的勝利はなしえても、戦略的勝利をなしうる力はなかったんだよ。
すでに政治も機能していない。
しかも、工業的技術的に背伸びしてやっていたから、失ったらそれでおしまい。
代わりはいなかったわけ。
それと変わらない。
考えたって、どうにもならない。
状況を変えるような、工業力、技術力、また政治力もないじゃん。
負けを知りながら、認めるのが恐ろしいから、燃料が切れるまで続けるしかなかった。
いま、すでに政治は機能せず、戦略的勝利に結びつける実力もなく、仕事をすれば、それなりに重宝されるだろうが、それは戦術的勝利のようなもので、大勢に何の影響を与えはしまい。
ハルノート」は拒否した。
すべては仕組まれた脚本通り。
ふりかえれば、感心しちゃうが、何度も「ハルノート」は受け入れようとしたはずが、毎度、その直後に受け容れ前と後で内容が違っていて、拒否せざるを得なくなるという。
しかも、今は、帝国海軍で言えば「ミッドウエー直後」じゃないからね。
「レイテ」が五年前なんじゃないの。
空母は軽空母が残っているだけ。しかも、すでに艦載機がないという状態。
旗艦「大和」は残っているが、すでにそれを生かせる編成を組めず、特攻にもならぬ蕩尽としか思えぬ「作戦」をしただけ。
艦艇を出せば、次々沈んでゆくだけと言う。
この30年間、そんなんはっかりじゃん。

自分から見たら、周りの者は、「ミッドウェー」の時の主力艦隊のようなもの。
機動部隊から離れて、全滅するの見届けて帰って来たようなもの。
三者として見れば、「お前らは何をやっていたんだよ」となる。

「ミッドウェー」「ソロモン」が中学高校だろう。
それから、現実を見ないようになる。
44年に入っても、まだ半分近く残っていたわけだけど、
すでに運用能力がないし、米はどんどん作ったうえに、技術も伸ばしていたった。
当たり前だよな。ファインマンクラスとかが、若手の研究者なんだもんな。
勝てるわけないじゃん。
それで一年でほぼ壊滅。
戦艦や重巡はけっこう残っていたけど、それだけじゃどうにもならない時期に差し掛かっていた。

大和たちの特攻が終わってから、七月いっぱいまでは、非常に平穏な日々が続いていたらしい。
艦載機もないし、燃料も弾薬も乏しかったし、米は沖縄に侵攻していたかららしいが。

世界を相手に、闘う気満々だったけどね。
相手が悪い。
ヨーロッパならば、まだ、騎士道精神が残っていたが、米は、史上初めて白人、しかも同朋に向けて機関銃を使用した民族だし。
「合理的」過ぎるんだよ。

それと似てるわ。育った環境にいた連中が。
助けてくれるわけないし。

勝とう勝とうと欲ばかり、「この状況から、どうやって、立て直すか」ばかり。
建て直すんじゃなくて、既に失ったものを踏まえて、何を始めるかだろう。
で、それが可能だったのは、編プロが最後。
プライドを捨てて、大学行くにしろ、編集者としてやっていける力をつけるべきだったのに、自分の欲ばかり。

始めてしまったわけだ。勝てるわけがない戦いを。
表に出てた「ハルノート」はまだまし、裏のものは、死を告げるものだった。
じゃあ、戦うしかなかった。
最初だけ、度胸とセンスで勝てたのは。

大事な人と思って、救おうとしたことも、龍驤や瑞鶴を沈めた作戦と似ているわ。
撤退作戦と、おとり作戦をやったようなもの。
役割は果たしたが、機動部隊は壊滅。
それ以上に、最高性能の空母を失い、制空権を失い、同時に回復する手段も失ったという事だ。
その時点で、「降伏」しようにも、会談の手段を失った。
それで、次、まだ戦えるという歓びでやってみたが、次々と沈んでいったようなもの。
まともな闘いにさえならなかった。
と言うより、自分の世界が滅びに向かっているのを見ながら踊り続けたようなもの。
絶望の空の下、希望の花が咲いていた。
そして、空を見ないようにしていた。

「降伏」したところで、すでに、失ったものを取り戻せるわけではない。
残ったもののうち、役に立ちそうな物だけ残して、後は「解体処分」だろう。
もう、誰かの為とか、自分が悪いから、とか、そういう問題じゃない。
「何々だから頑張らなくちゃいけない」とか、そういうものはすでに失せた。
ただの欺瞞だったわけだし。
「生きている限りは」とか、そんな御託ももうたくさん。

できる事をやり遂げたのだろうか。

なんか、2月か3月から仕事して、それまで小説書いていようと思っていたが、どうでもよくなってきた。

可能性を追っていたんじゃなかろうか。
可能性を追うんじゃなくて、現実を見なければならなかったのに。
可能性にすがって、現実をごまかしていたんだろう。

12/11sun
自分の考えていることは、いちいち間違っている気がする。
もう、分からなくなっている。

しかし、そこまでして生き残った先に何が残るんだろうな。
覚悟という名の愚行。
自分の意志で憎しみを振り払う。その上で、意志を保つ。

優しすぎたから、世界の理不尽に耐えきれなかった。
心が悪しければ、そもそも成し遂げることはない。
いつか引き継がなければならない。
欲張ってはならない。

マニュアルではなく、理論ではなく、自分が正しいと思った事をやるのが人間だろう。

恥ずかしがり屋だからね、うまくやりたがるけど、かっこ悪くても、自分の気持ちに従えばいいんだよ。

今迄状況から逃げ続けて、最後の逃げ場所を求めているだけ。
生きている限り、気分良くしていられないから、あの世に逃げるのか。
楽しかった思い出も、憂いかった出来事も、すべてなかったことにしてしまいたいのか。
情けない。本当に弱いな。

楽しかった思い出と、嫌な思い出の比率は1対9以下かもしれないけど、
楽しかったという気持ちは、ただの数感情なのかねえ。

今生きているんだから、生きたいと思うのなら生きていればいい。
一緒にいたいと思う人がいるのなら、生きて、ともに進めばいい。
しかし、それがおらんねん。
この世を去ってもよい状態にあるのがすごいけど。

感情的すぎる。
境涯はあっただろうけど、どうしてこう感情的になったのか。
小学校の時から、すでに感情的だったし。

悪人では役に立たない。善人には耐えきれない。
そう言う世界に生まれたんだよ。
だから、みんな歪んでしまう。
歪められたのは、自分だけと思うのが大間違い。
皆、歪められてしまっているんだよ。
感情的で、嫉妬と怒りに突き動かされて、自分を見失っている。
哀しみを抑え込んで、もっと悲しくなっている。
それもわからなかったことの一つ。

他人を怖れているから、責められる覚悟の最善策より、命を捨てる方を選ぶよな。

だめだ、今日も昼過ぎまで寝ていて、起きてからも何もできなかった。
本さえ読んでいない。ネットしているだけ。

12/12mon

滅びが確定してから、7年。

今となっては、妄想だが、結局サラリーマンが向いていたのではなかろうか。
他人をおそれていながら、他人の優しさを欲しがっているところがある。
自分一人で努力をするタイプではないが、仕事と言う理由があれば、存分に仕事をする。
サラリーマンも事務ばかりじゃない。
漫画やゲーム系の会社で、編集なり、企画なりをしているのが向いていたと思う。
都心近くの柄のいいところに住んで、通勤30分以内にすれば、苦手も克服できただろう。
そうして、機会があれば、フリーでの仕事を増やしていけばいい。
そう言う妄想。
それでよかったのかね、人生は。
割と秩序が好きだし。
と言うより、死ぬほど勉強するしかなかったと思うよ。

結局人のぬくもりが欲しかっただけ。
fictionにまで、嫉妬している。

なんか、統計とれるほどではないのだが、自分から好きになったのって、擦れているのが多かった。
好かれるのは、普通の家庭の御嬢さんだった。
人を見る目がないんじゃないのか。
欲にまみれているからね。

感情的だが、他人に対して攻撃的になった時は、いつも苦しかった。

そう言えば、「体力勝負」の時も何回かあったな。
本当に体力が欲しいと。

また、うまくいかないことが怖いんだろう。
また、自分の見苦しい部分が露わになるのが嫌なんだろう。
でも、つまづいたら立ち上がるのが人間だろう。
人間はそうやって、人間になったんだろう。

つまづく度に、その度に立ち上がる。
それ以外にやりようがない。

自分で自分の事がわからないのに、わかってほしいって、思っていたんだよな。

世の中にあふれる職業、ペルソナのつもりで戦っているうちは決して勝てない。
自分を見出さないと。

12/13tue

全然強い心になれない。

他人のために生きることも無理だし、他人を利用することも無理。

自分のことがわかるようになるころには、人生に飽きているだろう。

誰が何と言おうと、自分が好きなものをつくるしかないと思うんだけどな。
編集が指示を出せば、それはその時に従えばいいんだし。

しかし、自分が好きなことどころか、なににしろ、褒められたくてやっていたんでさえなく、怒られたくなくてやっていただけだから、それが無くなれば、ほっとするだけで、何かを遣ろうとはしないんだよ。
何かを成し遂げたとしても、ほっとするだけで、喜びとは違う。

いっつも苦しむのは、能力がなくて、弱い人じゃん。
結局強くて、実力があるやつは、頼られるし。
がたいがよくて頼もしいやつはちやほやして。
と言うのが、フィクションのパターン。
大方の人びとにとっては、リアルで叶えられない物に感情移入できるから受けるのか。
やはり、主人公は立派なものでないと、感情移入ができず、脳が落ち着かないのだろうか。でも、そういうものを称賛している限り、脳がそのような陳腐な価値を持つようになるわけだから、
この世界は一向に歪んだ儘になるだろう。
今迄、そういうものに反発して書いてきたが、通じなければ意味をなさない。

何遍生まれ変わっても、何度職をかえても同じことを繰り返すだろう。

自らの努力が結局できなかったな。
与えられた仕事に対するものはときどきできたけど。

12/14wed

昨日、夜中の2時半くらいに雨が激しく降り始めて、夜明け前に止んだ。

自分を簡単に表すと、器が小さい。
間違っていることが分かっているのに、自分から認めないし、
新しい人とかかわる時に、自分から行かないし。
気分よく生きていたいと思っていた。

勉強もしなかったし、友達もできなかったし、普通の高校生活がよくわからなかったし、男子校に行ったデメリットしかなかったな。

どうして、あの家庭環境、地域で育って、自分は大丈夫、一人前の立派な人間になれると錯覚したのだろう。
尊敬されるような人間、社会的なものを持って余裕で暮らしいてる人間になれるとどうして思い違いをしたのだろう。
どうして、環境さえ変われば、苦しみは終わると思っていたのだろう。

何度やり直しても、人生、暇つぶし以外にやりようがないだろう。
なら、それを受け容れるしかない。
まともに食っていければそれでよかったはず。
義務感や使命感に駆られて、しかし義務や使命というものがあったとして、果たしてそれを果たせるようなちからがあると、どうして錯覚したのだろう。
義務や使命など感ずることはなかったのだ。

作家は、他人の事を勝手に妄想できるタイプが向いているらしいが、
自分は、自分の事ばかり妄想している。
自他ともに客観的な視点になれるかどうかだと思うが、
自分は、自他ともに主観的になってしまう。
この感情のゆらめき、長所と短所、光と影が一体になったものは、主人公タイプなんだが。

まあ、運命のせいにする。環境のせいにする。
原因がもうわからなくなっているという事だから、末期症状だな。
自分の能力の無さを嘆くだけで手立てがもうわからない。

12/15thu

結局プライドだけ高くて、範囲内で自暴自棄になって、どうしようもない。
親のようにだけはなるまいと思って生きてきたのに。
恐ろしい限りだな、性格と言うのは。
親を憐れんでいる場合ではなかったのに。
上下関係や力関係でしか、態度を決められず、他人を見下している。

同じ土俵で戦ってはいけなかったんだよ。

伝統行事の復活もアートだろう。
今さらだが、芸術学科に行って、作品を作らないアートをやってみたかった。
例えば、その町の少女たちに提灯持たせて、歌を唄わせながら夏の夜に街を練り歩くみたいな行事はどうだろうか。
古今東西の民俗行事も詳しくなければならないし。
そう言う、真面目な建前で、他の人が思いつかないような企画をやるのが向いていると思うけど。
少しホラーで、少しユーモアで、美しくて、温かい行事。
都市伝説を人為的に作って、電燈にしてしまえば、そのうち、本当の伝説になる。
「作られた伝統」を意識的に作るんだ。

小説家は、意地が悪くないと難しいし。
あと、あまりに主観的だから。
しかし、たとえば、ある街を舞台に、架空の伝説を描いて、それを現実に持ってくるというアートも成り立つんじゃないのか。
風土を調べれば、伝説はあるだろうから、それを脚色して、別にその伝説そのものを描かなくても、
高校生たちの描写に入れ込むとか。
街起こしにもなるし。
もちろん、今となっては、妄想だけどな、こういうことを30年前に考えるのは、どうしても無理だったのか。
こういうのも、30年前なら、自分の道としてリアルの物だったんだろうが、今は、嘘。

「そうね、あっというまだったね、あんなに苦労して歩いたのに」夜のピクニック
自分の人生を言われているよう。
そもそも自分の人生に負い目があれば、それを解釈したり、埋めようとしたりするわけで、そう言うものを俯瞰でみられるようなものでないと、作家は難しいんだろう。

普通の文芸、直木賞系のエンターテイメントを読んでも、楽しめない。
自分の人生の失敗が浮き彫りになっていくだけ。
これは感情移入とは言わない。
もともと、作家になろうとして、本を読みまくったが、新人賞貰ったあとぐらいからは楽しむことが無くなり、自分の人生を考える材料になっていた。
それは今も変わらない。
こりゃ、読んだってしょうがないかもな。
SFとか、漫画とか、全く違う世界の話なら面白いんだが。
境涯から逃げているのに、どうして、境涯を思い返すようなことをするのか。
いちいちさ、自分の育ちの悪さとか、性格のゆがみとかを指摘されているようで、どんどん自身が無くなってゆく。

自問自答なんて、ばかばかしいぜ。
結局、何もせずに、去っていくなら、仕事をしていた方がまし。

デザイナーが向いていると思う。
作家をやるには、感情的すぎる。
手を動かす仕事、それによって、自分を忘れられる仕事をした方がいいと思う。
フィクションだと、そういう自分に立ち向かって、克服するんだろうけど、
それは、本人も周りも力がある場合だけだろう。
やるなら、ゲームか、漫画の原作になるようなものを。
自分がおもしろいと思う物をやらないと。
有名な作家の感動話よりも、艦これのほうが面白いんだから。

この境涯を憎んでいる。

たとえ、フィクションにおいて、人の抱え込む葛藤がほどけたとしても、たとえ、励まされたとしても、(それも実行済み)現実って、そんなに簡単に救われないじゃん。
フィクション読んで、感動して、励まされて、元気になって、残ったのは、変わらない現実でしょ。
慰めにしかなっていないのに、なんで評価をするんだろう。
自分を救うのは、現実の仕事であって、はっきり言って物語によって救われたことなんでないよ。
心が動いたって、何回動いているのよ。
本をあれだけ読んで、あれだけ考察して、今どこにいるのよ。
今仕事はなんなのよ。
それがすべてだろ。
逃げであり、プライドを保つための方便ばかりだったんだよ。
何も変わっていない。性格も、性質も人格も、自我も、表情も、笑い方も、泣き方も、歩き方も、姿勢も。
何一つ、あれだけの時間と読書と考察で何も変わっていない。
年月が過ぎて行っただけ。

12/16fri

他人の小説を読んでいて、発想は面白いけど、結局陳腐なものに感じてしまうのは、
自分が楽しめる境涯にないか、小説というものが欠点を抱えているか。

どうしたって、コンプレックスは消えやしまい。
どうにもならない。その方向でやって来たけど。
とくに、まともな結婚に失敗したというのは、ぬぐい切れぬコンプレックスだと思う。

恋愛や愛について語れるわけがない。

そもそも宗教学やったのつて、メガテンに感動したわけなのに、なんで、ゲームに進まなかったのかと言えば、コンプレックスをなくす方向に走ってしまったからだろう。

昔、テレビは、コマーシャルばかり見ていた時期があったけど、
人の情念みたいなものを見たくなかったというのがある。
それは、バラエティだろうが、ドラマだろうが同じで、
とくにドラマは、人為的に情念や心理を描いていたのでコント的なもの以外は見なかった。
コントは、言葉や間をコントロールしているので、人工的な空間が、不自然ではなかったので、安心してみていた。
自分の言葉の間は、コント出て来ていて、映画やドラマではない。

その人が良く行く店で、その人とうまがあうかがよくわかる。

とにかく、自分が明るくなれることを遣ったらいよ。
曇ったところや、擦れたところは似合わない。
文学は、言葉で紡ぐものだが、
自己嫌悪も嫉妬もやはり言葉で刻まれてしまう。
今の自分は、本当は、あまり言葉を使わない方がいいんだろうが。

育ちの悪さは、どうしようもない。
やるなら、みうらじゅんとか、佐藤雅彦さんとか、ああいうものをやるしかないんだが。

人びとは、私が思っているよりずっと、自分の事しか考えていない。
わたしは、人々よりずっと、自分の事を考えていない。だからといって、人の事を考えているわけでもない。

やっぱ、音楽か、美術だな。
作家をやるにはやさしすぎる。
小説読んでいて、本当に陳腐なところで泣くよな。
逆に向いてるのかと思うくらいだ。
その反面、少女漫画に出てくるような登場人物には、嫉妬するし。

すべては、めぐりあわせ。人も時代も、

12/17sat

子どものときは何をしていたんだろう。
商店街の子と遊んでいたり、野球や壁当て、植物や虫を観察していた。
地質学者にでもなったらよかったんじゃないですかね。
世界中をとびまわって、自分の境涯と向き合わなくていいような仕事が向いていたと思う。
ドリルは解いていたけど、あまり勉強していた記憶がない。
別に物語を読んだ記憶がない。
バーバパバとか、絵本は読んでいたけど。
他にも図書館に行って読んだいたけど、内容を覚えていない。
乱歩もグリとグラも。
あと、住まいの設計とか読んでいたわ。
こういう子は、何に向いているんですかね。
たとえば、こどもの頃は、建築学科に行くつもりだったけど、
そのために十分勉強しなかったし、そもそも中学に上がったころには、建築関係の本も読まなくなっていた。
ゲームや漫画をやり始めたら、そっちの方がずっとおもしろかったから。
で、成績下がり始めて、状況もよくなくなったんなら、原因はゲームと漫画じゃないのか。
世界から逃げ出したのが原因だろ。
世界から逃げ出したら、自分の事もわからなくなるというのに。
ゲームとか漫画とかは、むしろ世界にしっかりと自分の場所がある人ならいいものになるだろうが、
そうでない場合は、その人の性質をどんどんずらしてゆく気がする。
ぬるま湯の中の蛙。

結局、成績下がったのって、勉強しなかったから。
物理だって、力学は全然だったけれど、電気は平均越えていたし。
力学は、塾の学生の講師バイトに「力学方程式だけ覚えていればいい」と言われたのを真に受けたから。
感情的と言うのは、一面、素直という事で、人間相手の仕事は向いていないような気がする。
生物は無理だから、鉱物とか、地質学者が向いていたろう。
世界中をめぐれるし。
ただ、あの環境で、都立大の地学科に入れるほどの勉強ができたかどうか。

ただ、世界中を旅して、常にアウトサイダーでいるというのは、性格とマッチしている。
ずっと、アウトサイダーに気づかずに、自分の場所を求めていたから、こうなったわけだし。

しかし、小説読んでいるなら、地質学の本読んでいた方がまだ役に立ちそうな気がする。
後、デザイナーさんの話とか。
たぶん、空想癖じゃなくて、現実的なんだろう。
現実的なのに、現実から逃げ続けた来た。

理想は、佐藤雅彦さんだったか。
あの人は、電通で営業部にいた時も、自分で人工知能の勉強していたらしいし。

しかし昔は受験勉強すべき時に、漫画やテレビやゲームをやり、仕事すべき時に大学行ったり、新宿をうろついていたり、今は、小説書くべき時なのにネットをやっている。

一体、高校の時に何をしていたのか、何かに憧れて、水泳部に入って、きつかったからか、何なのか覚えていないが、すぐにやめてしまって。
授業聞かず、まあ、宿題くらいはやっていたんだろうけど、どうせ、それも教科書の丸写しとかだったと思う。
放課後に遊ぶこともせず、夕方から塾に遊びに行っていただけ。
要するに、行くところがなかったというよりも、自分は居場所があるという事と、勉強しているから何の問題もない、と言う虚構をただ作っていただけ。
本も読まなかったし、映画も見なかったし。

たぶん、中二くらいから、高校の三年間で、緩慢な劣化をしたんだと思う。
それですべてが分かった気がした。
その後の2年間の浪人生活、本当に何もせず、予備校に授業料だけ払って、一度も授業に出なかった。
それもすごいけど。
で、何してたんだろう。代々木には行っていた気がするが、何もしなかった。
自分の時間を捨て、可能性を消し、能力を鈍らせる、そう言う事を十代後半の6年間をかけてやっていたんだろう。
いわゆる「リビングデッド」じゃないのか。
だから、何もやりたい事も浮かばないんだよ。

今だって、期間は決まっているけど、何もせずに小説を書いていていいなんて、なんて幸せと思うはずなのに、実際は、昼近くまで寝ていて、半分以上ネットをしているだけ。
生きてはいるけど、精神的には自分を消そうとしているんだよ。
十代の時に。
よく小説とかであるじゃん。
自分がすでにこの世にいないことに気づいていない話。

CMばかり見ていたのも、世の中を見たくなかったんだろうし、j‐waveを聴いていたのも、意味の分かる言葉を聞きたくなかったんだろう。
徐々に自分を消していったんだろう。
それほどいやだったんだろうな。

脳の構造がそうなってしまっていると思う。
基本的な欲以外に興味がある物がないというのは、リビングデットだろうに。

まあ、十代、二十代、そして三十代も、人として経験すべきことをほとんどしてこなかったんだから、そう言う意味でも「リビングデッド」と言える。
クローンみたいなものだろう。
人格が形成される十代半ばの時期にそういうことをしていたんだから、人格なんて形成されなかった。
記憶喪失みたいなもの。
データだけ入っているだけで、すかすか。
自分ならではの青春の思い出なんてほとんどないし。
これが自分なんだという基盤ができなかった。
そういう不安から逃げるために、漫画やゲーム、今はネットをやっている。

そう言えば、口調とかも、すぐに他人の影響を受けていたし。

逆に考えると、意志とか、心とか、精神力って言うのはたいしたものなんだな。
好きなもの、興味がある事があるだけでそれは十分な能力。

感情的なのは、こどもの頃からだが、すぐに感動するのも、脳の構造の問題な気がする。
しかし、二十歳くらいから、道歩いてイラついたり、部屋で耳を塞ぐようになったのは、
やっぱり人として持っていた何か防御的なものが崩れてしまったんだろうな。
それまでの緩慢な自分を消すことがその頃で一定水準を超えたんだろう。

もしかしたら、オーラとか呼ばれているものも、脳の構造と関係があるのも知れない。

メルヘン的なものに興味がわかないのも、心がいかれているからかもしれない。

先の事ばかり考えていた。今もそうだけど、それは、「リビングデッド」と矛盾した行ない。
今、生き延びることだけを考えればいい。
今、何をしたら楽しいのか。
何をしたら、闇を振り切れるのか。
人を助けたいんじゃなくて、自分が助けてもらいたいと思っている。

昔、「芸術的な性向で、事務的なことをやりたがっているから向いている職がない」と言われたが、
それは、クリエイターとして会社勤めをするってことだろう。
一度やったら、うまくできたじゃん。
適性をわかった。まあ、今さらだけど。

ずっと、自分がすでに緩慢に自分を消すことをしていたことを心の奥底に鎮めていた。
そして、心の奥底の恐怖に気づくまいとして踊っていた。

ミステリーで何かが解決したとして、その解決はその物語の中だけで読者の現実は何も解決していない。

七歳まで記憶がないが、それまで幸せだったのではなく、もしかしたら、思い出さない方がいいのかもしれない。

人の情念に対する防御機構のようなものが失われている。

人のまねばかりしていたのは、自分がなくなっていたんだから、当たり前か。
必死で自分というものを探し求め続けたんだろう。
とっくにいなくなっていたというのに。

そうか、本来、十代半ばから、脳の完成まで空気を読むための部位が完成するらしいが、
自分はそれがうまく完成したとは思えない。
だから、その後も人付き合いがうまくできなかったが、それ以上に重要と思えるのは、その部位は、子供と大人の決定的な違いを司る部位なんだろう。
記憶や論理は、子供だってできる。
そして、その部位は、空気を読むというよりも、感覚を鈍くし、ショックを和らげるための部位なんじゃないかと思う。
有名な作家で、恐ろしい描写をただストーリーのために入れている人があるが、とてもじゃないけど、まねできないし、驚いてしまう。

12/18sun
夢は、地質学者。でも、飛行機のエコノミーに乗れないかもしれない。
少し現実的な夢はアーティスト。アートの手法で、地域や組織を活性化する。
奇跡が起きたとして、ゲームの企画やシナリオライター、または漫画の原作か、デザイナー。
実際は、うまく行って、編集。
普通以下なら、ただ食っていくための簡単な仕事になるだろうな。
この程度だよ。
心の防御がない人間のやれることなんて。

やさしさがない、つめたい、と言われようが、おれはどうしても嫌だった。
あいつの言葉は何一つ受け取りたくない。

12/19mon
自分の持っている感情の中で、最も強いのは、歓びでも哀しみでも好奇心でもなく、羞恥の念。恥をかきたくない、と言う念が先立つ。
やりたい仕事や好きな人との関わりも、恥をかくくらいなら、やらないという性格になってしまっている。
それじゃあ、微笑みかけてこなかろうと思う。

自分は、自分を漫画の主人公として見ていたのだ。
周りもまた、自分の事を主人公として扱っていた。
普通の人は行かないような、例えば富士山や修行に行き、
たとえ危険でも、人のやらないことをやらねばならないと思い込んで、
自分の性質も顧みずに合わぬことをするというロマンを漫画の主人公のロマンに重ねあわせて、可能性に昂奮していたのだ。
そうして、常に、人とは違う事を選び行うことを自らに課さねばならないと思い込んでいた。
危険を顧みなければ面白い体験はできない。と。
しかし、その実、唯のネタ集めをし続け、他人の世界に入り込んで、しかし、他人は他人のまま。
慢性的に自分を消し去るようなことをしていたようなもので、やがて、自分がもっているものも薄まってゆく。
面白い話は、他人の物であって、自分の物でない。
自分の人生は、退屈で幸せなものであってよかったのだ。
多和田さんの「雲をつかむ話」を読んでよくわかった。
まあ、自分の場合は、恐怖があって、必死で自分の扱いをよくしてもらおうと考えた果ての事だけど。
ふつうにしていればよかった。
よく言われたな。「ふつうにしていて」と。
「攻められるのが嫌」なら、最もよいのは、徹底して「普通」になる事だけど。
「普通」にしていて、うまくいかないなら、それは自分のせいではない。
「ふつう」というのは、神道学科じゃなくて、明治か多摩美の二部ってことだよ。
「ふつう」に自分の適性を見て伸ばせばいい。
自分が大切に扱ってもらえるところに行くのは「ふつう」だろう。
「ふつう」が上品なんだよ。
自分の事を「ふつう」に扱うという事。
その「ふつう」は一般論や人のやり方に合わせるという事ではない。
自分で自分に見合った事をしていく。
それが「ふつう」ということ。
それで、十分に人と違う、個性的な人生になるだろう。
なんか、「普通論」とか書けば売れるんだろうな。
そうしないのは、ロマンだが、それは、致し方のない場合だけで、
自分から行くのはロマンではない。
それは漫画や小説の構成をみればわかるだろう。

12/20tue

一番楽で自然な事をする。

ストーリーを作ろうとしているけど、もうやめよう。
無理なものは無理。

恥をかくのが嫌だった。
見下されるのが、責められるのが嫌だった。
その恐怖がすべての行動の底にあった。
それは、好きなこと、やりたいことを上まわる。
この恥をかきたくないという恐怖と、些細な事で逆上する精神と、
自分を大事にできずに好きことをできぬ意志と言う三つの事が現在の性質をあらわしているし、
これは、こどもの頃からの緩慢にじぶんを消し去ることのなしえたことであり、今現在であっても、
これらの性質を抑えなだめるような環境にはないと言う状況が運命というものを示しているように思う。

12/21wed

仕事をしないと何をしていいのかわからず、ネットをしているだけ。
小説は、依頼されて書くならいいが、そうでなければ仕事にはなっていない。

ひょっとしたらと言う希望だけで30年生きて来たようなもの。

学校からの逃げで、塾へ行き、勉強の逃げで投稿をして、環境からの逃げで、結婚をし、仕事からの逃げで小説を書く。
すべて逃げだから、存分にやれる状態になってもやらなかった。
浪人したのに、勉強しなかったし、今だって、書いてないじゃん。

小説書き始めたのも、物語が好きで書いたわけじゃなくて、
理不尽な事の持って行きどころとしていたんだろう。

「ごめんなさい」って言うべき唯一の人間は、自分だろう。
12/22thu

今の自分にできそうなことは、規則正しい生活をして、自然に振る舞えるようにルールを守ることくらい。
それで、自分に対して、何も埋め合わせができるとも思えないが、始めから背伸びしなくてはいけないような仕事は難しいと思う。
性格からして。

どうしても、他人に対する恐れが消えなかった。

日本は、世界でも暮らしやすい国なんだろうけど、それでも難しいか。
まあ、自分のようなのがここまで生きてこれたのも日本と言う国がいかに暮らしやすいかを示してはいると思う。

ネットをやっているよりも、小説を書いている方が楽しいのに、ネットをやってしまうのは、どこかもういかれているんだろう。

すでに「小説家になりたい」と言う言葉が嘘になってしまっているとしても、その言葉と心中するしかないんじゃないかな。
全滅すると分かっていても、最後まで闘いをやめられなかったように。
人間は、この世を去ると知っていても、盾は外せないものだろう。
「小説家になりたい」との盾の内でもののあはれに向かうのだろうな。

12/23fri

昨日から書き始める。

やらないのは、意志の弱さがあるが、それはどうにもならないとして、一人でいるからやらないんだよ。
活躍できるの時の仕事ぶりや勉強ぶりは、信頼できる人たちがいたから。

人間は成長しない。スキル的なものは上がるだろうが、
性質や性格とか、人としての能力はレベルアップなんてしない物だと分かった。
中学の頃と変わっていない。
成長することを見込んで選択すべきではなかった。
例えば、浪人なんてしたって、偏差値が変わるわけじゃないし、同棲したって、仕事をしたって、精神が大人になるわけじゃなかった。
何かやれば、時間が経てば変わるというのも間違っていた。
18歳の状態が自分の偏差値であり、実力。それ以上上がることを前提にしたのが間違いだった。

嫉妬の感情が強いが、作品について考えるのも、自分が作るようになったからだろうか。

これって、この世を去るのは確定していながら、それまで何もすることがない状態なんじゃないのか。

イラスト描く人を見ていると、一年で上手になる人が意外と多い。
自分はどうして、小説を書くのを上手にならなかったのか。10年もかかって。
耳塞いで。ネットをやっているのも、目をつぶっているようなものだろう。

小説を書き上げたところで、売れるとも思えないし、
もう、食っていく手段が。

「哀れなこの魂」とは、よく言ったものだと思う。
詩を書いたらいいんじゃないの。自分の事。

12/24sat

昨日、風呂上がって、いつものごとく強迫神経症で足とか洗い直したんだが、その時に「誕生日だというのに何をしているんだ」と落ち込んでいたが、
蒲団にはいってしばらくして、「爪を切るのが後になってしまったな」と思ったら、「あ、そうか、誕生日明日だ」と気がついた。

あとどのくらい時間があるのか知らないが、
やることと言えば、簡単な仕事をして、プライベートは自分を慰めているだけになると思う。
実力、実績から言って、それが一番可能性が高いと思う。

小説家だって、ほとんどはデビュー作で何らかの賞を撮っているか、注目されている。
自分だって賞を撮っただろうと思うだろうが、たいてい、デビュー作を本にしてもらっているのだよ。
デビューしてから、何年も、10年以上注目されずにいた人で、有名になった人はいない。

イラストレーターだって、デビューしてからうまくなる人だけが生き残っている気がするし。
それはスポーツでも仕事でも同じ。
新人王だけ取っても仕方がない。

自分が「優しい」というのも、心の弱さと裏腹なだけ。
ココロが弱い事を自覚しなくてはならなかった。
今さら遅いが。

というか、何もかもがすでに手遅れ。
「小説を書く」という幻想と心中する以外に手立ては残っていないよ。
幻想だから賭けにもなっていないけど。
小説で食っていくなんて、もう無理だと分かっているのに、他にやれることがない。
帝国海軍の1945年のようなもの。

民俗学漫談とか、詩を書いてみたけれど、何にも反響ないし。
知り合いでさえ、コメントなしだし。

わかっているのに努力ができないという実力。
こういう状態になる事は、5年前にもわかっていたはずなのに、大した努力をしなかった。

夜に買い物。
早稲田文学が来ていた。
「快楽の館」特集。
タイミングがずれているのは今に始まったことではない。
12/25sun

すんなりできることってなんだったろうか。
編集アシスタントか。
アシスタント全般か。

高校の時、美術のポスター作りで、教科書ほとんどそのまま描いて出したけど、
そういえば、小学校三年か四年くらいで、『好きな絵を描け。たたし、他の人と同じものは書いてはいけない』
という、よく考えると、同時に書かせる以上、矛盾が生じる課題が出たが、
自分が雪だるまを書いたら、それを見て、別の人が雪だるまを書いて、まあ冗談なのかもしれなかったが、
「自分が先に描いた」とか言い出して、自分は泣いてしまって、先生は、仕方なしに別にいいと言っていたが、
なんというか、いちいち感情的なのもあるけど、なんでああやって、人を苦しめるやつがいたんだろう。
あれが無かったら、もう少し美術に対して前向きだったかもしれない。
あれで、自分なりの物を作る気が失せた気がする。
それて、中学の時は、木箱を作るんだが、皆が皆彫刻をほどこしていたのを自分だけ一切彫刻せずに、他人の三倍ニスを塗り重ねるいう作品を作ったことがあった。
それなら「真似」も何もないだろ通という事だ。
しかし、高校のときは高校で、自分はすでに中学以降、絵を全く描かなくなっていたんだが、
書く場合は、教科書丸写し。
木の彫刻をすることになって、角材を用いたのだが、自分は誰のも見ずにやっていて、自分なりにうまくできたと思っていたら、「真似しただろう」と言って来たやつがいた。見ても似ていなかったんだが、あれで、さらに嫌になったと思う。
そして、どうして、ああいう連中が生きているのか、不思議でならない。
自分以上に苦しんでいるのならわかるが。
で、この間の仕事場でやったら、絵もデザインもできたんだし。
もしかして、自分がデッサンだけ得意だったというのは、デッサン以外をやるとごちゃごちゃ言われるから嫌になったんだろうと思う。
「もったいない」というのは、自分の判断で諦めることじゃなくて、あったはずの可能性を他人に邪魔されたことを言う。

自分は、からかわれるのが異常なまでに嫌だった。
学校の奴らも親も、いちいちからかいやがって。
普通は気にしないかもしれないが、自分のような心が弱い人間は、なにかからかわれると、それをもうしなくなってしまうんだよ。
て、ことは今さらだが、デザインやっていいのかもしれないな。

アイドルでも、アニメでも、宗教のやり方を取り入れている。
聖地巡礼」など。
近付けぬ者に対する憧憬が他人を引き寄せる。

もしかしたら、日本人が比較して、スポーツとかよりアイドルやアニメに熱狂するのは、宗教の代わりを求めずにはすまない人間の性からきているのかもしれない。
日本人は、軍事費使わずに経済発展して、神を知らぬから、漫画やゲームを発展させたんじゃないのか。
リッミッターがない。

12/26mon
そういえば自分は昔から現状を嘘を言って来た。
海軍がミッドウェーから戦果を嘘を言い始めたのと同じ。
うまくいっているわけはないのに、自分は大丈夫であると。
また、似たようなことで、問題集や宿題をやるのでも、実力で解くのではなく、答えを写していたが、それだって、今を凌げば、いつかよくなるだろうという思い込みがあったから、嘘をつき続けたんだろう。

ゲームも漫画も一面アートだし、面白い物とは思うが、消費者として接すると、麻薬と変わりがない。
麻薬のように、脳が変化してしまっているに違いない。
自分のように心が弱くなってしまったものには、仕事としてかかわれるしかないのに。
12/27tue
時間がどんどん過ぎていく。

現実の状況で、最も理想的な状態にすること、それを考えなければいけなかったのに、
複雑な状況で、いつしか、空想に逃げ、現実も空想するときと同じ脳の部分を使って考えるようになったんだろう。

自分の境涯でも、まだ可能性にしがみついていたいから、やっぱりこの世を去るのは怖い気がする。
そうして、日々、この世を去っても平気なように自分を洗脳している。

最近思うのは、これが実力通りという事。
運がよかったのでもそうでなかったのでもない。
これが普通の結果だったのではないか。
あの状況と、自分の能力、正確では、こうなることがもっとも高かったのであり、まだましだったか、
もしこれ以上の状況だったとして、それなりの苦しみと引き換えに、ようやく中流以下の状況を手に入れられたに過ぎない境涯だったのではないか。

でも、人生とか、この世って、こういうものだろうに。
それでも、挑戦して見せたわけだし。
じゃあ、生まれ変わって、やり直して、そこまでする世界なのか。ゲームのように現実逃避のために現実を使うだけじゃないのか。
家にいて、耳を塞ぐ。家にいて、耳栓してヘッドホンをしているのに、上の階の床に何かを置く音で、心臓が痛くなる。
変える力がない。
これが自分の世界。

しかし、こんな自分でも、自分の役割を果たしたのかな。
それとも、やっぱりいてもいなくても何も変わりはしなかったのかな。

12/28wed
これだけ集中しないのは、先がないという意識ではなく、どうせまた通勤して仕事をしなくちゃならないという恐怖からきているのだろう。

人生は難しかったとか、自分はできなかったと言うのではない。
自分の実力における結果を示しただけ。
それに対する評価はあり得ない。
実力を見たがったんだろう。
だから、もう少し頑張れたというのも論点がずれている。
頑張ることさえ実力であり、環境に依存するものなのであれば、
結果がすべてを示している。
頑張らなかったわけがないじゃん。
いまだって、毎日昼まで布団にいるが、早く起きて英語なり、本を読むなりすべきだとは思う。
しかし、それを遣れる実力があったら、そもそもこの状況になっていないし、性格も違っていただろう。
それはすでに自分ではない。

自分の持っていない、いろいろなものが羨ましかっただけ。
だから、環境に打ち勝つことができない。
自分のやりたいことがあっても、環境が悪ければ続けられない。
逆に言えば、環境が良ければ、成し遂げてしまう事もある。
ただ、環境というものは、変化するから。

本当の「キャラ崩壊」は、逆とか、ブラックな性格にするものではなく、
そのキャラならある得るという性格や行動描写を論理的にしかも長々と描いてしまう事だろう。
余りに乖離しているものなら、それは、二次創作として、つまりフィクションとして意識せられるが、
そうでない場合は、そのキャラの性格を奪われてしまうという感覚になる。
自分の好きなキャラは、自分の思った通りに想像していたいのに、それができなくなるというわけだ。
「女の過去を問うのは無粋」と言う事があるが、好きなキャラの知りたくもない過去を聞かされている感じ。

それはそれとして、二次創作において、好きなキャラが過去に誰かを好きになっていたことなど、ファンは知りたくないだろう。
現在、アニメや漫画が人気なのは、現実のアイドルが偶像としての役割を果たしえなくなってきたのもあるだろう。
それに対して、アニメや漫画のキャラは「過去」もプライベートもないから、安心して恋愛感情を注ぎ込めるというわけなんだろう。

12/29thu

今日は早く起きた。6時間も寝ていない。
早く起きる時の特徴。上の階の奴がうるさくないという時。
2週間ぶりくらい。
朝目が覚めて、その覚めたというのも、音のせいだろうが、それで、さらに音が続くと、耳を塞いでしまう。それで、寝続けてしまっていた。

夢。自分のせいではないのに、人のせいで苦しむ夢。
自分の物を他人のせいで別の他人に害を与えたという夢。
何かを手に入れたと思っても、結局は、将来の負い目になるという象徴的な夢。
結局、自分の人生は、自分のせいじゃないよ。

それで、また思い出したことがある。
この何か月か、左肩が痛む時があるのは、四十肩かと思っていたが、
昔の車のせいだ。
あんなもん、3万ももらわずに、15年以上たってから、苦しむわけだろう。もっと言えば、左だけ肩幅が若干せまいのもそのせいだろう。
強く肩を打ち着けたわけだし。
こういうのだって、他人のせいだろ。
それで、自分は他人には寛大にしかできないにもかかわらず、他人は、自分に対してそうじゃないじゃん。

今、生きるのをやめたところで、腹の立つ奴らは、何も負い目に感じないだろう。
そもそも知ることさえないだろう。

生まれ変わったって、同じことをするだけだろうに。

何が無理かといって、このまま小説を書いたとしても、売れるわけないし、仕事をしたとしても、何か状況がよくなるわけではないことを実証してしまったところにある。
用がないからと言って、すぐにこの世を去るほど合理的ではないのだろうが、
しかし、つらい思いをしてまでこの世にとどまる理由がないという所まで来ているという事だ。
昔の方がよっぽどつらかっただろうが、それでなぜ生きていたのかと言えば、自分に可能性があると思い込んでいたからにすぎない。
だからたえていたのに、今となってはその可能性も虚しい物とわかってしまった。
むしろ、たえていたからこと、自分の能力がいかれてしまったんだが。

郵便局行って、1月分の健康保険払込。
ドラッグストアとスーパー。

12/30fri

昨日なんで、おれはこんな所を歩いているのかと思った。
なんでこんな場所のスーパーで買い物をしているのかと思った。

とりあえず、あと二本仕上げて、その時見える景色に従うしかない。

蒲団に入って、眠るまで耳を塞ぐ毎日。今日は朝うるさかったから、遅くなった。
洗濯三回。

12/31sat
何かに取りつかれている人間というものは、気味が悪い。
その気味の悪さが嫉妬や怒りとなって出て来る場合もある。
憑りつかれているものが、正義だろうと、使命だろうと、愛だろうと、愛欲だろうと。
そして、たいていの人間は何かに取りつかれている。
そう言うものを書くのが物語なんだろうけどね。

コレクションは、集めている過程が楽しいのであって、集めたものにそれほど価値があるわけではない。

宗教は、結局大多数の平凡な人間が、それでもかっこよく生きるにはどうしたらいいかを示しているものではないのか。

掃除して、洗濯物の乾かしと、ネット。一年の極まる日にこれ。

仕事せずに3か月も好きてしまったのか。すごいな。
それで何をしていたんだろうか。

1/1sun

精神年齢が16か17程度。
こどもの頃から、今風に言えば、「リア充」に憧れていたけど、
やっても、背伸びしているだけだから楽しくなかっただろう。
結婚も、友達づきあいも。
あとは、ホテルのディナーとか、バーベキューとか、
その場でどういう役割をすればいいかばかりに気を取られる性質なのであれば、漫画やゲームで楽しみを得ている方が性質に合っていた。
それが恥ずかしい事だと思って、ごまかしていたけど、結局は、一人になって、漫画などに戻るんだから。
緊張しながら、他人のと距離感を測ったり、自分の言ったセリフを相手の反応を確かめながら、言ったりするより、日向ぼっこしていた方がましと言う性質であることに今になって気がついた。

正月の朝から耳をふさぎ、起きてからも、耳栓してヘッドホンをし、特に行くところもないし、
年賀状どころかメールさえ来ないような状態が実力。

1/2mon

人に褒めてもらいたかっただけか。

とにかく、強迫神経症は全然治らないし、40年間の様々な屈辱によって、何かできるような状態ではない。。
もうどうにもならない。

前みたいな場があって、都心のある程度高級なところに住んでいられるのなら、生きては行けるだろうが、それ自体が奇跡のようなもの。

この心の弱さでは、世の中のこともフィクションも知らなくてよかった。
芸術家か、学者になって、世間の事を知らぬままに生きているしかなかった。

やっぱり、情況を探れる能力と、それを生かせる頭のよさだと思う。
頭の良さが人にとっての強さなんだよ。

1/3tue
昨日は零時から書き始めた。
明日4日かよと思ったが、布団にに入って日付がすでに変わっていたのに気がついた。
変わるのは日付だけ。
逃げ場所を探し続けて、それに飽きたころにようやく書き始める。
ずっとこんな人生だった。

夢って、何かになりたいというのではなく、それを通じて、楽しく、しかもまともな扱いを受けられる生活をするという事だろう。

結局、小児のように他人のやっていることを羨ましがっただけ。憧れという字そのもの。

この優しい性格は、イラスト書きにでもなるしかなかったかな。
画家でいいんじゃないの。
それがどうして、人と競争しようとし続けてしまったのか。

時が過ぎていくのが恐ろしい。
死が近づいてい来るとはこういう気分なのか。

可能性を求めて、生きていたのではあるが、このような有様になると知っていれば、生きている必要があったのか。
楽しみは、漫画やアニメであったが、それを楽しむのは、特に自分じゃなくてもいいわけであり、小説で言えば、主人公の取り換えがきくという事になる。
ほかには、「ネタ集め」と称して、取材をしたが、それさえ、自分ならではの幸せになど、何一つとしてつながらなかった。
のちに、強迫神経症の募る原因を一つ一つ作っていったにすぎなかった。

人が、最期に走馬灯のように人生が浮かび上がって来るらしいが、それは自分の人生に意義があったかどうか、判定しているのではなかろうか。
自分は、今まで生きて来て正解だったのか、と。
たとえば、大方は、漫画やゲームをやって過ごし、慰めばかりしていた。
中学高校の思い出など、苦しみばかりで特になく、編プロに入って大学に入って、出版社に行って、
初めて恋人ができたのにもかかわらず、自分の30代の10年間と共に台無しにしてしまった。
そうして、現在、年賀状はもちろん、メールさえ一通も来ないで、仕事の開始に怯えながら、小説をだらだらとかいて、耳栓して、それでも上の階の音に驚くというような人生であった。
これって、自分が十代や二十代の頃に知っていたら、拒否するよな。

1/4wed

三時に寝て、一時に起きる。今日は少し暖かいようだ。
いくらでも寝ていられる。起きなければ腹も減らない。

寝ながら思った。
今の自分の望みは、年金生活なんだろう。
何の余分なものを買う必要もなく、人付き合いもせず、ただ、必要な分のお金があれば、引っ越す気もなく、ネットをしながら小説を書く生活、それだけで十分なのだろう。
そうして、いつのまにかこの世を去るのが今の望みという事。
小説にしても、この世を去らないための大義名分でしかない。
これって、生きている必要があるのだろうか。
労働もしたくないが、この世を去りたくないというだけ。

引っ越す気が無くなったのは、物心ついて以来初めてなんじゃないのか。
耳を塞いでいるような部屋なのに。

余りの情けなさに、今寿命と引き換えに能力を得られるならためらわないと思われるほど。
そう思う割に、この三か月間のだらけ振りはなんだろう。

地質学者とか無理だろうな。
昔に戻ったところで、数学が国公立の理系に入れるほど伸びるとは思えない。
自分は努力しそうでしないという性質を知ったのがようやく最近。

結局何になりたかったのか。
東工大早慶に入ると言う目標があって、それで、それが妄想でしかないのに、それに所属することを夢見て、二十歳になって、叶わぬと知って、イラついて、現実逃避を始めて、そのまま来たから。
コラムニストになりたいとか言っていたけど、戻れるとしても目指そうとは思わない。
ゲームの方がよっぽど好きだろう。

たまに、参考のためにと活躍している人の話を見るにつけ自分は無理と自信を失うどころか、生きる気力さえ減ってゆく。
20代前半の人にさえスキルがかなわずに、どうにもならないじゃん。
で、下っ端として生きていくだけでしょう。
むかし、編プロに入った時に隣の人から「何が強いの」ときかれて、ろくに答えられなかったが、それで済ますのではなく、なんであれ詳しい物を作らねばならなかった。

ただしかし、自分の心の弱さを想えば、編集も含めて、普通の勤め人は無理なんじゃないかと思うけど。
ロマンティックなくせに、世間を手本にするからだろ。
残りの時間を徹底して、ロマンを追ったらどうよ。

いいじゃないの。自分の理想と他人の正義がぶつかり合って、どちらかが勝って、どちらかが負ける。それだけのことに過ぎない。

1/5thu
昨日の朝にふと思った希望、年金生活で小説書いて生きていくというのも、
最後の現実逃避。最後の妄想。その程度がこの世で生きていく最後の理由であり可能性。
今できそうな生活がそれと言うのも、反面どうにもならないことを示している。
できる事も自分なりにやりたい事もないってことだろう。
できる事もやりたい事も、自分でなくてできないという事では全くない。
自分の希望なんて、みんな嘘だろう。
楽したいだけ。
3月以降は、すでに去り時を考えるだろだろう。

もう、本当は寝るのも恐い。
寝てしまえば、朝になり、昼まで寝ているから、その分最期が近づいてくるから。

1/6fri
だいたい、7時から11時位の間から書き始める。
今年に入って、何とか一日一章のペースで書いていたが昨日は無理だった。
蒲団で寝ると昼まで起きず、起きれば夜までネットをやって、ようやく夜も更けてから書き始めるという生活だったので、蒲団で寝なければいいだろうと、2時半くらいに床で寝た。
ストーブをつけていたが、寒くて眠られたものではない。
と想いながら、少し寝て、三時半に目が覚めてトイレに立つ。
再び眠って、今度は五時半くらいまで眠る。
夢を見て、目が覚めて、再び起きる。七時半、八時半に目が覚めて、結局起きたのは、九時半。
それでも蒲団で寝るより早いが、寒くて仕方がないのにそれでも寝ているというのはなんだろう。
意地ではないし、我慢をしてまで、楽をしていたいのか。

我慢をしてまで楽をしたい。
これが自分の人生を表す言葉だと思う。

書き上げた後も生きるんだったら、ゲームだの漫画だの目指すんじゃなくて、もう何も望まずに生きていたらいいんじゃないのか。

センチメンタルなストーリー、音楽、言葉、写真、絵が好きなのは、心が弱いからだろう。
好きになったのは、精神的に自分を消そうとしたからだろう。

「あの時こうしておけば」と言う後悔は用をなさない。
自分の性質であの環境ならば、なるべくして今の状態になったわけだ。
気づくはずがないが、仮に気づいたとしても、やれたことは意志を捨て、恋愛も友達づきあいもせずに、ただ食うために仕事をし、あとは漫画やゲームで慰める。
そう言う生活が関の山だったのだろう。

1/7sat
忘れがちだが、過去に戻れたところで昔の状態で暮らすのは不可能だから。
だから予定調和と言うわけではないが、なるべくしてなったという事。
この性質であの環境なら、こうなるという。
予定調和は、結果をあらかじめ定められたものとする事だろう。
結果が定まっているというよりも、道をずらす力がなかったという事。

そう言えば、自分の言う事は「友達」の誰も聞いてくれなかったな。
こどもの頃から頼みごととか。
自分は聞いていたのに。
よく考えりゃ恐ろしいな。

夢。
教室。
皆は、机の上に箱や模型をのせて、何かを作っている。
ほかの人が何か課題をこなしているのに、自分はやらず。
何をしていいのかわからず、しかし、人にも聞かず、
何か言われるのも嫌だから、ただ何かしているふりをしていた。
象徴的な夢。

その後、修学旅行の最終日のような感じ。
皆は片づけ終わっているのに、自分は終わっていない。
他の者が連絡してくれなかったのが原因。

しかし、こういう性格になったのは、環境だとしても、
いい人もいたのに、その人たちとも他と同じようにしかかかわれなかったのが残念だ。
性格は、持って生まれたものに加えて環境によって形成される。
同じ環境でも、体格が違えば性格は変わるし、目の良さや髪の色によっても変わって来るだろう。
世界との反応が異なって来るからだ。

中三の時に家庭教師の先生がわざわざ来てくれて、合格祈願の鉛筆をくれた。
それまで2年もご無沙汰してしまっていたのに。
それで、受かったというのに報告にもいかなかったな。ほとんど隣に住んでいると言うのに。
せめて、3年間先生についていれば、少しはまともになったかもしれない。
進路も含めて最も真摯に相談相手をしてくれただろうに。
親でも教師でも友達でもまともに相手してくれなかったというのに。
先生だって、まだ大学生だからそんなに人生経験があったわけじゃなかっただろうけど、
自分に必要だったのは、自分が普通にしていても相手をしてくれて、しかも年上の相談相手だったのだろうに。
中二からこんらんしはじめて、いい人たちと付き合わなくなったのも、自分を捨てようとしていたんだろう。
中学で十分失敗したから、もう失敗する必要はなかったのに。
あれ以上の失敗は、つまりは歪ませることにしかならなかったのに。

センチメンタルですぐに感動するのは、常に泣いているからだろう。

小説を書いているけど、今までのって、「あったかもしれない自分」を書いているだけ。
それはそれで一つの芸術なのかもしれないけど、失敗したという意識があるから書き続けているんだろうし。

親というものは、子供ができると、相当に喜ぶものらしいが、それは、軍艦ができるのと大して変わらぬ感情なんじゃないのか。

だめだ。ふとした隙に昔のいやな経験を思い出す。
それが、一つや二つじゃない、家庭だけじゃない、学校だけじゃない、同級の者だけじゃない、
塾だけじゃない、道だけじゃない、電車だけじゃない、車だけじゃない、自転車だけじゃない、
新宿だけじゃない、渋谷だけじゃない、秋葉原だけじゃない、会社だけじゃない、種類も数もいくつもある。
これって、子供の時から大人になっても、場所を変えても、後にリビングテッド状態の苦しみの種となる事が起きて来たってことだろ、
この世のどこにいたって、何をしたって、能力が上ったり、喜ばしい事があるとしても、嫌なことがあって、歓びの場を離れてしまえば、歓びはどんどん色あせるのに、その嫌なエピソードだけが残る仕組みになっているじゃん。
これって、生きていればいるほど強迫神経症が強まっていくってことじゃない。
これはきついで。

昔から、どことなく、怯えていて、ぎくしゃくした表情をしていたんだろうな。
それを見て人は対応していたんだろう。
何もないのに、「ああ、何か嘘をついていて、恐れているものがあるんだな」というのがすぐにわかるのだろう。
それは、今でも変わらないのだろう。
だからどこへ行っても、何歳になっても、敵のようなのがいるのだろう。

1/8sun
本当は、やることなんでないのに、慰めの物を求めてやることがあると脳に思い込ませている。
5年前のあの日にすべておしまい。
その後はおまけ。おまけなのに途中から本気になってしまったから、ずれだした。

書くことは、仕事をしないための嘘。

現状考えられ得る最良の生活が今の生活ってすごいな。
仕事も簡単なものしか無理そう。

1/9mon

優しい人間は、強いて鍛えても苦しむだけで、強くはならない。
むしろ、弱くなって行く。

本当、もう疲れた。
お金があるなら、生きているだろうけど、働いてまで生きる気力がない。
もう、一歩も進めないんだよ。
なにか、自分がまともに何かをしている姿が想像できない。
人生の失敗ってあるんだなあ。

一時過ぎまで寝ていたこともあるかもしれないが、今日はあまり書けず。
漢詩についてネットを見ていたのだが。

1/10tue

他人を怖がり、今を憂え、明日を怖れる。
そう言う人生だった。
欲しいものがあると変な事をするし、無駄なものを買う。
もう、いい加減に欲念や意志から解放したらどうか。
この先生きていたとして、何ができるという事もないだろう。

自分では気づかず、女子から強面に見られていたのは、なにか「許せない物」を抱えていたからだろう。
たぶん、ピリピリしたものがあったと思う。
で、それは今でも消えていないだろう。
「この名前だと、柔らかい感じがするじゃないですか。鋭いですよね」とか、
「怖い感じだと思っていました」とか言われたのも、自分で気づかぬままで女子は感じるものがあったのだろう。

もう暗いのはシリアスなのはうんざりだ。

強靭な意志とは、予定の通りに行動できる謂いなり。
この状況ならこう、あの状況ならこう、と、その都度建てた予定に従う事。
その場で発生せし欲や他人の思惑を鑑みずに行動出るるか否かという事だろう。
それを想えば、自分は精神が本当に弱いと思う。
そして、最大限の訓練と努力が判断力を高め、結果を引き寄せ、それを人は幸運と呼ぶ。
いわゆる根性とメンタルが強いというのは全然違う。
自分は「根性なし」と言われるのが嫌で、我慢をしていたが、その結果が現状で、いかに他人はいい加減に物を言うかが分かる。
強靭な意志、メンタルが強いというのは逆で、他人が何と言おうが、自分をだめにするようなことはしない行動をとり続けられる心の事を言う。

自分も、現実から目を背けなければそれなりの運は手に入れられたと思うけど。
19歳の時に浪人せずに大学の二部か、デザインか、ゲームの専門に行ったって、
そこで努力ができれば、運は手に入れられたはず。
早慶」以外に行くのは、情けなかったんだろう。
そんなら、中学受験していればよかったという事になるから。
失敗が許せなかった。
それじゃあ、今までが意味が無くなってしまう。
早慶に行くという価値観だけでいきてきて、それにしがみついたから。
状況が変わったら、その変わった状況に従って行動すべき。
状況が変わっているのに、中一の時と同じ「予定」に従って動いてしまったという事。
小さい世界しか知らなかった。
早慶」が最高峰で、最高峰以外の事を全く知らなかった。
その辺が、書いて環境の差が出てくる。

耳栓してヘッドホンしていても、音が聞こえる時もあるが、聞こえずとも、衝撃だけ感じる時がある。
夜寝る前、音楽かける前にすこしだけ静けさに浸ると、最近はもう耳鳴りがするようになってしまった。

結局、「努力」ってのはなんなのか。
「努」と言う字の本来の意味は、いい意味ではない。
むしろ人間性を捨てた状態に近い。
自分には、「努力」が足らなかったのではないのかもしれない。
ただ、状況に応じて、すんなり行けるところ、歓迎される場に行き、その上で、水泳とかやりつつ、デッサンしたりしていれば、20代前半の時点で、それなりのところにいたんじゃないのか。
中学から「努力」を始めて、「努力」以外何もできなくなって、自分の状況もわからなくなり、目標も中一の時の目標以外に変えられなかったんじゃないのか。
勉強しなかったわけじゃないのに、偏差値が上がらなかったのは、「努力」が足りなかったのではなく、「努力」したからかえって成績が下がったんじゃないのか。
何もせずとも偏差値が60だった人間が、勉強したから上がるとは限らない。
あの暗記と言う作業が自分の能力を混乱させ、それまではすんなり覚えていられたこともわからなくなってしまったんじゃないのか。
だから、代数幾何は偏差値60越えているのに、基礎解析は40下回っているとか、
化学は55あるのに、物理が30台とか。
今時「努力したものに奇跡は起きる」みたいな風潮があるけど、そりゃ、結果から言っているだけ。
自分の場合は、「努力」が向いていない気がする。

戻れたとして、多分自らこの世を去ると思う。

比較的恵まれた時代の恵まれた国にくまれたはずなのに、と思うが、それは反面、人がどうしても争いをせずには済まない事を示しているのだはないか。

とにかくさ、すぐショック受けるじゃん。
でさ、それですぐ自分のやっていること忘れて、それに対する対抗を始めるじゃん。
もちろん、妄想なんだけど。
だから、自分のやっていることが続かないんじゃないの。
てか、もう全然だめでしょ。
あとは、生きようとせずに生きるしかないんじゃないの。

その時その時、自然で普通にやっていれば済む話だった。
「努力」なんてするから歪むのだ。
「努力」なんて、貪欲さの現れじゃないか。
使命とか意志とか本人たちはいいかもしれないけれど、どれだけ周りを混乱させるか。
どれだけ自分をゆがめてしまうか。
とくに優しくて弱い人間は、貪欲になった時点で世間に飲まれて自分を見失ってしまう。
強い奴らが、自分を誇示するために「努力」とか、共通の価値観を持ち出して、
自分たちの地位や行いを正当化しているだけ。
人間は、つじつまが合わないと混乱するから、単に状況がよく、周りが優しかっただけなのに、
それを「努力」と言う言葉で、糊塗しているだけ、本当は、弱い人たちが退いているだけなのに。
「努力」と言うより、貪欲だろ。何かを手に入れるために貪欲な行為を繰り返していただけ。
だから、やさしい人が努力をすると、字義本来の行為になってしまう。

1/11wed
人ってのは、最後まで何かを欲しがるのか。
どうにもならないと知っていても、意欲を出して行動するのか。
そして、極めて低確率を物にする者があるから自分にも可能性があると思い違いするのか。

自分の人生や能力や仕事の事を考えていても、何か別の事があると、そんなことはすぐ忘れてしまう。
人間はそういうもの。
自分がこの世を去ったからと言って、皆忘れてゆくだろう。

仕事をしなくちゃいけないという恐れを感じているようだが、仕事があるかどうかさえ分からないけど。
試しに仕事を探してみたが、やりたいのがいくつかあったが、やれそうなのがない。
こりゃ、一年後にこの世にいるのかね。

可能性がある限りは、生きるだろう。
しかし、あると思い込んでいるにすぎない可能性は可能性と言えるのか。

どうせ、こうなるのなら、もっと適当に、いい加減に好きな事をしておけばよかった。
でさ、これで好き勝手やってきたと思われてんでしょ。冗談じゃないよな。
これってさ、好き勝手やってきたというより、逃げ続けてきたんだよな。
強迫神経症とたたかいながら、こどもの頃から、他人が怖くて、他人の機嫌ばかりうかがって来て、それでも攻撃されるなら逃げるしかなかった。
文句を言えない性格になってしまったし。
結局、職に就いていないし、まともな地位もないし、故郷から離れて都落ちするし、童貞のままだし、友達いないし。
今迄の努力はなんためだったの。
何のためにつらい事を我慢してきたの。
ネタ集めは何のためにしたの。
勉強は何のためにしてきたの。
何のために勉強しているふりや真面目なふりをしてきたの。

1/12thu
状況を変える力がなくて、我慢して、それでも苦しみばかりなら逃げるんじゃないの?
苦しみの中にも楽しい思い出があり、自らこの世を去ることは、それらもひっくるめて、なかったことにしたいのか、と言われれば、困るが、実際は、楽しい想い出は、どんどん薄れ、苦しみや厭な思い出が、意識していないのに、隙あらば思い出されてくるんだよ。これがリビングデッド状態と言うわけ。
先の謂いが当てはまるのは、楽しい想いをこれから先も作れるメンバーが現在揃っているという事だろう。
それ以外は、欺瞞だと思う。

とにかく、やさしい人以外付き合わない。
睡眠を十分とる。
マイペースで好きな事をする。
使うもの以外買わない。
できる事はこれくらいか。
「勝負ごとは生き物。流動的に選択していく、変わっていくことは恥ずかしいことじゃない」

自分なりに頑張って、楽しい事をやつて、明るい気持ちになったところで、
他人のせいで、すぐに嫌な気分になってしまう。
それで、ゲームとかに箸って、自分の時間でさえ、自分のために使えない。
怖い世界。怖いのは嫌。

1/13fri
今日から推敲。

昔に戻ったって、つらいだけ。
好い所だけを拾い上げる精神力や政治力があるわけじゃない。
精神病もうつる。
だから、性格は遺伝しないのに、親子は性格が似るんだよ。
人は、自分の主張を正しい物として通そうとするし。

昔の「友達」からの見下すような発言を今でも思い出す。
ただ、悔しい。
中学高校なんて、とっておきたいような楽しい思い出が何もない。
苦しみだけ。
いまだに苦しみだしては、目の前の事が手につかなくなるような思い出だけ。
いい人の期待に答えられず、嫌な奴の言う事を間に受けて。

悲しいし、悔しいだろうが、どうにもならない。
高三の三学期、あの状態では大学はどこも受からなかっただろう。
地方はともかく、今のように、倍率一倍の大学なんてなかったし。
明治の二部が一番確率が高かっただろうが、それでも高三の春から文系じゃないと入れなかったと思う。
当時の英語力は、国学院に入った時より下だし。
最初に国学院の二部さえ受からなかったんだし。
あの時点で、高三の時と、そんなに学力に変わりはなかったはず。
行くなら、専門学校しかなかった。
しかし、専門学校と言っても、テストがある以上、デザイン系は難しい。
たぶん東デの二部はなかった気がするから、入れるだろうが、美術をろくに受けていなくてついて行けるのか。
プログラマーは無理そうだし。
今の自分が考えてわからないんだから、あの時の自分がわかるはずがない。
「わからないよ」と言って相談できる人もおらずにただ泣いていただけ。
8月15日のようだ。
何をしたら、どうなるのか何も分からないまま、変な解放感だけあって。

マイペースでできる所、物事以外は無理。
小学校までは、それでもマイペースでできていたんだろう。
マイペースで10やって10覚えるのと、
マイペースでできない環境で100やって、10しか覚えられないのが成果は同じという事に気がつかなかった。

夕方、トラウマのフラッシュバックに苦しめられたが、6時位から、時計を見ずに推敲したら、3時間以上集中できた。
どうも、時計が集中力を乱すんじゃないのか。
時計が、ペースを乱し、マイペースで物事をさせないんじゃないのか。

1/14sat

過去に戻ったら、と言う妄想をしているが、
戻ったとして、作家になるのは違う気がする。
その後に出た他人の作品を知っているから。
でも、そう言う事を言っているから、出世しないのかもしれない。
出世する人なら「早い者勝ち」の精神で、躊躇わずに使うだろう。
自分はそうしなさそう。
デザインもいいけど、音楽もいいかな、と思った。
ゲームやアニメの音楽。
そうしたら、音大に行く必要もないし、
東邦学園で十分。
なんだ、近くにベストな高校と専門があったんじゃん。
ちゃんと用意してくれる。
それを人は選ぶだけ。
その後は人類同士で解決しろって、だから争いがなくならないんだろう。

でも、まあ、甚だ残念ではあるが、あの当時の頭では選択なんてできなかっだろうが。

電子音楽は、構成とデザインに近いから、十分やれると思う。
なにより、音楽なら、言葉じゃないので、トラウマのために作ることももないだろう。

「生まれ変わったら」別の仕事にすべき。
もう丸ごと15年くらい小説に人生をつぎ込んでいるが、
これだけ小説を書いてものにならなというのは、やっぱり自分の性質に向いていない。
何か、報われたか。
むしろ小説を書き始めたのも、トラウマ克服のためだし。
あれだな、30歳の時に残っていた戦力や資源をすべて投入した総力戦をした感じがする。
今は、滅びを感じていながら、戦っている感じ。

過去に戻ったらで、中三か高三の三月期の話が多いが、あとは編プロくらい。
はっきり言って、30歳になった時点で、今でもどうしたらいいかわからないもの。
30歳の誕生日に何していたかで人生が決まるとか言った人がいるが、何してたかと言うよりも、どういう状況にあったかという事だと思う。
自分は本を読んで小説を書いていたけど、それは小説家ではなく、あの状況でそれを始めるというのは、今へと至る序章だったわけだろ。
だから、30歳の時点では、もう総力戦覚悟で戦うか、意志を捨てておとなしくするかしかなく、前者を選ぶに決まっていたわけだ。
むしろ、15年もよく戦ったと思う。
15年戦争や。

でも、それにしても「次」はないんだから、テキスト系より、デザインやったらどうかと思うけどね。
illustratorがなくったって、やる人は、フリーソフトでできるだろう。
評価されたのは、テキストではなく、デザインだったはず。あと動画。
でも、今思ったが、別にデザインをやりたい訳でもない。
デザインはそれなりに面白かったけれど、あの場での株を上げるため、つまりは食っていくためにやったという事の方が近い気がする。
今やっていることがやりたい事だとしたら、動画見て、イラスト見て、本読んで書いているわけだから。
もちろん、今の状態でデザイナーやらせてくれると言われたらやるけど。
趣味でデザインやるなら、パーカッションでも叩いていたい。

昼過ぎにいきなり曇ったと思ったら、風が強くなり、埃のような花びらのような雪が舞いはじめた。
風が止むと、雨のように落ちてくるから、霙に近いと思う。

imageや言葉を音にするのは、とてもおもしろいと思うけど。
子供の時からインストゥルメンタルの曲好きだったし。
しかし、とても、音楽の専門に行くなんて考えはなかった。
でも、高校のとき、勉強は学校のだけ、授業中は英語やっていればいいし、個人でピアノと水泳でもやっていればいいだけの青春。

自分の人生と他人に期待しすぎ。しかも期待する相手も間違っている。

そうだ、高三の三月がどうにも窮まっていたと思えるが、映像、というよりCGの専門学校に入ったらよかったんじゃないのか。
うまくいけば音楽もできるし。
ゲームやアニメの演出にもなるし。
CGの専門なら、入試は専門的なものは出てこないから、入れるだろ。
CMやPVにも行けるし。
綺麗なものが好きなんだから、映像は向いていると思う。

「開(あ)いている扉があったら足を容(い)れよう。扉が閉じられていたら通り過ぎよう。」

妄想しているが、明日が怖いんだろうな。それこそ中二の時からずっと。
過去に戻りたいのは、要するに明日への恐怖から逃げるためだけでしかない。

文体により、現象の克服に努めてきてが、相手が大きすぎたらしい。

それにしても、自分の「全力」は、こんなものだったのか。
15年の戦いで。

寺田寅彦と、芥川龍之介と、内田百閒、また石川淳の随筆の方が好きと言うのは、随筆はドラマ性を作らないから、嫌なシーンを書かないからじゃないの。
極端なキャラを作らずとも済むし。

推敲を終える。

1/15sun
何を読んでも動画でストーリーを見ても、自分の味方を探しているだけだった気がする。
カルチャーショック以前、中一の頃は、イギリスの現代ミステリーや冒険譚を読んでいたし。
中二の頃からだよな、普通のギャグやラブコメ漫画を読みだしたのは。
ゲームはその前からやっていたが、結果としては影響していなかった。
ただ、その後は、同じRPGやSLGを延々と繰り返すような事をするようになったが。
そういえば、中一から中二の頃にかけて、何だかPHP文庫を読んでいた時期があった。
もっと上を目指したかったんだろうが、その後の状況で妄想に浸れるフィクション以外望まなくなったしまった。
中一くらいまでは、まじめにあの境涯を抜け出るにはどうしたらいいかを考えていたんだろう。

僅かでも甘美なら、その現在にすがって、明日を思わぬのは寂しい思いをしている証し。

CGをやってる方が、トランス状態になるから、フラッシュバックに苦しまなくていいかもしれない。
とにかく、手を動かす。

人間は、根本のところで、どうして生物なのか、理解しがたい。

楽器をやるなら、アコーステックギターが良かったと思う。
せつない曲弾けるし。

今の自分を人の身で憐れんでいるのなら、「やり直す」必要なんて何もない。

しかし、日本は、終戦時でさえ、アジア相手なら戦える海軍戦力を持っていたのか。
戦力より先に、航空機と燃料が無くなってしまった。
総力戦の恐ろしさ。
あのさ、このままいくと仕事せずにこの世を去るかもしれない。
その時に、体力を残している必要があるのか。
毎日12時間も寝ているけど、そうして、体力を残すほどやめづらくなるだろうに。

自分の状況では、「戦い」を挑まなければ、どうしていたか。
母と一緒に暮らし、四十過ぎても非正規雇用で友達もおらず、母と一緒に出掛けるような男として過ごしただろう。
それは、決して受け容れなけないだろう。
勝てるわけがなくても、滅ぶと知ってっていても、そんな人生を飲めるはずがなかった。
それを拒否するには、「戦う」しかなかった。
自分の能力、政治力、情報収集能力では、後付けバイアスで自分にも十分な可能性があった事など、その時は何ひとつ分ろうはずもなかった。
すでに子供の時も中学の時も異常な状態になっていたが、自分でも気づいていながら、どうにもならなかった。
あの頃から「開戦」は避けられなかったんだろうが、自分ではそんなことをするとは思ってもいなかった。
ただ、傷つきながらも笑顔でいて、ただ仕事をして、母に気を使いながら生きて、それでこの世を去るのとどっちが良かったか。
傷ついているのに笑顔でいたが、もう、そんな自分もうんざり、それについては30年以上だ。
苦しむだけで、涙もろくて弱い魂は嫌いだった。

1/16mon

フラッシュバックのネタがいくつあるのか。100や200ではあるまい。

自分が意地悪をされたからと言って、どうして、自分も他人に意地悪をするような人間になってしまったか。
どうして、場を良くする気力も能力もなく、限界まで来たら、逃げ出すことしかできない人間になってしまったか。
喜びや期待を他人に壊されたからと言って、妄想に逃げ込むことしかできない人間にどうしてなってしまったか。
自分の事を考えるのに大切なものをあるかうようにではなく、どうして、捨て鉢気分で考えるようになってしまったのだろう。

別に酒や女に溺れたわけでも、賭博に耽ったわけでもないから、マイナスという事ではない。
ただ、活躍できなかったのが、悔しくて悲しいだけだろう。

何を拒否して、何を手にするか、それはあとになってから分るのであり、
当時、そのような器用なまねができていたら、
そもそもあのような境涯になっていないし、このような性格になっていない。
拒否したければ、すべてを拒否するしかなかった。
人にも、状況にも、拒否すべき部分とメリットの部分とがあるだろが、
それを器用に手にするような頭ではなかったという事。

精神が弱いから、マイペースも無理。
いちいち、他人の言動を真に受けるという狂気の沙汰をしているから、狂ってしまった。

空間把握能力というか、メカニズムを把握するのが苦手かもしれない。
力学が分からないのは、公式を覚えなかったからではなく、力学そのものが理解できないからではないか。
寧ろ、電気化学とか、化学とか、代数幾何はわかるのはなぜだろう。
空間での動きが分からないんじゃないの。装置とか、苦手だろう。
中学からまわりを見ないようにしていたし。
止まっているものだけだろ。
だから、過去は分る。
それ、映像は難しくないか。
世界の成り立ちや仕組みには興味があるが、
機械の仕組みについてはあまり興味がわいてこない。

結果を原因と取り違える。

予告篇の方がおもしろいと言うのは、
ストーリーは面白いんだけど、言葉や場面で綴ってゆくと、
とたんに陳腐なものになるからじゃないのか。
説明的で退屈に。
言葉は、共有化する物だから、当然特殊なものが一般化されてしまうし、
それは、陳腐化という事でもあり、言葉を使う以上は、避けられぬことなのではないか。

真の芸術家は、材料や道具も自分で見出すか、作り出す。

周りからすぐに影響を受けすぎ。

1/17tue
中学の時、5科目に集中していたが、
今思えばむしろ美術と音楽と体育(水泳)やっていた方が、
ずっと楽しい暮らしをしていた気がする。
デザイン、映像、音楽。
結局やってきたのは編集、校正、文芸、コンピューターか。
ならべても楽しそうじゃないし、しかも物にもならず。

読書にしても、ストレスを感じるようなものは読まない方がいい。

しかし、10月以降の平日、夜中や明け方を抜かすと、雨とか雪とか三日くらいしか降っていないんじゃないか。
見事に夜中に降りだして明け方にやむとか多いし。
季節が違うとはいえ、あれだけ降ったのに。
逆に、4月から9月までの休日の降らなさ加減。
雨に降られなかったのって、7月の上旬から中旬の2週間くらいだった。
これで、仕事始めたら、待ってましたとばかりに平日に降り出しそう。
そういえば、五年前も全然降らなかった。
それで、二月の下旬に仕事始めたら、二回目くらいで、雪が降って。自転車で転ぶし。
前の電車が止まった時も、わざわざ土曜に降って、仕事に影響がない程度に苦しめるし。
今年、雪降らないじゃん。
こう言う事も、いちいち腹が立つが、別に意識しているわけでもないのに、なんだよ、このタイミングは、と思ってますます嫌になってくる。
大切にされていない感じがしてしまう。
じゃあ、自分もやめます。という事になる。

フラッシュバックがひどい。
小学校の塾の合宿とか、なんで金払って、別に学力向上せずに、初対面の奴らに叩かれて泣かされて、講師は何もしないし。
また別の奴だけど「友達」を家に読んで、家で泣かされてたな。
ヨーヨーぶつけられて。
タツに逃げて泣いていた。
高校でも、3年になってもたたいてくるのが何人かいたし。
よく生きていたな。
状況がまともなら、その根性を自分のために向けられただろうに。
しかし、苦しめたやつは何人いるんだ。
しかし、もう、どうにもならない気がする。
生存競争とは恐ろしい。
「隙あらば」と言うが、隙あらば人を叩きのめすような奴らが多すぎ。場を変えても変わらなかった。
しかし、一人でいた方が安全だった。
なにもするな。生きようとするな。と言われている感じ。
それで、そのようにしたら、安全になる。安心して暮らせる。
これ、ゲームで言ったら、運の値が相当低いんだろうな。
回避も。
それで他のステータスが多少上でも、どうにもならない。
イージーモードを選べばよかったが、
イージーモードがあるなんて知らなかった。
ああ、もう、何もかも遅いんだろうな。
自分を好きになってくれた人は何人いたのだろう。
それは知りたい。
でも、ほとんどいなかった気がする。
状況とたたかってばかりの人生だった。
「つまらない」じゃなくて、生きるためのイージーモード。
むしろ自分を大切にして、自分の興味を伸ばすためのイージーモード。

ストーリーなんてものは、いじめられたことのない者が扱える代物だろう。
なんで、方々でいじめられたのかな。
わがままで、自分が得すればいいやみたいな感覚でいて、他人を見下すような発言していたんだろうけど、それって、他の奴らもしていたけど。
実際、自分のフラッシュバックの原因にもなっているし。
優しい人には優しく接し、まともな人にはまともに接していた。
嫌な奴、意地悪な奴に対してだけ、意地悪な発言をしていたかもしれない。
要するに、嫌いな奴らに対して、嘘をつかなかったんだと思う。
それだよ。

20年たっても、30年たっても、状況や言葉を再録できるレベル。

一人で生きている者にとって、思い出は、夢と何が違うというのだろう。
過去はすでに夢で見た景色と変わらない。
とすれば、この世は、夢と何が違うというのか。

分ったのは、半年も一人でいれば、やがて自分の人生も夢と変わらなくなるという事。
あとは、眠りに着けばいいだけ。

中一の冬の段階で、東進全体で10位前後にいたんだから、思い違いもするわな。
代々木校では3位だし。
あと二年だったのにな。あと二年たもてれば、早慶どころか、御三家入れたのに。
しかし、その事実こそが妄想の源になってしまったのだが。

しかし、昔話にあるのは、「自分から願ってはならない」という事。
「生きようとしてはならない」と同じか。
何か超常生命体が助けてくれるが、ついでにほかの願いもかなえてもらおうとしてはならない。
これは、必要なものは与えられるという考えにも通ずる。
1/18wed
「すべてを見張る時間は、汝の意に背く解決を与えた」ソポクレス

いい思い出があっても、その後に嫌な思い出があるから、いい思い出までもトラウマになっている。
なんで、いい思い出をいい思い出のままで完結させてくれないのだろうか。

書くこと、それは、事物を語のなかに遠ざけることにある。
カフカは、《私は》の代りに《彼は》を置きかえたときに真に書くことをはじめたのであるが、それというのも、「作家はだれひとり語らない言語に属する」からである。
それ書くとは、ことばを私自身に結びつけるきずなを断ち切ることであり、私をして一人のなんじにむかつて語らせる関係を逆転させることであり--「語ることを止めえないもののこだまとなる」ことだ

二十台半ばにゲーム雑誌の、ライター選手権で筆記はエッセイも含めてトップだったのに、面接を通過しなかったことがある。
あれも、自分の本心を言うだけで、他人に示す姿勢がなかったからだろう。
サンデーの投稿でも、なんで投稿をはじめたのと言う質問に、「景品が欲しかったから」とか、素直に言い過ぎ。
たぶん、いろんなことをそう言う感じだったんだろう。
自分の事として、自分の事を語っている以上は難しい。

色々読んでいるが、どうしても、紀行文や随筆の方がおもしろい。
小説や哲学的論考は斜め読みしてしまう。

1/19thu
「強く、大胆なれ」
そうなりたがったが、全然違う。
パスカルは一言った。
『人間は必ず気が狂っているので、気が狂っていない人も、別な狂い方で気が狂っている』
ラ・ロシユフlコーはそれに付け加えた。
『自分ひとり賢者たらんとするのは、大いなる狂気』


「過去に戻ったら」との妄想をしているが、それなら、5年前に戻って、宝くじ当てて、高級住宅地のマンション買って、4年かけて作曲やCGの勉強していた方がずっといいだろうと今日思った。
何より、自分を苦しめた連中などにかかわるのは嫌。
活躍できた場は、反省するところも多いが、それでも今までで一番よかった。
自分の「努力の可能性」や社会性を当てにしてはいけない。
結局自分のように心が意志が弱い者は、お金によって自分の環境を整えられてこそ、楽しく過ごし、仕事に精を出せるんだろう。
それが、この何か月間、考察し続けてきた結論である。

客観的に見ても、才能とこれだけの自由があれば、いっぱしの物にはなっているはず。
なっていないのは、自分の才能の見込み違いという事になる。
では、才能のない自分がどう生きたらいいかを考えるべきだが、
もう、境涯とフラッシュバックでどうにもならぬ。

子供の頃から「対等」が許されない。
いきなり見下してくるのが多いし、それに対して、「対等」に振る舞えば、叩かれる。
しかも、報いを受けるのがこちらだけ。
こっちが叩かれた状態で、いつも終了。その繰り返し。
奴らは人を叩いたことも忘れて、自分の暮らしに戻るだけ。
なぜ忘れるかと言えば、奴らにとってはその行為が当然だからだ。
当然でない自分はいまだに覚えている。30年以上も。
また、「同級」者に親切にしてみたら、丁寧なのは始めだけ、慣れるに従って、やはり他の奴らと同様に、見下してくる。
それに対して、腹を立てるから、自分も親切にせずに、対立するという図式になる。
それで、奴らむかつくのが、人の頭を叩きやがる。
自分だって、人の頭は叩いたことないぞ。
それで、奴らは許されてんだろ。別にあくどい奴とも思われずに。
「正義の味方になったところで、正義が味方してくれるとは限らないでありますな」
なんで、自分はこの境涯を引き受け、なおかつフラッシュバックに苦しまなければならないんだよ。
怒りばかりが残っている。
結局さ、自分に怒りを残した連中のせいで、その復讐をしようとしているだけだったんだろう。
でも、小学校も中学も高校も、自分を一度でも苦しめたやつに対する怒りは、絶対に奴らのしたことは認めたくない。
そう言う心情が合って、自分はそれくらい感情が激しいのであるが、その心情が自分の性質を形作り、境涯を決めてしまった。
早慶にこだわったのも、自分のプライドと言うより、怒りを晴らす機会として、早慶に入ろうとしていたんだろう。
今でも、その性質は疲れなどにより、薄らいではいるものの、残っていて、今後も恨みを晴らす機会をうかがうだけなんじゃないかと思う。
これはつらいだろうな。

千百のとるに足らぬはずの経験が徐々に精神を歪めて行ったのだろう。
回復が追いつかぬスピードで。

その恨みを晴らす機会を求めることが無かったら、自分の性質に見合った選択をしただろうに。
近所の共学に行き、近所の音楽の専門に行くという選択ができただろうに。
書くことも、もともとは、怒りから始まったもの。
そりゃ、15年もやってものにならないはずだわ。

ゲームはおのれの薄志弱行を一時的に忘れさせてくれる心のオアシス。

神は赦すが故に神ならん
うまい具合に整えるのは、本来人でもやれるし、人がやるべき仕事という事なのか。
しかし、赦しは、神にしかなしえぬ業ならん。

自分で解決するとの思い上がり。

1/20fri
夢の中でも卑屈になるのが悲しい。
1/21sat
フィジカルもメンタルも普通で、それを自覚している者がのちのち優秀と呼ばれる。
普通にしていれば、評価されるというものもあるし、「普通」が平均点なので、サンプルが多いという事もある。
また、バランスがとりやすい。活躍の場か多い。
要するに自分の能力を把握でき、制御できる精神力が必要であり、
逆にフィジカルが強くて、メンタルが弱ければ、活躍の場が少なくなる。
精神力に見合っていない能力をつけると苦しくなるだろう。

自分のして来たことは間違ってはいない。
ただ、タイミングが良くないことがこどもの頃から続いただけ。
成功するのも運であり、逆もまた運だろう。

二年前の正月休みに、「もう小説は書かない」と思ったら、
思いがけず小説が採用された。
これは、今でもよくわからない。
ただの偶然か。
または、書かない方がいいという事か。
自分が小説を書くことをあきらめた途端に道が開けた。
なにか、ストッパーが外れたのだろうか。
しかし、再び成ろうとしたら閉ざされた感じがする。
この世界は、普通のメンタルと普通の能力でやれることをやりつつ、ブラックスワンに賭けるのがうまいい生き方という事になるのだろうか。
量子論のようなもので、向かえば離れ、離れれば、道が開くという事なのだろうか。
1/22sun
今日から書き始めるつもりが、進まず。
風邪を引いたような感じ。早目に寝る。
1/23mon
どのみち、仕事は労働なんだから、
続けられそうなものを選ぶべき。
バリバリ働くなんて、結局続かければ、
時給低くても続く方が収入は上がるだろう。

今日も進まず。
やっぱり、ネタがないと書けないのだろうか。
「思い出詰め合わせ」みたいな書き方は無理かもしれないな。
1/24tue
結局、「報い」を受けたのか。
他の者が受けないからといって、自分が受けないとは限らない。
自分は、「清廉」な生き方をしたのかと言えまい。
子供のころから、他人に対して、生意気だからと意地悪な事をしたのではなかったか。
その後の苦しみは、同じタイプの事が何倍にもなって、報いとして跳ね返ってきただけの事に過ぎないのだろう。
同じ大きさならば、ただの等価交換に過ぎない。
意地悪をしたのが、したくはなかったという事なら報いを望んだのかもしれない。
一年前までしていた仕事だって、懸命にやったが傲慢や嫉妬や怒りや貪欲に駆られなかったわけではない。
それがなければ、まだ続けていただろう。
あと一本書いた時点でプラスマイナスがゼロになると思う。
しかし、この状況からスタートするわけだから、何かやれるとは思えない。
同時に変な事をすれば報いとなるわけだし。
清廉な生き方をし、余計な事をしなかったのならば、何も起きず、
実力を発揮できただろうに。
「他人と違う事をしたい」と思うのはいいが、まずもって、清廉な生き方こそ、人と違う生き方になるわけであり、その生き方が実はもっともたやすい生き方なのである。
そうすれば、自然と運は向いてくるというのに、自分で自分の心情をどうにかしたがるから、どんどんマイナスの事をして、報いに苦しむのである。

五年前は、「もう少し生きていたいな」と思ったものだが、今はもうそれさえない。

1/25wed
自分は、古典に逃げていたんだろう。
現代をすこやかに楽しむというのがふさわしかっただろうに。
1/26thu
進まない。主人公の設定さえ定まらず。
過去に戻ったとしても、単位制高校しか行かないだろう。
やっぱり好きなものじゃないと覚えないな。
作家が自ら生きるのをやめるのは珍しい事じゃない。
書く事以外にできないんだから。
公職についている哲学者や作家はやることがあり、お金が入って来るからやめない、ただそれだけの事。

子供のころから全力で自分を大事にしたかった。
最後は自分を放棄するような形か。

「自分の事」以外に考えられない人は、作家は無理なんじゃないのか。
今迄も、自分の事しか考えていないじゃん。
結局、ザジみたいなコメディー書こうとして、進まず。

みうらさんとかは、自分の事しか考えていないように見えるけど、
イラストと音楽ができるし、逆に自分しかできないことじゃなくて、自分しかやりそうにない事をどんどんやっている感じ。
なぎらさんとかもそうかもしれないし。
想像力の使い方が作家とは違う。
やっぱり、音楽か美術か、その両方か。
1/27fri
夢で精神状態を知る。

気のせいかもしれないが、この間読んだ怪奇小説のようなものを
何冊か読んでから書けなくなった気がする。
でも、こんなんじゃ小説家は無理だったな。
今のを書いたら書くのを止そうと思っていたが、
自分の能力が分かってしまった感じがする。

自分は車酔いをする。
ベンツに一度乗せてもらったことがあるが、これは全く酔わなかった。
これがすべてを表している。
お金と地位があれば健やかに生きていられたという事。

今生きているという事に違和感を感じ始めた。
これが自分、という事に対する違和感というか、拒否できないことに対する違和感に近い。
しかし、生まれてきて、何が良かったと聞かれても、考えてしまう。
結局、歓びも苦しみに通じる道でしかなかったし。
1/28sat
怖かったんだろ、自分がないがしろにされることが。
でも、その戦いももうすぐ終わる。

これだけ書くのに手こずっていると、それからの逃げや自分の才能の問題で、この世を去りたくなってくる。
これ、書けないの、女子が出てこないから、やる気が出ないんだろう。

1/29sun
今迄は、フィクションはストーリーで作られていた。
物語を作ることによって、いかに本物らしくみせるか。
しかし、AIが登場してくると、ストーリーではなく、言葉そのものでいかにフィクションを創り上げるかがポイントになってくる。
ストーリーではなく、言葉で世界観を創り上げているのがフィクションの新しい可能性を示していて興味深い。

しかし、これだけ書けないってことは、やっぱり作家としての基礎ができていなかったという事だろう。
随筆や紀行文は書けても、違う年齢の主人公が書けないという事は。

努力をした上で運が向いてくるという話も分かるが、その状態になるまでもやっぱり運にかかわってくると思う。

お金があれば生きているだろう。
労働をしてまで生きる理由がない。

1/30mon
寒いから起きないのかと思っていたが、違う。
今日は温かったのに、昼過ぎまで寝ていた。
飽きるまで寝ているにすぎない。

書けないことをネットでごまかしているだけ。
昔も結局はもう勉強が分からなくなっていたんだろうな。
いくらやってもわからないのに、どうにもならないからやっているふりをしていたんだろう。

なにか、この世を去りたくなってきた。
ぜんぜん進まない。
別に生きているのに理由なんてないのだろうが、
今生きているのが、と言うより仕事をしていない理由は小説を書くからだった。
それが進まないのであれば、仕事をしない理由がなくなるが、では、仕事をするとなった場合、一体何のために仕事をしてまで生きるのか。
小説を書くわけでなし、情のためでもなし、食って寝る以外に何のやることがあるのか。

1/31tue
ユニクロックにしても、見た時はすごいと思って感動したくらいだけど、今思えば、ああいう中毒性のあるものは、すぐに飽きてしまう。
今はいらないでしょ。
もちろん、刺激的なものを出し続けるからクリエーターなんだろうけど。
コマーシャルはキンチョールホットペッパーはやっぱり今でもすごいと思う。
やっぱりテキストの力はあるでしょう。
一方は本質で、一方はコントの原理を用いているからじゃないのか。見立てと、ズレと。

敗けるつもりの戦いを始めたわけではない。
イチローが稲葉を見て「この程度がプロになれるのか」と思って、自信をつけたらしいが、自分も、周りの大人をみて、自分は立派になれると思ったし、現代の小説を読んで小説家になれると思ったわけだが、判断力がなかったのと、自分の感覚が一般とは違っていたことに気がつかなかった。

別に、役に立たなければ生きている意味はないなどと言うつもりはない。
しかし、苦しみや怒りにさいなまれるような状態で生きていなくてはならないのか、そこに義務は発生するのか、という事になる。

昨日から、自伝的手法で書き出す。
2/1wed
4時位に寝たが、11時には起きた。
やりたくないこととか、面倒な事とかはいくら「自分のため」でもやらない性質だから。

自伝的手法で書いて、改めて、まあ、まともな環境ではないわな、と思った。

自分がどうして勉強をしないのに塾に行って、時間をつぶしていたか。

力量の差が分かっただけ。

コメディにしろ、ダンスにしろ、フィクションにしろ、人生は最後まで演じ切れるかどうか。

もう、許すことにしたらどうかね。
寛大が顔に出るくらいに。
自分のもつている物を取られたくない。
世界のものは手にしたい。怯えつつ、どうもう、びくびくしながらぎらぎら。
スタート地点ですでにマイナス。

「あたしはあきらめている。逃げている。他人から否定されたり、受け入れてもらえ念かするのが怖くて、最初からあきらめているのだ。あたしは誰も許してなんかいないし、許すつもりも、ない。」

違和感ばかり。

しかし、自分はいったい何を読んで、「これなら自分も行ける」と思ったのか。
今日読んだエンターテイメントも純文学も3度目くらいだが、エンターテイメントのほうは、すばらしいし、純文学の方はものすごい。
今さら気づいても、遅い。すでに始めてしまったんだよ。
15年前に。
戦いを始めて、引き返せなくなったあとで、自分の能力に気づく恐ろしさ。

しかし、夜中の一時近くになっても、耳栓とヘッドホンが必要な環境。
ベランダを見れは、腹の立つ環境。
これが与えられたものか。

2/2thu
昼過ぎまで寝る。
しかし、つくづく、自分の過去が納得いかないから、それを変えるために書いたんだなと思う。
それも、一つの自然主義文学なのかもしれないけど、過去を相手にし続けて、自分の人生を見失ってしまっただけの気がした。
明るい所に行きたかった。
しかし、終えた後にすでに文学をやめるのであれば、やることが無くなってしまう。
すべて、解放したらいいんじゃないんですかね。開放するのでなく。

しかし、せめて一学年ずれていたら、だいぶましな人生になった気がする。
それが、浪人した後に入った大学でも同じと言うのがすごい。

怒りも妬みもおさまらない。
性格がよくなるわけはない。
文章は昔の方が上手だった。
この環境。

文章だけじゃなく、ユーモアセンスも昔の方があった気がする。

十五年やっても、見よう見まねでしか文章が書けないというのは、
いつまでやっても、工業が発達しない国のようなもので、根本的な基礎が足らぬままごまかし続けているだけという事だ。

されどわれはかのみにあらず

何ともなやなり何ともなやなりうき世は風葉の一葉よ

顕著な教訓は、智慧の身を食べてはならぬという事である。無自覚な行動のみが果実をもたらす

終わった。
あと二回くらい校閲するだろうけど、終わった。
総力戦だったな、この人生は。
後は、戦後処理をするだけ。
夢も終わったという事か。
既に、アドビのソフトの使い方もHTMLのタグも忘れてしまった。

2/3fri

昨日、零時位に仕事探したが、その後、腹を壊した。
スーパーへ買い物と、健康保険支払。
何もせず。7時に寝る。
2/4sat
自分で書いたものは、推敲が済めば、校閲する気にならぬ。
2/5sun
まえ、量子論の話をしたけど、自分がいる限りは、徐々に悪化して、いなくなると、好転するパターン。
10月まで、11時位に寝ていたけど、静かだったよな。
いまなんて、零時過ぎても、ヘッドホンしていても、驚くくらいのおとするし。

自分が仕事をしていない間、雨が降らないのも、おかしいだろ。
雪も降らないじゃん。
一回、自分が出かける前日に降ったけど。

2/6mon
風邪引いた。金曜の朝くらいから。
昨日の夜くらいから、くしゃみと咳と鼻水。
出かけたせいか、ほっとしたせいか、仕事をしたくないせいかわからない。

自分がこういう性質になってしまったのは、自分のせいではないとしても、友だちや知り合いがいないという事は、その自分というものが、この社会では、価値を認められていないという事だ。

2/7tue
鼻水やくしゃみが止まる
人参効果か。

2/8wed
推敲十回目。

2/9thu

二時位に気づいたら雪が降っていた。
雨も含めて昼間に降ったのは、今年初めて、何か月ぶりだろう。
しかし、自分が外に出ないときに雨や雪になってほっとして、そうでない場合は、面白くなく感じるのは、自分が恵まれていると思い込みたいからだろう。
しかし、雪は降るわけだから、それを踏まえて仕事を探さないと。
結局、雪だって、一時間で雨になったし。
雨も夕方には止むし。

推敲12回しても、入力ミスとか、矛盾とかあるんだけど。
このところ、ネットもやらず。10月以降、一番ネットをしていない。
寝る時もパソコンもつけずにすく寝ているのに。
昼間も音楽もかけずに、集中してやっているのに。
土曜日からずっとやっている。
それで、一本もクリアしない。
努力しても、どうにもならないってことか。

しかし、自分で書く物は、うつ展開であっても、最後の方で救ってやるのだが、現実の世界の場合は、そう言う気には、ならないのかね。

2/10fri
久しぶりに十時前に起きた。
しかし、十時半から昼過ぎまでやかましい。
いったい、いつになったら静かになるのか。
ヘッドホンして、音量最大にしてもストレスを感じるくらいに。
結局さあ、努力が足らないうんぬん以前に、努力しようとしたら、環境悪化させたじゃん。
限界を少し超えた努力とか、環境を持っているからこそ可能なんじゃん。
おれは、努力したぞ。
おれの性格うんぬんだって、環境があれば、短所として出てこなかったじゃん。
出てくるような環境というか、出てくるまで環境を悪化させたんだろう。
昨日までの3日間は、ネットもやらず、音楽もかけず、多少の音には驚いたけど、我慢して、集中してたじゃないか。
で、それでも、努力を止めないから、今日、悪化させたんだろ。
ふざけんな。

魚は、13回目で責了
グラも、13回目で責了
comicは、15回目で責了

終わった。

2/11sat
寝たのは、2時過ぎだったが、9時に起きた。
不思議。
何もやることが無くなったら早く起きるのか。

ネットで遊んでいただけ。
しかし、今日、ずっと静かなんだけど。5時まで。
昼も含めて。
なんなの、このタイミング。

シナリオの書き方とか見て見たが、なんか、企画とかのが面白そうなんだが。

でももう、本当は、5年前で限界だった。
自転車でひばりが丘から池袋まで通って、銀座まで行ったり、また、夜の吉祥寺をすでに自分とはなんの関係もなく、一人の知り合いもいない吉祥寺を通った時、あの頃ですでに終わっている。
生きているから、やるだけやってみただけの事だ。

意地っ張り。
それで、ここまで来た感じ。
意地を張れなくなったら、人は人の形を保てない。

自分が今、生きていることにずれを感じる。
8月15日のような状態。

2/12sun
終わった気がする。
書いたものは、だからと言って、食っていけるわけではないだろう。
最後に書いたという感じ。

存分にあるだろうわけではない人生で、同じ人生を続けたいのか。

もう、日々後悔がないように。

でも、やっぱり、もう疲れてしまったかもしれない。
弱いせいで、なんで苦しまなけりゃならないの。
なぜ、自分を苦しめた相手は生きているの。
そんなに、一方的に苦しまなけりゃならないほど、悪いのか。

五年前は、もう少し生きたいと思っていたけど。
死にたいわけじゃないけど、生きたいとは思わない。

2/13mon

すでに我慢が出来なくなっていたわけだから。10月の時点で。
まず、遠い場所は無理。
ラッシュも無理。
いちいち何か言われるようなところは無理。
それを踏まえた上で探すしかないんじゃないの。
探すんなら。
しかし、すでに、余生。
生きるのなら、違った生き方を。
終わったのに、時間は過ぎてゆく不思議。

しかし、これまでたくさんの本を読んで来たのに、自分の身に役立てられないのなら、ただの道楽に過ぎず、それなら他の道楽の方がずっと健全だろう。
本に書いてあったことを絵空事としてしか思えないなら、読まない方が言い。
漫画の方がまし。
確かに中一の時に本を読んでいたが、役に立たなかったわけだし。
「やがて怒りだけが残る」とか、そんなものだけ正しかったとして、何の役に立つのだろう。
自分にその能力がなかったか、読んで来た物に人を感動させるだけで、人のためになる事を目的としたものがなかったか。
知性の驕りのために書かれたものが役に立つはずはないのに、自分のために役に立つと勘違いしていた。
自分の人生が人並み以上の環境であたら、哲学書や文学を読んでいたらいいだろう。
しかし、まず、自分の境遇を抜け出し、安定させなければならなかったのだから、役に立つのは、英語であり、自分の仕事のための技術のための知識であった。
もう、漫画とか、アニメとか見ていたらどうか。
できれば、英語をやって、あとテクノロジーネタ見てりゃいいだろう。

自分で書いていても、欲望を宥めるための手段になっているし、作家は皆そう言う事なんだろう。
知の驕り、自分は為し得るという欲望。
コレクションの欲望、他人より知っているという欲望、ぬきんでようとする欲望、
それは、不毛な欲望であり、愛とは何の関係もないばかりか、肉欲の愛さえも関係がない。
愛欲でさえ、自分の知の欲望、権力の欲望、傲慢さのために利用しようとしたから、
女を好きになる場合、単なる愛欲ならともかく、そこに、傲慢や貪欲や妬みを混ぜるだろう。

「書物の多くは夢に過ぎない」
だから、傲慢が第一位なのか。

2/14tue

薔薇の名前を読む。
14世紀イタリアの修道院が舞台。
老修道士が、アリストテレス詩学の第二部の存在を隠すために、写本に毒を塗り、見た者を次々と殺してゆく話である。
これは、暗に、知的好奇心が己を滅ぼすという事をテーマにしているのだろか。
身につまされる。
「それはお前の腹を苦くするであろう、しかし口のなかでは蜜のように甘いであろう。」354
その後の展開も凄まじい。
「反キリストは、ほかならぬ敬虔の念から、神もしくは真実への過多な愛から生まれて来るのだ。」370

アウグスティヌスの逸話のように、匙で以て海の水をぬき出そうとしていたような物か。

何かやりたいとか、他人を救いたいとか、そういう考えは、捨てた方がいいと思う。

この世界で自分をたしかめるのは、言葉と言う記号以外にない。

「手に入れたあとでは、梯子は投げ捨てなければいけない。」372

しかし、ユーモアだけは忘れてはならない。

芸術としての文学と、その他の叙述との違いは、
これしかないという言葉を探すという事。
だから、気が狂うんじゃないのか。
言葉って、もともとが相当に記号的で曖昧なものだろう。

2/15wed

もう小説を書く気はないが、伝えたいのは、愛とか、世界との闘いとかじゃなくて、ユーモアなんじゃないの。
なら、それを伝えるには、どういうジャンルで何をすればいいのかだろう。
現代芸術だって、ユーモアが多いだろう。
だけど、ユーモアって、伝わらないよ。
コメディーか、ギャグは伝わるけど。
言葉のつながりでユーモアを生み出している以上、伝わらないんだろう。

ていうか、伝えたいものなんてないよ。
食っていければいいんだよ。
自分に相応しい場に居られて。
だから、人々の憂さ晴らしのためのシナリオを書けばいいんだよ。
自分の力を示すんじゃなくて、自分の欲望に素直になって、書けばいいんじゃないのか。

自分の事はもう書かない。
そもそも、分かった貰いたくて書いて、分って貰えたか?
書き上げて示して、自分は良くなったのか?

しかし、全力で書いて、仕上がったとしても、
結局仕事をすることになる。
同じ事の繰り返し。
現代芸術の人とかは、20代の時にアルバイトをしていても、その後は、一貫して、自分の事をやれてるじゃん。
なんで、ライターとかエディターとかやらないの。
今回、小説を書いたのは、やるしかなかったことだと思う。
書いておきたかったテーマを書いたわけだし。
それで、ようやく自由になったら、ライターか、エディターだと思うが。
色々な点でまじめにやらないと。
あそんでんだよ、ふざけてんだよ、簡単な仕事をやりたいとか言うのは。
だからあれだよ、元を辿れば、国語と社会が得意なのに、
最後まで専門に行ってどうにもなくなるまで、理系にこだわったじゃん。
あの失敗を何も活かしていない。
自分を大切にしていないから、逃げたくなるんだよ。
本読んだり、小説書いているんじゃなくて、英語。


むしろお金があった方がよほどプライドを捨てられる気がする。

何で今更エクセルの勉強しているんだろうな。
そして、何度目だよ、エクセルの勉強。


IHクッキングヒーターが壊れたわ。動くけど、一向に温まらない。
調理なしで食えるものがとろろ昆布しかないよ。
とりあえず、明日、餅とフルグラを買ってこよう。
あと果物と乳製品。

次に外に行ったときは野菜をたくさん買った来ようと思っていたのだか。

しかし、このような考察など間違っているのだろう。

 

しかし、三十歳の誕生日に何をしているかで人生が決まると糸井重里が言っていたが、
自分は本を読んだり書いたりしていたけど、そのままだな。
やっぱり昼間から一人で本を読んだり書いたりしているだけ。
それを仕事にまで持っていけていない。
糸井重里が言っていたのは、仕事とか情況とかの話と言うことだったか。

自分は純情だったから、本を読み文章を書いていたら、それで作家として食って行けるのと思って、その話を聞いて喜んだものであったが。

 

自分が何をしよう、これをすべきと考えたところでどうにかなる強力な能力の持ち主が羨ましい。

 

静かに平和にできることだけしていたい。

 

3/2

味噌が切れて、味噌スープスパゲティも作れなくなる。

スパゲティを茹でて湯ごと丼に空け、とろろ昆布を乗せ、醤油をかけて食う。

食ううちにスパゲティが汁を吸い、塊となる。

麺と麺の間には白いゲル状のものが糊のように残る。

自分はこの時、人生で初めてスパゲティの煮凝りを見たのであった。